かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

by ann

中村紘子さんを悼む

ピアニスト中村紘子さんが亡くなった。72歳・・
そう今の自分と10歳しか違わないのか・・と改めて思った
72年の歳月は私の何倍ものエネルギーを使ってピアノや作家活動をされた方
女性として 芸術家として 本当に尊敬をする。

その中村さんの手を握らせていただいたことがある。もう50年近く前になるが彼女の演奏会で花束を直接あげる機会があった。
花束を受け取っていただくだけでうれしいのに 大切なその手をさっと差出し私の右手を握ってくださった。

その感触はずっと忘れられないものになった。
私も少しピアノを弾くが 指導者にいつも「あなたの手は大きくてうらやましい」と言われる。

それに比べて中村さんの手は私の手の中に入るようなこじんまりとした大きさだった。

だが鍛えられた指の骨格は一瞬の感触でもとてもしっかりしているものだった。

ラフマニノフや プロコフィエフや  指の長さがあれば楽に弾ける曲を奏法を駆使して弾きこなす努力を惜しまなかった中村さんにずっと敬意を表していました。

小さなホールでの演奏や大ホールのコンサートなど私はかなり赴いたので 彼女の演奏をずっと覚えていられることを幸せに思う。

スタニフラフ ブーニンが若い時に来日して NHKホールでショパンの演奏を行ったとき、偶然演奏の合間の休憩時にインタビューを受ける中村さんを傍でみたことがあった。

「あらっけずりだけれど、表現力がすばらしい」とわかりやすい評論してくださる方でもあった。

今は本当に天国にてあなたの演奏は天使たちが聴いて、癒されていることでしょう・・

心より御冥福を祈り あなたの演奏をこれからも地上で聞けることに感謝して
中村紘子さんを心より偲びます。

                                                              合掌
# by akageno-ann | 2016-07-30 00:19 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

祭りのあとに

様々に祭りは大変であるが そのあとのひっそりと反省会はやっとなにかから解放された思いがふつふつとわきあがり・・ほどけていくしがらみを忘れる一瞬の喜びにまた次の事柄をゆっくりと始めようとする力が年をとっても蘇るようだ。
今日はそんな料理を青梅市の井中居(いちゅうきょ)という古民家を改装した日本料理屋に誘われていった
その料理の夏らしい感触をここに置いてみようと思う。
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古代蓮にのせられた涼しげな料理
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演出が数年前に訪れた時よりもさらに練れていることに感心した。
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# by akageno-ann | 2016-07-28 20:39 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

祭り

最近身近な祭りを心の支えにするようになってきた。
6月から3つの祭を手伝うことができた。
ふとこのめまぐるしい時代に祈ることが心の安定につながるのなら有難いと感じるこの頃だ。
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神楽に祝詞とお祓い  そして木遣・・
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日本の三大祭も最近は遠くからの参加者が増えたと聞く。
この地域もこの祭にあわせて独立した子供の家族たちが帰省して参加している。
そういう家族あわせにもまた大きく貢献する。
単身になってしまったお年寄りも新しいエネルギーをもらえるのが祭
子供たちにつないでいく伝統を授けるもの祭・・・
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そして人々の健康と地域の安全をここに祈る・・

翌日は ポケモンGOで遊ぶ人がこのあたりを探していた。
パワースポットのような気がしてきた。
# by akageno-ann | 2016-07-26 01:52 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

連休最初の快挙

素敵な珈琲店を発見
それも大好きな友人と・・・
互いに忙しいのでなかなかゆっくりおしゃべりできないのだが
今日は偶然彼女がメールをくれて
しかも私も家にいて・・
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1時間後に彼女が赤いワーゲンで迎えに来てくれた。

もう30年来のお付き合い・・しかも最初は彼女の母上とのお付き合いから
始まっている・・
当時彼女はまだ学生さん・・そして就職されて 結婚されて
お母さんになられて・・

その間・・よく彼女のご実家でお母様と一緒にお話に加わられて
お子さんとも親しくさせていただいて

そして お母様の病中にも私はよく伺わせていただいた。
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そして・・そして・・お母様の最後を一緒に看取らせていただいたのも
彼女のやさしい心遣いからだった・・

一緒に死化粧し、・・・・あの日のことはちょうど今から6年前のこと・・

そんな思いも秘めながら二人でジャズのかかるおしゃれなご夫妻の珈琲店を
見つけて、幸せな連休第一日・・

仕事のある彼女がみつけた少しの時間・・でも2時間という時間を
たっぷりと今日の珈琲はコロンビア・・

さっぱりとした口当たりで、お替りしてしまった・・カレーも美味しくて

後を引くのか今夜は明日の為にカレーを煮ている。
# by akageno-ann | 2016-04-30 21:28 | エッセ- | Trackback | Comments(5)

