<   2008年 03月 ( 28 )   > この月の画像一覧

サーバントのシャンティ

あらすじ美沙たちは夏休みを利用しての欧州旅行から帰ってきた。
二年目4月に前任のサーバントローズが私事で辞める事になって、なんとか後任の
シャンティをみつけて、雇ったばかりでの長期旅行だった。
不安はさほどしなかったのだが、それでも家に着いたその時から自分の家の中が心配だった。

第120話
インディラガンジー空港から小一時間で美沙はデリーの自宅に帰りついた。
タクシーが横付けされて、翔一郎と美沙の二人が降りると、
オーナーの雇っている門番のチョキダールが

「グッドイブニング、サー」と直立不動で敬礼している。
不思議にこれが、美沙には懐かしい光景に思えた。

荷物はこのチョキダールとタクシーのドライバーが何も言わなくとも
きちんと部屋まで運んでくれて、もちろんその玄関を開けて明るい笑顔で
待っていたのは、シャンティだった。

この家に移ってきて二ヶ月足らずで、主人夫妻は20日近く家をあける。
普通ではありえないことだ。
その間彼女は毎日家の窓をあけ、そこそこの掃除をして、電気製品の保全、冷蔵庫の管理と日本人の若い婦人に口うるさく頼まれた仕事をどれほど行ったか、それは部屋に入った途端にわかる。

「グッドイブニング、サー。
 グッドイブニング、マダム。」

律儀なシャンティは丁寧に挨拶して待っていました、と言わんばかりの笑顔で
迎え入れてくれる。

ふっと美沙が思い出したのは、かつて新婚旅行から初めて姑信子の待つ夫の家に戻った日の事だった。もう10年近く前のことだ。

その日ほんの3日ほどの旅から帰宅すると、無表情の姑の出迎えにあった。

「美沙さん、荷物が入りきらないわよ。」

その日にあわせて、家財道具を運び込んだら、ダンボールの数を見て眉間に皺がよっていた。
綺麗にすっきりと暮らしていた姑の空間に新参の嫁の荷物が入った瞬間だった。

さして意地悪な人ではないが、瞬間瞬間に感情は正直に出す人であった。

その一瞬でも感じた、招かれざる客・・というイメージを持たれたことに美沙は大きなショックを受け、その日のことは恐らくこの先も折に触れ思い出すだろうと、その日の日記に美沙は書いていたのだ。

その、ことを今思い出した。   

シャンティの出迎えは暖かいものだった。乾燥してたまにダストストームという砂嵐のあるこの季節の自然状況、家を開けずにおいたら、内部に熱はこもり、サッシではない観音開きの窓の隙間からはどうしても砂埃が入り込む。

そのことを自分の住む家でなくてもよくわかっているシャインティは、クーラーこそかけていなかったが清潔に保ち、冷蔵庫には濾過し、沸騰させて湯冷ましにした水と麦茶を煮出してから冷やしたものが、クーラーボトルに入れて冷やしておいてくれた。c0155326_23584576.jpg

もちろん、頼んでいたことであったが、こうしてきちんと約束どおりに行ってくれるということに、感謝と感動の思いが押し寄せた。

にこやかに迎え入れる彼女の生活は質素で、昔のベテランサーバントの中には
主人の不在中にクーラーをかけて涼んでいた者がいたとか、噂は聞いていたが、そういう根性の持ち主はどこにもほんの少しいるかもしれないが、殆どの者たちは忠実に仕えるという精神を持っていた。

何故人々はおかしな行動のものの噂をいつまでもするのだろうか、それは転ばぬ先の杖として用心するにこしたことはないという見解からなのだ。

美沙はシャンティに会ったときから、純朴な素直さを感じ取ったので、中途採用ではあったが彼女が家にはいってくれたことを大正解だと思っていた。

旅の間に家のことを不安に思うことは殆どなかった。

その夜の夕飯はインスタントラーメンを美沙が作った。
野菜もキャベツ、玉ねぎ、ジャガイモ、ねぎ(万能葱のような細いもの)と新鮮なものが買ってあり、卵も冷蔵庫に保管されていた。

ささっと葱やキャベツを刻んで日本のインスタントラーメンに入れて、軽く煮込みインドビアと共に夫婦で食べた。
野菜の不足した感があったので、この暑さの中でクーラーをつけても汗を流しながら食べるインスタントラーメンの美味しさは格別だった。

「シャンティ、サンキュー、ベリーマッチ」と丁寧に感謝の言葉をかけると

「イエス、マダム、サンキュー」と簡単な言葉で嬉しそうに答え、美沙たちが食べたラーメンの丼を綺麗に洗って片付けた。

土産は子供たちへのお菓子、シャンティへのスカーフなど渡すと、恐れ入るように押し頂いていく彼女の後姿を見送りながら、

『明日から仲良くやっていけるね』
と、美沙はやさしい気持ちで心の中で語りかけていた。
                                         明日につづく


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「annと小夏とインド」
小夏にも会ってc0155326_20193416.jpgやってね・・桜が満開です。
by akageno-ann | 2008-03-30 23:36 | 小説 | Comments(18)

懐かしいインド

これまでのあらすじ
インドへ戻った北川夫妻と片山夫妻、ヨーロッパでの旅はこの二夫婦のデリーの暮らしに
どのような影響が及ぼされるのか・・・詳しいあらすじは前回の118話にあります。

第119話                    北インド カシミールの山羊飼いの少年c0155326_19532372.jpg

そこは灼熱のデリーだった。

夕刻インディラガンジー空港にたどり着いた北川、片山夫妻は機内でよく眠りはしたものの
空港の税関のインド人スタッフの眼光鋭い目に迎えられると、どっと疲労感が出てきた。

