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アンのように生きる・・・(老育)

小説を描かせていただいてますが・・夏休みの終わりに
駆け込みの課題制作に励みます。

人生に期限というものがないと、私の場合・・野放図になってしまうので、心の中で課題や締め切りを考えます。
夏は8月いっぱい家族が皆夏休み体制になって、時間が不規則になるので、少ない人数でも食事がばらばらになったり、予定がいつもより立てにくくなっていました。

課題をいくつかたてていまして、夏休みの宿題らしく、ぎりぎりでいろいろやってます・・

ミンミン師匠にお習いした ケーキ仕立てのクリームチーズサラダ・・は・・ケーキ仕立てこそまだまだながら・・お味はよくて・・お客様に喜んでいただきました。

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足置きの和風スツールの生地を変えました。
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夏休みの私の外出イベントの最後は久々横浜元町です!
こちらの方面へ越されていらしたこちらのお二人を囲んで・・なんて私が発案だけして・・
全てまりまりさんにアレンジしていただいてしまい、恐縮・・

前からこの仲間たちと行きたい・・と思っていた、元町梅林・・食欲旺盛な気持ちが必要なのですが一度は楽しいお店です・・
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先ずはこの情景・・食べることの準備に勤しむ私たちを他所に・・tutoさんのカメラの準備のご様子です・・
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平面的にただ撮る私がtutoさんの写真撮影の様子を拝見して・・ちょっと学んだ撮り方は↓
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岡山のなすの冷し煮です。色艶がこのままです・・初めての味!美味・・
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じゅんさいのちりばめられた、冷たい茶碗蒸しといったところ・・

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ここは通算6回足を運んだ私ですが、最後は20年前なんです・・
その度にこうして箸袋に書いては・・持ち帰ります・・
メニューが同じものも会って、懐かしい・・
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こちらの名物・・朝つきたての餅の揚げ出し・・これは家庭ではなかなかでない味です。
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秋の温野菜・・まだ秋は遠いというこの気候の中ですが・・目は秋を追ってます。
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可愛いお嬢さんのみずりんにきゅうりをもってもらいました・・こちらお子様料金がちゃんと設定されていて親切と思います。みずりんもこのきゅうり・・ぽりぽり美味しそうに食べていました。
お芋は金沢のものらしいと・・franちゃんが詳しいです。
そしてドカンとはじめのほうに出される・・スペアリブを「アンさん。どうする?」とふられて・・
「いただきましょう」とキッパリ言ってしまいましたが・・これはずっしりきました・・
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でもこれはここで暖かいうちがいいわね・・と franさんが救ってくれます・・・emoticon-0109-kiss.gif
くまくぅちゃんも一生懸命駆けつけてくださって・・そしてこの料理に挑戦してくださってます!
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写真も一緒に工夫して・・と 途中でSDカードも買っていらしたとのこと
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みずりんが今日一番美味しいと言ってくれた 和風の干しいたけの出汁が効いてるグラタン・・
そろそろ苦しい・・
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このスイーツがでたところで・・さすがにここも品数少なくなったかも・・と私も認めたのですが・・
実はまだここから・・出るのです・・ほぼ持ち帰ることができるので・・親切です・・
我が家のお留守番部隊の夕食に即なりましたemoticon-0115-inlove.gif

しかしこちらに以前うかがってから20年の歳月を感じたのは・・この方
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大女将さん、お手製の味噌をお土産を持って一部屋ずつご挨拶されます。
お写真も掲載大丈夫・とのことで・・感動させていただきました。

皆さん確かに素晴らしい年輪を重ねて・・このお店は益々人気に・・以前より少し高めになりましたが、
お店の心意気そのまま継承されてます。

大女将の特製いなりずしは赤酒で煮るというこの色合い・・胡麻も入っていて香ばしい・・
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全てのお料理を私たちの要望に応えてくださってるtutoさんのブログへ是非→☆
すみません・・またリンクに頼ってますemoticon-0100-smile.gif・・

こういう美味しいものをいただいて・・この夏の最後の二週間は義父の病院検診・・に
通院の日々ですが・・義父も元気に夏を乗り越えてくれてますので・・ご安心を・・

そしてわたしもこうして気分転換して・・楽しんでますので・・益々ご安心を・・emoticon-0166-cake.gif
by akageno-ann | 2010-08-31 00:32 | 番外編 | Comments(12)

