アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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母平静に戻る・・・

とても心配な日々が2日続いたあと・・・母はまるで憑き物が落ちたように穏やかになって
病室にいた・・いやその日はベッドが空で・・・心配したら 車いすで看護士さんとリハビリ中だった
母が「ここよ・・」と手をふっている
「何かございましたか?」と尋ねると・・「ベットばかりでないように移動してみました・・」
と当番の若い看護士さんが言ってくれた・・

「ありがとうございます・・」と感謝すると 母は「なんでもやってもらってしまって・・」と
すっかり落ち着いている・・しかもその日は入院前よりクリアな母がいた・・

ごくまれに 本当にこんな風にクリアになる話も聞いてはいるが・・これもひと時の母の情況だと
こちらもぬか喜びはしないが・・でもこの日はこのしっかりと話してくれる母であることを喜びたくて
妹にもさっそくメールした・・

とりあえずこの病院での暮らしに慣れてはきたようだが・・このあとをどうするか・・が
問題である。

普通はリハビリ病院へ移ってから自宅なのだが・・母は自宅を願っている・・
その願いは父も同じだ・・

ここで心つもりをしなくてはならないのは私の行動である・・

私の自宅は幸い二軒になっているから 引っ越してもらうことが私は楽なのだが・・
そうは簡単には行かない話である。

二人は今の都心の生活から離れる気持ちは全くない・・

住みなれてご近所もいいその場所がいいのである・・
と、いうことは私たちが毎日通うことになるが・・たまに寝泊りもして
それが一番良さそうだ・・主人の父とは30年以上一緒に暮らしてきた
それとはまた別の感覚がある・・

でもいよいよ実の両親との新しい暮らし方を模索するときがきた・・

ただ有難いのはケアマネージャーさんやケースワーカーの方 そして従妹の施設の
方たち・・皆多くの経験をもって相談にのってくださる・・
私も自分の心を正直に相談している・・
それが義父の時とは違っている  そして時代もずいぶんと老人の多い問題点を
抱えるようになっていることも感じている・・

さて今日は母はどんな感じで病院で待っているか・・と考えながら 出かけていく・・


# by akageno-ann | 2017-09-07 09:56 | 老育 | Trackback | Comments(1)

母の反乱

こうしてここに書けることをまず嬉しく思う。
先週母が突然吐血して救急搬送されると朝電話がかかり・・・
これはいよいよ・・・と覚悟しながら すぐに電車に乗った。
幸いすぐに行動できる時間帯だったことと 実家のご近所の
お二人の奥さんが本当によくフォローしてくださって・・

病院にかけつけると 父が心配そうにだが結構しっかりと
状況を看護士に説明しているところだった。

ただ耳が遠いので聞き返しも多く・・看護士の方たちも
根気よく聞いてくださっていた。

母は幸い意識もあり、落ち着いていたのでほっとしたが・・
やがて妹も車で駆けつけ・・いよいよ病状の説明になった。

腸閉塞だった・・前日に実家で母は元気そうだったが、なんとなく
食欲がいつもほどではないな・・と思っていたらそれが症状だったようだ。

その日の治療は鼻から管を通して造影剤を注入してのレントゲン撮影に
なったようだが、その管を挿入するのが苦しかったらしい・・

翌日いったら管は夜中の間に母が抜いてしまう・・という状況に
変わっていた。「苦しかったのですからしかたないのです。」
と看護師も医師も説明してくれたのだが・・・

今後の治療が心配になった。
しかも吐血時の吐くという事象が誤嚥性肺炎も引き起こしていた。
母はいきなり病院のベッドにいろいろな管で繋がれることになってしまった。

妹と様々なことを相談し・・父のケアと共に行ったり来たりの一週間が過ぎた・・

従妹の施設のケアマネージャーにも相談させてもらって
いよいよ・・・と考えていると、ケアマネのOさんがアドヴァイスしてくれた。

「経過は日々刻々変わるのでゆっくり考えていらっしゃれば大丈夫ですよ・・」
そのことは入院先の医師や看護師も言ってくれた。
「お母様は今は病院にいる状況も受け入れられなくて、混乱されてますが落ち着きますから・・」
永年の経験をお知らせいただくのは本当に有難いし・・確かに私も義父や従妹をみていて
いろいろあったな・・と落ち着くことができた・・
ただ妹が行ったときには 母はベッドで 暴れていたらしい・・・
私がいくと手にミトンをされていてそれがうっとおしそうだったが 私たちが見守るとき以外は
外すことができなかった・・