比志神社の春の神楽

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昨年よりも大きくなって美しく咲き誇った花桃が先ず二度目の神楽を訪れた私たちを歓迎してくれました。

塩川は穏やかな水ををたたえて、これからの田畑の豊かなることを知らせてくれました。
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黄色という強烈な色もここでは元気をくれるカラーで 素朴な風景の中に一段と鮮やかです。

昨年に続いてこちらの比志神社のお神楽を拝見しに伺いました。
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こちらは701年より伝わる古社お言われるが1400年ころに山の方から塩川のほとりに移築されたそうです。
神楽殿は見事な木造建築で 神楽の日には拝殿から橋がかりが備え付けられます。

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年配の男子による神楽でなかなか勇壮な舞踊があります。

その伝統を受け継いでくれる若者たちへの啓蒙に努力もされています。
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天岩戸の話はこの災害の多い日本の現在を神に守ってほしいと痛切に願う思いも
今年は特に強く持ちます。
# by akageno-ann | 2016-04-25 21:17 | | Trackback | Comments(2)

鎌倉の記憶

先日雨の鎌倉訪問を書きましたが、その時間を作り出してくださった友人が素敵な記事にしてくださいました。
小旅行といえるなんとも素敵な一日で、私の記憶に美しい思い出になって刻まれました。

なるべくお誘いにはのる・・という意識でいますが
最近は遠出はできません・・

でもこれまでのいくつかの記憶が小さな旅によって想い出され時間旅行をしばし楽しめる今の自分が愛おしいです・・

旅をできるかぎり遂行してきました。

一番すごかったな・・と思い出されるのは  インド在住中に 友人に会いにシンガポールへデリーから
飛んだこと・・

あの時代は気楽なインド国外旅行はできない時期だったのですが、自分の胸のしこりも気になり
健康管理休暇として許可を得て・・もちろん自腹で少し高かったが エグゼクティブクラスで
シンガポールに飛びました

そのときの気丈さが今も生きてると最近思います。

素敵なブログはこちらです→→→★★★
# by akageno-ann | 2016-04-20 19:59 | エッセ- | Trackback | Comments(3)

今できることを

熊本大分の被災地の様子を映像で拝見していても、日本人の頑張るひたむきな姿に感動します。

そして今回の地震のまた「想定外」という言葉を聞いても いつ何時どこで災害に出あってしまうかを
考えておこうと思います。

まず自宅での被災の場合  小物など棚には できる限り飾っておくことが必要だと思います。
自宅の地震感知で最初に音がするのはグラスたち
そのことで一瞬でも危険なものから遠ざかれたら・・と思います。
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このグラスラックはネットで買いましたが インテリア兼のストック場所として大変便利
そして地震は細かにグラスの音がして最初に知らせてくれます。

生き物たちも動きが活発になります。特に我が家は亀が動きが活発になるように思います。
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小さな物音にも少し注意深くしていこうと思います。
雲の形を言う方もあります。
自然現象に敏感になることも大事かと思います。

地震の収まることを祈りつつ 日々を変わりなく過ごすことだんだんとしんどくなってきています。
被災地の皆さんに少しでも役に立てることはネット上でもずいぶんあるようなので
少しずつ協力していきます。
# by akageno-ann | 2016-04-19 13:23 | 地震 | Trackback | Comments(1)

地震ふたたび

熊本県という阿蘇山のある地域でまた大きな地震があった。
阿蘇山は少し噴火の心配をしていたが、まさかこのような地震があるとは思っていなかった。
日本の名城の一つ熊本城の鯱まで落ちたその姿にも驚き、今回の震度の強さを感じる。

友人が福岡にいて、そのマンションもかなり揺れたようだ。
しかも一晩中の余震の回数の多さには眠ることもはばかられたようで、ましてや
熊本の震源地の方たちの恐怖は想像できない。

両親は青年時代に高知で南海大震災に遭っている。
早朝の眠りからまだ醒めない時間だったそうだ。
私の従弟のお嫁さんのおじいさんたちはその時の地震で亡くなっている。

今回の局地的な被災場所でも一瞬のうちに家屋倒壊で命を落とされた方が年齢に関係なく
いらっしゃる。

あまりに不運である。その不運はいつ振りかかるかわからない事態である。

明日実家にいったらそのことをよく話してこようと思う。
両親の実体験ももう一度聞いて、またいざというときの対策を我が家なりに考えておかねばならない。

こういう事態では真剣に身近なこととして皆が捉えておかないと、危険だという時代になっている。
故郷高知では桜の咲き方に少し異変を感じたと・・聞いた。

そういう自然現象は地震につながると・・感じる人々もいるという。

先ほどテレビ朝日でお一人暮らしの85歳の婦人が入れ歯がなくて困っていらした。
たまたまテレビ局のスタッフがそれをみつけてあげて、大変感謝されていたが
私は今日それが一番心に響いた・・

