アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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カテゴリ:エッセ-( 421 )

小学校4年生の図書室で同級生に薦められて読んだ「赤毛のアン」村岡花子訳
あの時の感動を映像のように覚えている。
それから中学校時代の古い木造校舎の狭い図書室に 赤毛のアンシリーズがしっかりと
本棚に並べられていて・・そこで借りて我が家の狭い廊下に寝そべって読みふけった
風景もはっきりと覚えている・・

その中で今日は「アンの夢の家」を読み返している。
今BSのNHKプレミアムでは朝7時15分に 「花子とアン」という
タイトルで村岡花子さんの一生を連続ドラマとして再放送しているが
戦火の中を大切に抱え持って原書の Ann of Green gables を守り私たち日本の
女性たちにカナダの勤勉な女性像を紹介してくださったその意志に深い敬意を改めて持つ。

原書で読もうと試みて原書を持っているはずだが・・どこかにしまい忘れたり英語を身に着けていない自分が
一番歯がゆいが・・最近は遅ればせながら 英会話を学んでいる。

大正の時代にしっかりとミッションスクールで英語を身に着け翻訳者になった村岡氏の才能と努力
その中にお子さんを亡くされたり 家族の様々な不幸な出来事にも前向きな姿勢を「アン」から
学ばれているようにも思う。

アンもまた新婚時代を美しい港町 グレン セント メアリーという地で 始めたが
長女ジョイスを 死産という形で迎えた。

その悲鳴に近いうめき声を私は想像した。

その後も最愛の息子を戦争にとられ 実に数奇な人生を歩むのだが 夫のギルバート ブライスと
共に愛情深く年を重ねていくのである。

育ての親のマシュウーとマリラとの別れも描かれている。
私の読んだ範囲ではアンは54歳までの人生を過ごしたが・・子供のいない私もその中に重ねることが
しばしばあった。

そしてどんな「幸福の中にも かすかな悲しみの影がつきまとう・・・」という言葉 知らない困難よりも
今ある困難に立ち向かう方が楽である・・という引用文によって私は今も明るく生きているようだ。

「アンのように生きる」と題したこのブログも10年以上に渡って綴らせてもらい・・そのまま自分の
ささやかな人生の記録になっている。

ふと振り返り支えられていることは読んでくださる方がいる・・という実績である。

しかし自分の人生の中で残しておくべきことというのが一つでもあれば有難いが・・
村岡氏の作品が100年を超えてずっと心の支えになっていることにも驚く
ルーシー モード モンゴメリ氏の作品なのであるが 私の中には日本語「赤毛のアン」とそのシリーズが
沁みこんでいる・・・

文庫本には若い頃に何故かページごとに 鉛筆の傍線が引かれていて・・
もちろん私が引いたのであるが・・・・
そんなことにも心が動かされる・・

今日は「アンの夢の家」の再読をしていて 父が山本周五郎氏や藤沢周平氏の作品を今も何度も読み返している
その心を探ってみたりもしている・・


by akageno-ann | 2017-11-13 22:36 | エッセ- | Trackback | Comments(1)
同じ1954年生まれと改めて知ってとても親近感をもちながら
また衝撃も受けている。5才で両親とイギリスに渡られ大人になって
英国国籍を選んだ彼の生い立ち!
子どもの頃に放り込まれた異国の教育機関で素直に学んでいく姿を
想像するに彼のもつ能力の高さと真摯な態度が大きく影響したであろうと
敬意を抱く。
良い環境と一口にいってもそこで自分が生きるも死ぬルも本人次第だ

初めて日本語に翻訳された「日の名残り」を読んだ時、作者を英国と日本の
混血人だと勝手に思いこんだ。
それ程英国の古風な生活様式に精通されていた。
自分は30代でかつて英国領地だ⊃たインドニユーデリーに少し住んだときに
感じた英国気質というものに興味を深めることができたのだ。

その作家が同い年の日本人と知って実に驚いてしまった。

と共に日本人だから感じとれる心の機微もあるのであろう。

インドもまたとても日本的な感性をもつインド人に会った。

使用人のつかい方もよく教えてくれた。
あの英語の生活の日々にもっとしっかり学んでおくべきであったと
反省しつづけている。

by akageno-ann | 2017-10-10 22:00 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

