アンのように生きる・・・(老育)

akagenoann.exblog.jp

かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

ブログトップ | ログイン

カテゴリ:エッセ-( 430 )

戌年です。

今年も明けてすでに12日が過ぎ・・鏡開きの小正月も過ぎてしまいました。
我が家の年女?柴犬小夏も元気です。
若かった頃のキュートな小夏の写真を載せますが・・
今の寝てばかりの小夏も愛おしく・・また家族の平和を司ってくれています。
三頭目の柴で・・初めて赤ちゃんのときから飼いました。
15歳になります。
完全な家犬です。
なので人間の言葉がかなりわかります。
自分に関係あるなしがどうやら判断できそうです。
こちらが彼女を意識しているせいももちろんありますが・・
彼女のおかげで散歩もし、就寝時間も守られています。
そして彼女の有難いのは寝起きが遅いことです。
一番最後に起きて来て・・ゆっくり水を飲み
朝の散歩は朝食後でいいのです・・

最初に飼った迷い犬のジロは外の小屋でしたが、家族の誰かが起きると
その気配に反応して散歩を要求してしました。
家族も若かったので・・ずいぶん散歩で遠出しました。
その子は2月の寒風吹きすさぶ朝に脳梗塞のようになって
それから3カ月近く昼夜逆転したりして最後は静かに
息を引き取りました。
家に入ったのは最後の方だけで 外を好む雄犬でした。
車には絶対に乗らなくて・・獣医さんにはいつも
往診をしていただきました。
二番めのハナは優しい子でどんな人にもなつくようでした。
この子も迷い犬をいただきました。
この子の最期は私の腕の中でしたが・・最期を迎えるまで半年間
それまでになかった遠吠えや抱っこが嫌でのたうちまわったり
家人を噛んでしまったり・・やはり脳がやられたのかもしれません・・
でも最後はご飯をしっかり食べた後・・急にぐったりして
抱き上げると・・そのまま冷たくなっていったのでした。

長生きの小夏・・みんなに時々 小春ちゃん とか小雪ちゃんと
可愛い間違いをしていただきます・・
マイペースな小夏ですが・・そのまま長生きしてほしいです・・
戌年はとにかく頑張って生きておくれ・・と先ず願ってすっかり
主人が甘く優しく寄り添ってます・・佳き年になりますように・・
c0155326_21260283.jpg


c0155326_21235109.jpg


















by akageno-ann | 2018-01-12 21:39 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

明けて2018年平成30年

2018年 平成30年という偶数の年は私にとって覚えやすい年号でありがたい。
昨年は書類に年月日を書くたびに 2017年で平成29年というのがどうも私の頭の中に
きちんとインプットできなくて・・なんどか間違えてしまったことがあった。
年のせいか・・とも思うが・・今年は自分の頭の中が整理されたような気がしている。

母が少し昔の自分のことだけをしゃべるようになって・・何か刺激が必要だな・・と
思っていたら正月に元日 2日の両日で近親者がしっかり集まった。

特に2日の彼女が大切に幼い頃を育てた孫が二人社会人と大学生になって一緒に久しぶりに
あらわれた時・・・手を引いて狭い客間に入った途端・・母は今までにないしっかりとした
声で
「まあああ・・みんなで来てくれたの・・嬉しい 本当に嬉しい」と身をよじるようにした
感触が私の手に伝わって・・一瞬グッと来てしまったが・・とにかく母を椅子に座らせて

新年のあいさつになった・・父もしっかりと年頭の祝辞を述べて・・お屠蘇の運びとなった・・
何度かやってきたこの風習は今年・・我が家は 私の簡単な手料理になってしまったが・・
とりあえずは良い顔見世興行となったようだ。

c0155326_22265129.jpg













料理上手だった母は よく綺麗にきんとんを練り・・巻きずし こんにゃくを手綱にした
煮物や 伊達巻・・父の好物の黒豆 かずのこ・・と洋風の揚げ物など作ってくれていた
あの頃を思い出して・・今の私は ほぼ買ってきたものを詰め込んだだけだが・・
優しい甥っ子たちが美味しいと言って食べてくれたようで・・