ごあいさつ

暑中お見舞い申し上げます

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今夏の暑さは尋常ではないようです。

それに伴って自然の災害も多く、人の心にも少し不安や葛藤が多くなっているように思われ、日々悲惨なニュースに耳を疑うことも増えて・・人としての底辺の生活が揺るがされているようにも思いました。

ささやかな日々にも色々な出来事があって、自分の心をしっかりもっていかなくては・・と思いました。

人に流されることなく、しかし人への思いやりも寄せて、他人のことにお節介は焼かずとも、人への手助けはしていきたい・・

そんな思いをまた小説を書きながら考えて行くことにしました。

私の苦手な夏は誕生月でもあります。

この夏に一つの冒険始めます・・では8月2日より小説始めます。

どうぞよろしくお願いします。

皆様、お体お大事に・・・・・・・
by akageno-ann | 2010-07-31 12:17 | 番外編 | Trackback

ちょっとお休みを

はい・・最近とても楽しく週末を過しました。

美味しいものもたくさんいただいて・・多分ここ最近こんなに楽しい週末はなかったと思います。

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昨年は今頃からずっと義父の病気とつきあい・・それが抜けて 今年のこの良い季節を

堪能してます・・

たださすがに抱えるものが多いことに気づき・・そう介護関係が多いですね!

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それと平行して 縫い物と 作文の作品をじっくりやる時間が必要で・・

ちょっとブログをお休みします・・

来週はふるさとにも帰らないとなりません・・

気ばかり焦って・・家事もきちんとできてなくて・・

今日はネットに私を誘ってくださった友人と突然ランチができまして・・

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少しじっくり自分とだけ向き合う必要性を話し合ったところです・・

とはいえ、ブログで気づかされることも多くて・・皆さんのブログへはまたお邪魔させていただいて

と思っています・・取りあえず 6月いっぱい・・記事のアップはお休みします・・

その間の出来事を ゆっくり書ける日がくるといいなあ・・と思いつつおります!

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いくつかブログの友人との交流もお約束していて・・それも静かに楽しみにさせていただいてます。

コメントのお返事ができないので・・承認制にさせていただいて、連絡などはこちらに気楽に書き残していただけたら嬉しいです。私の方からお邪魔してお返事させていただきます!

少しまた充電期間を置いて・・またゆっくりとこちらで再開させていただきたいと思います。

これまでのご声援に深く感謝いたします。またじきにお目にかかります!

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お母さん・・充電中です↑by konatu
by akageno-ann | 2010-05-17 19:51 | 番外編 | Trackback | Comments(26)

いつも「アンのように生きる」をお読みいただきありがとうございます。

小説をこのブログに書き始めて1年2ヶ月になりますが、その間に様々な感想をお寄せいただいてます。

今日はその中で、偶然に、というか・・知らずこちらをヒントにしたようなブログの絵をご紹介させていただきます。

脳梗塞という病気は時々不幸にも唐突にやってまいります。

私の場合は従妹がまったく突然に倒れる・・という状況から訪れました。

その娘もまだ幼さもあって、本当に皆で途方にくれました。

しかしその発症から数年を経た今、常に娘の存在が病人の励みになっていたことを
思います。

その娘の存在をとても感じさせてもらえる作品があります。

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ブログひげじい~脳梗塞からの軌跡ひげじいさんの作品です。
お嬢さんがブログ更新されています。

このブログで絵と向き合っているうちに、人間はどんなときも成長するということを
感じさせてもらいました。

その成長には家族の力が大切です。
家族は親族のどの人でもいい、そばにいてあげられる人が無理のないように長く・・
そしてその人も知らず成長していける、ということを感じています。

そんなメッセージを込めてまた書き続けていきます。

どうぞお読みいただけますように。

いつも暖かい支援に感謝して、これからも続けさせていただきます。

昨日テレビ東京で 「グッドナイトムーン」という、ジュリア ロバーツ・スーザン サランドン主演の映画を見ました。

一人の男性の元妻の癌に寄る闘病生活の最後を現在の妻が一つの家族を織り成すように支えていくのだが、映画だからと軽く感じられない、深い思いが心に残りました。

その思いがずっと残っているままに今日はこのエッセーを書かせていただきました。

お読みいただいてありがとうございます。

つづく

 「ここに使われる絵の無断転載は固くお断りいたします。
    よろしくお願いします。」

小夏庵ものぞいてくださいね。

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by akageno-ann | 2009-02-18 08:40 | 番外編 | Trackback | Comments(12)

表紙ができました^^トラックバックさせていただいてます。

今日は小説をお休みして、私の友人のブログを紹介させてくださいね!

