かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。


by ann
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コンサートに寄せて

友人に招待していただいて久しぶりに夜の音楽会に行ってきた。サントリーホールや上野の文化会館など
かつてはまめに行っていたけれど、東京はこんなに素晴らしいところがたくさんあるのだから・・と
思うのだけれど、夜の観劇や音楽鑑賞は帰路がしんどくなって久しい・・

しかし昨晩の三鷹の風のホールのコンサート 音大付属校の先生方のガラコンサート
たくさんの生徒や父兄を前に伝えたい思いがひしひしと伝ってきてじわんときた。
朝から従妹が調子が悪く心配したが、施設の方のケアがよくて行ったら笑顔だった。
今日のコンサートの話をしたら彼女の娘の恩師の演奏会だから くれぐれも楽しんで
と言葉を必死に繋いでくれた。

そうなのだ高知からこの音高に娘を入れたくて彼女がどれほどの情熱を燃やしたことか・・
数々の思い出があるが、そこには恩師への感謝の想いもいっぱいつまっている。
病気療養中でも感謝の想いが伝えられるならば心が健康だといつも思う。

さて実家に寄って美容院にも寄って、新宿三丁目に出た。
伊勢丹に行きたかったが 副都心線は夕方は伊勢丹正面の改札出口が塞がってしまい。
丸ノ内線のホーム経由で・・と歩かされる
しんどいので丸ノ内線に乗って荻窪に出ることにした。
途中の駅が懐かしすぎた。
中野坂上はかつて高校時代の最寄駅であるし、東高円寺にはバドミントンの練習に通った
高円寺の体育館があった。あのころ・・・運動は同好会で嫌いではないが練習は熱心で
なかった・・しかし教員になって バドミントンはずいぶんやったから役にはたったようだ。

さて荻窪はかつてインド駐在中の大使のお宅があってお邪魔したことがあったと想い出した。
日本人学校に尽力してくださるご夫妻で 私も婦人部コーラス部の一人としてお手伝いさせて
いただいた。
あの頃の大使館関係の婦人方はピアノの上手な方がいらしてとりわけ大使夫人は素晴らしかった。
その方の伴奏でシューベルトのアヴェマリアを歌わせていただいたことは私の宝物になっている。

ふとクラシックの良さを再認識して・・三鷹の会場へ ラベルの華やかなピアノ曲のあとの
バッハのヴァイオリン・・・癒された・・そしてエレクトーンによるオーケストラバージョンの
伴奏でプッチーニ とTime to say Goodebye・・・かつて必死になってアンドレアボチェッリの
来日公演のチケットをとって聞きに行った時を思い出す・・その時以上の素敵な演奏だった
再びバッハのクリスマスオラトリオ・・この曲をドイツ旅行でアイゼナハの教会で聞いたことを
想い出した。
c0155326_11395522.jpgその後友人のピアノ伴奏で リストとシューマンの曲による ローレライ・・
ドイツリートは心地よくて・・ライン下りはしていないがマインツに旅した時を
想い出した・・ドイツリートの生まれたあの地域の雰囲気を感じた。
一時シューベルトの楽曲にはまって学んだことがあったが・・ふとまた楽譜を取り出して
みたくなった・・
友人のピアノはウイーンの大学でも研鑽を積まれた素敵な演奏で・・今そのウイーンに
お嬢さんがピアノで留学中ときく・・
流れるようにつながる音楽の絆を感じずにはいられない・・