先に帰った私に妹が長い感謝のメールをくれて・・そして同じころ 母が元気に
「今日は嬉しかった」と電話をくれて・・
それはほっとした。
主人に「バイプレーヤーに徹したんだね・・」と言われたときに
こういう役柄がどうやら大好きな自分に気づいた。

お客は好きだが・・あれこれ準備しているときが楽しくて・・そして皆がそろって
食べ始める瞬間が一番好きだと・・改めて感じた。

2018年は私にとって正直にわかりやすく過ごせそうだ。
両親への手助けはかなり必要になってきているが、まわりが私が倒れるのではないか・・と
心配してくれて・・たしかにそうなのだが 闘争心の強かった自分は倒れないと踏ん張っていたが
今日は  倒れたら・・その時考えよう・・という気持ちで少し気楽にやって行けるような感じを
一瞬もった。
若いケアマネージャーに言われたように 自分の中に引き出しはいろいろもちつつ
でもこの暖かい心の母の為に・・私が介護人になることは一番今やりたいことになっている。
できるところまで・・私は実家にヘルパーとして通い続けるし・・それを支えてくれる夫にも
素直に感謝している。夫は14歳になった柴犬をしっかり介護してしているし、そういう年回りのようだ。
戌年であることがまたうれしい。




第2回プラチナブロガーコンテスト



by akageno-ann | 2018-01-02 22:48 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

今年2017年という年

従妹の乳癌の治療という厳しい状態で始まった1年だった。
手術を奨められるも・・どうしてもその決断がつかない彼女の気持ちもわかり
抗がん剤の副作用の為に本人も介助する人々も大変だった前期・・・

しかし3月に 大腿骨骨折という思わぬ怪我により 彼女の運命は神様に
導かれた。止むを得ない整形外科での手術後に 彼女の右胸は薬の作用なのか
大きく膨れ上がり・・その辛い状況を彼女は本当によく辛抱した。

毎日顔を見に行くだけの私たちに「大丈夫」を言ってくれて・・
だが父や 甥の顔を見ると すがるように手を出した彼女

男子の見舞いは心強かったに違いない
そして遠くから駆けつけてくれた親友の訪問・・

有難いことだった。
そして施設のスタッフの方の尽力で 彼女は整形外科から 癌病棟へ移転が決まり
主治医の「今が手術の最期のチャンス」という言葉に納得して5時間に及ぶ
乳癌摘出手術を行った。

すっきりとした右胸とリンパ節の関係で動かなくなるのではないかと心配した
大切な右手は手術の翌日からしっかり動き・・私たちの手を握り返してくれた。

主治医の英断もあり、抗がん剤を一切使わず、彼女は曲がりなりにも普通の生活を
スタッフに支えながら今まで通りの施設で年越しとなった。

私はというと 母が夏ごろから急に生活力が弱り 入退院もあり、これはいよいよ
施設の方が・・と病院から勧められたが・・母の家に帰りたいという強い気持ちと
それに応えようとする父の想いに私たち姉妹は不安をかかえながら自宅に戻った。

父は疲れて 少し物忘れが多くなったが、それでも日常生活を遂行しようとする意志が
私よりもしっかりしていて、心打たれている。

そんな暮れに友人からの暖かい贈り物があって・・皆がそれぞれに頑張って年を越せそうなのを
感謝している三十日・・ドキドキする心を持ったまま・・年を越す私・・
c0155326_22592786.jpg
































このかわいい子たちをお世話になった方々に少しずつお届けして・・
また頑張りますと・・従妹と二人・・心に誓った

この歳末の冷えた空気に感謝する私です・・・




by akageno-ann | 2017-12-30 23:03 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

幼馴染み

実家に帰る日が多くなると ご近所とお付き合いも改めて深くなるが
自宅の自治会に比べてこじんまりしていて、これが都会的というものか・・と
ほっとする場面がある。

小さな袋小路になっているところに5軒だけの家があるので実に簡素で
それでいてさりげなくつながる関係が有難い・・
代替わりもあり、親しかった二軒は若い新しい家族が入られ・・そしてそこで
もう10年以上がたったので、老夫婦の我が家は見守っていただいている。