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エリオットゆかりさん・・もうご存知の方もいらっしゃるでしょう
主人がお祝いにいっちゃんのイラストをチロルチョコにしました。

「いっちゃんの美味しい食卓~おしゃれな簡単料理~」
のブログが本になります。

2月7日に本屋さんの店頭に・・

その前に是非ブログを覗いてください。

その美味しさとシンプルで素敵な食卓、そして私の大好きな
イギリスの風景に引きこまれると思います。

ブログで出会い、私をこのエキサイトのブログに導いてくれた

いっちゃん・・エリオットゆかりさんに感謝と感動・・
そして声援をおくります!


 ☆☆☆☆           ☆☆☆☆              ☆☆☆☆

そして・・・

この「アンのように生きる」の姉妹ブログとして紹介したいのは

「ひげじい~脳梗塞からの軌跡」です。

私の書き始めた介護の暮らし・・それに共感していただきつつ

ずっとご自身のお父さまのリハビリ生活を描かれています。

この偶然の出会いに感動しています。

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このブログの作者CHILさんのイラストです・・

お休みの週末に是非お読みください。

小夏庵ものぞいてくださいね。
by akageno-ann | 2009-01-31 07:58 | 番外編 | Trackback | Comments(14)

御礼

「アンのように生きる (インドにて)」の最終回を迎えるにあたり、
温かい激励と慰労のちりばめた、素敵なコメントをたくさんいただきました。

私にとって、それは大きな宝物のようです。

インドを描きたいと思いつつ20年は徒に過ぎてしまいました。

インドの暮らしは日本の終戦直後にちょっと似ているような、
それでいて、とても大きなエネルギーを持っているような気がしています。

先日、映画「三丁目の夕日」の続編を見ていて、日本の昭和30年代のあの活気と
似ているのだと・・・改めて思いました。

今はこうし50才を過ぎた私でさえ、ネットというものを楽しんでいますが
それまでは知識を得るのはすべて本でした。
インドはテレビはありましたが、ヒンズー語の番組はやはりよくわからないので
もっぱら日本から時折送られてくるビデオの番組を皆で回覧しながら
楽しんでいる程度でした。

今は日本のテレビの面白さ、ネットの簡便さにすっかり翻弄されています。(笑)

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しかし、久しぶりに本も読めるようになりました。また本のバーゲンで見つけてしまった
この「アンの愛情」・・・
この終章に近い、『黙示録』でアンはギルバートを愛していたことに気づかされます。
長いこと求愛されていたにもかかわらず、ギルバートを一人の友人としてしか受け入れられなかった、アン シャーリーがギルバートの重篤な病を知って・・眠れぬ夜を過ごすのです。

恋愛に対しても真面目すぎるほどのアンの様子がそれまでは読者をイライラさせるのですが、ここで一挙に彼女の応援者に回るのです。

その章の最後の言葉

『夜はよもすがら泣き悲しんでも、朝と共に喜びが来る』
旧約聖書の一節のようです。

この言葉を支えに生きてきました。
インドに渡ることが決まった日も、そう思って過ごしました。

だからインドの生活は喜びに溢れていたのかもしれません。

この後、「アンの夢の家」で結婚するシーンにも友人の一人がインドに行っていたりするのです。面白かったのは日本へ布教に行っている友人のことでもカナダの島から遠く離れるその人たちを、まるで未開の国にいるかのように案じる様子もありました。

真面目だったアンの人生は54歳までを綴っていますから、同い年の私には感慨深いものがあります。

いただいたコメント(鍵でした)の中にはインドのかつてのボンベイ、カルカッタを知っていらっしゃる方たちもありました。

そういう経験豊富な方たちにもこれはこれで楽しめたと言っていただいて恐縮しました。

デリーはある意味外国人が、インドで一番暮らしやすいといいます。
かつてイギリス領だったからでしょう。

まだまだ読み始めたばかりだから・・と言ってくださる方もあり、嬉しい限りです。
私ものんびり読み返して少し校正しています。

末永くここへ置かせていただけますように。

心のこもったコメントとこの小説を可愛がっていただきましたことに心より感謝します。

ありがとうございます。
小夏庵ものぞいてくださいね。

この小説の冒頭は・・こちらからです
by akageno-ann | 2008-12-02 18:05 | 番外編 | Trackback | Comments(19)