亡き舅も身だしなみとして入れ歯はどんな時も一番にしていた。

自分の持つポリシーを災害にあってもしっかりもてるか・・を改めて考えている。
被災地に光をあてよう・・自分のできることを考えて行きたい。
# by akageno-ann | 2016-04-15 22:48 | 地震 | Trackback | Comments(2)

父の想い

少し喧嘩をすると父も私も後悔があり、互いに牽制球を投げるように会話を選んでいる。
母のけがは幸い快方に向かっているが、気になるので毎日何かにかこつけて実家に出かけている。
それを黙認してくれている父もいる。
だが必要以上に心配したり母に手を出したりはしない。

母がここまで自分の力が出てきたのは父のおかげなので、所謂「人への悪戯な甘やかしはいけない・・」という父の教育理念のようなものも感じられる。手を貸すというのはある意味簡単で、じっとその人が自分で自分の身の回りのことをするのをまって、褒めたり認めたりすることこそ大事だ、というのだ。

そのことは身を以て教えられているので、ぐっとこらえる。

父は長いこと発達障害のあるお子さんたちを導いてきた。
ある時は厳しすぎるのではないか・・とも思ったこともあるが、その人の持つやる気を引き出すためにかなり先のことを想定して待つ・・という人だった。少し認知症の気配のある母のことをそれを知った上でなるべく進まない様に日常の生活の中で訓練を続けていた。

道路を渡るときの時間も店に着席するまでの時間も 私はつい手助けして早くしようとしてしまうのだが、それではいつまでも自分だけでできなくなるという。

しかし母の年になるとそれはもういのではないか・・と思うこともある。

父自身の老いのことも考える。こうして母と二人ではストレスもためているのではないかと思う。
私が舅を看ていた時もだれにもわからぬストレスというのがあった。

そういう時は他の人との会話が大いに役にたった。

そして今舅との暮らしを思い返すとそのストレスをほとんど改めて言葉にするほど大したものがないのに驚く。
両親の暮らしを見守るなどとは偉そうな態度なのだが、とにかく寄り添っていこうと思う。

明日は妹が病院に付き添ってくれる。
妹はどこか父方の亡き祖母に似ている感覚があるように思う。
それは二人の男の子を育てたという共通点だ。

父は妹のそんなところに一目置いている様子もあり、少し遠慮っぽいところが可笑しい。
そこにちょっと期待する今日の私がいる。

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母と近くの農協で好きな花を求めて植えている路地の小さな花壇
# by akageno-ann | 2016-04-14 22:10 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

携帯電話

一昨日父とちょっとぶつかったが・・互いにその会話を分析したのか・・今日はずいぶんと折り合っている
これが親子というものなのか・・
私も言いすぎたので・・今日は控えめに控えめに行動した。
病院の付き添いも外で待っていたし、昼食の内容も言われたものだけを買いそろえ
一緒に食べた。
父も母のゆっくりペースについていくのは確かに疲れるだろう
でもこの一年よく見守ってくれた。
父でなくてはできない母のリハビリテーション
一度だけ聞いたことがある『障害のある人のリハビリは待ちが必要で、それが本当に難しい』
長年障がい者の教育に携わってきた父は私の何倍も待つことができる・・

そうなのだ・・母が一昨年の冬に外反母趾の手術を行い、手術は成功したのだが、そのときの麻酔によるものなのか・・・少し認知症が進んだように思えた。
歩くことに臆病になり、時間がかかるようになった。
でも買い物はするようになったので、デパートなどでは車いすを使うことを推奨した私だった。
だがしかし父は違った。
ゆっくりゆっくり母のペースで歩くのにつきあう・・

これが一年続けられて、母はかなり復活した。足に筋肉がついてきたのだ。

私だったらできないリハビリの補助だった。

その母が一昨日の風の中に家の前で倒れて、頭を少し打って出血した。
大事を取って救急車を要請し、救急病院で手当てをしてもらった。
有難いことに大事に至らなかったが、見守っていた父は大変ショックを受けたようだ。

自分の責任・・それを感じていてくれた父が疲労のあまりに不機嫌になっていたことに
気づいた。

親子というのはそういうものなのか・・心配のあまりにぶつかることがあるが・・
それは「愛情の裏返しだ」と友人に教えられた。
不思議だが、そのときのぶつかり合いは互いのために良かったのだ・・と
今日は帰宅後に父が電話をくれて驚いた
「今日もありがとう・・たすかった・・」

電話は不思議と素直になれるいい機材かもしれない・・まして携帯電話は
父の少し不自由になった耳にはとてもいい援助をしてくれるようだ・・
携帯電話をもっと利用しよう・・メールも使える人なのだから・・

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# by akageno-ann | 2016-04-13 22:29 | エッセ- | Trackback | Comments(6)