美沙が何より気になったのは、疲れているとはいえ、怜子の言葉数が減ったことだった。

体調が悪いのか、もしや夫の北川と二人でパリの最後の日に買い物から一緒に戻ったことが原因なのか、少しの不安があった。

ホテルは違ったので恐らく北川が美沙と会ったことを告げたであろう、と美沙も夫の翔一郎に

「北川先生に日本食材のKでお会いしたわ。」とだけ告げておいた。

そういうことに一切無頓着で、ましてや一瞬たりとも美沙が北川に思いを寄せたことなど気づくはずもない。

だが、怜子は違うであろう。

病による疲れからホテルのベッドに伏せっている間に、いくら親しい間柄でもパリ最後の日に
夫が美沙と二人で観光したとしたらそれは面白いはずもない。

どういう風に怜子に北川が話したのか想像して、美沙は怜子に

「昨日は北川先生にお目にかかって一緒に途中まで帰ってきました。」

と、話した。怜子は

「そうなんですってね。」と答えたが、

それだけだったので敢えてそれ以上を美沙も言葉にしなかった。

大人の会話というのはこういうものだ、と勝手に美沙は思っていた。
はしゃいだり、弁解がましく詳しく話すのは余計な波紋を呼びそうな気が、咄嗟にしたのだ。

その危惧は、概ね当たっていたことが、後にわかることになる。

ともかく、この楽しい避暑を兼ねた旅はひととおり、無事終わった。

明後日からの学校の開校に向けて、互いに準備するだけになっていた。

空港で荷物をとって、ゲートを出ると、まだ日の高さが感じられて、空気は熱く、呼吸する時の
顔の周りのまったりとした感覚にインドの夏があった。

「ミスター北川!」と、ドライバーが近寄ってきた。

プライベートタクシーのドライバーが気を利かせて車を近くまで持ってきていた。

2台チャーターしてあったが、きちんと約束どおり、時間に合わせて空港に迎えに来ている。

片山夫妻、北川夫妻それぞれにそのアンバサダー車の白いタクシーで自宅に戻った。

町の様子は相変わらず乾燥した土ぼこりの立つ道路に三輪車もバイクも使役の象も、物乞いの人々も、子供もそれらが、どういうわけか、喧嘩にもならず、坦々と生業を営んでいるのだ。

昨日までいたヨーロッパの空気とは全く違うのに、美沙も、怜子もここに帰ってきたことに安堵感があるのだ。

旅はやはり非日常であった、と この車窓の風景でそれぞれが軌道修正をしている。
                                                     つづく


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「annと小夏とインド」
小夏にも会ってc0155326_20193416.jpgやってね・・桜が満開です。
by akageno-ann | 2008-03-29 19:39 | 小説 | Comments(12)
第118話

昨日までのあらすじ
怜子と美沙はインドのデリーで同じ日本人学校教諭の妻同士として出逢った。
怜子は癌に侵された体であったが、快方に向かいデリーでの暮らしを続けている。
1年あとから赴任した美沙は怜子と「赤毛のアン」の愛読者であることから意気投合し
二人のデリーで生活は互いを支えあいながら進めている。

今二夫婦は記念に欧州旅行中、最後の滞在地パリにいる。
美沙がふと起こした怜子の夫北川氏への恋慕に気づき、戸惑ってしまう。

本文

サントシャペルは午後の比較的遅い時間であったが長い列があった。
ここはパリの最高裁判所で、その本来の場所に行く人たちも共に並んでいるらしかった。

実際にサントシャペル寺院にはいると、静かで人も疎らであった。
ここはまだ団体の観光客のルートになっていなかったのが、この静寂を保っている所以であろうと思われた。

蝋燭の仄かな光だけでこの午後の教会のステンドグラスはここを初めて訪れる人々に言葉を失わせる。

バラ窓・・などとそこだけに焦点を置いてここを紹介する日本の旅行ガイドブックだけの知識しかなかった美沙は、ここの教会のドームの尖塔から流れるような光の交差によって織り成される万華鏡の中にすっぽりと入ってしまったような錯覚に陥っていた。

このような神聖な場所でふと気づかされた恋かもしれぬ友人の夫への思いは、ここでぐさっと打ち消されるべきものだと感じたほどだ。

北川は、許されているフラッシュのない写真を撮ることに心を奪われているようだった。

美沙は、両手に多くの荷物をもっていたことも忘れて、バラ窓だけでなく、この教会の全体の厳かなガラスの色彩の中から生まれる繊細な光を一つでも多くしっかりと心に焼き付けておこうと必至で上を向いていた。

「美沙さん、荷物この椅子において、そんな格好で見ていたら疲れるよ。」
小声で気遣ってくれる北川の言葉にそっけなく応じて、荷物を置いた。

静かに祈りを捧げる上品な初老の夫人、その孫かと思われるような小さな女の子も
佇んでいる。

観光で来ている人々も皆この静粛な雰囲気を壊すことはない。

案内人も顔を繕うことなく黙って見守っていた。

それほど広くはないこの内部をゆっくり歩いて、北川と美沙はこの風景を見ることはもう二度とないのかもしれない、という不思議な思いにそれぞれがかられて、名残り惜しそうに外へ出た。

しばらくは互いに言葉を交わさなかったが、北川がやはり声をかけた。

「いやあすばらしかったね、しかし疲れたな、さすがに。そこのセーヌ川沿いにいくとカフェジメールとかいう店があるはずだから、写真撮りたいのでつきあってね。」

美沙とまるで兄妹のような雰囲気に話すので、美沙もほっとしていた。

カフェは言われた通りそこにあって、天井画がフレスコ画になっているような重厚なそれでいてどこか馴染める、外にももちろんテーブルのある店だった。
二人は外側に腰をおろし、ギャルソンにコーヒーを頼んだ。

