アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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うれしいこと

今日は甥っ子たちとそのはとこの 関東での家さがしを手伝った。手伝ったと言っても
外野なのだが、若者3人との行動は心楽しいものになった。

食事もささやかなバイキングでおいしかったかどうか?は少し疑問だが
がやがやと楽しく食べた。

20歳になった甥はアルバイトを一生懸命やって 中古の車を買ったと元気いっぱいに
語ってくれた。

母親は息子たちの運転を心配しているがこれが子供の成長を見守るということのようで
私も一緒に見守ることにした。
うちの方にも遊びに来てね・・と言ったら快諾してくれた。

若い人々が住みよい日本 世界であってほしいと・・今日あたりも英国関連のニュースをみていても
なんだか不穏な世界経済の様子を老婆心で心配する・・・

今週はいよいよ米国大統領も代わる。

変わることは悪いことではない・・・皆が私欲に走らない様に若い人々の未来を考えてほしい・・と

年をとっていくものはそのことを一番に考えて生きて行く必要があると思う・・


年明けから半月がたって こうして2017年も確実に進んでいることを感じる

若い人々は力を蓄えている・・その力を大いに発揮できる世の中になって行きますように・・



by akageno-ann | 2017-01-17 22:45 | エッセ- | Trackback | Comments(3)

年明けの様々なこと

松が明けます・・・
暮れからここまであっという間のような気がしていますが・・いろいろありました。
暮れに実家の父がインフルエンザだというので毎日看病にいきましたが、幸い予防接種の
おかげで大したことはなさそうでしたが、高齢なので用心して寝正月にしてもらいました。
こちらにも同じお節を届けておいたので それで両親二人で結構楽しんだようです。
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咳が心配でしたが、今は収まっているようです。
父は大掃除に神棚のしめ飾りもしっかり替えて、玄関の松飾 部屋ごとのしで飾りも例年通りに
掛け替えていました。

ただそんな中に 母が携帯を落としたということで、ずいぶんと心配していました。
携帯は幸い警察の方に届けられていて、一瞬ほっとしたものの 契約者が父なので
甥っ子と一緒に警察に行ったのですが、利用者本人が取りに行かねばならないらしく
父はがっかりして帰ってきました。

しかも逸早くドコモに携帯電話のストップをかけたらドコモのサービスセンター経由でないと
警察の方も渡せない・・ということで翌日まで待たされることになりました。

なかなか面倒なことですが、犯罪防止には仕方がないのでしょう・・
警察にあるしブロックしてあるから心配ないと言ってもやはり落ち着かない気持ちの父がいました。

翌日の11時にサービスセンターから電話がかかりましたが、耳の遠くなった父には内容が理解しずらく
私が代わると・・父と私の親子関係のことをしっかり確認したり・・と 父は少々混乱していました。

しかし製造番号 取扱い番号と私が聴き、最寄りの練馬警察署の連絡先を習ったので、とりあえず
電話をしました。

そこには親切な落し物が係りの警察官がいらして、父の耳の遠さと高齢なこと、利用者の母を
連れて行かねばならないことなど規則があり・・
心配する私のことを理解してくれて、必要なことを電話で確認しつつ私の電話番号も控えてくれて
お待ちしています・・と言ってくれました。

私はついていきたかったのですが、予定があり、父が年寄二人でタクシーで行くからというので
任せました。
帰路について電話に乗って30分ほどしたら見知らぬ電話番号から携帯に電話が・・
気になって・・電車の片隅で小さく電話をとりましたら先ほどの警察官の方でした。
「先ほどご夫妻でお見えになり 携帯電話をお渡しできました」との親切なご報告でした。
車内でしたので簡単にしかお礼を申せませんでしたが・・心からほっとして感謝しました。

そんな年明けを過ごしました。
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by akageno-ann | 2017-01-07 21:51 | エッセ- | Trackback | Comments(4)

2017年の幕開け

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鳳凰の大絵馬は高知県伊野町の椙本神社の今年の干支大絵馬です。
平成29年があけました。皆様お健やかにお過ごしですか。
暮れの新潟の大火を思いますと、また熊本 鳥取と相次ぐ地震の災害の復興も道半ば
日本の行く末を案ずる思いと 2020年の東京オリンピックを無事に迎えたいという希望とで
心は交錯します。