写真はヴュルツブルグのレディデンツで1989





# by akageno-ann | 2016-12-03 11:34 | エッセ- | Trackback | Comments(3)

仁淀川の神様

祭りはいつも人々を元気にさせる
祭りの日に帰ると神様がいらっしゃるとつくづく感じられる。
今回はおなばれとよばれる古式ゆかしい時代行列は見に行けないほど
お札所に参拝の方たちがいらしてとても忙しかったがお天気もまずまずの
良い秋の大祭であった。暖かいのが何よりでご家族連れの多かったこと・・
病気の家族を関東に残しての私の帰郷だったが、帰ってきたら皆それなりに
元気でいてくれて・・神様に感謝した。
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地震やいつもより早い関東の雪など、交通機関のことはとても心配になったが
なんとか無事に今回の祭にも参加できたことを感謝したい。
地元の自治会の秋祭りもこの三日前に無事済ませ不思議とこの時期は
祭り三昧になる・・むかしは祭りは子供の頃に縁日を楽しみに近くのこじんまりした
神社に赴くばかりだったが、生まれ故郷の祭を知ってから、地域に祭りという行事のあることの
大切さを感じるようになった。
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ここは祭りの多い神社として観光名所にまっている高知は いのの大国様
100人以上の人々が老若男女様々な衣装を纏って平安の世を懐かしむように
待ちを練り、仁淀川の土手まで行列がある。神輿の下をくぐると健康で長生きできるとか
獅子舞の獅子に頭をがぶりとかんでもらうと子供がかしこく元気で育つという言い伝えを
皆心から信じて行列を待つのだ。
自分もそうしてもらいたいと思いつついつもこうして写真を撮ったり裏方で楽しむように
なって久しい。
町がここで一つになることが地域の活性につながるのだと感じる日でもある。
仁淀川の雄大な流れを神様が選ばれてここに辿りつかれたという神事が
素敵なこの町の歴史的行事である。



# by akageno-ann | 2016-11-25 22:18 | エッセ- | Trackback | Comments(3)

思い出されることばかり

久しぶりに幼馴染にあって話をたくさんさせていただいた。
新宿伊勢丹はキラキラとした場所で・・時にはこういう場所に立つことも
背筋が伸びる・・と還暦を過ぎた私たちは感じたりした。

しかし私がもっと背筋が伸びたのは 中学校時代と同じように、人生に真摯に
向き合っている友人の姿だった。

中学校時代 一年間同級だったが、学習のひとつひとつはもとより、学年集会の
演劇の脚本までもユーモアたっぷりに書いてくれたり、弁論大会で活躍したり
まばゆいばかりの才能の持ち主なのに いつも謙虚で 
生徒だけでなく 教師もまた彼女に自然に一目置いていたな・・と
甦ってくる・・

こんなことを書いているときっと「やめて・・」とはにかんでしまわれる人だが
一つだけこんなエピソードを記させてもらう。

音楽の時間に たしかベートーベン皇帝の鑑賞の課題で音楽教師の工夫で4人の女子と
テーマをアコーデオンで弾かされたことがあった。
私はそのベースの担当だった。

ソプラノパートを友人が弾いたのだと思うのだが・・練習時は私のパートは一番最後に
弾くことになっていた・・

しかし当日は教師の話題はベース部分から二なり・・ぼんやりしていた私はしどろもどろの演奏に
なってしまった・・あのときの教師と友人たちの困惑した顔を多分一生忘れないと思っていたら
本当に覚えているのだ・・
あれ以来音楽に対してとてもコンプレックスになり、高校時代に苦手な書道を選択して音楽の授業から
離れてしまった自分をずっと後悔していた時代があった。

自分の心がけの悪さが原因だったと・・今は後悔が反省になっているが・・
なんでもきちんと仕上げることの大切さも今はわかる・・

高校時代に彼女は音楽の道に進み そのまま極めていられるが、私の姪もよく指導していただく機会を
得て・・今もなおしっかりと後進の指導に当たっている姿は、本当に中学校時代に感じた尊敬の想いと
共に懐かしさにもかわってきた。

同窓会というのはそういう思いでいっぱいになるのかもしれないが・・こうして少人数で対峙して話すと
じっくりと過去を振り返れるのがいい・・・

美味しいフレンチに舌鼓をうちつつ・・ヌーボー解禁日にちょっとワインもいただいて
ほろ酔いで饒舌にc0155326_23464463.jpgなった私を許してもらおう・・しかし・・・若い頃の心がけは人生をかなり左右するものだと今さらに感じて・・
また老後もそれなりに努力していくことが新たな生活の基盤になるように思えた。

