アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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カテゴリ:老育( 30 )

ひとつの山

母のやさしさはここへきて改めて感じさせられた。
着替えのこと 食事のことと私は口うるさいのに 素直に受け取ってくれて
自分で気を付けようとしている母の姿に感動してしまう。

その上お風呂に入れる時の手伝いをすると
「今日は赤ちゃんのようにみんなやってもらってありがとう」
そんな風に言うようになった母・・

手すりを使って自分で湯船に入ろうとするし・・
着替えも自分からしてくれるようになった

確実に元に戻っている・・

食事を作っていると うしろにたって・・
「私も結構料理していたのに・・なにもしなくなってしまって・・」
と悪びれるし・・
何を作っても 「おいしいおいしい」と言ってくれる・・

病院の生活は母は本当に辛かったらしい・・
何より赤ちゃん扱いされたのが我慢ならなかったのか
薬が強すぎたのか・・

あのまま入院生活が続いていたら・・と思うと本当におそろしいと
感じる・・

母と父の運の強さが私たち姉妹を突き動かしたことは間違いない

父とは難しい局面もあるが それでも毎日会っていると慣れてくる・・
親子の関係が戻り・・父は威厳を保ち
母は やはり私たちに素直に従う・・・

離れていた30年間の溝を埋める山場は過ぎたようにも思う・・

肩肘張らずに・・と父に言われた・・・
こちらも言いたいところだが・・父はあれが自然体らしい・・173.png

by akageno-ann | 2017-11-10 23:41 | 老育 | Trackback | Comments(0)

寄り添う

母が腸閉塞で入院し・・それが引き金で少しずつ生活能力がおちたことと
これまで一緒に支えていた父が疲弊したのか私や妹との会話に混乱をきたす
ことが増えたと思っていたのだが・・

それは私のあまりに今までどおりを願う気持ちが強すぎたのだ・・と
この頃思えるようになった。

介護施設の良さを知っている自分は両親の為に母が一時でもそういう施設で
のんびり暮らしてくれた方が安心・・と思ったのだが
実は両親の自分たちで生きて行くという気持ちの強さに寄り添っていなかった。

本当は同居が一番良いのだが 突然の同居には無理があると感じて
1カ月は毎日泊まり 今は週三回泊まって・・1日一回は両親と過ごす・・と
言う日々を過ごしている。

定期券を買ったらと自宅と実家の行き来が1時間10分でできるせいもあるが
気楽に行えるようになった。

今のところはまだそんなにしんどさを感じないが 寒くなるとちょっと心配はある
先ず風邪を互いに引かないことと思い インフルエンザの予防接種をしたが
電車に毎日乗ると 罹患する確率は多そうだ・・
ただあまり神経質にならない様に・・とこの頃思えるようになってきた。

こういう日を想定していたから 早朝のセブンイレブンのパートも頑張っていたし
プールで水泳指導も受けていた。

今のところはパートを辞めたことがとても楽になって その分実家に費やす時間が
でき、水泳は体力つくりと精神修養と 気分転換になっている。

従妹の施設のすぐ近くなのでそのことも行きやすさになっているようだ。

教師一年目に先輩方言われた・・とにかく毎日出勤する・・それが児童に対して誠実な
教師である・・と言われたが  何に対しても自分のノルマを責任もってこなすというのは
基本だと改めて思った。

父と言い争いもするが・・食事も生活パターンも大分わかってきたので最近はなんとか
この感じでやっていけそうだ・・と思っている。

水に体を委ねて泳いでいると・・本当に日常を忘れることもできるようになり
実家にいる間は 本を読むようになった。

いくつになっても親から学ばせられることはあって・・
自分の年の取り方もよく考える・・
父もまた自分をしっかり確立したいと頑張るし 認知症になったかと思った母は 
同じことを繰り返したり 家事への関心は減ったままだが、私たちと普段の会話を
するようになった・・
何より驚かされたのは お風呂に自分から入るようになり、足の筋肉がついてきたのだ
洋服の着替えもちぐはぐだったのが、気をつけて朝一人で着替えるようになった
あまりに私が手を出しすぎていたのかもしれない・・
でもいつまた落ち込むかもしれないという心配はつきないので
毎日顔を出すことだけはやめないでいる・・