朝が勝負・・番外編

暑さの中でインドを思い出し、またこの小説を思い出して読みに
いらしていただいて感謝です。

今日は、私にこの小説ブログを書くきっかけをくださったカリフォルニアの素敵な元FAで3人の可愛く元気な男の子のお母さん まーすぃさん
エンジョイ・アメリカンライフ
のブログで紹介していただいたのでたくさんの新しい方がいらしてくださってます。
ありがとうございます。

ちょっとあらすじなど紹介させてください。

20年ほど前に3年という期間を文科省から与えられて
インドのニューデリー日本人学校へ赴任した教員家族の話です。

人物は架空で内容はフィクションですが、インドの風物詩、生活の様子、そして時折織り交ぜる
ヨーロッパなどへの旅は実際のことに即して書いています。

最近読者から、作者とダブる、と言われて・・ちょっと面映い思いがありますが・・

自由に想像して読んでいただければ、と思います。

小説にして20年前の風化しそうなデリーの思い出が蘇っていて、
またもし今この目でみたら、こんな風に・・と希望的な気持ちにもなります。

今日はあれから20年の歳月を経て・・インドの暑さを思い起こしつつ
早起きして犬の散歩など夫婦でしました。

前回のセミの孵化を見つけた場所近くに行きましたら、またまた感動的な場面に出会いました。


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この辺りは山がちで関東ローム層の一部です。





地震もありますが、地盤の堅さを感じられる場所です。
不便なので里離れも否めませんが・・ゆっくり住んで生きたいと思っています。

今NHK特集では飛躍するインドを取材しています。
私の感じた、生き生きと生きるインドが、BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国・sは南アフリカ)の経済成長株の中でも印僑(華僑に対することば)として頑張る姿が明日27日日曜日の午後9時からNHK総合でみられるようです。

第1、第2部ではそういう中でもまだまだ混迷し、困惑する農家の人々など紹介されて
変わっていないインドの風景を懐かしく思いました。

さて今小説「アンのように生きる(インドにて)」の舞台は世界遺産デカン高原に発見された

「エローラ アジャンタ」です。
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写真はエローラの石窟院



人間の持つ様々な葛藤をインド亜大陸の大舞台を借りて書いています。

主人公は片山美沙という、日本人学校教員の妻です。
そして彼女より1年早く同じ立場で赴任し子宮癌という病を得ても尚インドで頑張って生活し帰国して行った、少し心寂しい美沙がまた新しい人々と出会いつつ、3年目の最後の夏を過ごしています。

物語はこれから終末に向かって動き出します。

この夏の暑さにデリーを思い出し、あの暑さの中に生き抜くインドの人々を思います。

どうぞお時間のある時に読んでいただけたら嬉しいです。

この小説の冒頭は・・こちらへ

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あらすじはこちらから
by akageno-ann | 2008-07-26 08:28 | 番外編 | Trackback | Comments(14)