昭和29年生まれの私は今年は星除けの必要な厄年  はたしてどんな年になるのか・・と
様々な思いを持って年末年始を過ごしています。
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今年のお節はセブンイレブンの洋風お節と西武デパートのオーソドックスな和のお節の
詰め合わせを主人が持ち帰ってくれた高知の祖父の家の大皿に盛りました。
皿鉢風の正月の膳です・・美味しかったので、二人と柴犬の小夏で完食しました。
お屠蘇は いただいた五日市市の銘酒 喜正・・・日本酒らしいきりりとした
素晴らしいお味でした。
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ご来光は親切なTVによって映像をとりましたら 大吉のおみくじつき
今年の初日の出は各地でこのように素晴らしくご覧になれたようですね。
うちの愛犬柴犬小夏は 14歳になりますが昨年9月から主治医が処方してくれた
皮膚病のための薬がよく効きまして、ふさふさと毛も生えて来てとても元気になってます。
副作用もないようでよく休みよく食べ よく歩くようになってくれました。
まずまずの年明けでございます。
実家への家事補助のために妹と日参していますが、暮れに父が風邪を引き
心配な年越しとなりましたが大事に至らず・・少々ホッとしています。

皆様にとりましてどうぞお健やかな一年をお過ごしくださいませ。
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by akageno-ann | 2017-01-01 21:59 | エッセ- | Trackback | Comments(4)

クリスマス 3題

昨年から傍にいる従妹が病を得て寄り添っているが、浮き沈みもありながらここで安定して
年を越せそうなので本当に神様に感謝しています。

昨年はこのクリスマスの時期をどう過ごしたかすっかり忘れてしまったのですが、
今年は家中のクリスマスグッズを
出して・・三日間小さな会を開きました。
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お客様を招くというのはほんの少しでもゆとりがあるということのように思えて幸せな三日間でした。
その間に母のところへ行って両親ともささやかなクリスマスのランチをしました。
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部屋の掃除を念入りにするという作業は私は来客がないとだめな私です・・・義父の存命中は週四日書道のお弟子さんたちが見えていたのでちょうど良い緊張感があったようです。今は愛犬も自由にしていますし・・今月に入ってから大掃除もかねて念入りに掃除しました。そしてささやかな食事を喜んでくださって・・いいクリスマスができました。
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無事に年を越せる・・とか 桜を家族皆で見るということが年々大切な行事になってきます。そして昨年のクリスマスはこんな風に過ごした・・という記録も大切に思えるようになりました。気まぐれな私の誘いに快く乗ってくださった友人たちに感謝する年末です。
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地震がありましたね・・実家の父が風邪気味のようで ちょっと心配な夜になりました。明日また様子を見に行きましょう・・母がそれでもしっかり電話してきたのが頼もしいです。今日は甥が行ってくれまして・・楽しい時間を過ごした後のことでした。寒いのでいろいろありますね  しかし北海道や新潟の叔母のところの雪も心配です。皆さんが良い年を迎えられますように  今主人は高知の神社の手伝いに行ってます。
by akageno-ann | 2016-12-29 00:00 | エッセ- | Trackback | Comments(5)

パリの思い出

またまた一挙に40年前に戻れました。
6時半に池袋で待ち合わせ・・少し早めに来た彼女・・
学生時代と同じ雰囲気でとても若々しい・・

科は違ったけれど サークルが合唱で・・そこで出会ったのでしたよね
そして合宿係で・・夏のサークルの大移動の準備世話係やりましたね。
いつの頃からか私はあなたが大好きで・・それは真面目だけれど気負わず
何かこう構えてしまう私をとてもリラックスさせてくれた人でした

今日はその頃と同じようにお話しできました。
年老いた親を看ている様子もとても似ていて・・詳しく話さなくても分かり合えるような

初めて飲んだ20歳のときのビールのこと・・私はちょっと忘れていたけれど
大学四年の春・・アンアンの懸賞に当たって・・二人でパリローマの旅にでたこと
そこで飲んだワインのおかげで 食中毒を免れたこと・・

あの旅は一つ一つ全部思い出せました・・

羽田からの雨の中のエールフランス機での出発  飛行機はゆったりしていました。
アテネフランスに通ってとりあえず なんとか旅行仏語だけはできたのか・使いたくて

当時のフランス人のCAと話したり・・シル ヴ プレの発音だけは上手だったりして・・
ところがあの機内食で私たち30人ほどの団体客は皆三日後のローマのレオナルド ダ ヴィンチ空港で
一人・・二人・・と救急車で運ばれることになり 空港で足止めをくいました・・

