アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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ドビーのいる風景


インドを舞台にした小説です。あらすじは下にあります。
この小説の冒頭は・・こちらへ


第129話

怜子の病状について三人は一旦口をつぐみ、少し本人の様子を静かに見守ることにした。

そのことで、いきなり具合が悪くなるようには思えない顔色であったし、何より本人がデリーに滞在することを強く望んでいることを夫の北川はよく承知していた。

親類縁者がいない、この地での暮らしは横槍が入ることなく、二人だけの時間を思うままに堪能できることが、北川夫妻にとって貴重なことであった。

日本の実家は高知にあったが、親戚も多く何やかにや世話を焼きたがる、また意見したがる人々に、デリー赴任前は囲まれて過ごしていた。

怜子が子宮癌の手術でインドから戻ったことは、大げさでなく、居住する街にひたひたと伝わり、おそらく殆どの町人が知っていたとしても不思議はなかった。

怜子はここでは有名な看護士で、高等教育を受けて大学の看護学まで学んでいたから、高知へ帰ればまた、病院からの引きはすぐにあるだろうと言われていた。
いわゆる、この街での成功者の一人に数えられていた。
実績だけでなく、溌剌として親切な態度は確かに皆に慕われていたようだった。

だが、子供を持たないことにはひどく手厳しく、結婚をしたものの次ぐべき家の跡取りをつくらん・・と男たちは酒の席では必ずなじるような輩もあった。

インドに渡るとき最後に

「はように子供を作って戻ってこなあかんぜよ」

という酔っ払った親類の男をひどく蔑んだことを怜子はふと思い出していた。

後悔するのではなく、その後彼女が子宮癌という病で大手術になってもどったとき

その男には会いこそしなかったが、何を思っているだろうと、想像しただけで傷は痛んだ。

あのまま日本に、その高知の実家にもどったままだったら、恐らくは今のこの穏やかな生活はなかったであろうと容易に想像できるのだった。

地方都市での密接な人との関わりは、時としてこういう苦しみを伴うことがあると、ここデリーでは客観視できることが救いだった。
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 そんな怜子はデリーの日常の中の、ある風景が大好きであった。

 怜子の家の前にはいつもドビーという洗濯物をアイロンかけする親子が大きな木の下に
ひっそりと陣取って、仕事をしていた。
真夏の日中も母親は炭火のアイロンをもって黙々と仕事している。
この2年半あまり雨と日曜日以外はおそらく殆ど毎日同じ木の下でその母子4人が寄り添って仕事する姿を見ることができた。

朝は比較的ゆっくりで、先ず長身の男の子が母親とリヤカーを引きながらその木陰にアイロン台を設え、そのそばで母親が炭火を熾す。男の子はその間に自転車でお得意さんの家々を回りアイロンかけの仕事をもらってくるのだ。
日中は母親が一人で汗をぬぐうこともなく、サリーやテーブルクロスなどにアイロンをあてる。
仕事がいいらしくかなりの量の洗濯物を預かったようだ。
水を殆ど使わず、大きなテーブルクロスもパリッとさせる技を怜子も実感したことがある。

昼はほんの少し休んでいる姿がある。それをみると怜子はほっとしていた。

午後になると、学校に行っていたのだろうか、今度は男の子が自転車の前と後ろに可愛い女の子を乗せ、連れ戻ってくる。

女の子はまだ小学校1年生くらいの幼さだが、二人で歩いて周れる家に出来上がった洗濯物を届けて小さなお金をもらうのだ。

怜子の家ではサーバントのファトマがたいていの場合受け渡しをしていたが、たまに怜子が出ると、インド人でないことがわかるのか、少し物怖じするような姿が可愛らしかった。