日の名残り

今日は実家から帰って夜を静かに過ごしていたら、ノーベル文学賞にイギリスの
カズオ イシグロ氏に決まったと 嬉しいニュースがあった・・


  アンソニーホプキンスの感情を押し殺した イギリス名家の執事としての
繊細な演技に魅せられてから 私は その文章に触れたのだが・・・・・

それ以来彼の文体に関心を寄せていた。
しかし全くの同世代であることに改めて今日触れて とても恐れ多いことだと感じた。

感性が深くて10歳は上の方だと思っていたから・・

ご両親がイギリスにわたられて・・・のちにイギリス国籍をとられたという特異性を
真摯に受け止めて努力されたことを感じさせる 文学者

改めて作品に触れて行きたいという思いと・・
老いていく私の両親との暮らしも丁寧に綴って行こうという気持ちにさせてもらった。

丁寧に努力する・・・それが人生の上で大切でこれからの余生を過ごさなくてはならない
とエールを送られた気がするのは 身勝手な感想だが  感謝したいほどだ。

昨年のボブディラン氏と同様に  ノーベル文学賞の行方が毎年とても興味深いものに
なってきた。

川端康成氏 大江健三郎氏のときの数倍今回のイシグロ氏の受賞が心に沁みた

明日はまた実家に戻って眠ることになるが 彼の本を持って行こうと思う。




by akageno-ann | 2017-10-05 23:29 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

母の反乱

こうしてここに書けることをまず嬉しく思う。
先週母が突然吐血して救急搬送されると朝電話がかかり・・・
これはいよいよ・・・と覚悟しながら すぐに電車に乗った。
幸いすぐに行動できる時間帯だったことと 実家のご近所の
お二人の奥さんが本当によくフォローしてくださって・・

病院にかけつけると 父が心配そうにだが結構しっかりと
状況を看護士に説明しているところだった。

ただ耳が遠いので聞き返しも多く・・看護士の方たちも
根気よく聞いてくださっていた。

母は幸い意識もあり、落ち着いていたのでほっとしたが・・
やがて妹も車で駆けつけ・・いよいよ病状の説明になった。

腸閉塞だった・・前日に実家で母は元気そうだったが、なんとなく
食欲がいつもほどではないな・・と思っていたらそれが症状だったようだ。

その日の治療は鼻から管を通して造影剤を注入してのレントゲン撮影に
なったようだが、その管を挿入するのが苦しかったらしい・・

翌日いったら管は夜中の間に母が抜いてしまう・・という状況に
変わっていた。「苦しかったのですからしかたないのです。」
と看護師も医師も説明してくれたのだが・・・

今後の治療が心配になった。
しかも吐血時の吐くという事象が誤嚥性肺炎も引き起こしていた。
母はいきなり病院のベッドにいろいろな管で繋がれることになってしまった。

妹と様々なことを相談し・・父のケアと共に行ったり来たりの一週間が過ぎた・・

従妹の施設のケアマネージャーにも相談させてもらって
いよいよ・・・と考えていると、ケアマネのOさんがアドヴァイスしてくれた。

「経過は日々刻々変わるのでゆっくり考えていらっしゃれば大丈夫ですよ・・」
そのことは入院先の医師や看護師も言ってくれた。
「お母様は今は病院にいる状況も受け入れられなくて、混乱されてますが落ち着きますから・・」
永年の経験をお知らせいただくのは本当に有難いし・・確かに私も義父や従妹をみていて
いろいろあったな・・と落ち着くことができた・・
ただ妹が行ったときには 母はベッドで 暴れていたらしい・・・
私がいくと手にミトンをされていてそれがうっとおしそうだったが 私たちが見守るとき以外は
外すことができなかった・・

叔母が心配して電話してくれた時に・・母の実家の神社で病気平癒のお祈りしているから・・伝えて
といってくれたので、母の両親の写真を持って行ったりして・・なだめるように話すと
次第に納得するような気配もあったが・・やはり苦しさはとれなかった・・

妹は心から心配していたが・・・「母のこれが初めての反乱だね・・」と認めることが
できた私たちだった・・母は 一度だって私たちの前でわがままを言わない人だったから・・

by akageno-ann | 2017-09-05 01:59 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