そしてはす向かいのお宅は同じように高齢のご夫妻のお宅で ご主人は彫刻家で
奥様は昔から折り紙でお雛様を作ってくださったり・ガーデニングをされて
いる多彩なご家族だが・・そこの長女は私と幼名を呼び合う幼馴染だ。

彼女は実家にぐっと近くに住んでいて 毎日実家のアトリエに通ってクラフトの
講師をしている。

この時期は毎年クリスマスリース お正月の松飾のリースを教えていて
私はいつも作品を譲っていただいている。
c0155326_23070340.jpg
































今朝は 呼び止めてくださって、庭の万両を切ってくださった。
お庭で話をしていると、小学校の頃を思いだした。
実家に戻ることが自然になった気がした。

by akageno-ann | 2017-12-26 18:56 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

サイレントイブ

いくつになっても クリスマスは楽しみである。
どんなに忙しく過ごしていてもクリスマスの飾りつけはしたいものだ。
セブン仲間とセブンクリスマス・・と、私たちはよんでいる・・
コンビニの食材でおもてなし??という人もいるけれど・・
そこは現代はこの値段でこのコスパ・・と驚く期間限定商品が
いろいろある。
c0155326_23064294.jpg
FLOのフルーツタルトもセブンから取り寄せてもらい・・
c0155326_23065563.jpg
夕暮れからイルミネーションの光が深まるのを楽しみながら・・ちょっと乾杯・・

c0155326_23061171.jpg
取り寄せたオードブルのパテも美味しくて・・ノンアルのカシスで乾杯し
マリアージュの紅茶もセブンのお取り寄せ・・
c0155326_23062361.jpg
若い人たちの新しい情報をいただきながら・・今年最後のひと夜の集い・・
私の抜けたあとの仕事を増やしてしまったのに・・私の実家のことを心配してくれるその優しさに
癒される・・・

温めるだけのクラムチャウダーは・・・・絶品!!!

さて・・明日は従妹のとこにクリスマスを届け・・
イブは実家で両親と久しぶりのクリスマス・・・

今年は今年で結構なクリスマス・・



by akageno-ann | 2017-12-22 23:26 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

辻井伸行氏に学ぶ

今夜は偶然にも「辻井伸行×パリ ショパンの舞い降りた夜」の番組に出合えて本当に感動している。
完全なる盲目でありながら彼のピアニストとしての天分には言葉が出ないほどの感動を覚える。
難曲と言われるショパンの12のエチュードをパリのシャンゼリゼ劇場で演奏するその音を聞きながら
このブログに向っていることに感謝をする。

夕刻従妹の滞在する施設で穏やかにすごし 「アンちゃんいつもありがとう」という言葉をかけられて
「私こそ、いつもそうして穏やかに過ごしてくれてありがとう」と今日は思わず言ったほど
彼女の安定した心に寄り添ってもらって感謝したところだった。

母は私に叱られながら介助を受けることもあるのに 必ず「あなたのおかげで元気になりました」
という感謝を述べる・・

その時の言葉かけのやさしさは従妹のそれと とても似ている・・

辻井伸行氏はこうしてピアノへの道へ導いてくれたご自身のお母様への感謝を述べていた。

そしてショパンとの出会いに・・

疲れたなと思い・・だらだら過ごしていたらこの番組に出会え、辻井氏のどんなに古いピアノでも瞬時にその特性を知って
素晴らしいショパンの時代の音で演奏してしまえる稀有なピアニストだ。

弘法筆を選ばずという古事は 今 辻井氏ピアノを選ばず・・という言葉に置き換えてしまった。

その素晴らしさに感動して もらえたエネルギーで 年賀状を一挙に書き上げた。

そしてこうして従妹や母の介助にかかわれていることにも感謝する心がふつふつと浮かび上がってきた。

亡き舅殿の仏壇にも感謝の祈りを・・

今 ショパンの12のエチュードを弾き終わり 観衆から絶大な拍手をもらった彼はリクエストに リストの
ラ カンパネラを美しく奏でている・・先ほど19世紀の古いリストが弾いたと言われるピアノで見事に
演奏した彼は現代のグランドピアノでそれは見事に弾いているが・・・リストは自分の演奏を再現するかのような
前のピアノの演奏に感動したのではなかろうか・・