「北川先生はパリに詳しいんですね。」
美沙はここではじめて心が落ち着いた。
多分何かこのパリという場所が感覚を異常にさせるのだ、と理解でした。

「いや家内の方が詳しいよ。あの人は家が神道なのにキリスト教をよく勉強してすごく憧れているんだ。病気になってからは、本当は改宗したいという気持ちもあるらしい。」

そうなのだ、そのことは美沙も怜子から聞いたことがあった。

「美沙さん、僕は貴方に改めてお願いしたいことがあるんです。」

美沙はまた鼓動が強くなった。

「怜子のことだけど、貴方は彼女の体は良くなっていると思う?」

唐突な質問だった。

「え?あの・良くなられてると思いますけど、違いますか?」

慌てて答えた。

「いや、良くなってはいると思うんだ。しかし実際はいつ再発するかわからない。
そこのところで彼女は僕に気兼ねしてやせ我慢するから、どうか異変を感じたら知らせてほしい。こんなこと頼んで申し訳ないけど、彼女も僕も貴方を信頼しています。」

美沙は心を打たれた。

「はい、先生。わかりました。気をつけますね。」

美沙はにこやかに承諾していた。

「貴方たちが近くに引っ越してきてくれて、僕たちは本当にありがたかったよ。
君はまことに繊細なのに、さりげない心配りのできる人だ・・って家内と話してるんだ。」

美沙はこんな何気ない誉め言葉を素直に受け取ることにした。

自分の愚かさに気づきながら、学生時代の少ない恋愛経験のせいだと、
心の中で笑い、自分の中にあったつまらぬ思いを押し込めていた。

                                            つづく

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オルセー美術館のモネの「日傘の女」



「annと小夏とインド」
小夏にも会ってc0155326_20193416.jpgやってね・・桜が満開です。
by akageno-ann | 2008-03-27 23:23 | 小説 | Comments(15)
第117話

旅を三週間も続けるというのは体力も精神力もかなりいるものだと、北川は妻の怜子を少しホテルに休ませて、デリーに戻るためにKという日本風な名前の日本食材店に寄っていた。

それほど品数が豊富というわけではないが、飛行機の超過料金を考えるとそんなに贅沢もできず、ハウスの本豆腐の素や乾燥若布、だしの素、焼き海苔、ふりかけなど自分の昼食の弁当を思い浮かべつつ買い物をしていた。

「いらっしゃい。」
店主は女性で気さくな挨拶で新しい客を招きいれた。

「北川先生。」

びっくりした声で入り口に立っていたのは美沙だったのだ。

まあ、デリーに帰る日本人が最後に立ち寄るとしたらこの店はありきたりな場所だといえば
ここで二人が遭遇するのは決して不思議なことではない。

だが美沙はひどく狼狽していた。

美沙の中にはこの2日間、いやデリーに来てからの日々、夫翔一郎以外で一番日常に出会い会話をしてきたのは、怜子の夫北川であった。

教師としても卒がなく、日本人会でも役員を勤めていたので人当たりが誠に良い。
妻を重い病で日本に帰したことがさらに人間性を高めることになったのだ、とは怜子自身の言葉だった。

美沙たち夫妻をまるで弟夫婦のように親しく扱い、それでいて学校や様々な会ではきちんとした一線を踏まえて親しげな態度は取らず、美沙にしてみれば、自分と比べても随分と大人の北川と触れ合ってきた。

翔一郎の向きになって仕事する態度も、インドを好きになれず苦しむことも全て知った上で
「片山先生は、貴方らしくやっていけばいいんですよ。」
と、様々な場で盛り立ててくれてきた。

この旅もこうして二組が所々で落ち合って食事したり観光したり、いつも妻怜子の体を気遣い、4人の会話にさりげなく気を使うこの男に知らずある種の憧れを感じてしまった美沙がいたのだ。

美沙はこの日もう一度買い物をしておきたい、と少しのんびり休んでいたそうな翔一郎をホテルに残してここへ赴いたのだ。

北川は美沙の買い物が済むのを待って、にこやかに彼女をエスコートするようにその店を出た。

「美沙さん、これからどういう予定?」

「別に予定はないのです。主人はゆっくり寝ていたいようですし。怜子さんは?」

美沙は別のホテルで怜子も休んでいるのはわかっていたが、わざとしらばくれて
そんな質問を投げかけた。

それには北川は答えることもなく、

「それじゃあ、折角ここであったんだから、少し観光しようよ。荷物は重くないかい?」

「えぇ、大丈夫ですけど・・」

その申し出にぶっきらぼうに美沙は応じた。

「実はね、僕は前からみたかったシテ島のサントシャペルの・・」

「バラ窓・・ですね」          c0155326_22483928.jpg

美沙は思わず口をはさんでしまった。

「そうだよ。もう見たの?」

「いいえ、行ってみたかったけど、場所がよくわからないし。」

「そう、じゃあそこへ行ってみよう。あれは世界最古のステンドグラス群の一つだといわれてるんだ。最高裁判所の中の教会っていうところが、さすがヨーロッパだね。」

美沙は本当は単に案内書を読んだだけの知識で、なんとなくみてみたいな、と思った程度のものだった。しかし、こうして偶然出逢った北川が案内してくれるということに心を高鳴らせた。


                                               つづく


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「annと小夏とインド」
小夏にも会ってc0155326_20193416.jpgやってね・・
by akageno-ann | 2008-03-26 22:52 | 小説 | Comments(15)
あらすじと物語の周辺
インドで出逢った、美沙と怜子は年齢の差を越えて意気投合し、日本時学校の教員夫人として駐在生活を続けていた。二人の共通点は『赤毛のアン』の熱心な読者であったことと、高知出身の怜子、夫の母親が高知出身の美沙、そして何より、デリーで一番のご近所同士だった。
8歳ほど下の美沙を可愛らしい後輩として面倒をみる怜子は子宮癌を患いながらも果敢に病気と戦って、1年をデリーで過ごし、次第に元気を取り戻しつつあった。