兄らしい男の子は自転車で届けるからかなり遠くの家からも預かっていたのかもしれない。

そして夕暮れになると、その仕事の道具を片付けて、リヤカーに母を乗せて、子供たちがそれを引いて帰るのだ。

この2年半の間に母親は変わらない様子だったが、少年は大きく成長し女の子もとても受け答えがしっかりしてきていた。

怜子はこの光景をずっと覚えていたいと思い、体が辛いときは居間の窓を開けて、外が見えるソファに横たわって眺めることがあった。
デリーの風景は心を慰めてくれる優しいものがあった。
                                         つづく

「annと小夏とインド」
konatuの動画第二弾・・アップしました。

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インドの日本人学校派遣教員の妻として美沙と怜子(さとこ)はデリーで出逢った。
偶然美沙のもってきていた「赤毛のアン」の本によって二人は共通点を見つけあい
旅も共にして、その交流を深める。
しかし、すでに怜子は子宮癌に冒された身で、手術後におおよその回復のまま
再び夫とデリーの気候厳しい中での暮らしを始める。

美沙の存在が大きな支えになるが、時には年の若い健康な美沙を羨む心もうごく
怜子であった。

そして、帰国半年を残したある日、怜子は癌の再発の恐れを美沙に告げる。
美沙は夫の北川に頼まれていた通り、その変化について北川に告白するのだった。
Commented by elliottyy at 2008-04-17 06:14
129話か~~すごいね。この数字に重みを感じます。
引き込まれる文章力!いつも脱帽です。
頑張ってね☆
ポチッ☆
Commented by バブ at 2008-04-17 09:27 x
怜子さんがしこりのことを大丈夫だと胸に押し込めていた理由の一つは、ここにあったんですね。
親戚や町の人たちとの煩わしい人間関係、うんうん、よく分かります。
女性のデリケートなことに平気で口を出す人って男性だけじゃなく、女性にもいるんですよね。
信じられないけれど。
アイロンがけをする母子を見つめる怜子さんが妙に弱々しく感じられて、胸が痛みます。
ああ、黒い影が近づいているんですね。。。

応援してます☆☆
Commented by crystal_sky3 at 2008-04-17 10:39
日本でのそんないきさつがあったのですね。
とりわけ日本は田舎に行けばいくほど時に残酷なことを平気で口にする風潮がありますよね。
そしたらやっぱり実家には戻りたくないでしょうしね・・・。
怜子さんがにとってインドは既に第2の故郷になっているのですね。
インドの方たちはホントによく働きますよね。
夏の暑い中のアイロンは大変でしょうねぇ。

応援★★

Commented by akageno-ann at 2008-04-17 17:01
いっちゃんも・・このナンバーつけたらすごい数だと思う
365日きちんとお料理!!ほんとにすごいよ・・感動!!
応援感謝!!
Commented by akageno-ann at 2008-04-17 17:03
バブちゃん・・貴女も是非小説も書いてください。いつも感性豊かな言葉を書いていただいてて感動してます。そうそう女性にも居ますよね、信じられないけど・・黒い影・・病気ってほんとにそのイメージですね。
Commented by akageno-ann at 2008-04-17 17:05
クリスタルさん・・もし、貴女がこのデリーに入ったらどんな写真を撮ってくださるだろうと、今日は想像しました。このアイロンかけの親子は私は実際に見ているのに、カメラを向けたことがなかったです。
でも鮮明にのこる情景なんです。もっといろいろな写真を撮っておきたかったですが・・撮ることを忘れてしまう状況もあったかもしれません。
Commented by panipopo at 2008-04-17 17:55 x
いろんなことが絡み合っている田舎に戻るよりは、インドにいたいという気持ちがよくわかりました。
木の下とはいえ、夏の暑い日は、アイロンがけはさぞかし辛い仕事でしょうね。それを黙々とこなし、素晴らしく仕上げるなんてまさしくプロです。こうやって、子供たちも生きる術を学んでいくのかな、って思いました。
応援も♪
Commented by akageno-ann at 2008-04-17 20:01
panipopoさん  複雑な思いが・・絡まります。
ほんとに暑いのに、しかも化繊のサリーを着ています。
でもあのサリーはいがいに暑さ避けになるのかしら?
インドの人ってつらい表情をあまりださない、というか
顔が哲学的だと思いませんか?
Commented by kaseno-sanpo at 2008-04-17 21:06
子供がいないと、どうしても辺りが気にしていろいろいいますよね。
それでも、しっかりした夫婦も多いし、展開に期待ですねえ。
ぽち。
Commented by akageno-ann at 2008-04-17 21:58
風さん・・そうしっかりした夫婦・・その辺なんです。気にする方の気持ちもわからないじゃあないですが・・・
Commented by daikanyamamaria at 2008-04-17 23:59
子供を持つ 苦しみと 持たぬ 苦しみ。。。

