アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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2017年 03月 31日 ( 1 )

37回目の更新

30日は結婚記念日と普通はいうが・・我が家の場合は結婚更新の日と呼んでいる。
インドに行ったころより 私たちは結構な喧嘩をするようになった。
新婚時代から舅と一緒に暮らすと家庭内で遠慮があるせいかあまり本当の喧嘩をしていなかったが
在外のインドで夫婦二人になって初めて芯から喧嘩をするようになっていた。

そして夫婦で向き合ってみて、「これからまたこの結婚を続けますか?」と互いに
問うのだ・・・それが不思議と冬を抜けたこの早春の結婚記念日あたりにそんなことになるので
いつの間にかこの日は更新日になった・・

そして今年もまた38年目に突入した。
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家の前の公園の桜が一部咲き始めた日でもあった。

この日実は二人とも記念日を忘れていた。骨折して青梅に入院した従妹を、私の父が伯父として
見舞いたい・・というので、一人にはしておけない練馬の実家の母を主人が見守りに行ってくれると
いうことになって・・実現した。

母のことも心配だったが、主人が初めて母をランチに連れ出してくれるというので任せた。
主人はのんびりと母の相手をしてくれたようで・・母も「お世話になったのよ」と
機嫌よく電話に出た。

それを聞いてほっとして、父と二人で従妹の病院に行くと、従妹はベッドにいながら
「おじちゃん・・ありがとう・・無理せんでね・・」とか細い声だったが父に抱きつくように手を伸ばした
従妹の肩を抱いて「よう頑張っているんね・・すぐに来ないで悪かったね・・」と二人が土佐弁で話すのをみて
思わず、泣きそうになった・・・


従妹は私の父を昔から大好きで・・そして尊敬してくれていた。
前日まで父の見舞いが彼女の負担にならないか心配したし・・母のことも心配だったから
いろいろ取り越し苦労した私の想いは杞憂に終わった・・そしてほっとした。

父は耳も遠くなったが、看護士さんと 隣のベッドのご婦人に丁寧に挨拶をしてくれて
従妹も喜んでいた。

いくつになっても父であり従妹にとって伯父であるのだ・・と改めて思った。

そういえば14年前従妹が脳内出血に倒れて 嵐の夜の大手術が夜明けの4時までかかったときも
父は一睡もせずに病院に控室のソファアでつきあってくれたこと・・・

あの時父は73歳でずっと若かったな・・と

そんなことを想ったこの日だった。
今 父は一つ違いの愛妻である私の母が少しずつ衰えてしまっていくのをじっくりと見守り、
共に暮らし 哀しみを乗り越えている・・

私や妹と父は、互いの思いが強すぎて時にぶつかるが・・この父に敵うことは何もないと
娘として思っているのですよ・・といつも後ろ姿に語りかける・・

そんな3月31日・・・そして明日からは4月だ・・・

春よこい・・・早く来い・・・あっちゃん歩きたいね・・・



by akageno-ann | 2017-03-31 21:34 | 老育 | Trackback | Comments(6)