老育・・・けじめ・・節目

92歳の女性でお一人暮らしの方が老人会でも頑張っていらして歌も上手に歌われ、盆踊りの踊りもしっかり踊られていた。
しかしこの敬老の日を契機に 引退を表明された。
お仲間からは 惜しむ声が強くて 「やめちゃダメ」とずいぶんと声を掛けられていたが、彼女のきっぱりとした一言が
素適だった。

「これはけじめだから・・」自分でここまでと思われたのだろう・・無理に引き止めるのはかえって失礼だと、感じた。
最期の会合の日に 「皆さんに・・・」とお茶菓子を用意されて・・ごあいさつされて・・見事だった。

お家までお送りしたら、「本当にありがとう・・」と玄関先でこちらを見送ろうとする・・それもこの方のけじめなのだ。

私はそこで失礼して・・ちょっと歩いてからまた戻って玄関に入られるまで様子を伺ってしまった。

実家の母が同じようで 玄関のカギを開けるのが結構大変なことを知っていたから・・やはり少し時間がかかっていらしたが
この方もそれでもしっかりとおうちに入っていかれた・・

すごいなあ・・と 年齢ではないその方の持つポリシーに感動した。

こうしてみると・・両親の危なげな暮らしも見守ることで なんとか二人で頑張ろうとする姿を静かに応援しようと
思えた。

いくつもの事象を自分の中に取り入れて総合的に判断しなくてはならない時代になってきた・・

人それぞれだが、それでもきちんと支え合っていく心構えが必要になってきた。

隣近所のお年寄りやからだの不自由な方たちを温かく見守る・・ということ  それは社会全体でやっていかねばならないことだ。

一つのことにとどまらずたくさんのできごとに出合ってかかわっていくことの大切さをヒシと感じている・・
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花壇はいつの間にか彼岸花が咲いていた。

# by akageno-ann | 2016-09-24 20:14 | 老育 | Trackback | Comments(2)

万葉集より初めの歌

こもよ みこもち ふくしもよ みふくし持ち この岳(おか)に 菜摘ます子 家のらせ 名のらさね 

最近この万葉歌がいつも頭の中に浮かんでくるのだが、今日は福原愛さんの国際結婚のご報告にも
この歌が重なって愛らしい福原さんの表情と美しい中国語を聴きながら 一番の国際間友好のニュースだな・・と
感動した。

古代野原で菜を摘む少女に 声をかけて あなたの名前を あなたの家を教えて・・という柔らかいこの歌が
この地を平定している天皇かもしれない人が愛らしい少女に声をかけている・・と言う情景

のどかな奈良の平原を想像し この碑は奈良の桜井村の神社にあると聞いている
この歌は 短歌でなく長歌になっているのでそのあとにこう続きます。↓

そらみつ 倭の国は おしなべて われこそをれ 敷きなべて われこそませ 我をこそ 背とはのらめ(我こそはのらめ) 家をも名をも

この大和の国は 私がおさめているのだよ・・私もあなたに名乗ろう・・そして家柄も・・

という雰囲気のある意味求婚歌なのかもしれない・・・

この8月からここまで雨が多い日本列島だった・・そして災害も地域を限定せずにあちらこちらで・・埼玉のここも全国ニュースで一部水没した様子を発信してくれるから、古い友人までも思いだし心配して電話をくださったりした。

地球温暖化による水害・・というのか・・・なんとも水害があまりにも多い・・
ここへきては台風により作物が大きな打撃を受けている・・

国土の狭い日本はこれからどのように発展できるのか・・少々心配にもなる。

そして明らかに進む高齢化の社会・・・家族を見守る 家族を増やしていく重要性を家族の少ない我が親族たちはひしと感じるのだ。

大和にはむらやまあれど とりよろふ 天の香久山 のぼりたち 国見をすれば 国原は けぶり立つ立つ 海原は かまめ(鷗)立つ立つ 
うまし国そ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は