誕生日前

毎年誕生日前はいろいろと考え事をする機会に恵まれる。
63歳になるが・・・ここまで無事に生きてきたことに少しの驚きと
両親に感謝している今年の私である。
両親はかなり年をとったので、それなりに苦労して暮らしている。
私たち姉妹と家族で一日おきに生活の支援をしているが、父が特に
母の為に力を尽くしている。
父と私は性格が似ていて勝気なので ぶつかりそうになることも多く
心が塞ぐこともあるが・・考え方の基本は同じなのでそこを忘れない様に
接している・・

母のことを自分の責任と感じて丁寧に面倒を見るのだ。
つい私が手を出し過ぎるのでややこしいことになるのだが
そこを年月で互いに慣れることが大事だと思っている。
でも今夜は 母が腕時計を失くしたと心配して電話くれて
明日一緒に探すからと言ったら、ほっとしてくれたので私も深くほっとできた。

そういうことがたまにある・・

母は最近 電話を自分の名前を言ってかけてくる。
今までは「お母さんよ・・」とかけてくれたのに・・
なんだか姉妹のような感覚になっている・・

祖母が年取って私と母を混同したように 年代の感覚が鈍ったのかもしれない・・

母が少しずつ意識に変化ができたのは70歳のころからだったように最近思う。
少しずつ10数年かけて母は今の母に変化した・・

父にあまり気を遣わず自分の意志をはじめて通している母が私は愛おしい・・
私たちの為に自分を抑えて生きて来てくれたことは間違いないのだ・・

そんなことを今年は誕生日前に深く感じている・・



by akageno-ann | 2017-08-14 23:46 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

葉月に生まれる

母も祖母も私もこの八月に生まれた・・
夏は苦手だと思っていたけれど・・今年はどういうわけか夏が急に好きになった・・

夏の海を見たせいかもしれない・・
従妹の母である私の叔母と、従弟のお嫁さんが 私を労ってくれようと
宇佐湾を見下ろす高台のレストラン ヴィラサントリーニに連れて
行ってくれた・・・

びっくりするほど美しくて外国のようで 私はそこでの二時間を
満喫した・・・かつて行った地中海に面した 町フランスのマントンを
想い出した・・・
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オーナーはギリシャを感じてここにこのリゾートを建てたという
素晴らしい感覚だ・・
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カクテルはノンアルコールで仁淀ブルーという美しい一級河川仁淀川に
敬意を表するかのようなグラスが運ばれた・・

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お料理も期待以上のフレンチで 高知の地場産の野菜たちが
実に美味しく盛られていた・・(オードブルに先ずまいった・・)
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by akageno-ann | 2017-08-04 00:57 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

ここはどこ?

思いがけない旅になった。

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ちょっと食事に行こうということで車を30分走らせて海沿いの宇佐という
方面に行き、宇佐湾を見下ろしながら山を登ったてっぺんの表情がこの写真
ここはどこ?ついラインで友人に写真を送ってしまった・・

時差のある国に旅しているの?というその返信がうれしかった・・
もちろんここは日本で故郷高知の一角・・

ほんの2時間の滞在で私の心は癒された・・

by akageno-ann | 2017-07-31 02:00 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

祭りのスキルは生かそう

地域の夏祭りが二週間にわたって無事終了した。
無事というのは天候に恵まれて 大きな事故もなく・・ということで
祭りというもので人がけがをしたり命を落としたりということが一番残念なことになる
過激な祭りではなく、穏やかに楽しく・・という思いを込めて行っている。

地域に住む年配者たちはそういうスキルを持っているので、若い人たちの為に
大いに頑張っている・・神輿について詳しい人や 焼き鳥を焼ける人
立て看板に筆で書ける人  踊りの上手な人  太鼓をたたける人