伝染病を心配されたんですね・・結局伝染性のない食中毒ということでしたが イタリア紙の朝刊に出たとか・・あとでエールフランスからもう一度行きませんか?のお誘いがあったけれど 私たちはいけなかったですね・・

とにかく私たちはローマより パリに行きたくて ローマの病院に入院は絶対しない・・パリに行くぞと
少しはお腹が痛かったかもしれませんが・・

二人で頑張りました・・

そしてパリのサンラザールホテルで団体は解散になり個人での旅になったのでした・・・

しかし当時のペンフレンドだった Hさんご一家に本当にお世話になって・・私たちは
忘れられないパリとヴェルサイユの旅を完遂できたのでした・・

そういえばその前のローマのホテルでは あまりに泥棒が多いと脅されていたせいで
私は自分のトランクが突然運ばれて行くのをすっかり動転して大騒ぎして友人を困らせたことも
思い出しました・・そういう私のパニック状態も彼女は落ち着いていてくれた人でした・・

本当にあれから40年

貴方とならまたどこかへ旅をしたいと思いました。

そう日本のどこかに・・・

ゆったりとしながらも今も現役で仕事を頑張る彼女の姿に勇気をもらいました。

本当に素敵に頑張っている彼女に刺激をもらいました。

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ありがとう

by akageno-ann | 2016-12-10 22:51 | エッセ- | Trackback | Comments(3)

明日はどこにしよう?

明日はとても久しぶりに大学時代に一番親しかった友人と会う。
先日ふと彼女とパリに行った時の夢を見た。
とても不思議でモンマルトルで二人で似顔絵を描いてもらっている絵だった。

実際はそんなことはしていないのだが・・ラ パン アジルのカフェに行こうか?
とかサンセブラン教会??だったかそこにフォーレのレクイエムを聴きに行こうか?
とかいろいろ逡巡したことを今も覚えていたらしい
私は時々ふと糸を解すきっかけをつくるとそのままするするっと解けてしまう思い出の
壺の蓋が空くのだ。

そんなことを想っていると もう一人小学校時代の友人が電話をくれた。

先日彼女からの年賀状欠礼の葉書が来て、若い親族を亡くされたことを知り
その年齢が従妹と近いこともあって、彼女にお悔やみの便りをだしていたのだ・・

しばらく会っていなかったが彼女の誠実さを思うときっと我がことのように心を砕いたで
あろうことを感じていた。

彼女もまた私の最後の一行 「あなたも本当に心を尽くされご苦労様でした」という言葉で
初めて泣けた・・と電話をくれて 二人で泣いてしまった。

偶然は重なるもので 同じ病院の同じ医師に掛かっていることもわかった。

それは今の私に大きな支えだった。
彼女もまたその医師を信頼できる人・・と言ってくれて 本当に嬉しかった。
幼い頃から何故か感性が似ているところがあって・・本当に久しぶりに話しても
つくづく癒される  

暖かなお節介のできる人で・・・同じクラスになったこともないのに・・ここまで仲良しでいられたのだ。
来週その医師の診療の日だが 彼女が是非よろしく伝えてほしいと言った。

そんな伝言をもらっただけでも私には嬉しい励みになった。

さて明日あう学生時代の友人とはどこで食事をしようか?と楽しみながら
場所探しをしている・・

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by akageno-ann | 2016-12-09 23:28 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

裏切らない場所

黒茶屋・・・ここは東京都五日市市の黒茶屋
いつ訪れても客人のもてなしがうまい店です。

朝の霧の深さにどんな天気になるのか・・と思っていたら
そうこの霧の深さは須賀敦子氏の「トリエステの坂道」にあった
イタリアの道路事情に似ている・・と思いながら
実は昨晩急に歯の古い詰め物がとれて・・
急ぎ早朝から診てくださる歯科医に行ったのですが・・前が全く見えない
箱根道以来の濃霧のドライブが怖かった・・ですが

よくいらっしゃいましたね・・と早速治療してくださったK医師が有難かったです。

帰り道は大分霧が晴れてきましたが・・子供たちの登校時間に警察や安全協会の
人々がたくさん出ていました・・

さて・・そんなこんなの早朝が9時を回ると好天になりました。

霧晴れてよし 飛行機雲が まっすぐに二本 空低くありました。
そこでご近所の若い友人と前から約束していた黒茶屋に車を走らせてみました。
この時期を逃すと道が凍ったり・・不安になりますから紅葉の最期を見に行きました。
山吹という静かな個室での昼餐でした。
こういう一日があるとまた明日からやっていけそうに思います。
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by akageno-ann | 2016-12-05 21:44 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

