アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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クリという仕事

第125話

10月末の美しい光の祭、ディワリが再びやってきた。
美沙は今年はサーバントのシャンティに頼んで家の周りを盛大に飾ってもらうことにしていた。

このあたりのインド人にもすっかり顔見知りになり、朝な夕な挨拶を交わし、隣のブティック経営の母子からはパンジャビスーツの新作発表会に呼ばれたりしていた。

新作とはいえ、デザイナーの卵の娘の作品は斬新だがまだまだ縫製が雑であったが、美沙は付き合いで「似合う」といわれたシルクのパンジャビを買い求めた。

今度のデワリには親しくなったインド人家庭のディナーに招かれていた。

その夜にでも着ていこう・・そんなことを考えたのだ。

郷に入りては郷に従えとは古人の言葉であるが、まことにその通り、和食には拘ってもなるべくご当地のものを取り入れて過ごす方が自然で余分な力もいらない。

そんな美沙の姿を見るにつけ、怜子も夫の北川も眩しく感じていた。

美沙本人は気づいていなかったが・・・

祭の頃には日本人同士の集まりも増え、何組かの夫婦で一緒に夕食を共にする風潮があり、呼んだり呼ばれたりの暮らしがデリー二年目の者たちも回数が増えていた。

呼ばれたら呼び返す、これは礼儀のようなものだった。

「美沙さん、買出しに行かない?もうINAマーケットにマナガツオや海老が出てるわよ。」

と、怜子が誘ってきた。客用の食材を仕入れておかねばならないのだ。

二人はプライベートタクシーでいつもの運転手に、そのマーケットを指定した。

「OK.マダム」
とたやすい返事をして、車は大通りをひた走り、そのINAマーケットに向かっていた。

マーケットはこのデリーでも大きく有名な場所で車寄せは広く、ドライバーは一番店側に近いところに止めてくれた。

二人が降り立つか立たないうちに、10人ほどの背のひょろっと高い細い男の子たちが群がる、

初めてそうされた時は、物乞いに集まってきたのか、と美沙は勘違いして追い返す仕草をしてしまったのだが、もう慣れた今は、その中の背の高く顔見知りの男の子を二人選んで進んでいく。選ばれなかった子供はまた次の車が止まるのを待っている。


この子供たちはクリという荷物もちの仕事をしているのだ。

「あの子は気が効いているものね。」

「そうなの、絶対に私たちを見失わないし、マサラ・・っていうとその場所に連れて行ってくれるわよね。」

「しかし、あの一生懸命さと素直さは天性のものなのかな?」

「ここでの暮らししか知らないから、このことにさして不満をまだ感じないのでしょう。」

「でも将来はどうなるの?」

「ほんとにそう思うことが最近多くなりました。」

怜子との会話にも美沙はここでの暮らしが長くなったことを感じていた。

いつも一番先に行くのが、魚介部なので、雇ったクリの男の子もさっさとついてくる。

頭には大きな平たい籠を乗せている。

魚介部も大分臭いが普通の魚の匂いになってきていた。

9月にきた時には、氷の上にあっても、何か腐った臭いと交じっていて吐き気を伴う気分にさせられたが、今日は氷も豊富でその上にジンガーと呼ばれるブラックタイガーのような大きな海老がたくさんのっていた。

怜子や美沙を見つけて、店のものはすぐに日本人の好みをしっているのでマナガツオを見せ、そして袋にその海老をいれようとする。

もちろん美沙たちはそれを制して、袋を受け取り、自分たちで海老を吟味するのだ。

太さ、大きさ、色艶、香り、その全てをチェックして一匹ずつ袋に入れていく。
二人とも10匹ほどの良い海老を買うことができた。

グラム数を計り、おおよそ100ルピー(当時1000円)だったが、ここの暮らしの中では贅沢な買い物かもしれない。

マナガツオは今回はやめにして、二人は鶏肉を求めにその奥に入った。

目の前にはヒツジか山羊かと思われる頭部がぶらさがっており、その肉も随分と威勢よく売られていた。

怜子はそういう光景は苦手らしく

「人間の手術には立ち会ってきたのに、こうして命のないものはダメなのよ。」

と苦笑いして、鶏肉の方へ向かう。

鶏肉は既に丸のままではあるが、毛もむしられてすぐに使えるものもあるのだが
やけにプヨプヨしているのは水をお腹に注入されていて重くしてあるのだ、ということもわかっていた。ここでは鶏には気の毒なのだが、なるべくフレッシュなものが欲しいときは、まだ鶏そのもの姿のものを選んで、調整してもらうのが正しいと教えられた。