一緒に住む・・は今はしない方がよさそうだ・・毎日お節介に家政婦をやりに行くくことは
自然に待ってくれるようになった。

歩み寄るのはそう簡単ではないことも痛感している
自然に任せる・・というのもドキドキして行っている
でもあまり安心しきって暮らすとそんなときこそ事件はおこることを何度も経験しているので
ドキドキしながら 暮らしている。
そんなとき 水泳でバタフライを習得しつつある・・この年でバタフライ・・
そんなドキドキも今は私を支えてくれている・・




by akageno-ann | 2017-11-05 23:05 | 老育 | Trackback | Comments(0)

幼馴染み

友と一緒に年を重ねることができることを幸せに思う。
彼女とは不思議な縁だ。
小学校から中学校まで同期生であったが同級になったことはない。
しかし委員会が一緒だったり、仲良しの友人が共通だったりと
どこかうまがあうところがあるのだろう・・つかず離れずここまで
一番近くでつながってくれている・・

親への想いも似ていて 彼女のご両親はうちの両親より大分年上でいらしたから
その見守られていた時の様子もなんとなく垣間見させてもらっていたことが
幸いした。

在宅で癌を患ったお母様を最後まで御姉妹で見送ったのだ・・

いつも互いに家庭のことで忙しいから本当にたまに連絡を取って さらにたまあに
お茶を飲みつつ話すのだが・・・
同じ市内に相次いで嫁いできたのも偶然・・そして嫁ぎ先の親との同居
親族とのかかわり方・・・友人とのかかわり方に共通項を見出すのは
やはり同級生の好の様な気がしている。

今年驚いたのは 従妹の乳癌の主治医と 彼女の義理の妹さんの主治医が一緒だったことだ。

O教授への信頼度は二人はほぼ同じようだった・・

それがとても互いに心強い要因になった。

そしてこのほどの私の両親との関わりのことも両親をよく知っていてくれる彼女に
とても参考になる話をたくさんしてもらった。

実の親については気持ちもストレートになるからぶつかることは当たり前だけれど
実の親は肌で感じてくれることがある・・と言われた。

「無理をすることなくできるかぎり見守ってあげるということで大丈夫よ・・」
と言われて自分もなんだか今のように毎日実家に顔をだすことはできるな・・と
思えるのだ・・

風邪を引いたり自分が倒れられないな・・と思うと緊張感で腹痛がすることもあるが
気張らずにやって行こうと思う・・

かつて教育実習で小学校の低学年を初めて受け持ったときに 素敵な女子の担任の教師に
言われたことを想い出す。

「子供たちの為に一番大事なことは 元気で毎日教室に来るということ・・」
「教材研究が足りないな・・と思ったら せめて洋服を替えて笑顔で子供たちの前に立ちなさいね」
先ずは健康な体が資本・・と言われたことを未だに座右の銘にしている・・

少しだけ子供返りした母もここのところとても元気になり 私の小言をちゃんと聞いてくれて
「アンちゃんとミンちゃん(妹)のおかげでここで暮らせてます」なんて言ってくれるようになった・・

そういわれちゃうと・・楽しく続けられそうになる・・
私はかなり口うるさい方なので そのことを詫びると 「そんなことないよ・・」といい
泊まらない日も夕方電話してきて・・今日はこんなことをしました・・と
話してくれるようになった。
もちろん凸凹した日々なので これが毎日進展していくわけではないのだけれど
そこは教師時代の子供たちとの暮らしと重なる・・

日々の継続は互いの健康的な暮らしにあるのと会話による刺激を与えることだと感じている。

by akageno-ann | 2017-10-27 22:29 | 老育 | Trackback | Comments(0)

父の性格

ふたりの父のことを書いていても やはり私の中で父といえば 実父のことである。
先日台風の日の 今日は「無理して来なくていい・・」とわざわざ電話をかけてくるので
その声にくぐもったような暗さがあったから
「電車が動く限りいけますから・・」と答えて 本当は宿泊の日だったからゆっくり行こうと思ったのだが
早めに出かけた。

案の定・・父は寝ていた・・母に聞くと  胸に湿布をして寝ているとのことだが
疲れているのだから・・と声はかけずにそっとしておいたら珍しく二時間もおきないので
様子を見に行くとちょうど目を覚ましたところだった。