音大時代のフランス人の親友とのパリでの再会で弾く幻想即興曲の連弾も・・山のぼりに初めて誘ってくれたのが彼だったと
いう彼の言葉にも 外国の人の積極的な障害のある人への手の差し伸べ方にも学ぶものがある・・

頑張れそうな今年一番寒い夜の出来事・・

by akageno-ann | 2017-12-17 22:50 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

祖父のこと

11月の秋祭りの翌日後片づけをしていると突然覚えのない東京の電話番号から電話があった。両親に何事かあったのか?とどきどきしつつ受けると懐かしいインドでお世話になった方からだった。それも遇然お祖父様が土佐の名士でいらっしゃったそうでその方のルーツを周りの方にすすめられて辿っていらっしゃるご様子だった。その折に私の故郷が土佐であることを30年たっても思い出してくださりとても嬉しいことだった。
私の祖父はやはり教員で、戦前の満州に渡って当時の現地の日本人学校で教えた人だったから 心配しつつも 私たち夫婦のインドの日本人学校行きに賛成してくれたのだった。
お電話でお話を聞きながらその方もお祖父様を深く敬愛されていることを感じ、自分でできることはしていこうと 私よりも15才も先輩でいらっしゃるが とても若々しく語られよい刺戟をいただいた。

それからまもなくして少し疲れから風邪気味になったので主事医にかかったのだが、そこでその医師のお祖父さまの足跡をご本にまとめられたことを知った。
しかも森鴎外と同じような歩みをされたかたで医師であり文学にも秀でた方であった。
亡き舅が書をよくする人だったのでそのお祖父様の漢詩の解読を頼まれたことがあり少し身近に感じさせていただいた。

不思議なものでそういう先祖に感するお話をいただくと我が身内のこともふと深く思い返すきっかけをいただいたように思える。

つい先日も突然祖父の夢を見たという方から「何か語りかけられているような気がして」 とお話いただくと、つくづくと家族のつながりを大切しなくてはと思い知らされ自分の中に内在する祖父母の思いがtelepathyのように浮かびあがってくるのを感じた。

「家族のために生きる」という基本をふまえて暮らせばそう大きな失敗はしないような気もし、祖父母に守ってほしいという祈りも強くしている私がいる。
大変な時代を明治大正昭和とふ生きぬき、そして平成二年に亡くなった祖父は私がインドから帰国して電話でその報告をした3週間後に急逝してしまった。
臨終の枕元で祖母にГあんたの一番会いたかった孫が帰ってきたよ」と言われて泣きくずれた日を強く思い出した…

父との葛藤のある今 あの日父と羽田から万感の思いで危篤の祖父のもとへ飛んだことも大切な父子としての思い出もある。

by akageno-ann | 2017-12-13 21:46 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

毎日電車で

実家に通うのに久しぶりに定期券を買った。
計算したら 20日で元が取れるとわかったことと、
途中下車も自由自在がとても心と行動をかるくしている。

この時期の電車は注意が必要・・・
風邪を引いている乗客が多いこと・・
マスクも忘れている人もかなりいるので・・

こちらが必ずマスクを・・
熱っぽい人で咳のひどい方は お仕事や学校を休めず気の毒なのですが
私も風邪を引くと 年寄りや 従妹のいる施設には入れなくなるので
極力場所を替えるようにします。

だから座りません・・
座ってもし隣の方が風邪ひきで・・ということで
すぐに立つこともしにくいし・・

お互い気をつけたいですね・・

休んではいられない人が多い世の中ですし・・移動中の方は殆どそうですよね

風邪・・上着を家の外で脱ぐという作業も他所を訪問するときには特に気を付けてます
とにかく弱者のいる場所になるべく細菌を運ばないこと・・・
そしてやるべきことをしたら あとは神経質にならないこと・・

うちは犬を飼っていますから・・おおらかなんですが・・その分他所をお尋ねするときや
家に人を招くときの衛生面は気を遣います・・

デリー時代がそうでした・・
水はすべて煮沸して冷やしたものを使ってのもてなしや
土足でなく 玄関アプローチで スリッパに替えていただいてました・・

あのときも最初こそちょっとお腹は壊したりしましたが・・ほとんど風邪もひかず
元気に3年間を過ごせたと・・想い返します。
介護は先ず自分が健康でないとできません・・