母なるものの女性としての 根源にあるかなしみは おなじなのかもしれませんね。
Commented by まーすぃ at 2008-04-18 01:04 x
シリーズ。。。あっというまのようが気がしますが回を重ねて来ていて。。。結末が気になりつつも、毎回楽しみに読ませてもらっています。

やはり私も、言葉って人を高めもするけれど思わず傷付けるものなのだと。。。、感じます。 私も若い頃は、世間知らずで、他愛もない言葉が人を傷付けていたんだろうか。。。と思ったりもします。


Commented by ロッキン at 2008-04-18 05:33 x
子供がいないと、どうしても辺りの方がとやかく言うんですよね〜 その夫婦にしかわからないことだらけなのに・・・・

言葉って時には心の暴力ともなるんですよね・・・

応援も!
Commented by akageno-ann at 2008-04-18 07:53
daikanyamamariaさん、ご家族のお誕生日の日記素敵でした。
すっかり見入ってしまいました。「母なるもののの女性としての根源・・」
ほんとですね。素敵な言葉です。
Commented by akageno-ann at 2008-04-18 07:55
まーちゃん・・あなたのシリーズにはまりましたあ。
そうでした、そろそろ第二章を完結します。
この話は第3章で完結の予定なの。
私もそうです・・何気なくいうことば・・書いているといろいろ
思い出しませんか?ジョイスの言葉も面白かったです。
Commented by akageno-ann at 2008-04-18 07:56
ロッキンちゃん・・・不思議と子供のことをデリケートだから突っつく人
いますよね。でも年月を重ねていくとその理由がわかったりします。
田舎の方もそうですが、私もかなり理解できるようになってきました。
そこも掘り下げたいところです。
Commented by G at 2008-05-08 02:30 x
 僕は子供のころ会津に住んでいました。誇りもありましたが、田舎の旧弊な縛りがとても嫌いでした。どうしてみんな同じになりたいのか?同じじゃないとどうして許さないのか?
 みんな本当は無数の数ある人生のたった一つを選んでいるのだと思います。どんな人生もその人の思うように生きればいいとおもいます。自分の生き方を押し付ける説教じじいは要らないです。人に変化してもいいよ!ってアドバイスしてくれる人は少ないです。
Commented by akageno-ann at 2008-05-08 06:28
Gさん、今日もコメントありがとうございます。
説教する人って自分に満足してない人なんだなって
最近わかりました。自分と違うとなんだか自分が不安に
なるみたい。
たまに誰かに説教してしまっている私自身もそういうときかあ
ってわかりました。
Commented by G at 2008-05-09 01:06 x
 ほんと、そうですよね。自分がなぜ満足できてないのか?どうして不満なのか?本当は自分の中にある問題なのに、人のあら探しで代償する弱さを僕たちは持ってますよね!世の中に認められることがどうでもよくなった人、身近にいますが、説教しませんね。人を追い詰めないです。あこがれです♪
Commented by akageno-ann at 2008-05-09 07:01
なるほど・・そうですね。
by akageno-ann | 2008-04-16 19:59 | 小説 | Comments(20)