なんでも朝起き掛けに自分のふとんに躓いて転んだ拍子に回転・・所謂でんぐり返しをした
感じになったらしい・・
「昔と違って起き上がれなかったのだ」という

父は自分の運動神経の良さを過信したとも語った・・

だが普通だったら片方の手をついて 鎖骨骨折ぐらいしていてもおかしくない話だと感じたが
頭を打ったことがショックだった。

日曜日なので休日診療に行こう・・と提案したが例によって大丈夫だ自分でちゃんとわかる・・と
いうので  それ以上は薦めず・・せめて食事をして痛み止めを飲み早く休んでほしいとだけ
頼んだら  その通りにしたからちょっと心配だった・・
しかも  夜になって 「二人は不安で寂しいから一緒に住めるといい」なんて突然いうものだから
「私はいつでもこれるし 主人も一緒にというなら家を改築しないとね・・」とやんわり切り抜けた。
妹にすぐに連絡すると  「私もいつでも行けるわよ」と言っておいてほしいとの即答だった。

父の気弱になっている様子がわかるのだが・・それでもこちらの言うことを素直には聞かない人だから
そのことが今の父の生きるエネルギーになっているのだとも わかっている

しかし妹といざとなったらの・・話もし、私も連続三日間付き添った
結局内科 脳神経外科と受けて 多少の打ち身でしょうがもう少し様子を見て改善しなかったら
また、いらっしゃいという親切な診断だった・・

医師も驚くほどの脳のCTの映像のきれいさに  まだまだしっかりしているのだ・・と安心した反面
最近の気の短さは 高血圧の症状も災いしているのではないか?と心配はある。

でも「とにかく今日はもういい・・」とひどく偉そうにいうので 私も疲労困憊と家の方も心配で
帰宅した・・台風の後の枯葉の片づけは主人一人で大変だったようだ・・

父のことはよくわかる・・しかしどうも最近ちぐはぐなことがあって つい口出ししてしまう私が
うるさいらしく・・今さら親子の関係でこんなに神経をすり減らすと思わなかった・・と
従妹の施設で話すと 従妹もスタッフの方も 慰めてくれた。
そして「アンテナを張りいろいろな引き出しを作っておくといいですよ・・」という
アドヴァイスは有難かった。
私も 父と自分の似ている性格ゆえのいさかいを隠す気は全くなく、今日も病院で
次が診察の番なので 母と移動しようとすると 「大丈夫だバタバタ動くな・・」と
いうので「だってあの電光掲示板に番号が出たから・・」というと その掲示板に気づいて
いなかったことが腹立たしかったらしく・・怒りだすので「失礼なこと言わないでください」
と言い返した・・そばにいた患者さんは最初父の横暴さに驚いていたが 娘が負けていないので
それにも驚いていた。

台風であると低気圧は人間の頭脳にも影響があり・・私も低気圧だったらしい・・108.png

そういえば今日も実家の帰りに小池都知事の家の前を通り 心の中でご苦労様を言ったが
この年代の女子は男性陣に気を遣いつつ 張り合ったり 裏切られたり それでもなんとか
自分のできることをやって、なんとかいい方向に持って行こうと・・という気構えはあるのに・・
と、考えたりした。先ず凹まないし諦めない性格は持ち合わせているらしい・・

帰りの電車では 篠田節子氏の近著『長女たち』を背筋を凍らせながら読んで、面白いほど
エネルギーをもらったりしている。
こんな日は ユーミンの 「りんごの匂いと風の国」という曲に癒された・・彼女も同い年の天才!


by akageno-ann | 2017-10-24 18:38 | 老育 | Trackback | Comments(0)

二人の父

私には二人の父がいると感じる
先ずは実父 そして義父
義父との方が35年という長い年月を一緒に暮らした。

結局ここへきて 義父の好みや生活状況を実父よりもしっかり把握している自分に気づく。
それは愕然とするが悲しいとは思えない・・
そうすることを実父は私に結婚するときに躾けたから・・

「まずはお一人のお父さんを第一に・・」というのが父の言葉だった。
何度その言葉を聞いたことだろう・・
だから私は父に結婚してからの愚痴は絶対に言えなかった。

また面白いことに その言葉を額面通り受け取ってくれたのが義父だった。
早くに妻を亡くされて、気の毒であるとは皆に思われていた方だから
それも当たり前なのだと思う

結婚して一年で 病身な義父を一人にはできなくて 同居した。
同居して馴染もうと努力していた矢先に 言われた言葉が
「近所の皆さんに お嫁さんが来てよかったですね・・寂しくないですねと
言われるが 実際は一人の時よりも二人が来たことで もっと寂しいものだ」と