が、二人はそんなことはどうも苦手で、その日もその並べられている裸の鶏肉を持ち上げて
水を出し、計らせた。

こうしても決して叱られないのが、ここの人の良さなように思えた。


そのあとをしっかりついてくるクリは買ったものを全て頭の上の籠にのせて重そうな顔もせずに歩く。
美沙はその子がとても気に入っていた。

野菜も種類が豊富で、まもなくボンベイ(現ムンバイ)からは白菜も届くだろう。

デリーもそういう季節は肌寒くなり、日本人は鍋料理を好んでする。


二人とも買い物を終えて、車寄せにもどると、クリがドライバーの顔をきちんと覚えていて
車を呼び、全ての荷物をトランクに入れてくれる。

そこで二人はそれぞれに10ルピーほどの駄賃を渡す。

この10ルピーはインド人マダムに言わせると「外国人は甘い」と評する値段らしい。

しかし、美沙も怜子もこれは児童福祉法に違反しないのか?など心を少し痛めながら
この子達の笑顔の挨拶を喜びながら渡して、1ルピーを別にチップとした。

大きく手を振ってくれて、その場を車で離れることにも美沙は慣れてきていた。
                                                  つづく

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サーバントたちもディワリは家族を呼んで楽しむ。


「annと小夏とインド」
小夏の骨折物語です。


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あらすじと物語の周辺
インドで出逢った、美沙と怜子は年齢の差を越えて意気投合し、日本時学校の教員夫人として駐在生活を続けていた。二人の共通点は『赤毛のアン』の熱心な読者であったことと、高知出身の怜子、夫の母親が高知出身の美沙、そして何より、デリーで一番のご近所同士だった。
8歳ほど下の美沙を可愛らしい後輩として面倒をみる怜子は子宮癌を患いながらも果敢に病気と戦って、1年をデリーで過ごし、次第に元気を取り戻しつつあった。

美沙はそんな怜子の心の支えになり、また彼女自身を慕って朝な夕なを共に過ごしていた。
怜子は最後のデリーの猛暑の夏を、美沙には2年目の夏休みを共にヨーロッパに渡って
避暑をしながらエネルギーを貯えていた。

デリーの残暑は長く厳しい、その中でサーバントたちとかかわりながら必死に生活する。

この小説の冒頭は・・こちらへ
Commented by crystal_sky3 at 2008-04-09 08:36
おはようございます♪
インドのマーケット事情、興味深く拝読しました^^
鶏のお腹にお水を入れるっていうのはびっくりですけど^^;
インドの方々にはどんなお魚がポピュラーなのでしょう?
ところで、子供たちも小さいうちから働くことをしっかりと教え込まれているんですね。素直で純朴な人々の様子がよくわかります。
応援してます♪★★
Commented by akageno-ann at 2008-04-09 09:01
クリスタルさん、そちらはもう夜?さっそく読んでくださって感激してます。この時の情景は今でも忘れられないんです。
全く先を争ってやってくる子供たちですが、そこでけんかなんかしないんです。そしてそれ以上の要求もしない。

インドの人はマナガツオをフィッシュカレーに使っていました。
海老はソテー・・でもカレー味です。
あとはさわらなんかもありました。日本人はそれを薩摩揚げにしてたべました。どうしても臭いが気になって・・そのまま刺身は先ず無理
でも南インドは鯛とかとれてお刺身食べたって聞きました。
Commented by panipopo at 2008-04-09 09:16 x
働くことをきちんとマナーもわきまえて、子供たちが知っているということは複雑な思いもありますが、でもそれで社会の仕組みを勉強しているのかもしれませんね。学びにはいろんな形があるだろうから、学校で勉強することばかりが学びではないですものね。

まながつおに大きなエビ、そして肉を売るセクション、読んでいるうちに私も市場にいるような錯覚を起こしました~☆ 鳥を選んで。。。なんて、やはり私も出来ないので、水詰めの鶏を選びます。(笑)