美沙はそんな怜子の心の支えになり、また彼女自身を慕って朝な夕なを共に過ごしていた。
怜子は最後のデリーの猛暑の夏を、美沙には2年目の夏休みを共にヨーロッパに渡って
避暑をしながらエネルギーを貯えていた。

それぞれに各国を回り、最後はパリで落ち合ってともにデリーへ帰国する予定であった。

この小説の冒頭は・・こちらへ

本文

先にパリに入っていた北川怜子たち夫妻は6月のパリがかなり気温が低いので、体調のために
南仏ニースへ入っていた。そこで3日をすごして再びパリへもどろうとしていた。

美沙たちはマドリッドからパリに入り、怜子たちの滞在先のホテルを訪ねた。
そこに間もなくニースから戻る予定で部屋が予約されていることを聞いた。

同じホテルに部屋がその日はあるというので、美沙たちも1泊をそのホテルにした。
翌日怜子たちが帰ってきたら別のホテルを探して移動すればよいのだ。

感じのいい瀟洒なホテルで美沙は大変気に入っていた。
パリのオペラ通りを一つ外れた道沿いにあって、生活観のある店も並び、とはいえ
その店も美しいショーウインドの飾りつけがなされ、これがパリというものか、と美沙は
感動していた。

学生の頃に一度観光でやってきたときと違って、インドから入ったパリの雰囲気は建物や聞こえてくるフランス語に至るまで先進国である上に古い歴史とヨーロッパに脈々と流れるキリスト教という宗教による影響も何故か憧れのものに感じてしまうのは何なのか・・・

答えを出すことはできないでいた。
ただここに三泊した後 美沙たちはデリーに帰って暑い夏の残りの何ヶ月かを過ごさなくてはならないのだ、ということは確かだった。

この季節はこのあたりは日が長くなる頃で 夜も遅くまで開放的な気持ちになれた。

エッフェル塔は昼間の繊細なレース模様のような金属の姿から夕暮れはセーヌ川のほとりに佇む眩い光のモニュメントに変貌し、おりから乗っていたバトームーシュという遊覧船の美沙の心をしっかりと包みこんでいた。

だからといって、ここを離れたくない、という思いではなく、ここでの美しい日々を心に刻んで我家であるデリーに帰っていくのだ、という思いを確実に持っていた。

ここまで気楽なご当地の店に入り、なんでも美味しく食べていた美沙たち夫婦だったが、ここでは案内書にあった、セーヌ川沿いにある日系のホテルの和食レストランでしゃぶしゃぶや、寿司や天麩羅という贅沢な日本料理を心置きなく食べながら、今度はそこから眺める美しい電飾の光に包まれた、遊覧船を眺めて感動の声をあげてしまっていた。

「しかし、今回の旅で、インドに決まったことをかなり受け入れられたよ。まあここでも俺なんかフランス語のできないものはもっと別な生活の中のジレンマを感じるのかもしれないなあ。」
翔一郎は久しぶりの日本酒に酔って語っていた。

フランス語の壁はかなり厚いと感じることが多々あり、この日も洗濯屋で美沙がかたことのフランス語で3日後までに夫のパンツのクリーニングを頼んだら、店主に巻くし立てられてしまった。

不安になり 近くを通りかかったフランス人の夫と歩いていた日本人女性に確認してもらったり、老舗のデパートで年配の店員に英語を敬遠されたりと、生活の中で仏語のできないことに大きな劣等感をもつような錯覚にも陥ったのだ。

だが美沙は、言いようもなくこの都市パリへの憧れを強めてしまっていた。
インドを受け入れた夫のことは嬉しく認められても、もしここで同じ3年を過ごすことになったら、と思いを馳せることくらいは、今この短い滞在の中では許される、と 一人心の中にしまいこんでいた。
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「annと小夏とインド」
小夏にも会ってc0155326_20193416.jpgやってね・・
by akageno-ann | 2008-03-25 18:47 | 小説 | Comments(19)
いつもこの小説ブログ 『アンのように生きる(インドにて)』を声援してくださいまして
ありがとうございます。

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お陰さまで小説ブログは30位までまいりました。
インド情報は1位をいただいてますので、お話もそろそろ
インドに戻りたく思っています。

以前ちょっとした同人誌を編んでいまして、ちょこちょこ思い出エッセーを書いていましたが
このブログを知ってから自分の中に残っていた様々な思いが物語りになって心に落ちてきました。デリーで知り合った友人を二人亡くしています。

彼女たちの思いは『デリーを十分に楽しんだ』とわかります。
日本のあちらこちらに住んでいて、わざわざデリーまで来て出逢ったこと、
親交を深めたことは人生の中に大きな影響をもたらしてくれました。

こうして書いてみますと、生活の一つ一つ、旅の一つ一つが愛おしく思い出されます。
そうしますと、あの頃に彼女たちの語った言葉も思い出され、大切に記しておきたいと
思うのです。

皆さんの暖かいコメント、ときにはご自身の思いと重ねていただいて、楽しく読んでくださって
いるのだということが感じられ、殆どお会いしたことのない人々との交流ですのに、同人誌のようで楽しいです。

今日はもう一つ私のブログを紹介させてください。

たくさんのブロガーの仲間に入れていただいているうちに、小説とは違う、私の『犬のいる生活』で我家のお転婆柴犬小夏を紹介したくなりました。c0155326_2016432.jpg