夜は近所の酒屋さんの顧客へのサービスのワイン会・・
一日をちょっと贅沢で懐かしい気分で終えた 11月の第三木曜日になった。

男子は日本酒の飲み比べも大いに楽しんだ・・今年のボジョレーヌーボーは
なかなかおいしかった。

# by akageno-ann | 2016-11-18 23:44 | エッセ- | Trackback | Comments(3)

紅葉が心に沁みた日

長く療養している従妹が最近癌を患い 抗がん剤の治療が続いていたが
癌には効いているのだが、もともと弱まっている体なので、どうもしんどさが続き
筋力が弱っているようなので、施設のスタッフの方たちが心配してくれていた。

本人家族の気持ちも同じで ここで抗がん剤を少し休んでみようということになり
今日は主治医を尋ねた。

いつも彼女の体調と心に寄り添ってくださるこの教授は私たちの想いを それは
優しく・・しかし「癌の方は少しまたもとに戻ろうとするかもしれないが・・」と心配されつつも
今の彼女の日常を大切に考えようと・・一か月休んでみようと・・いうことになった。
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今日は言葉がうまく発せなかった彼女はその教授の言葉を聞き取ることはできて、全身で
その喜びを表してくれた。
この病院はスターバックスが院内にあって、彼女は診療後そこでお茶をすることが大好きなのだが、
先生の言葉に今日はさらに楽しいお茶の時間を過ごした。

その後 施設スタッフの方が紅葉を愉しめる道を通ってくださって、思いがけない
紅葉狩りになった。

病はこうしてひとつの殻から抜け出すことも必要なのだ・・とつくづく感じた日だった。

全身で付き添った人々に感謝を述べる彼女に心から感動し・・
スタッフの「 先の先を考えてしまうより今はこの喜びを大切にしていきましょう・・」の
言葉がそれはまるで神様に言っていただいているような気持ちになった・・・

美しい紅葉が心に沁みた・・
# by akageno-ann | 2016-11-16 21:58 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

秋祭り

11月になると各地で秋祭りの催しが増える
昨日もまた私たちの自治会で今月行われる秋祭りの準備委員会が
開かれた。
元は文化祭だったが、最近は餅つき中心のイベントで子供たちが楽しみにして
くれるような祭に変化してきている
だが祭も安全に行われるように心がけなくてはならない。
神宮外苑の展示会での5歳のお子さんの悲運な死を忘れてはいけない・・と
感じた・・ちょっとした不注意から起こる事故が最近多いように思う
そしてそこで幼い命が奪われている・・・
なんともいたましい・・・

疲れていた・・
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故郷への両親との帰郷  従妹の病気見舞いの日々で
先月から疲れていたらしい・・

だが今日は素敵な小旅行で心が洗われた・・・
晴天に恵まれて 北杜市への旅・・昨年来何度もお邪魔させていただいているが
今回は小夏が特に喜んだ・・

床暖での寝床も小夏の大のお気に入りで しあわせに眠っていた
ここは犬の天国で その様子を見て人間も癒されいる・・

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散策をしなが「銀杏を拾い、松ぼっくりを集める」
犬と一緒にそんな子供時代のような遊びが楽しくて時間を忘れた。


# by akageno-ann | 2016-11-08 23:34 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

校閲がおもしろい・・

石原さとみさん主演の「地味ですごい校閲」が今一番はまっているドラマ  春には TBS系の「重版出来」
というドラマにはまっていた。
シチュエーションがさすがにこまやかな部分を描いているので我々の年代でも十分楽しめたのだと思うが
どちらも一話ですっきりとする内容なのが有難い。

今日のドラマでの「やってきたことで無駄なことはない・・」という言葉は 私がとても好きな言葉だ。

途中は紆余曲折 逡巡しても必ずどこかに落ちつくことを信じて暮らす自分である。

それともう一つ NHKBSプレミアム 「アナザーストーリーズ」でアポロ13号の帰還成功のエピソードを
みたが、その頃のスタッフたちが ほとんどあの13号の経験があればなにも恐れることはなく、
あの経験をしたからなんでもできるという 自信につながりどんな困難もめげずに生きれた・・と
いう言葉を聞いた。