叔母が心配して電話してくれた時に・・母の実家の神社で病気平癒のお祈りしているから・・伝えて
といってくれたので、母の両親の写真を持って行ったりして・・なだめるように話すと
次第に納得するような気配もあったが・・やはり苦しさはとれなかった・・

妹は心から心配していたが・・・「母のこれが初めての反乱だね・・」と認めることが
できた私たちだった・・母は 一度だって私たちの前でわがままを言わない人だったから・・

# by akageno-ann | 2017-09-05 01:59 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

所属することの意味

60歳を越えると地域自治体の老人会に入会可能になる。
老人会というと今は80歳を超えないと老人とは認められない気もするのだが
この組織はなかなか大切なものだと感じている。

もちろん紅葉会とかことぶき会とか地域によって名称も違うのだが
内容は老人たちの集会である。

亡き父が亡くなる日まで30年間所属していたので、その組織や活動を垣間見る機会と
人手が足りないとちょっと手伝ったりしていたので、馴染みやすかった。

そこで昨年から誘っていただくままに入会した。
もちろん一番若手になる。

せっかく年寄りの仲間に入れてもらったら 若いのだから若いのだから・・と
言われると違和感があるが・・

しかしこういうコミュニティに参加する意義というのを感じる
若いという時代から入会してその組織に身を置くということから学びがある

というのは先ず93歳と88歳のご夫妻の謙虚な生き方を見せていただいた。
私の両親との生活の中でも 謙虚であることの大切さを感じている。

年を重ねると 自らが一番・・気になる存在となり自分中心な考え方が強くなる。
そこを補うように添っていかねばならないと思っている・・

昨日は誕生日で両親とカレーを食べに行った・・
母はカレーとコーヒーは認知症予防になる・・というので
ちょっと可愛らしかった・・

カレーは私も大好きで インド時代を思い出し話をしていたらその晩に
女優菅野美穂さんの ヨガの心を訪ねるインドの旅を見た

私の見たインドとは違うインド・・・私の住んだ1987年からのデリーから
20年後のインドがそこにあった・・

デリーは とても進化していたが・・・ヨガの聖地リシュケシュは
殆ど変わっていないように感じた・・



# by akageno-ann | 2017-08-22 02:28 | 老育 | Trackback | Comments(1)

誕生日前

毎年誕生日前はいろいろと考え事をする機会に恵まれる。
63歳になるが・・・ここまで無事に生きてきたことに少しの驚きと
両親に感謝している今年の私である。
両親はかなり年をとったので、それなりに苦労して暮らしている。
私たち姉妹と家族で一日おきに生活の支援をしているが、父が特に
母の為に力を尽くしている。
父と私は性格が似ていて勝気なので ぶつかりそうになることも多く
心が塞ぐこともあるが・・考え方の基本は同じなのでそこを忘れない様に
接している・・

母のことを自分の責任と感じて丁寧に面倒を見るのだ。
つい私が手を出し過ぎるのでややこしいことになるのだが
そこを年月で互いに慣れることが大事だと思っている。
でも今夜は 母が腕時計を失くしたと心配して電話くれて
明日一緒に探すからと言ったら、ほっとしてくれたので私も深くほっとできた。