リンクもいたしますが、今日はここから是非覗いてみてください。
「annと小夏とインド」

のんびり楽しく書いていきたいとおもっています。
どうぞよろしく願いします。

今夜はリンクされた友人ブログを伺い楽しませていただく予定です。

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この小説「アンのように生きる」の冒頭は・・こちらへ
by akageno-ann | 2008-03-23 20:18 | 番外編 | Comments(29)
小説書いてます。どうぞお立ち寄りを・・・
あらすじは本文最後にございます。

第115話
emoticon-0168-drink.gifマドリッドの片山翔一郎と美沙は、スペイン最後の晩を人気のあるフラメンコ小屋で過ごした。

4日間のスペイン滞在で二人は不思議な体験をしていた。
マドリッド空港に飛行機が着陸しようとしたとき、美沙が「あっ」と息を呑んだのは
眼下に広がるオリーブの木の群生した大地だった。

その光景はこれまでのドイツやオーストリィの様相とは異なって感じられた。

緑深いオリーブの間に見え隠れする大地はインドを思わせる乾燥した土のように感じた。

空港を出ると、おかしな場所だな、とは思ったのだが、何台かいるタクシーに呼ばれるように荷物を持って近づくと、取り合いのように荷物をトランクに入れた運転手の車に乗ってマドリッド市内に向かった。

運転は上手だったが、やけに料金のメーターが早いことが気になっていた。

市内に入ったところで大きなホテルの前で止めさせて料金を払おうとしたが、案内書にある料金の三倍近い金額なので、翔一郎は英語でクレームをつけた。

このあたりがインドで培った生活感なのかもしれなかった。

運転手は突然豹変したようにスペイン語でまくしたてる。翔一郎も負けずに日本語で怒鳴る。

「おれたちを甘く見るな・・日本から来てるんじゃない、インドから来てるんだぞ。」
その剣幕がわかるのか運転手は少しひるんだ。

そこへ一人の紳士が寄ってきて「どうしたのか?」と英語で美沙に聞いてくれたのだ。

美沙が事情を話すと彼は厳しい顔になって運転手に料金を見せろと車の中を覗こうとしてくれていた。

するとどうしたことか運転手は「ノン、ノン、ノン・・」と両手を大きく広げながら急いで車に戻って
料金メーターを動かした。

その紳士はなにやら厳しくスペイン語で話をし、そのあとにこやかに美沙たちに料金を下げさせたから、と英語で言ってくれた。

運転手にその料金を支払うと、彼は一目散に車を発進させた。

「本当にご親切に感謝します。」と美沙はその紳士に礼を丁寧に言った。
「いや、日本からですか?どうぞこんなことでマドリッドを嫌いにならないで、いい所ですよ。」
と紳士は優しく語った。

彼を二人で見送りながら翔一郎は
「なんだかインドに帰った気がしたよ。」
と笑いながら言っていた。美沙は

「びっくりしたわ。貴方がいきなりインドから来てるんだぞ・・って怒鳴ったときは・・」
と、笑いながら言って、それでいて、インドに慣れてきたような夫の様子が嬉しかったのだ。

そんなマドリッドとの出会いだった。

それから二人はその大きなホテルの裏側にある三階建てのマンションのような建物の入り口に立っていた。どうやらエレベーターがなさそうなので、美沙が一人で上がっていって一軒の入り口の戸を叩いた。
そこが今日の宿になるペンションだった。

その主人は初老の優しげな人でどうぞどうぞと部屋を見せてくれ、美沙が『宿泊したい、夫は下にいる、』と話すと急いで降りていって、翔一郎に挨拶し、美沙のトランクを運んでくれた。

まるで親のように接してくれる暖かいペンションだった。

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そのペンションは美沙の友人美子が紹介してくれたものだった。そこに落ち着くと美子に連絡をし、その夜迎えに来てくれるという時間まで街を歩いた。

ドンキホーテとサンチョパンサに先ず挨拶した。
その夕方、美子は夫のミシェルと4歳になるマリとで美沙たちを訪ねてくれた。

そして共に長い無沙汰を一瞬のうちに許しあい、照れながらもハグをした。

美子は二人目を宿していた。その感触に感動すると・・

「美沙ちゃん、私もゆっくり生んだから大変だけど、楽しいよ・・」と優しい顔で言った。

可愛い盛りのマリは美沙に「おばちゃん」と日本語で語りかけてきた。

母親とは日本語を、父親とはスペイン語を話していた。

「こうして私の友人や親と話せる子供にしておかないとね・・」と美子は子供のバイリンガルな能力を引き出すのは思った以上に大変なことだと話した。

夫の母国語の仏語もいずれ近い将来に教えるが、今は幼稚園で困らないようにスペイン語にしているのだそうだ。

真面目な美子らしく堅実に育て、しかも日本人である自分を大切にしている様子が伺えた。

その日はバルと呼ばれる居酒屋風の店を二軒ほどはしごして軽く男たちはビールを飲み

「これがスペイン流の食前酒ですよ。」と翔一郎を楽しませてくれた。

その後本格的なスペイン料理の店を予約してくれていて、鰻の稚魚の料理も、パエリアも
美味しいワインもたっぷりとご馳走になってしまった。

「美沙ちゃん、こうして来てくれたこと本当に嬉しいの。今夜はご馳走させて。」と
話す美子夫妻に感謝しつつ楽しい再会の夜は更けていった。

それから3日をトレドなど郊外にまで足をのばし、観光バスなどにも乗って美沙たちはスペインを楽しんでいた。

ところどころで出会うジプシーたちの様子はふとインドを彷彿とさせる光景があり、そろそろインドの我家が気にかかかる美沙もそこにいた。

今までの滞在の中でとても親近感を持てる場所だと美沙たちは感じていた。

夜は美子が自宅に招いてスパニッシュオムレツをご馳走してくれたり、和食の店に案内してくれたりして美沙たちの旅を支えてくれていた。

そして最後の夜、お奨めのフラメンコ小屋に案内してくれたのだ。時間は既に10時を回っていた。

「私たちは子供がいるからご一緒できないけれど、美沙ちゃん、片山さん、
本当に来てくれてありがとう。とても楽しかったです。インドは気候が大変だと思うけれど
頑張って楽しんで暮らしてね。」