学生時代に受けた万葉集の講義の中で 国を山から見下ろすと 煙立つと いうのは ご飯を炊いている煙突から上がるものを指すという
なんとも豊かで・・当時私はうまし国を 美しいというよりは 美味いという意味に感じ取ってそのまま年を重ねてしまっている

あきづしま・・・これも日本の素晴らしい国という意味を強調する 代名詞  蜻蛉をあきづと読むらしいが  万葉言葉は今にも
通じる気高さがあり・・・そう形容される日本の国土がこのまま続いてくれることを願わずにいられない思いがある・・

若き人々が美しい日本で幸せに暮らせるように 我々高齢者と呼ばれるようになる者も まだまだ努力が必要だと・・・
敬老の日の様々な行事に参加しつつ感じている・・・・
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                      写真は万葉集入門のサイトより・・











# by akageno-ann | 2016-09-23 00:22 | Trackback | Comments(0)

書き始めると・・

ささやかな日常でもいろいろと湧きあげってきて・・
今日は地域の敬老会で50人ほどが集まった・・私も最近参加させていただいているので
新入会員として御挨拶に・・
義父が亡くなって2年になるが義父のことも話題にしてくださったり、お世話になった
皆様にお礼も言えた。

皆さんご高齢になってもとても活発に活動されていて、しかも人柄が素晴らしいのは
やはりこういうコミュニケーションをとっていらっしゃるからだ・・と
つくづく・・
しかも今日も歌われた94歳のご婦人と90歳の一人暮らしのご主人・・
その歌声に哀愁があって・・感動してしまった。
90歳の方も間もなく娘さんのご家族と一緒に暮らすべく、この地を離れるとのこと・・
皆別れを惜しみながらも、その方の日常のためにはきっとお幸せなことと・・
ほっとしたりした。

私のことブログをお尋ねくださった、従妹の娘のピアノの師からのメールも
私たちのことを気にかけていてくださり、心から感謝申します。
従妹の娘は小5の3学期になって、東京の音大の付属中学校に入りたいと希望してきて
彼女の歌を小さなときに一回だけ聞いて・・普通に「上手ね」と思う程度だったので
びっくりしたことを想い出した。

しかし母親である私の従妹の切望によって私の友人でもあったU先生にお願いしてご指導を
お願いした。本当にどんなピアノを娘は弾くのだろう・・と親族としてはドキドキして
初レッスンに伺ったのだが・・まだまだ基礎はできていないけれど、その弾き方に不思議な
ものがある・・と言ってくださって・・それから1年間 みっちりとご指導いただいて、
彼女は念願の学校に入学できた。

そこからなんとか好きな声楽科に進んで、大学を卒業し、今もそのころからの友人たちと
楽しい交流はあるようだ。
何より当時のことをよく覚えていて、先日は5年ぶりに皆で思い出話をし、音楽は彼女の
良い人生の一部になっているようで・・
ほっとさせられた。

ここで改めてご指導いただいた彼女の恩師U先生に心より御礼申します。
彼女が高校生のときに突然倒れた母のことを大事に思っているのも母親が娘を大切に育てて
きたことをちゃんとわかっているな・・と感じられたことが私も嬉しいことでした。
そして彼女の一人息子は私の誕生日に生まれました。
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# by akageno-ann | 2016-09-18 20:08 | エッセ- | Trackback | Comments(5)

ブログでの出会い・・

しばらくブログから遠ざかってしまったが、最近ふと書きたいこともあって再開している。
友人たちも気にしてくださっていたのか、コメントをくださったり、メールをくださって
このブログを通しての友人も多くて本当に感謝。
その中で「かあちゃん、あのね」の子育てブログの次男君ヨン坊から手紙をもらった。
主人宛で、綺麗な文字でしっかりとかつて我が家に遊びに来てくれた夏休みの思い出を
書いてきてくれた。

犬の小夏とも親しんでくれて、小学校に勤めていた主人とザリガニ釣りをして
楽しかった・・ことを書いてくれたので
すっかり私たちもその時のことを思い出した。

遠くにいる孫からの手紙のようで嬉しいものだ。
10年ほど前に始めたこのブログを通して・・どうやって出会えたのか糸を手繰り寄せているが
このブログを通しての出会いで若いお母さんのCHILちゃんと三人の坊やとの出会いだ。