コンサートに寄せて

友人に招待していただいて久しぶりに夜の音楽会に行ってきた。サントリーホールや上野の文化会館など
かつてはまめに行っていたけれど、東京はこんなに素晴らしいところがたくさんあるのだから・・と
思うのだけれど、夜の観劇や音楽鑑賞は帰路がしんどくなって久しい・・

しかし昨晩の三鷹の風のホールのコンサート 音大付属校の先生方のガラコンサート
たくさんの生徒や父兄を前に伝えたい思いがひしひしと伝ってきてじわんときた。
朝から従妹が調子が悪く心配したが、施設の方のケアがよくて行ったら笑顔だった。
今日のコンサートの話をしたら彼女の娘の恩師の演奏会だから くれぐれも楽しんで
と言葉を必死に繋いでくれた。

そうなのだ高知からこの音高に娘を入れたくて彼女がどれほどの情熱を燃やしたことか・・
数々の思い出があるが、そこには恩師への感謝の想いもいっぱいつまっている。
病気療養中でも感謝の想いが伝えられるならば心が健康だといつも思う。

さて実家に寄って美容院にも寄って、新宿三丁目に出た。
伊勢丹に行きたかったが 副都心線は夕方は伊勢丹正面の改札出口が塞がってしまい。
丸ノ内線のホーム経由で・・と歩かされる
しんどいので丸ノ内線に乗って荻窪に出ることにした。
途中の駅が懐かしすぎた。
中野坂上はかつて高校時代の最寄駅であるし、東高円寺にはバドミントンの練習に通った
高円寺の体育館があった。あのころ・・・運動は同好会で嫌いではないが練習は熱心で
なかった・・しかし教員になって バドミントンはずいぶんやったから役にはたったようだ。

さて荻窪はかつてインド駐在中の大使のお宅があってお邪魔したことがあったと想い出した。
日本人学校に尽力してくださるご夫妻で 私も婦人部コーラス部の一人としてお手伝いさせて
いただいた。
あの頃の大使館関係の婦人方はピアノの上手な方がいらしてとりわけ大使夫人は素晴らしかった。
その方の伴奏でシューベルトのアヴェマリアを歌わせていただいたことは私の宝物になっている。

ふとクラシックの良さを再認識して・・三鷹の会場へ ラベルの華やかなピアノ曲のあとの
バッハのヴァイオリン・・・癒された・・そしてエレクトーンによるオーケストラバージョンの
伴奏でプッチーニ とTime to say Goodebye・・・かつて必死になってアンドレアボチェッリの
来日公演のチケットをとって聞きに行った時を思い出す・・その時以上の素敵な演奏だった
再びバッハのクリスマスオラトリオ・・この曲をドイツ旅行でアイゼナハの教会で聞いたことを
想い出した。
c0155326_11395522.jpgその後友人のピアノ伴奏で リストとシューマンの曲による ローレライ・・
ドイツリートは心地よくて・・ライン下りはしていないがマインツに旅した時を
想い出した・・ドイツリートの生まれたあの地域の雰囲気を感じた。
一時シューベルトの楽曲にはまって学んだことがあったが・・ふとまた楽譜を取り出して
みたくなった・・
友人のピアノはウイーンの大学でも研鑽を積まれた素敵な演奏で・・今そのウイーンに
お嬢さんがピアノで留学中ときく・・
流れるようにつながる音楽の絆を感じずにはいられない・・

写真はヴュルツブルグのレディデンツで1989





by akageno-ann | 2016-12-03 11:34 | エッセ- | Trackback | Comments(3)