「美子ちゃん、なんて感謝していいかわからないわ。ご主人にもこんなにお世話になって、
マリちゃんは可愛いいし、私も子供を授かりたいって思ったわ。貴方はお体気をつけて元気なお子さんを生んでね。また連絡するわ。」

マリは美沙にすっかり懐いて、「おばちゃんにグランべゼールする。」とこの夜は仏語交じりの日本語で話し、美沙に可愛いお別れのキスをしてくれた。そのマリをしっかりと抱き寄せてその柔らかい感触に美沙の胸はキュ~ンと甘く締め付けられた。


美沙たちは二人で、その夜は結局夜半2時までフラメンコに興じた。

時間が遅くなるほどに踊り手も観客も乗ってくるのだ。
そして次第にうまくなる踊りは、妖艶な白いドレスの女性のダンスによって佳境を迎えていた。

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☆あらすじと登場人物の紹介
「赤毛のアン」の主人公アンを愛する二人の女性美沙と怜子(さとこ)は互いの夫の在外日本人学校の教員としての派遣に伴いインドのデリーに1年違いで赴任して出会った。
互いの家が近いこともあったが、年齢は違え、互いの趣味や感性に共通点を見出し親交を深める。特殊なデリーの生活の中にもそれぞれの意志で良さをみつけ、また健康管理休暇にはこうしてヨーロッパなどに旅にでることもあった。

★片山翔一郎 と美沙夫妻  美沙はデリー1年目に早期流産の辛さを味わうが夫の勤務する
日本人学校の音楽の講師として二年目は勤めることになった。

北川怜子(さとこ)夫妻  高知県から派遣され、妻怜子は看護士の資格をもち、学校の保健業務を手伝う。しかし1年目に子宮癌を患い一時帰国して手術を受ける。抗がん剤を投与しながらのデリー生活を続けている。美沙より年上であるが、彼女を心の支えにしている。

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by akageno-ann | 2008-03-22 23:31 | 小説 | Comments(12)
小説です。
あらすじはこのページの最後にございます。


第114話

怜子たちはウイーン空港から、パリにむかった。
この夏休みの最後の保養地にフランスを選んでいた。
エールフランス機で滞空時間はさして長くはないが、
シャルルドゴール空港が混んでいたせいか予定よりも40分空港の上で旋回していたのは気味がわるかった。日本の飛行機ほど説明をしないのはこの状況に慣れているからかもしれない。

この飛行機はビジネスマンが多く、ダークスーツに包まれている男たちは長身で格好がいい。
怜子の夫もなかなかの美男子だが身長の点でアジア人とすぐわかるようだ。

パリにはちょうど昼に着いたので、さっそく市内へのバスに乗って凱旋門の近くに降りた。

怜子は学生の頃に一度だけここを訪れている。
単なる観光旅行だったが、その印象は鮮烈だった。
この凱旋門やエッフェル搭に登ったことも懐かしい。

メトロに乗ってオペラ座通りまで出た。ホテルモリエールという二つ☆の宿をとってもらっていた。感じのいい静かな宿だった。

荷物を置くとさっそく二人は遅いランチに出かけた。
Tラーメン。夫の北川はこれを楽しみにパリに来たといっても過言ではない。

なかなか評判の日本の札幌ラーメンが食べられるというのだから期待はふくらむ。

店は開いていたが、客がいなかった。時間が遅いためか?

「いらっしゃい」の言葉がなかった。

ざっと見回してメニューにあるセットを怜子が頼んだ。

店の男はもちろん日本人でひどく不機嫌だった。

黙って指差した所をみると、『セットメニューは2時まで』と書いてあった。

時計をみると2時を15分ほど過ぎていた。

「あの、私たち何か失礼なことをしましたか?」
怜子はこういう空気をそのままにしておけない性格だ。

その日本人の店主らしき男はやや、相好が崩れた。

「私たち、インドに住んでいて、ここのラーメンを食べたいためにわざわざここまで
来ました。飛行機が遅れたからこんな時間になったけど、なにか作っていただけるの?」

そこまで言って、怜子は少々悔しくて涙がこぼれた。

「すいません、あんまり忙しい日だったもんで、つい・・・なんでも作りますから。」

店主は気まずそうに言った。

北川はこういう時の妻の厳しさが苦手だった。

「まあ、それでは味噌ラーメンと醤油ラーメンをお願いします。」

そう北川が取り成した。

それから夫妻と店主の三人は気まずい空気のままラーメンを作り、静かに食べて店を出た。

そんなパリの初日になった。

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同じ頃、美沙たちはマドリッドの友人宅にいた。

可愛いアパートメントに親子3人が暮らしている。友人は美沙の大学時代の仲良しだった。
彼女は教員養成大学に導入されたばかりのフランスのソルボンヌ大学の給費留学生に選ばれて渡仏し、卒業後は以来十数年をフランス人の夫とともにここマドリッドに過ごしていた。