愕然としたが・・そうなのだと素直に受け取り さらに努力する自分だった。

そういう環境を35年も続けてきたから さてここで実家にいきなり入り込んでも
父が本当に喜んでいるか?はいつも様子を見ながら注意深く過ごした。

父と母との二人だけの生活に入り込む私はたとえ実の娘であっても 異分子である
正直勝気な性格が似ている私たちは 家事でかち合うことの難しさも
義父との暮らしで学んでいる・・

だから静かに進めてきた・・
1カ月半・・実家の方での暮らしが過ぎた今・・そう今朝の話・・
家政婦のようにやるべきことをして朝食を出したあと
「それでは今日はこれで帰りますね。」と父に挨拶したら
「本当にありがとう・・きれいにしてくれて・・」
と初めて優しい父の言葉を聞いた。
まあ一か月半は早い方だ・・
家政婦のように・・・これは私がインドで学んだサーバントの心得だ

シャンティという我が家で丸二年生活を支えてくれた彼女のことを想い出す。
「イエス マダム」と先ずきちんと返事をする人だった。

できないことや知らないことは 小さな声だがきちんと「ノー マダム」と言える人だった。
私が35歳で 彼女は推定27歳・・
二人の子供と夫 その姑と5人暮らしの彼女は実にいいサーバントで
日本でいえば住込みの家政婦だった・・同じ建物の裏側にあるサーバントクオーターと
呼ぶ小さな部屋に住んでいた。

出過ぎたことを決してしないが 丁寧で 石造りの台所で私が日本から持って行った陶磁器や 
クリスタルを丁寧に扱い 一つも割らなかった・・私はいくつか割ったが・・

教えた日本料理は味見をせずにきちんと分量を覚え 天ぷらや フライがとても
上手だった・・
時間が来ると 「フィニッシュ マダム」と小さく声をかけて帰って行く・・

今日こんなことを想い出したのは NHKプレミアムシネマで「愛と哀しみの果て」という
古い映画を見たせいだ。
メルリ ストリープと ロバートレッドフォードのアフリカを舞台にした映画
これもインド時代に見た映画だった・・

メルリストリープ扮する男爵夫人に仕えるアフリカ人の使用人が実に当時のシャンティを
思い出させた・・
というよりあの頃この映画を見て シャンティとの関係をこういう風に暖かい絆で結ばれるよう
願ったことを想い出した。

シャンティは最後の日まで 私がインドを離れることをよく理解できなくて、 私の家まで
見送りに来てくれた日本人の友人が 「あなたが行ったあとに泣いていたよ・・」という
言葉を後にくれたときとてもうれしかったことを想い出した。

人との関係はどこかに接点をみつけ歩み寄ることができる・・とあのころから信じている。
もちろんできない場合もあるけれど・・



by akageno-ann | 2017-10-21 00:18 | 老育 | Trackback | Comments(1)
電車に毎日乗っていると いろいろ新らしい発見がある。
日頃のテレビのCMはしっかり見ることがすくないのに
電車の広告の音のない映像はしっかり何度も見る。
その中で胸がキュンとなるのが Amazon プライムの
おばあちゃんと孫のバイクでタンデムツーリングをするもの

うちも主人がライダーだから余計に親近感があるが
それよりもこうして孫がおばあちゃんの様子を見に行って
亡くなったおじいちゃんの古いバイクと若い頃のタンデムツーリングの
スナップ写真をみつけて  アマゾンで早速ヘルメットを買って
翌日おばあちゃんを載せてバイクを走らせる映像・・・

そうなんだな・・・おばあちゃんとの暮らしは今の母との暮らしとかぶる。

編み物を少しはじめだした母・・・母は 編み物が得意で家族のものや
ご近所の子供たち 知人の子供たちへのカーデガンなど多作だった。

今でも父や私はそれを愛用している。
ベストは上着の下で柔らかく保温してくれてこれから手放せない。
 
後悔するのは 母にもっとしっかり習っておくべきだったということ
私は母にいつも頼っていたから自分で仕上げることが未だにできない・・

でもまた少しモチーフを一緒に作ろうかと・・今日は毛糸を押し入れから
出した。
先日NHK特集で 「ターシャとひ孫たち」という映像を拝見したが
園芸課であり絵本作家であるターシャチューダーの生き方を 代々子孫に
丁寧につなげようとする考え方に家族の在り方を学ぶように何度も見直した。