昨日の記事で電話の話をしましたが、
この20年で大きく変化した物の中に電話があります。

デリーの自分の家に入ったとき広い玄関のガランとしたホールに

ポツンと下に置かれていた電話・・

既につながっていましたので、私はよろよろとそれに近づいて

すぐに日本へかけました。

デリー2日目の午後、初めてのインドからの国際電話でした。

0081・・・たしか最初はそうダイヤルを回しました

そうダイヤルでした。

81は国際電話の日本の国ナンバーです。因みにアメリカは1番です。

イギリスが44番フランス33番・・インドはまるで日本の隣のように91番です。

初めて聞くインドの呼び出し音はズィーズィーと少し濁っていて

短く二度ずつに分かれて呼び出すのです・・

「はい。○○でございます。」

まだ2日でしたが、懐かしい実家の母の声でしたあ・・・グッと来ました。

しかしいたって明るく

「インドに着きました。お見送りありがとう。」

「あれ?まあインドからなのねえ・・・まあよく聞こえるじゃない?
どうなの?暑いの?」

母はびっくりした声で、でも明るく聞き返しました。

「う~~ん、まだね朝夕はそんなに暑くないの。
でも日中はさすがに、と思うけど、でもそうぞうしていた程ではないの。」

「そう、元気そうで良かったわ。もう家に入ったの?」

「ええ、まだ完全に住めるわけではないけれど、こうして電話も
かけられます。」

「よかったあ・・安心したわ。お父さんにもまたかけてあげてね。
今日はまだ帰ってないの。」

そうだ。日本は今午後6時頃、インドより3時間先に進んでいる。

母への電話をそれで切って、主人の実家、親友とその日4本の電話をしました。

インドの昼下がりは比較的日本の主婦に都合の良い時間だったようで

皆料金を心配してくれて、ほんの5分ほどの会話でしたが、

それでも気持ちは十分に伝わりました。

今は電話はスカイプなどを使えば大変安く何時間でも話せると聞いています。

私はNTTコミュニケーションを使いますが、大分安くなってますね。

当時は確か10分で3000円くらいだったでしょうかあ

そしてこの電話料金で大きな問題を起こした私がおります。

1年目はそれでもまあ1ヶ月に1度くらいの感じで数人にかける程度でしたから

電話料金は現地の電話料金で8000円から10000円くらいでしたでしょうか?

もちろんこれはインドの普通の家庭からすれば破格に高額です。

しかし私は日本との交流のためにかけていました。

もちろん手紙も出していました。

今はこうしてメールもブログもホームページもできるのだから
本当に文明の利器はすごいものですね。

始めは本当にちょっとインドの様子を知らせるだけでした。

しかし、そのうちに二年目になって、日本の親友とついデリーの人間関係を
話し込むことがありました。

それだけ生活が複雑になってきたのでしょうねえ。

ある日、夫が学校から機嫌悪く帰宅しました。

「おい!国際電話の料金すごいぞ!そんなにかけてるのか?」

いきなり日ごろの四倍近くに跳ね上がっていたのです。

「え~~~~~!!!???そんなに変化ないはずよ・・・」

びっくりして反論しましたが・・

「この前K先生の家もそうで、電話局に問い合わせたんだが、その時の資料が
役立って半額になったそうだ。明日事務のSさん(インド人)と行くからいつかけたか・・
わかる範囲で書いておいて・・」

ひえ~~~・・まずい・・そんな記録頭の中にうっすらあるだけです。

でもまあ今よりは記憶力がよかったので・・書き出しました。

                                                 つづく

小説はまた後ほどにアップします。
どうぞよろしく。


インドの風景も懐かしい!

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「annと小夏とインド」
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by akageno-ann | 2008-07-09 08:30 | 番外編 | Trackback | Comments(12)

初めてのトラックバック

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エキサイトブログの仲間がとても優しい温かいブログに私と我家のお転婆柴犬

小夏のことを記事にしてくださいました。 野の花さんです。

初めて、トラックバックというものをさせていただきました。

小夏のことはこの小説を書き始めてから、ネット上のお仲間のご家族の様子を垣間見させていただきながら、私も我が子(笑)小夏をちょっと見せたくて・・・

もう一つのブログを立てました「annと小夏とインド」

欲張りですが・・両方覗いてくださる方もいらして、感謝しています。

今日はもしよろしかったら、この小夏のイラストを書いてくださったCHILさんのブログも

ご覧になってください。CHILさんのブログより。

小夏は決してよく躾けてはいませんが、それでも少しずつ私たち家族の言葉や様子を理解して彼女なりに、家族の一員として一生懸命生活しています。

彼女なしには、我家はなりたたないかもしれません。

小夏は我家の柴犬として3頭目です。

最初の柴は♂の推定5歳の迷い犬でした。

小説の北川怜子のモデルとなった友人が大の犬好きで彼女の飼っていた

柴犬の話をよく聞いていたものですから、彼女が亡くなると同時くらいに

我家に迷い込んできたその犬を飼い始めたのが最初でした。

そしてその子が約9年いまして、亡くなり、またほどなく友人の紹介で

迷い犬の今度は♀の柴犬 花 を8年飼いました。

小夏は初めて赤ちゃんから飼ったのですが、それはもうお転婆ちゃんで

私にとって犬の思い出はインドの思い出から始まります。

小説はまだ続いています。

またお時間のあるときに覗いてください。

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by akageno-ann | 2008-06-18 12:14 | 番外編 | Trackback | Comments(10)

いつも「アンのように生きる(インドにて)」へのご声援に感謝しています。

ありがとうございます

日本は飛び石連休中ですが、今日はこちらも小説を休んで、高知の偉人
ジョン万次郎を書いてみたくなりました。

昔私が小さいころ、祖母が「万次郎さんは小さな鯨漁船に、まだ小僧さんとして乗りよってね、
海で漂流してアメリカの船に助けられて、難儀したけどアメリカでしっかり勉強して立派な人になって帰ってきたんよ!英語も達者でね。」