まさかこうして国際結婚するとは・・と美沙は彼女の思い切った決断に当時は驚いたことだった。

だが、日本語は通じない彼女の主人だが、気持ちの優しい、日本的な雰囲気を持つ人だった。

女の子が一人もう4歳になろうとしていたが、双方の良さを受け継いで
それは可愛らしい子供だった。

友人のお腹には二人目ができたらしく、少し太ったような感じで幸せな笑顔が美沙を迎えてくれていた。

久しぶりの日本からの客人として友人はこの上なく喜んで案内役を買って出てくれたのだ。

美沙たちはここでの観光や食を楽しみながら、最後の夜はフラメンコの店を案内してもらった。

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☆あらすじと登場人物の紹介
「赤毛のアン」の主人公アンを愛する二人の女性美沙と怜子(さとこ)は互いの夫の在外日本人学校の教員としての派遣に伴いインドのデリーに1年違いで赴任して出会った。
互いの家が近いこともあったが、年齢は違え、互いの趣味や感性に共通点を見出し親交を深める。特殊なデリーの生活の中にもそれぞれの意志で良さをみつけ、また健康管理休暇にはこうしてヨーロッパなどに旅にでることもあった。

片山翔一郎 と美沙夫妻  美沙はデリー1年目に早期流産の辛さを味わうが夫の勤務する
日本人学校の音楽の講師として二年目は勤めることになった。

北川怜子(さとこ)夫妻  高知県から派遣され、妻怜子は看護士の資格をもち、学校の保健業務を手伝う。しかし1年目に子宮癌を患い一時帰国して手術を受ける。抗がん剤を投与しながらのデリー生活を続けている。美沙より年上であるが、彼女を心の支えにしている。

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by akageno-ann | 2008-03-21 21:53 | 小説 | Comments(16)
怜子(さとこ)は心配された体調も思ったほど悪くならず、疲れはしたものの旅の毎日がまるで自分の人生の集大成であるかのように感じられて、充実し、その高揚した気持ちが持続していた。
始めのドイツ、そしてオーストリィのザルツブルグでは美沙たち夫婦と観光することでその感動を分かち合い、ウイーンに入ってからは夫の教え子の家族と結局3日を過ごした。

怜子たちはあまり図々しくしたくはなかったが、デリー時代に培った関係は知らず友情となっていたことに気づかされ、先方の申し出を断ることよりも素直に従って喜びを共有することが思い出になるのだと、知らされた。

なかなか個人旅行では手に入れることのできない、コンサートのチケットも譲ってもらい、
「未完成交響曲」を聴けたことは大きな収穫だった。

映画好きな怜子はシューベルトの同名の映画「未完成交響楽」を深く心に刻んでいた。

「我が恋の終わらざるが如く、またこの曲も終わらざる」
という未完の交響楽の謂れをウイーンを舞台に悲恋にしたて
ハンスヤーライが扮するシューベルトの印象がそのまま本人と錯覚していた。

ウイーンは古い映画に有名なものが多く、ウイーン少年合唱団をモデルにした「野ばら」

市街地のプラター遊園地を舞台にした「第3の男」のチターの演奏と怜子の思いが炸裂しそうなのを傍らでみて、夫の北川は彼女の体を心配した。

「あなた、大丈夫よ。やはり嬉しいとよいアドレナリンが出て、病気を退治してるように思えるの。」

と、市内を元気に歩き回っていた。

夜は二人でオペラ座近くのホイリゲとよばれる居酒屋でそのチター演奏を楽しんだ。
日本人が入っていったからではないとは思うのだが、「第3の男」のテーマ曲が流れていた。

ワインやビールと軽いつまみでウイーン子たちが陽気に楽しんでいる。

この国はやはり音楽の泉が湧き出ているようなエネルギーを感じていた。

「美沙さんたちは今頃スペインの友人と会ってるのかしらね?
彼女も音楽好きだからここへも寄るといいのにね。」

「そうだな・・なかなかこういう旅はできないからなあ・・
でもここで二人で訪ねられたのもよかったじゃないか。」

二人は海外赴任三年目にして、夫婦二人の暮らしやこうした旅行での過ごし方に
自信が出てきたようだった。

デリーから出て10日が過ぎ、次はフランスのパリに寄る予定であった。

デリーの暮らしのために欧州の中では一番日本食材が買いやすいと聞いていた
パリによって調達する仕事を思い出した。

「でも、あなた、もうそんなに日本食に拘らなくても大丈夫ね。
こうやってご当地のものを食べて、たまに和食にすれば・・」

北川は急に呑気になった怜子を制して

「いやいや弁当は白いご飯に鮭や煮物にしてくださいよ。
それから日本のカレールーを忘れずに買ってね。
ああ・・ぼくはパリで日本のラーメンを食べたいよ。」

と強力に訴えた。

残る10日は恐らくまたあっという間に過ぎるであろう。

日本からくるヨーロッパ旅行とことなりなんでも貪欲に見て周るというよりは
ここで暮らしているような落ち着いた日々があった。

食事も中華や時にはマクドナルドのハンバーガーにしたり気楽なものだ。

ウイーン市内のマクドナルドはびっくりするほど重厚な古い建物で
楽友協会の近くにあった。

日曜日にあたると殆どのレストランが休みで、この唯一のファーストフード店は賑わっていた。

「インドにもそのうちできるって話があるけど、あそこはビーフが使えないものね。」

そんな戯言を言っていると、音楽会が終わったのか中年のカップルもきちんとした出で立ちで
ハンバーガーを美味しそうにほおばっている。

気取りのない街のようで、そんな雰囲気も故郷高知と重ね合わせたりしていた。

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 あらすじ インドのデリーの夏は厳しく、日本人学校の夏休みは5月末から3週間ほどである。
 その間を利用して教員の北川夫妻はウイーンを訪ねている。まもなくまた酷暑のデリー
 での暮らしが待っているが最後の年であるということが心に余裕ができている。
 旅を楽しみつつ、またデリーの暮らしも大切にしていこうと癌を患い体に不安をもつ
 妻の怜子もこうして生きることに新たな楽しみを覚えていた。                              

                                         シェーンブルン宮殿の庭で

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by akageno-ann | 2008-03-20 19:43 | 小説 | Comments(24)