一朝一夕にはまねのできない姿だが、今母と過ごす時間を与えられたので
少しでも真似しようとのんびりいろいろ始めました。

母の生き方をもっと探ってみようと思うのです。






by akageno-ann | 2017-10-18 17:57 | 老育 | Trackback | Comments(1)

一人暮らし

地域の支えあいというボランティア活動の日だった
車がないと不便な居住地なので近くの葬儀社があいているマイクロバス
を週一度マーケツトと最寄駅までのせてくださるという申し出に
年配の一人暮らしの方が有がたいと利用される
皆はつらつと生きていらっしゃる

歩くということが生活上とても大切な気がする
80を越えられてもバスの乗降もさっとする姿勢には驚かされる
よっこいしょという言葉も聞こえなかった

それかう私はいつものように実家に向かい少々疲れ気味な自分にむち打った
いい施設から母のおためし入所どうですか?と言っていただいて心がほっとしている

だが父母は私たち姉妹がいかなくては普通どおりくらせてなくともこの家を離れる気持ちにはなれない

食事やお風呂リハビリなど一週間でも入ればその快適さはわかるのだが、先の入院がよほどいやだったらしくほとぼりのさめるのを待っている

腸閉塞を起こしたのだから腸を整えることの大変なこと身にしみる
老いた人々の心にそうというのは実の親はかえってむずかしい

とにかく今日も2人の生活に踏み込みすぎぬよう気をつけている

その分本が普段より読めている まるで一人暮らしのように
7時半
母はもう眠ってしまった

by akageno-ann | 2017-10-13 19:37 | 老育 | Trackback | Comments(0)

深夜放送

もう10年も前になるが今は亡き親友がNHK第1とFMで夜中にいい放送をしているというので聞き始めた
聞きながら眠ってしまうことが殆んどだが習性から夜明け前の4時頃に目がさめると
いい対談をやっていることが多い

今朝はマンガ家池田理代子さんだった
今でこそ漫画は日本の誇る文化だが若き頃はずい分と低くみられ
手痛いを思いをなさったそうだ
しかしそんな時に手塚治虫氏が「僕なんか小学校の校庭のまん中で当時小学生がもっていた僕のマンガをやかれたことがある」でも頑張り続けよと言われたことが原動力になコているとのエピソードがあった

私は幸いそういう親でなかったので「鉄腕アトム」も「ジャングル大帝」も大ファンで読んだリテレビも見られたがそういう時代に育っていたことも確かだ

しかも大学時代にも「エースをねらえ」や「ベルサィユのバラ.」を何度も愛読していた
そういう読書も他の読書と同じように思えた

池田氏によれば今欧州は漫画がムーブになりよい作品がたくさんあるという

いつかノーベル文学賞に漫画家が選ばれる日がやってくる日も遠くないと
結ばれた

明日も池田氏の後半インタビューだというので楽しみにすることにした 

テレビと違ってラジオの良さを実家で過ごすようになって改めて感じている
大学受験講座もラジオで聴いたなとなつかしい


by akageno-ann | 2017-10-12 14:48 | 老育 | Trackback | Comments(0)

神無月なりて

八百万の神々が出雲の地に集まられるという伝説を幼い頃聞いていたので、
なんだか今月は心もとない気持ちになるが・・
実は留守神様がいらして、しっかりと皆を守っていられると・・神主の
伯父に聞いたことも思い出している。

母の二回の救急搬送は私たち家族の心をすっかり怯えさせているが、幸い
母は最初の救急搬送の前の状態に戻っている。

しかしいつ何があっても不思議ではないほどに年を重ねていることも事実で
私たち姉妹は結束を堅くしている。
先ずなるべく実家に寄り添うこと・・
昼間は妹やその息子が母の傍に行き 夜は私がとにかく泊まり込むという体制を
ここまで続けてきた・・
このまま冬にずれ込むのだと・・いろいろと不安があり、いい施設を妹が探してきて
予約までしてきたが・・母はこの家を離れたくないという意志が強く、
もっといい介護を受けた方が・・と思いつつも  父と私たちで支えられるだけ支えることが
一番良いのかも・・とも思っている。