水泳を始めて1年がたちました・・次回はこの水泳についてお話します。

by akageno-ann | 2017-12-06 21:50 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

秋祭り2017

今年2017年11月23日の仁淀川沿いの秋祭りは好天に恵まれて
「おなばれ」という大行列が紙の町いの町内を
ゆっくりと廻り人々の健康と幸せを祈った
c0155326_15492162.jpg
朝から準備に勤しみ昼過ぎから拝殿での御祓いそして巡行が始まる
幼い子供達も長く練習を積みこの本番前は急に緊張状態になる。
c0155326_16422942.jpg
少し抵抗感のあるいにしえの人々の化粧も受け入れてお道具も大切に扱う。
これが所謂伝承ということなのだと感じた。

生まれ故郷の祭りに帰ることのできた幸せをかみしめる。

by akageno-ann | 2017-11-28 23:21 | エッセ- | Trackback | Comments(1)
小学校4年生の図書室で同級生に薦められて読んだ「赤毛のアン」村岡花子訳
あの時の感動を映像のように覚えている。
それから中学校時代の古い木造校舎の狭い図書室に 赤毛のアンシリーズがしっかりと
本棚に並べられていて・・そこで借りて我が家の狭い廊下に寝そべって読みふけった
風景もはっきりと覚えている・・

その中で今日は「アンの夢の家」を読み返している。
今BSのNHKプレミアムでは朝7時15分に 「花子とアン」という
タイトルで村岡花子さんの一生を連続ドラマとして再放送しているが
戦火の中を大切に抱え持って原書の Ann of Green gables を守り私たち日本の
女性たちにカナダの勤勉な女性像を紹介してくださったその意志に深い敬意を改めて持つ。

原書で読もうと試みて原書を持っているはずだが・・どこかにしまい忘れたり英語を身に着けていない自分が
一番歯がゆいが・・最近は遅ればせながら 英会話を学んでいる。

大正の時代にしっかりとミッションスクールで英語を身に着け翻訳者になった村岡氏の才能と努力
その中にお子さんを亡くされたり 家族の様々な不幸な出来事にも前向きな姿勢を「アン」から
学ばれているようにも思う。

アンもまた新婚時代を美しい港町 グレン セント メアリーという地で 始めたが
長女ジョイスを 死産という形で迎えた。

その悲鳴に近いうめき声を私は想像した。

その後も最愛の息子を戦争にとられ 実に数奇な人生を歩むのだが 夫のギルバート ブライスと
共に愛情深く年を重ねていくのである。

育ての親のマシュウーとマリラとの別れも描かれている。
私の読んだ範囲ではアンは54歳までの人生を過ごしたが・・子供のいない私もその中に重ねることが
しばしばあった。

そしてどんな「幸福の中にも かすかな悲しみの影がつきまとう・・・」という言葉 知らない困難よりも
今ある困難に立ち向かう方が楽である・・という引用文によって私は今も明るく生きているようだ。

「アンのように生きる」と題したこのブログも10年以上に渡って綴らせてもらい・・そのまま自分の
ささやかな人生の記録になっている。

ふと振り返り支えられていることは読んでくださる方がいる・・という実績である。

しかし自分の人生の中で残しておくべきことというのが一つでもあれば有難いが・・
村岡氏の作品が100年を超えてずっと心の支えになっていることにも驚く
ルーシー モード モンゴメリ氏の作品なのであるが 私の中には日本語「赤毛のアン」とそのシリーズが
沁みこんでいる・・・

文庫本には若い頃に何故かページごとに 鉛筆の傍線が引かれていて・・
もちろん私が引いたのであるが・・・・
そんなことにも心が動かされる・・

今日は「アンの夢の家」の再読をしていて 父が山本周五郎氏や藤沢周平氏の作品を今も何度も読み返している
その心を探ってみたりもしている・・


by akageno-ann | 2017-11-13 22:36 | エッセ- | Trackback | Comments(1)