私は彼女の子育てブログの感動し、いつかそのご長男が発熱されたという記事にお節介な心配心が
働いて 鍵コメで 私の故郷の「ごっくん」という柚子ジュースを送らせて・・と不躾に連絡したことが
あった。CHILちゃんは、私の気持ちを受け取って でも謙虚にお心だけで・・とすぐに返信をくれたが
私はそこに叔母さん根性をだして・・「どうか遠慮されず、私の心を受け取って・・」とお願いして
送らせてもらったのだ。
本当にブログだけで顔も知らない人からの贈り物は失礼だったが・・・
しかしこのブログに書かれる彼女の想いがそのまま伝わってきて・・・そして私もここに正直に自分を出して
居たので、そのまま交流が続いた。
有難い若い友人との出会いだ。
そして子供さんがその交流を思い出してくれたことに大きな感動があり、私もいい年寄りになりたい・・と
感じたことだった。
CHILちゃんありがとう・・
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# by akageno-ann | 2016-09-17 18:58 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

三世代が集うと

インドにいたときに従妹は可愛い女の子を生んだ。
大切に育てて、私は帰国した時初めて会ったから三才になっていたと思う。
少年のような元気な女の子で、背も高く声も大きくはきはきしていた女の子。
おそらく従妹の最高の作品・・
あれから25年をしみじみ感じた昨日
その25年にあったことは実に多彩であった。
今その娘は男の子の母になって、四国に住んでいる。

こうして病気療養中の母親を祖母と尋ねて、三代がそろって食事する風景を
久しぶりに見ていたら、あの頃ほんのちょっとでも忙しそうな従妹を
無理しない様に気を付けるよう言ってやっていたら・・
と、後悔がつのる・・

あの暑かった夏が終わりそうな八月末・・その前日に我が家の冷蔵庫が
突然ストップし、気づいたら10年使ったから寿命なのだ・・と
感じて翌日急ぎ大型電気店に行って、即日運んでくれるという機種を選んで
午後運んでもらったのだが・・

その夜に 彼女は倒れて、まだ高校生だった娘が救急車を呼んで、
そこで我が家に電話があったのだった。

「ママをたすけて・・・」という悲痛な声が今もそのまま脳裏にある。

あの晩・・風台風が都心を通り過ぎていく夜中までかかって手術が行われ
従妹は命をとりとめた。

それはそれで神様に大いに感謝している。あのときの執刀医の脳外科の先生も
実に有難い宿直当番医で・・その方のお蔭であった。
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人生にはいくつも感謝する相手がいるものだ・・

# by akageno-ann | 2016-09-16 17:41 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

中秋の名月に・・

女子が頑張らなければならない時代になったかもしれない。
実際に女子が頑張っている姿を見る機会も増えた。男性の陰に隠れながらもしっかりと自己を確立している。
先日のカラオケ大会では 91歳になる御主人を支える80代半ばの夫人の姿に感動した。
もう10年近く少しずつ衰えるご主人の体を気遣いながその方の趣味の世界を大切にする様子に触れた。
日常生活はかなり補助は必要なのに カラオケの持ち歌の曲が流れると驚くほどいい声で見事に歌われるのである。
思わず聴衆側は 「91歳でデビューしたら人気が出るわね。」と本気で話し合ってしまうほど、ラジオ歌謡も
演歌も裕次郎の曲も上手い!!!emoticon-0159-music.gif

人々との会話もこの時は実に快適なのだ。

趣味を持つ・・人と集える趣味を持ち続けることの大切さを思った。

そういえば、母は編み物や縫い物が得意で綺麗な作品にする人だった。
足の手術をしてから、そういうことに手を出さなくなったが 先日父のズボンのすそ上げを
突然綺麗に仕上げていた。