母は入院中に立てませんよ・・と医師から伝えられたが リハビリ病院に移ることを拒否して
自宅に戻った・・・その日の夜中・・ひょこっと一人でトイレにベットから立ったので
私は仰天したが・・人間の想いを母の想いを痛感した・・・

その翌日に驚かされたのは 処方された 抗生物質が母には少々強くて 気を失い
「ああ・・・やはり無理をさせたのだ」と父と落ち込んだが  病院側がこれは薬のせいです、と
素早い処置をしてくれたので、三日で退院できた・・

父と私たちで毎日病院に行くので・・母の願いの通り今度は早く家に帰してくれたのだ。

舅との30年以上の同居の間に 私は両親の好きなものも生活形態も知らずに 愕然とするほど
愚かな娘になっていたが・・・そこは生まれ育った小さな家の我が家 両親のペースを崩さない様に
寝泊りする生活に慣れてきた・・
夫も実によく協力してくれて・・1カ月がたった・・

母はもう少し頑張れそうな気がしてきている・・
退院後一日で気を失った母が救急搬送された晩は  かなり覚悟もしたので そういう普通の生活が
戻ることに半信半疑な自分であったが・・恐る恐る 日中家に戻ったり  泊まりを一日やめたり
と試している・・

この間に両親の築いた暮らしが、私の中に広がってきて・・・感動したり 逆にそのあまりに
自分たちで守っているものの強さに哀しみをもったりと・・・
これはこれからずっと記録して行こうと決めた・・

両親の60有余年の結婚生活・・・それは素晴らしいとしかいえない・・

それに重ねて先日地元の敬老会に一緒にカラオケ部として参加された 二人合わせて180歳の
ご夫妻の姿にも感動と学ぶべきものの多いことを感じている・・

私も高齢化の社会の一員として・・さまざまな問題に直面して・・・若いケアマネージャーの
考え方なども聴きながら歩んでいこうと思う。

by akageno-ann | 2017-10-02 23:01 | 老育 | Trackback | Comments(1)

母平静に戻る・・・

とても心配な日々が2日続いたあと・・・母はまるで憑き物が落ちたように穏やかになって
病室にいた・・いやその日はベッドが空で・・・心配したら 車いすで看護士さんとリハビリ中だった
母が「ここよ・・」と手をふっている
「何かございましたか?」と尋ねると・・「ベットばかりでないように移動してみました・・」
と当番の若い看護士さんが言ってくれた・・

「ありがとうございます・・」と感謝すると 母は「なんでもやってもらってしまって・・」と
すっかり落ち着いている・・しかもその日は入院前よりクリアな母がいた・・

ごくまれに 本当にこんな風にクリアになる話も聞いてはいるが・・これもひと時の母の情況だと
こちらもぬか喜びはしないが・・でもこの日はこのしっかりと話してくれる母であることを喜びたくて
妹にもさっそくメールした・・

とりあえずこの病院での暮らしに慣れてはきたようだが・・このあとをどうするか・・が
問題である。

普通はリハビリ病院へ移ってから自宅なのだが・・母は自宅を願っている・・
その願いは父も同じだ・・

ここで心つもりをしなくてはならないのは私の行動である・・

私の自宅は幸い二軒になっているから 引っ越してもらうことが私は楽なのだが・・
そうは簡単には行かない話である。

二人は今の都心の生活から離れる気持ちは全くない・・

住みなれてご近所もいいその場所がいいのである・・
と、いうことは私たちが毎日通うことになるが・・たまに寝泊りもして
それが一番良さそうだ・・主人の父とは30年以上一緒に暮らしてきた
それとはまた別の感覚がある・・

でもいよいよ実の両親との新しい暮らし方を模索するときがきた・・

ただ有難いのはケアマネージャーさんやケースワーカーの方 そして従妹の施設の
方たち・・皆多くの経験をもって相談にのってくださる・・
私も自分の心を正直に相談している・・
それが義父の時とは違っている  そして時代もずいぶんと老人の多い問題点を
抱えるようになっていることも感じている・・

さて今日は母はどんな感じで病院で待っているか・・と考えながら 出かけていく・・


by akageno-ann | 2017-09-07 09:56 | 老育 | Trackback | Comments(1)