と話を聞きましたが、彼についての詳しい内容はその後の歴史の教科書の中にもなく、高知といえば幕末の偉人はやはり「坂本龍馬」で、その影に追いやられています。

しかし近年大分研究は進んだようで、高知龍馬空港でも彼の写真や業績に会うことができます。

土佐清水の小さな漁港で生まれ育った彼は父親が早逝しているので小さい頃から炊事係として漁船に乗り込み太平洋を渡っていました。

小さな船で肉眼で鯨を見つけることは体で覚えていたようです。

1841年、14歳で、その冬の海に乗り出した、乗組員5人の船は折からの時化で漂流・・・
太平洋の孤島
鳥島に漂着してその五人で半年近く無人島生活をしたそうです。

しかし幸いなことにアメリカの捕鯨船にたすけられて、ハワイに寄港。
大人たちはもちろんそこで安全な暮らしを与えられたのですが、ただ一人まだ若い
万次郎は捕鯨船のホイットフィールド船長に望まれてアメリカ本国に連れ帰られました。

もちろん強引にではなく、本人の意志を尊重されたということです。

ここで何故彼がそのように気に入られたかといいますと

捕鯨船の中での彼の機敏な態度、機転もきき、人との交わりも臆するところがなかったといいます。

持ち前の性格、能力もあるでしょうが、やはり若さという点でその柔軟性を買われたようです。
万次郎自身もそれを望んだというのですから、そのとき既に1年以上家を離れて暮らした彼には、どこでも暮らせるという順応性が備わっていたのでしょう。

そしてその船長の愛情が理解できたのではないか、と想像します。
また、鯨を見つけることに自信があり、それから再び捕鯨船にのってグアム フィジー、喜望峰を回って、米国マサチューセッツ州ニューベッドフォードに渡ったそうです。

その間に「ジョン万」のニックネームをつけられたとのことです。

そこには今、捕鯨博物館があって、ジョン万次郎の記録もしっかりあり、日本でよりも 彼は有名な日本人だそうです。

彼はその地で小学校の先生の家に投宿して「いろは」も読めなかった状況から、いきなり「ABC」を学ぶことになったのです。

しかし、彼の能力はそこで開発され、学び、立派な航海士になったのです。

学校での様子は当時の同級生の記録から

「ジョン・万は礼儀正しい上に優しく、勉強家だった」とあるようです。

礼儀正しく、優しく、勉強家・・・この三つはとても大事なことなのですね。

彼はその後ハワイに残っていた他の土佐の乗組員と一緒に1851年、日本に帰っています・

ちょうど10年後ですね。

彼はあの有名な咸臨丸にも通訳として乗っていますし、幕府のために文字通り米国との橋渡しを実践した人だと思います。

ただ数奇な運命だったので、米国の言葉がわかることで密使と疑われたり、日本でも苦労は耐えなかったようです。

しかし、新政府になってからは東京大学の前身開成学校で英語の教授を務め、彼をここまでに教育しようとしたホイットフィールド船長とも再会できたそうです。

1898年、70歳で亡くなっています。

今高知土佐清水には万次郎の記念館があるそうです。(是非訪れたいです)

そして足摺岬には彼が太平洋を望んでいるように銅像があります。


この内容は2004年偶然高知へ帰る飛行機の中で、その機内誌(全日空 翼の王国6月号)で特集されていたものです。

私はその出会いに感動しました。

資料は南部洋一氏文 中川 彰氏写真 コーディネーター坂牧正隆氏によるものです。

四国の中で太平洋に大きく面した土地を持つ高知に生まれ育ったことは外国という場所を
海の向こうという比較的身近に感じられる環境にあるかと思います。

私の祖父は幼い私の父をつれて、旧満州に渡り終戦まで過ごしています。

私もまた偶然にインドに渡る事になったとき、祖父に電話でそう告げると

「それもよかろう」という一言でした。

心配しながらも新しい土地での暮らしを容認する土佐の気質だと感じています。

長くなりました。ご高覧ありがとうございました。

初めてお立ち寄りの方へ
インドを舞台にした日本人女性の生き方を綴る小説です。
あらすじは下にあります。
この小説の冒頭は・・こちらへ
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「annと小夏とインド」
更新しました。みどりの日の散歩です。

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(高知の地域情報にもエントリーさせていただきました。)

あらすじはこちらから
by akageno-ann | 2008-04-30 16:37 | 番外編 | Trackback | Comments(22)