夏物でもう今季は使わないものだったが、父は喜んでいた。

こういう夫婦の絆は私たち娘には太刀打ちができない。

そんなことを感じている。
今日は中秋の名月だが 関東は曇り空で、北海道の月をテレビのニュースで見ている。

昨年は9月末がその日で しかもスーパームーンという見事な満月を四国の祖父の家の二階から
一人で拝んだことを思い出した。

そしてその頃に私のかつての上司が見事な人生を畳んでいらしたことを 後で知った。

教員になったその年から私の人生に大きな教えをたくさん下さった方だった。
父の朋友でもあり、同い年の午年・・私が同じ午年でその年の担当学年が午年なのを
喜んでいい学年経営をしてくださった、研究主任だった。

間もなく一周忌だと思うと、改めて出会えて指導を受けられたことを感謝する思いにかられる。

ご冥福を改めてお祈りします。目賀田八郎先生です。


# by akageno-ann | 2016-09-15 22:27 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

老育 2016

老育を考えてもう10年以上になる。舅との暮らしが20年を過ぎたころ 次は自分の親たちの
介護もと考えていたかはわからないが 自分がそろそろ50歳になろうとしたころに親しくしていた
従妹が突然 それは本当に突然 脳内出血による手術の結果 左半身不随という後遺症のリハビリと
戦うことになった。戦ったのは3年だった。
その後は自宅での療養は無理になり、私の近くにできたばかりの介護施設に入所で来て私との
暮らしが始まった。
そのとき舅は既に齢80にならんとする時期で大腸S字結腸の癌摘出手術があったり祖母が亡くなったり
従弟が43歳の若さで急逝したり、その一つ一つが大きな出来事でそれまで正直言ってのんびり暮らそうと
していた自分に何かの罰が当たるように出来事を引き寄せて行った。
だが世の中もまた 米国の9.11のテロ事件 東日本大震災と次々に様々な事件災害が起こり何もかもが
不安な時代に突入していくようであった。

私はそのときから決して安穏と暮らすことが亡くなってしまった。

「何か忙しがっている・・」と批判されるほど 私は自分の親族のことに埋没し始めた十年だった。
家族が大変なときに私はのんびりと幸せに浸ってはいられないとばかりに宮沢賢治の「雨にもマケズ」の
詩を暗誦しながら故郷と従妹を繋げるように飛び歩いた。

それから13年がすぎて・・私も還暦を過ぎ すべてがそれなりに年をとり、そして順番のように私の母も
少しずつ生活意識が弱くなっていった。

でもこれまでの自分の生き方を生かすべく妹と二人で実家に再三通う日々を過ごしている。

そういう時代にすっかり突入して 涙を流す暇もないが 何かをしっかり見つめて、そして書き綴り、
自分の本当の老後に役立てようとしている。

もちろん自分の楽しい時間も一生懸命作りながら・・

明日は従妹をその母つまり私の叔母と従妹の娘で見舞いに遠方から来てくれることになっている。
良い再会になってほしい・・と心の準備をしている。
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# by akageno-ann | 2016-09-14 23:31 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

年の取り方

 最近夫婦で地域の老人会に入会した。一般のサークルもコーラス テニス 卓球 ゴルフ ヨーガ 囲碁
 将棋 カラオケ 等々あるが ことぶき会と称する 老人会はこの頃とても盛んだ。
 ただ 高齢化の一途で 新人が入らない、とのことで60歳になった私たちにも誘いがかかった。

 私たちはやはりカラオケが好きなので まずはそこから入れていただくことにした。
 昨日は早速のお誘いで近くのカラオケスナックでランチカラオケ・・総勢17名が最高齢91歳のお二人
 を交えて一人3曲ずつ 間断なくそれぞれの持ち歌を・・

 私はかつてインド赴任時代に 自宅に招きあって カラオケ好きの仲間たちと楽しんだことを思い出しつつ
 その時の年代がそのまま25年を過ぎたように感じて楽しかった。

 あのときのカラオケの腕前は皆なかなかのもので 忘年会やカラオケ大会では賞とりレースになって
 実に真剣に練習したことを懐かしんだ。

 昔取った杵柄は皆なかなかのもので 91歳で音程もリズムも声量も衰えていないのでびっくりさせられる。

 こうして入会させてもらって その秘訣を学び取ろうと思っている・・emoticon-0129-call.gif

 そうしてまた新人が入会して 「こちらもバージョンアップできるのですよ」との言葉に励まされる。
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 こうして互いにいい刺激を授受することがいい年のとり方につながると楽しみだ。emoticon-0159-music.gif