仁淀川の神様

祭りはいつも人々を元気にさせる
祭りの日に帰ると神様がいらっしゃるとつくづく感じられる。
今回はおなばれとよばれる古式ゆかしい時代行列は見に行けないほど
お札所に参拝の方たちがいらしてとても忙しかったがお天気もまずまずの
良い秋の大祭であった。暖かいのが何よりでご家族連れの多かったこと・・
病気の家族を関東に残しての私の帰郷だったが、帰ってきたら皆それなりに
元気でいてくれて・・神様に感謝した。
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地震やいつもより早い関東の雪など、交通機関のことはとても心配になったが
なんとか無事に今回の祭にも参加できたことを感謝したい。
地元の自治会の秋祭りもこの三日前に無事済ませ不思議とこの時期は
祭り三昧になる・・むかしは祭りは子供の頃に縁日を楽しみに近くのこじんまりした
神社に赴くばかりだったが、生まれ故郷の祭を知ってから、地域に祭りという行事のあることの
大切さを感じるようになった。
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ここは祭りの多い神社として観光名所にまっている高知は いのの大国様
100人以上の人々が老若男女様々な衣装を纏って平安の世を懐かしむように
待ちを練り、仁淀川の土手まで行列がある。神輿の下をくぐると健康で長生きできるとか
獅子舞の獅子に頭をがぶりとかんでもらうと子供がかしこく元気で育つという言い伝えを
皆心から信じて行列を待つのだ。
自分もそうしてもらいたいと思いつついつもこうして写真を撮ったり裏方で楽しむように
なって久しい。
町がここで一つになることが地域の活性につながるのだと感じる日でもある。
仁淀川の雄大な流れを神様が選ばれてここに辿りつかれたという神事が
素敵なこの町の歴史的行事である。



by akageno-ann | 2016-11-25 22:18 | エッセ- | Trackback | Comments(3)

思い出されることばかり

久しぶりに幼馴染にあって話をたくさんさせていただいた。
新宿伊勢丹はキラキラとした場所で・・時にはこういう場所に立つことも
背筋が伸びる・・と還暦を過ぎた私たちは感じたりした。

しかし私がもっと背筋が伸びたのは 中学校時代と同じように、人生に真摯に
向き合っている友人の姿だった。

中学校時代 一年間同級だったが、学習のひとつひとつはもとより、学年集会の
演劇の脚本までもユーモアたっぷりに書いてくれたり、弁論大会で活躍したり
まばゆいばかりの才能の持ち主なのに いつも謙虚で 
生徒だけでなく 教師もまた彼女に自然に一目置いていたな・・と
甦ってくる・・

こんなことを書いているときっと「やめて・・」とはにかんでしまわれる人だが
一つだけこんなエピソードを記させてもらう。

音楽の時間に たしかベートーベン皇帝の鑑賞の課題で音楽教師の工夫で4人の女子と
テーマをアコーデオンで弾かされたことがあった。
私はそのベースの担当だった。

ソプラノパートを友人が弾いたのだと思うのだが・・練習時は私のパートは一番最後に
弾くことになっていた・・

しかし当日は教師の話題はベース部分から二なり・・ぼんやりしていた私はしどろもどろの演奏に
なってしまった・・あのときの教師と友人たちの困惑した顔を多分一生忘れないと思っていたら
本当に覚えているのだ・・
あれ以来音楽に対してとてもコンプレックスになり、高校時代に苦手な書道を選択して音楽の授業から
離れてしまった自分をずっと後悔していた時代があった。

自分の心がけの悪さが原因だったと・・今は後悔が反省になっているが・・
なんでもきちんと仕上げることの大切さも今はわかる・・

高校時代に彼女は音楽の道に進み そのまま極めていられるが、私の姪もよく指導していただく機会を
得て・・今もなおしっかりと後進の指導に当たっている姿は、本当に中学校時代に感じた尊敬の想いと
共に懐かしさにもかわってきた。

同窓会というのはそういう思いでいっぱいになるのかもしれないが・・こうして少人数で対峙して話すと
じっくりと過去を振り返れるのがいい・・・

美味しいフレンチに舌鼓をうちつつ・・ヌーボー解禁日にちょっとワインもいただいて
ほろ酔いで饒舌にc0155326_23464463.jpgなった私を許してもらおう・・しかし・・・若い頃の心がけは人生をかなり左右するものだと今さらに感じて・・
また老後もそれなりに努力していくことが新たな生活の基盤になるように思えた。

夜は近所の酒屋さんの顧客へのサービスのワイン会・・
一日をちょっと贅沢で懐かしい気分で終えた 11月の第三木曜日になった。

男子は日本酒の飲み比べも大いに楽しんだ・・今年のボジョレーヌーボーは
なかなかおいしかった。

by akageno-ann | 2016-11-18 23:44 | エッセ- | Trackback | Comments(3)