62歳までなんとか楽しさを持って暮らしていられるのは・・もともとの楽天的な性格もあるのだが
私はインドの3年間の生活が基盤になっている。

インドの暮らしは本当に自分をめげない性格にしてくれたと思うだ。

あの地の生活をしながらあの地から飛んだ シンガポール 欧州 大洋州での休日は実に多くを
学ばせてくれた。

あの頃のおおらかさは今はほぼないが、ふと思い出し・・困難もあったインドニューデリーでのことと
一緒に全てを思い出す・・

その経験が少々大変になってきた自分と周辺の高齢化社会での生き方を模索している。

行きつくところはかなり予想はつく・・だがまだまだ様々なことが起こるでしょう。

とにかく・・精一杯生きて行こうと思っている。

そんなことを思わせてくれた 今日の「アポロ13号」と「地味ですごい校閲部」日本テレビのドラマだった。


# by akageno-ann | 2016-11-02 23:19 | エッセ- | Trackback | Comments(3)

ハロウインパーティ

昨日は日本もあちらこちらでハロウインパーティ nanakoさんにお願いして・・ 
少し前に近所の子供たちに
プレゼントさせてもらいました。
そうしたら・・今回の新作は なんと木乃伊・・ミイラです。男の子にあげたら  ほら・・いるでしょう・・ミイラ君
可愛らしい。・・昨日は従妹のいる介護施設でもスタッフさんが結構怖~い感じでみんなを驚かしながら楽しませてくれました。
日本は日本らしいお祭りにしてますね・・大人も子供も楽しみました。
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# by akageno-ann | 2016-11-01 20:47 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

長生きするということ

最近高齢者の運転する車での大事故がニュースになる。
一昨日の神奈川での小学校一年生の死亡事故はあまりに悲惨である。
しかも加害者の男性は87歳で 一人暮らしで 軽トラを日常的に運転していたようだ。

事故後の調書で運転していた時の記憶を一部失っているような、報道があった。
そんな運転者がいてよいはずがない。
しかしお年寄りに車の運転をやめさせることの大切さを感じている。
幸い私の父は私たち子どもたちにも運転を奨めない人だったので、もちろん運転免許を
持っていない。
ほっとするのはもしもこの父が今も運転している人だったら、私たちの助言を聴いてくれたかなあ
と思った。

亡き舅殿は50ccバイクに乗っていて、85歳まで近隣を乗り回していた。
これが自分の足の代わりだからと80歳過ぎてからの私たちの不安を聞き入れなかった。
85を過ぎて さすがに取り回しができなくなって、自らやめてくれたが
年をとってからの足の代わりに車は皆やめたくはないだろう・・

しかし自動運転の車もこれからでてくるだろうが、これも実に心配である。

自分もとにかく気を付けての運転を心がけ、歩けるところは歩く・・という
ことを最近気を付けている。

結局長生きするために必要なことの一つは自分で歩ける・・と言うことだと思う。
今回の旅で母をタクシーと飛行機と親戚の車で完遂することができたが、その間には
車いすが大きな助けとなった。
自分で歩きたい・・と言った母に旅の間だけ車いすを使ってほしいと頼んだら
素直に応じてくれたので助かった。

ある程度普通に歩いて一生を過ごす・・ということの重要なことを身に沁みている。

事故の犠牲になられたお子さんのご冥福を心から祈ります。合掌



# by akageno-ann | 2016-10-31 10:29 | 老育 | Trackback | Comments(3)

父と私のそれぞれの郷愁

二年前の外反母趾の手術から母は急に老け込みました。
おそらくは 手術時の麻酔と 半年近く片足が不自由で思うように動けなかった
せいだと思います。
私たち家族 とりわけ父の戸惑いは大変なものだったと思います。

毎日一緒に生活してきた相棒の急な変化はショックが大きく普通でしたら
早くからヘルパーの手を借りるとか、リハビリ病院に入院させるとか考えるところを
父は違いました。