# by akageno-ann | 2016-09-13 22:44 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

異端を好む年齢になった・・

なんとなくこのブログを覗いてくださる方が何人かいらっしゃる・・・
その数字をみていて、もう書くことはやめようとしていた自分に「サボってはダメ」と
カツを入れる。
サボっている自分にもう一つかつを入れてくれたのがこの本

異端のススメ

林 修 / 宝島社


宝島社は友人が本を出した縁もあって好きな出版社だけれど本当に企画が鋭い。
先日セブンイレブンで一番目立つところに配置されていて・・ふと買ってしまった。
今をときめく小池ゆり子新都知事と 「今でしょ」の林 修氏の対談集だった。

二人の忌憚のない会話はここ数年の世の中の変化と 日本と世界の歴史上の人物の鋭い功績をしっかりと受け止めて話し合われていて久々に心が揺さぶられた。

小池さんは私の二年先輩の女子・・あのエネルギーと積極性には本当に感動する
都民でないのにその言動が気になってしまう。

林氏は有名な塾講師であるがその知性に 底知れぬものを感じて憧れですらある。

教師もここまで頑張れるのは進学のための塾だからか・・
それならば塾講師をもっと真剣にやるべきだったと・・深く反省するが これもただやる気だけでは
だめだ・・と改めて思い知る・・

何事も中途半端・・で人生を終わってはいけない・・と今さらに感じている。

少しまた発進させていただこうか・・と考えている。
ブログは実に真摯にものを考えて綴るにはいい場所であると  しばしFace bookに流れていて
このほどやめた私は思う・・

また訪れてくださった皆様 よろしかったらたまに覗いてくださいませ
ぼちぼちと書いていきます。
# by akageno-ann | 2016-09-10 22:26 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

中村紘子さんを悼む

ピアニスト中村紘子さんが亡くなった。72歳・・
そう今の自分と10歳しか違わないのか・・と改めて思った
72年の歳月は私の何倍ものエネルギーを使ってピアノや作家活動をされた方
女性として 芸術家として 本当に尊敬をする。

その中村さんの手を握らせていただいたことがある。もう50年近く前になるが彼女の演奏会で花束を直接あげる機会があった。
花束を受け取っていただくだけでうれしいのに 大切なその手をさっと差出し私の右手を握ってくださった。

その感触はずっと忘れられないものになった。
私も少しピアノを弾くが 指導者にいつも「あなたの手は大きくてうらやましい」と言われる。

それに比べて中村さんの手は私の手の中に入るようなこじんまりとした大きさだった。

だが鍛えられた指の骨格は一瞬の感触でもとてもしっかりしているものだった。

ラフマニノフや プロコフィエフや  指の長さがあれば楽に弾ける曲を奏法を駆使して弾きこなす努力を惜しまなかった中村さんにずっと敬意を表していました。

小さなホールでの演奏や大ホールのコンサートなど私はかなり赴いたので 彼女の演奏をずっと覚えていられることを幸せに思う。

スタニフラフ ブーニンが若い時に来日して NHKホールでショパンの演奏を行ったとき、偶然演奏の合間の休憩時にインタビューを受ける中村さんを傍でみたことがあった。

「あらっけずりだけれど、表現力がすばらしい」とわかりやすい評論してくださる方でもあった。

今は本当に天国にてあなたの演奏は天使たちが聴いて、癒されていることでしょう・・

心より御冥福を祈り あなたの演奏をこれからも地上で聞けることに感謝して
中村紘子さんを心より偲びます。

                                                              合掌
# by akageno-ann | 2016-07-30 00:19 | エッセ- | Trackback | Comments(2)


かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。


by ann

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