アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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2008年 04月 15日 ( 1 )

存在の重み


インドを舞台にした小説です。あらすじは下にあります。
この小説の冒頭は・・こちらへ



第128話
その夜、美沙は夫の翔一郎に、怜子の病状について話をした。

「え、?怜子さん具合悪いのか?」

「う~~ん。そんなに大げさに言わないからこっちが先走ってはいけないと思うけど、
すごくいやな予感がしたの。」

「で、何か頼まれたの?」

「私に話したことをご主人に話しているのか、知りたいの。
北川先生も何か変化があったら知らせてほしいとおっしゃったことがあるし・・」

「そうかあ、じゃあ明日学校の帰りにうちの前でバスを降りてもらおう。」

珍しく機転がきき、しかも妙な詮索をしない翔一郎を美沙はこのときかなり見直していた。

ここの暮らしの中で、日々成長している翔一郎に正直なところ感動していた。

全国各地から集まってきたニューデリー日本人学校の教員チームは互いのビジョンを持ち合ってできるかぎり日本に近い教育を子供たちに授けたいと、日夜努力を重ねていた。

はじめは外国でくらしてみたい、程度の思いでここに渡ったものが居たとしても、ここの教育体制や保護者の教育熱心さに皆心を揺さぶられてくるのだ。

日常は日本のそれよりはるかに大変でも、不思議と生きがい、やりがいを感じてくるようだ。

翔一郎の場合は慣れるのに時間はかかり、美沙がやきもきしたことも多かったが、
ここへ来て、折り返し地点を感じたのか、翔一郎の熱心さは日ごとに増し、しれに加えて日常生活でもゆとりある発言ができるようになった。

人のことなど・・と思わなかったのはもう一つ、彼も北川夫妻の日ごろから懇意にしてもらっていることへの感謝が自然に出たのだと思う。


美沙がほんの少し、北川に魅かれていたとしてもそれすらも自然のなりゆきと感じているのか、それとも大きく超越していて、いや、そういうことには実はひどく鈍感なのか・・・

美沙はそこも計り知れなかったが、翔一郎が怜子の病状について心配してくれたことに感動していた。


翌日の夕刻、翔一郎は約束どおり北川を家に寄らせた。


「北川先生、すみません、およびたてして。」美沙がそういうと

「いや、怜子のこと何かありましたか?」

その言葉だけで、怜子が夫に何もはなしていないことが判った。


「えぇ、どうやらリンパ腺にしこりを発見されたようなのです。」

「いつからですか?」

「昨日うかがったので、最近ではないでしょうか?」

「そうかあ、とにかく体を触らせないので、わからないんです。」

体に触れさせない・・・その言葉はやけに美沙の胸をついた。

北川はそのことに気づくはずもなく、一人病妻を思う優しい夫としてそこに存在していた。

「まあ、何気なく様子をみて、日本に先に帰すことも考えます。」

「そうですか。是非そうしてください。私にできることは何でもします。」

美沙はそのとき、翔一郎の顔を見て、同調を求め、熱心に語った。
来るべきときが来たような、不思議な予感に苛まれていたのだった。

「今日ここへ寄ったのは、学校のことで話があったことにしてください。
場合によって、今日の夕食後お呼びしますから遊びにきてくれますか?」

「いいんですか?」翔一郎はさすがに今日は二人の方がいいのでは、と思ったのだ。

「正直僕もどうしていいかわからないんですよ。援けてほしい。」
北川の顔は真剣そのものだった。

その真剣さに美沙は深く心打たれていた。

いよいよ怜子さんを日本に返すときがきたのだ、と三人三様に感じ取っていたが、
実際本人がどのようにするのか、本人の意向も聞いてやります、と北川は
しっかりと答えた。

怜子のいないインド生活がどのような味気ないものになるのか・・・
それぞれが感じ取っていた。

人一人の存在の重みを知ったのだった。

                                               つづく



「annと小夏とインド」
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by akageno-ann | 2008-04-15 21:05 | 小説 | Comments(16)