自分のできる限りの共同のリハビリで母を回復させようとしていました。
その目的を[一緒に高知へ帰郷する]ということしたのです。

父の著書「万緑の港」という俳句エッセーに 終戦後に満州から、病身の実母を家族と
連れ帰った記録があるのですが、「どうしても故郷の高知にかえってから死にたい・・」と
覚悟して懇願していた父の実母露子の逸話を思い出しました。

あの時代の不自由な生活の中にも家族を離散させずに海の向こうの大陸から日本の四国という
小さな島のさらに山奥の家に連れ帰った記憶は・・老いた父に大きなエネルギーを与えていたように
思います。

父は昭和31年まで高知県で小学校教員をしていましたが、先輩の勧めで 東京都の教員試験を
受け直し故郷を後にしたのです。

それから60年 この東京で他の親戚とは離れて私たち小さな家族を守り続けてきたのです。

そういう感謝は忘れていませんが、父が少しだけ故郷への思いが薄らいでいるように思えて私は
少し批判的に見ている部分がありました。

私は高知で生まれていますから、祖父母の家や墓守をしなくてはならないと幼い頃から思っていました。
その思いからここのところ父の代わりに帰郷する回数が増えていただのです。

しかし父の久しぶりの帰郷は父の教え子 母の同級生 そして親せきの人々を喜ばせました。
そのことが先ず、私を感心させたことでした。
                                    つづく


# by akageno-ann | 2016-10-29 16:17 | 老育 | Trackback | Comments(0)
両親との故郷への旅は人々の多くの援けを借りて無事遂行できました。
疲れたと言えば疲れたし、達成感があるといえばあります。
気楽な旅ではなかったけれど 多くのことを学んだ 2泊3日・・
正直多くの覚悟もしていました。
一番考えていたのは 母が体調を崩して行けなくなることもあるということ・・
ここまでの体調管理も両親が夫婦でしっかり行っていたようでした。
私は臆病だから 事前の雨の月曜日に池袋に土産を買いに行くという日に
ひどく反対したほどでした。
でも二人はこれも訓練と・・タクシーを雇って行きました。
私はわざとついていかなかった・・実家で家事をしていると、「無事についたから
大丈夫」と電話があったので家路につきました。
夫婦での行動をあまり監視するのもいけない・・と反省しながら・・

その週の土曜日に出発でしたが 金曜日に実家に泊まって一緒に出発することにしました。
その夜も 近所のレストランで食事するというので・・夕食を少し用意していた私は
また心配しましたが 翌日から外食なのだからいいことなのかもしれない・・と思い返して
近所に可愛らしいレストランができて、二人はよく利用しているのだ・・
いろいろサービスしてもらっているので、ちょうどいただいた故郷の大きな梨をお土産にしたら
シェフのご家族が喜んでくれました。
開店したばかりの一番の客だったので 明日から四国へ旅に出る話をしたりして
家族3人の士気を高めるような気がしました。

早めに準備もし、早く床に就き、翌朝を迎えました。

私は相変わらず早起きなので、テレビをつけて天候や交通状況をチェックしていました。
高知は雨の予報でした。

この日10時半にタクシーを予約して 羽田空港に向かいました。
このタクシーという便利な手段によって足の弱まった母は大きな勇気を得ていました。
11時半には全日空の出発ロビーに到着・・すぐに車いすを借りることができました。
このまま飛行機の搭乗口まで入れるそうで、車いすをあまり普段使用しない母でしたが
乗ってみると意外に乗り心地が良かったらしく・・私と父が変わりばんこに押していくことを
喜びました。
機内へは 係員が運んでくれました。
今回はプレミアムクラスにしていたので楽でした。ランチの軽食のサンドイッチを
両親ともにおいしそうに完食しました。

飛行機は生憎の天候のせいか ずっと小さく揺れていました。
しかし無事時間通りのランディングで、迎えてくれる人々を安心させたようでした。
荷物を受け取って再び車いすで到着ゲートに向かうと そこには父の教え子の方が
待っていてくだいました。
いよいよ故郷での旅が始まります。
                            つづく

# by akageno-ann | 2016-10-27 19:03 | 老育 | Trackback | Comments(2)