そういうことがたまにある・・

母は最近 電話を自分の名前を言ってかけてくる。
今までは「お母さんよ・・」とかけてくれたのに・・
なんだか姉妹のような感覚になっている・・

祖母が年取って私と母を混同したように 年代の感覚が鈍ったのかもしれない・・

母が少しずつ意識に変化ができたのは70歳のころからだったように最近思う。
少しずつ10数年かけて母は今の母に変化した・・

父にあまり気を遣わず自分の意志をはじめて通している母が私は愛おしい・・
私たちの為に自分を抑えて生きて来てくれたことは間違いないのだ・・

そんなことを今年は誕生日前に深く感じている・・



# by akageno-ann | 2017-08-14 23:46 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

葉月に生まれる

母も祖母も私もこの八月に生まれた・・
夏は苦手だと思っていたけれど・・今年はどういうわけか夏が急に好きになった・・

夏の海を見たせいかもしれない・・
従妹の母である私の叔母と、従弟のお嫁さんが 私を労ってくれようと
宇佐湾を見下ろす高台のレストラン ヴィラサントリーニに連れて
行ってくれた・・・

びっくりするほど美しくて外国のようで 私はそこでの二時間を
満喫した・・・かつて行った地中海に面した 町フランスのマントンを
想い出した・・・
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オーナーはギリシャを感じてここにこのリゾートを建てたという
素晴らしい感覚だ・・
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カクテルはノンアルコールで仁淀ブルーという美しい一級河川仁淀川に
敬意を表するかのようなグラスが運ばれた・・

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お料理も期待以上のフレンチで 高知の地場産の野菜たちが
実に美味しく盛られていた・・(オードブルに先ずまいった・・)
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# by akageno-ann | 2017-08-04 00:57 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

ここはどこ?

思いがけない旅になった。

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ちょっと食事に行こうということで車を30分走らせて海沿いの宇佐という
方面に行き、宇佐湾を見下ろしながら山を登ったてっぺんの表情がこの写真
ここはどこ?ついラインで友人に写真を送ってしまった・・

時差のある国に旅しているの?というその返信がうれしかった・・
もちろんここは日本で故郷高知の一角・・

ほんの2時間の滞在で私の心は癒された・・

# by akageno-ann | 2017-07-31 02:00 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

祭りのスキルは生かそう

地域の夏祭りが二週間にわたって無事終了した。
無事というのは天候に恵まれて 大きな事故もなく・・ということで
祭りというもので人がけがをしたり命を落としたりということが一番残念なことになる
過激な祭りではなく、穏やかに楽しく・・という思いを込めて行っている。

地域に住む年配者たちはそういうスキルを持っているので、若い人たちの為に
大いに頑張っている・・神輿について詳しい人や 焼き鳥を焼ける人
立て看板に筆で書ける人  踊りの上手な人  太鼓をたたける人

会計の事務能力のある人   料理の上手な人  売り子さんをやれる人

片付けの上手な人  接待力のある人   アナウンスができる人

そういう力を発揮する人が多い地域はこうした行事を続けて行けるようだ。

私は雑用力を持っているので この時期は惜しみなくそれを発揮する・・

その間従妹の病状も両親のことも心配だが
祭りだから頑張ってね・・と三人にもお願いして
今年も無事過ごすことができた

舅を三年前にこの祭の時期の入院させることになってしまった・・今はそのことも
祭りのおかげで父を無事に送りだせたとも感じられるようになった。
舅は祭りの立て看板を何年も書いていた・・だから祭に間接的にかかわっていたせいか
その間体を心配して介護施設のショートステイに入ってもらっていた。

その第一日目の夜に 元気にカラオケも食事も楽しんだ舅は発熱して 入院になってしまった。
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びっくりしたが発熱だけで大事をとっての入院だったので却って安心していたが
そのまま一か月の入院ののち・・90歳の誕生日目前に亡くなった。
有難かったのは病院の手厚い看護と そこに搬送してくれた隣の施設のスタッフと医師看護婦の皆さん

暖かい心がずっと私たちを支えてくれた。

前日に元気にしゃべっていた父がその日の早朝5時に突然眠ったまま危篤になった
看護士の方が「すみません、30分前には穏やかに目覚められたのに 次に見たら急に息が弱くて・・」と
電話をくださり、駆けつけて・・そのまま30分私たちの見守る中で亡くなった・・

