アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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2008年 04月 24日 ( 1 )

荷造り

第134章

日本からインドに渡ったのは怜子にとってはほんの2年半前のことなのに
その日からもう10年も時間が経ったように思えるのは、ここの時間が悠久といわれるように
なだらかに、長閑に過ぎていたからではない。

あまりにも多くのことがめまぐるしく起こり、その都度それがあたかも当たり前のことであるように振る舞い、過ごしてきたことにかなりのエネルギーを使ったようにも思える。

暑さのために、日本人にとっては1年が3年分のエネルギーを必要とする、と言ったものがあったが、あながちオーバーな表現ではない、と怜子はおもった。

ここで過ごしたためにこの病も発症した、と言われれば

「そうかもしれない・・・」と答えるが、

だからと言って、ここにこない方がよかった、とは全く思えなかった。

ここで出逢った、事象、人、気候、旅、食べ物、空気、それら全ては、異文化の中にあって、新鮮で興味深かった。

もちろんうんざりするほどの暑さや、買い物のときに必要な面倒臭さ、人々の中におこる小さいけれども時にしんどい諍いも含めて、怜子はここが好きであった。

美沙と知り合ってからはまたさらにその触れ合いの中に、互いの感性がぴたっと来る瞬間があって、年も性格も違うのに、かえってそこに大きな呼び合うものが存在して深く親交していったのだ。

二人は北川家の荷造りをしながら、ふと手を止めて、それぞれの思い出に浸る時があった。

二人の出会いはこの借りた一軒家の北川家のこのセッティングルームから始まったのだ。

病み上がりの怜子に同僚教員の夫人が、「一番近くのお宅の先生ですよ。」と、美沙を
紹介してくれた日の、まだデリーの暮らしに恐れをいだいていた彼女の表情まで思い出すことができた。

その日以来二人は旧知の友人のようになれたのは、一冊の本、「アンの夢の家」を家の書棚に飾っていた美沙を知ったときからだった。

子供のころに怜子のクラスのおませな女の子に奨められて読んだその本が、今こうして本当の友人と出会うきっかけになったことを不思議な感動で思い起こしている。


荷造りは本人よりも第三者が入ってくれるほうが捗るようだ。
先ほどから持ってかえるもの、人に譲ったり、挙げたりする品の餞別にも思い切りが悪く少しも進まないところだが、美沙は手際よくより分け、

「悩まれたものは第二段の北川先生の荷物にすればいいですよ、」

と譲歩させて、美沙は休まず荷を仕上げていた。

この日はデリーの運送業者がやってきていて、驚いたことにまことに手際よくきちんとした荷造りをするのであった。

「2,3年前はこんなパッキング材もなくて新聞紙や布切れで巻いて、仕上がった荷物を
牛車が運ぶので、無事に日本に着くのか不安になったときいたけれど、最近はなかなか立派な運送業者が出てきましたね。」

そう美沙もすっかりデリーの日本人マダムととして一端の口を聞いていた。


「美沙さん、本はおいていくから、よろしくお願いしますね。おそらく日本で読まないと思うの。
そうだ、主人の第二弾の荷造りも手伝ってやってね。」

美沙は笑って

「えぇ、でもその時が楽でありますように、今日は頑張りましょう。」

そういって荷造りするが、洋服も家具も殆ど置いていくという怜子にある懸念も感じていた。

「思い出の品はどれですか?」

そう美沙が聞くと 大きな絨毯を指差して

「こんな絨毯 日本で敷くスペースあるのかなあ」と

そんなことまで不安になってくるのだ。


やがて荷物はパッキングを終えて、TATA印の立派なトラックに詰まれて
行ってしまった。

 
                                         つづく

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by akageno-ann | 2008-04-24 22:21 | 小説 | Comments(20)