美沙さんをまぶしく見つめる北川夫妻。。。これからの展開はどうなるのでしょうね。
応援も☆
Commented by akageno-ann at 2008-04-09 09:25
panipopoさん、そのとおりだと思うの。デリーは特に世知辛い社会!!
その中で生きていくことの意味を体得してますよね。
でも一人ひとり違うだろうし、この背景にある家族はどうなっているのか
今さら考えるのですが・・あのときは目先のことだけで暮らしてました。
いよいよ後半のデリー生活・・どの人も前半とは異なってくるんです。
また覗いてください。応援ほんとにありがとう。
とても励みになってます。
Commented by まーすぃ at 2008-04-09 16:17 x
労働環境のことで色々国際的なニュースも耳にする中で、インドの子供達のたくましさにただただ感動です。 市場を歩いているような錯覚を感じるほど鮮明にその場の風景が見えてきました。 後半のデリー生活楽しみです♪ 応援!
Commented by ann at 2008-04-09 18:24 x
まーすぃさん、後半のデリー生活・・どうなっていくのか・・不安です
なんてあなたの書き方・・すごく参考になってる私・・
わくわくドキドキは難しいよね・・引っ張り方も・・師匠よろしく!!
Commented by kaseno-sanpo at 2008-04-09 19:03
このスキンのほうが開くのが重く無いので良いですねえ。
将来がきになりはじめると、関係がどうなるのか微妙になって来ますよねえ。
ぽち。
Commented by ann at 2008-04-09 21:50 x
風さん・・そうなんだ・・これの方が軽いのね・・
よかった・・ありがとう
Commented by バブ at 2008-04-09 23:26 x
え~っ?
「眩しく感じていた」?
怜子さんも、そして北川先生も……。
何だかドキっとする1行に嫌な胸騒ぎ。

マーケットの光景、とてもリアルで、何だか魚や肉の臭いまで感じられるようでした。
子供たちも働いているんですね。
彼らは立場の違いや貧富の差をどう受け止めているんでしょうか?
とても気になります。

今日ももちろん応援です☆☆
Commented by akageno-ann at 2008-04-09 23:33
バブちゃん・・今日は白いパンをおいしそうに眺めさせていただきました。
デリーのパンも当時は美味しいのがなくてね・・自分で作ってたの・・
最初は・・そのうちまあまあなのを見つけましたが・・もっぱらご飯を食べてたな・・と思い出しました。
1行に気づいてくださりありがとう・・変化球ちょっと用意してしまいました。
しかし、生活観を書くほうが好きです・・
Commented by ロッキン at 2008-04-10 03:47 x
働くことをきちんとマナーもわきまえて、子供たちが知っているという
インドの子供たちは幼い頃から就労することが普通になってるんですね〜 でも、それを嫌々ではなく、生きていく上で必要なことといった感じで受け止めてるのか、責任1つにしても素晴らしいですね。
ただ、幼い時期だからこそ、そういう責任とかも考えなく思いっきり子供らしく遊んで成長していってほしいという気持ちもなきにしもあらずですが・・・

ランキング、応援してます!
Commented by akageno-ann at 2008-04-10 07:58
ロッキンさん、そう責任と信頼ですよね。いろいろなことを言う人もいますが、真面目できちんとした印象は今もかわりません。
ずるいことをしない、笑顔で挨拶・・学校でおしえなくてもわかるものなのにと思いました。
Commented by ちかた at 2008-04-10 20:06 x
ついつい偏見を持たれがちですが、責任感を持ち生きているんですね。
まじめできちんとした印象をもたれるような子ども・・・それはそれですばらしいことかもしれません。
子どもらしくむじゃきな時間も与えてあげたいですけど。
Commented by akageno-ann at 2008-04-11 07:46
ちかたさん、やはりすばらしくはないですよね・・やはり子供らしいむじゃきさこそすばらしいと思います。ただ最近の日本は無邪気がわがままにつながってないか?と感じることがあります。大人の子供への期待が変わってきていますね。
Commented by 夫が(自分でも以下省略) at 2008-04-11 14:03 x
鶏のお腹に水を注入って。。。すごい(汗)
いろんな現地で生活するにあたっての知恵や、賢さを身につけた後の生活はまた一段と楽しくなるのかな。。。
インド。。。ホントにパワフルで、エネルギーに満ちた国って感じがする。ホント早いうちに一度行ってみたいと、いつも思わされます。
Commented by akageno-ann at 2008-04-11 20:20
夫ちゃん・・夫でいいわよ・・わかるし!!
インドの人ってすごくパワフル・・また行きたいけどあの暑さと
排気ガス(車)を考えるとちょっとしり込み
でもいつか必ずまた行くわ・・
by akageno-ann | 2008-04-09 07:56 | 小説 | Comments(16)