だから私たちはこの祭がそのまま父の終焉の思い出になった・・
それはとても手篤い看護で・・最後まで書くことが生きがいで素晴らしいスキルだった・・
その書道のお弟子さんたちが 祭りのご祝儀を披露する看板書きをしてくれている・・
そんな流れを作った舅に感心しまう・・



# by akageno-ann | 2017-07-25 06:08 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

夏祭り

6月の最期夏越し祭を各神社で行う。半年を無事過ごしたことへの感謝と
残る半年を息災に過ごすよう・・人型の白い紙に息を吹きかけ 自分の体調の悪い部分を
さすって、祈願する古くからの習わしがある。
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ふるさとの大国様でも・・・写真のように茅の輪をくぐります。
従妹の病状もずいぶんとよくなってきていますので、私は今年は彼女の手術をした
病院の近くの高麗神社を訪れました。

ここは折口信夫博士の歌碑があることでも縁を感じています。

7月に入ると地域の祭が相次いで行われ、6年前から自治会員としてお手伝いさせて
いただいてます。祭を無意味に感じられる方もいらっしゃるでしょうし、私も近年まで
それほど熱心ではありませんでしたが、こうしてかかわっていると、自然災害のときなど
地域の人々のお顔を存じ上げているだけでもなんだか心強くなって参ります。
故郷では本当に町をあげて神社の祭りを盛り上げますが、地域の祭もこころのよりどころに
なっているように思いはじめました。
皆で元気に今年を乗り切っていきたいと、そして被災地の方々もどうか一日も早く
安定した暮らしができますように・・と祈ります。

世界規模で異常気象による自然の破壊があり、一つ一つが他人ごとでなく・・
先ず水の確保と 非常持ち出しの身の回り品を検めたりしています。
暑さきびしい中にもお元気な日々をお過ごしください。

# by akageno-ann | 2017-07-17 19:22 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

久しぶりに

近くにあけぼの子どもの森公園という
トーベヤンソンのムーミン谷を模倣した場所があって・・

前から友人を誘っていたのだが・・このほどやっと
いらしていただくことができた。

この半年くらいは何か約束事がなかなかできなくて
延び延びになっていたのだが、従妹も少し落ち着いてきたので
思い切ってお声掛けしたら暑いさなかのほんのちょっと曇り空の
人気の少ない大人の散歩には最適な7月4日にいらしていただいた。

その前に飯能のラ ノーラというイタリアンレストランで
軽いランチを・・そこの味もとても気に入ってくださって
このコースはなかなかいい平日のコースになった。
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高校生の頃ちょっと楽しく読んだあの本をこうして大人になって体感する思いもなかなかのもの・・・あの頃の友人も誘ってみたくなった・・まったりと3人で過ごすひとときは大雨を心配して短時間であったが、2時間以上かかる友人は雨にあわずに辿りついたらしい・・ほんとうにありがとう・・・こうしてまた会えて私はとてもうれしいです。c0155326_15255963.jpg
# by akageno-ann | 2017-07-09 17:08 | エッセ- | Trackback | Comments(1)
佇んでいた白い水連は「天界に辿りつきました」と報告を受けたような気がした。
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伯父が亡くなったのがこの時期で
あの時もふと公園の沼をみると
こんな風に咲いていたな
と思い出した。
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ここは墓地の前のせいかとても法界に通じるように思えて・・水連の花が有難くかんじる。
6月は次々に花が咲き・・人を思うのは自分も年を重ねたせいだ。
しかも花に、まつわる人との思い出がたくさんあることにも驚かされる。

犬との散歩だが ふとここに導かれ久しぶりに沼を看たら・・・こんなに美しい水連の花を近年みなかった・・と
思い・・急いでスマホを取りに行った。
撮りながら少しさびしい気がした。
小林姉妹のことを中傷する文面があるときいたが・・
私たち従妹と私との暮らしの中ではどれほど救われているかしれない・・・
そのことだけは記しておきたい・・


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# by akageno-ann | 2017-06-30 14:07 | エッセ- | Trackback | Comments(1)