会計の事務能力のある人   料理の上手な人  売り子さんをやれる人

片付けの上手な人  接待力のある人   アナウンスができる人

そういう力を発揮する人が多い地域はこうした行事を続けて行けるようだ。

私は雑用力を持っているので この時期は惜しみなくそれを発揮する・・

その間従妹の病状も両親のことも心配だが
祭りだから頑張ってね・・と三人にもお願いして
今年も無事過ごすことができた

舅を三年前にこの祭の時期の入院させることになってしまった・・今はそのことも
祭りのおかげで父を無事に送りだせたとも感じられるようになった。
舅は祭りの立て看板を何年も書いていた・・だから祭に間接的にかかわっていたせいか
その間体を心配して介護施設のショートステイに入ってもらっていた。

その第一日目の夜に 元気にカラオケも食事も楽しんだ舅は発熱して 入院になってしまった。
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びっくりしたが発熱だけで大事をとっての入院だったので却って安心していたが
そのまま一か月の入院ののち・・90歳の誕生日目前に亡くなった。
有難かったのは病院の手厚い看護と そこに搬送してくれた隣の施設のスタッフと医師看護婦の皆さん

暖かい心がずっと私たちを支えてくれた。

前日に元気にしゃべっていた父がその日の早朝5時に突然眠ったまま危篤になった
看護士の方が「すみません、30分前には穏やかに目覚められたのに 次に見たら急に息が弱くて・・」と
電話をくださり、駆けつけて・・そのまま30分私たちの見守る中で亡くなった・・

だから私たちはこの祭がそのまま父の終焉の思い出になった・・
それはとても手篤い看護で・・最後まで書くことが生きがいで素晴らしいスキルだった・・
その書道のお弟子さんたちが 祭りのご祝儀を披露する看板書きをしてくれている・・
そんな流れを作った舅に感心しまう・・



by akageno-ann | 2017-07-25 06:08 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

夏祭り

6月の最期夏越し祭を各神社で行う。半年を無事過ごしたことへの感謝と
残る半年を息災に過ごすよう・・人型の白い紙に息を吹きかけ 自分の体調の悪い部分を
さすって、祈願する古くからの習わしがある。
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ふるさとの大国様でも・・・写真のように茅の輪をくぐります。
従妹の病状もずいぶんとよくなってきていますので、私は今年は彼女の手術をした
病院の近くの高麗神社を訪れました。

ここは折口信夫博士の歌碑があることでも縁を感じています。

7月に入ると地域の祭が相次いで行われ、6年前から自治会員としてお手伝いさせて
いただいてます。祭を無意味に感じられる方もいらっしゃるでしょうし、私も近年まで
それほど熱心ではありませんでしたが、こうしてかかわっていると、自然災害のときなど
地域の人々のお顔を存じ上げているだけでもなんだか心強くなって参ります。
故郷では本当に町をあげて神社の祭りを盛り上げますが、地域の祭もこころのよりどころに
なっているように思いはじめました。
皆で元気に今年を乗り切っていきたいと、そして被災地の方々もどうか一日も早く
安定した暮らしができますように・・と祈ります。

世界規模で異常気象による自然の破壊があり、一つ一つが他人ごとでなく・・
先ず水の確保と 非常持ち出しの身の回り品を検めたりしています。
暑さきびしい中にもお元気な日々をお過ごしください。

by akageno-ann | 2017-07-17 19:22 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

久しぶりに

近くにあけぼの子どもの森公園という
トーベヤンソンのムーミン谷を模倣した場所があって・・

前から友人を誘っていたのだが・・このほどやっと
いらしていただくことができた。

この半年くらいは何か約束事がなかなかできなくて
延び延びになっていたのだが、従妹も少し落ち着いてきたので
思い切ってお声掛けしたら暑いさなかのほんのちょっと曇り空の
人気の少ない大人の散歩には最適な7月4日にいらしていただいた。

その前に飯能のラ ノーラというイタリアンレストランで
軽いランチを・・そこの味もとても気に入ってくださって
このコースはなかなかいい平日のコースになった。
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高校生の頃ちょっと楽しく読んだあの本をこうして大人になって体感する思いもなかなかのもの・・・あの頃の友人も誘ってみたくなった・・まったりと3人で過ごすひとときは大雨を心配して短時間であったが、2時間以上かかる友人は雨にあわずに辿りついたらしい・・ほんとうにありがとう・・・こうしてまた会えて私はとてもうれしいです。c0155326_15255963.jpg
by akageno-ann | 2017-07-09 17:08 | エッセ- | Trackback | Comments(1)