デリー時代の知人家族はウイーンの街からバスで20分程の閑静な住宅地に居を構えていた。
デリーでも古い家屋が立ち並んだ一角に住んでいたが、このウイーンの住宅も古く、重厚な構えをしていた。
2階のフロアーだということで大きな門構えはレースのような美しい柄の鉄格子で、その横にセキュリティ用のインターフォンと暗証番号を入れるキーボタンがついていて、門番のいるデリーのそれとは全く異なった様相を呈していた。

2階のドアを大きく開けてその夫人と懐かしい二人の子供たちがにこやかに出迎えてくれた。

「北川先生いらっしゃい。」
「ようこそお越しくださいました。デリーではお世話になりました。
さあ、どうぞ中へ」
誘われた部屋はシックな応接室でオーディオからはクラシックの曲が
流れていた。

さっそくビールとつまみが供されて和やかな談笑が始まった。

「お疲れではないですか?奥様お体いかがですか?旅行ができるようになられて
本当に良かったですね。」

そう夫人に言われて、怜子も明るく応対した。

「はい、その節はご心配をかけて、主人がお世話になりました。
日本だったら担任の教師の家庭のことなどはあまり話したりできないのに
あそこは特別でしたね。」

「そうですね。それだけ皆さんとの繫がりが密でしたね。ここではやはり個人個人それほどの繫がりはありませんので、子供の友人関係がそのまま私たち母親の繫がりになっていくのはある程度日本と同じようなんです。」

「デリーからこちらへは直接でしたよね。何か困ったことはありましたか?」
と、教師としての質問を北川はしていた。

「先生、デリーの時の方が楽しかった。」

小5になる長男がすぐに答えた。
一瞬当惑する親の様子も感じて北川はすぐに

「それはどこにいても同じだよ。慣れ親しんだ所は懐かしいよ。」

「でもドイツ語ができる人にはなんだかちょっと馬鹿にされてる気がするんだ。」

長男は続けて訴えていた。
父親の方がその言葉を受けて
「あちこち連れ回される子供たちには苦労をかけてしまいますね。」
と語った。

怜子はそれを聞きながら
「でも、ここの歴史ある街や、ドイツ語は素晴らしいものだから、まだ若い貴方には
どんどん吸収して欲しい気がするな」

そう話すと、小学生の長男も利発な子供だけにそれ以上は語らなかったが、確かに気楽な英語で通じたデリーから比べるとドイツ語圏での暮らしはなかなか難しいものがありそうなことも理解できるのだった。

そうこうしているうちに夫人は手際よく、炊き立てのご飯、若布の酢の物、塩鮭、大根となめこのおろし和えアボカドと小海老の山葵醤油和え、きゅうりの糠漬け、温泉卵まで添えて素晴らしい和食の膳を用意してくれていた。もちろん味噌汁は豆腐と若布に小ねぎがパラパラと浮いていて、美しいとまで、怜子は思った。

これ以上心のこもった食事はない。

「本当に感謝します。いつか日本にお帰りになったらぜひとも高知へいらしてください。
郷土料理の皿鉢をご馳走します。」

怜子はよほど感激していたに違いない。自分の少し気がかりな病気のことをこのときはあまり意識せずに心からそう言っていた。

旅の疲労もこの和食ですっかり取れたようで、遅くまで話し込んでいた。

「デリーの暮らしはどこへ行っても役にたちます。そして何よりデリーで培った人間関係はこうして、また勇気付けられありがたいことです。」

そうその家の主は語った。北川は

「すっかりお邪魔させてただいて、なんと感謝したらいいか言葉に言い尽くせません。
旅先の知らない町にこうして知り合いを訪ねるよさというのを知りました。」

「奥様、音楽お好きですよね?」
夫人が怜子に尋ねた。

「はい、大好きです。明日はあちこち有名な音楽家の家を回ろうと思います。」

「それもご案内しますが、実は明日の昼に楽友会館でコンサートがあるんです。
チケットを二枚用意してありますから、記念にいらしてください。」

「え?そんななかなか手に入らないものではないのですか?」

「日ごろの定演ではないので取れるんですよ。良い思いでの一つにしていただきたいです。」

ありがたい申し出に感謝しつつ、帰りは市内のホテルまでタクシーを呼んで貰って北川夫妻はその家を辞した。

翌日のそのコンサートには二人とも少なからず緊張して出かけた。

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土曜日の昼ということで皆服装も気楽なものであったが、中に入ると派手ではないがきちんとしたいでたちでお洒落な人々が多かった。
フランス語も聞こえてきて、所謂上流階級の集まりのような雰囲気の場所もあるように見受けられた。

名のある指揮者たちがここでの演奏を行うが、古い木造建築は床が独特の軋み音を静かにたてる。椅子は固い木製で、先に座った人々はその奥に入る人を迎えるとき、必ずさっと立ち上がってにこやかに通す。その椅子は折りたたんで立っていれば人が歩けるほどの通路ができるようになっている。

クラシックの本場のあたりまえのようなマナーが怜子たちの心に刻み込まれた。

曲はシューベルトの未完成交響曲であった。

あらすじと登場人物の紹介
「赤毛のアン」の主人公アンを愛する二人の女性美沙と怜子(さとこ)は互いの夫の在外日本人学校の教員としての派遣に伴いインドのデリーに1年違いで赴任して出会った。
互いの家が近いこともあったが、年齢は違え、互いの趣味や感性に共通点を見出し親交を深める。特殊なデリーの生活の中にもそれぞれの意志で良さをみつけ、また健康管理休暇にはこうしてヨーロッパなどに旅にでることもあった。

片山翔一郎 と美沙夫妻  美沙はデリー1年目に早期流産の辛さを味わうが夫の勤務する
日本人学校の音楽の講師として二年目は勤めることになった。

北川怜子(さとこ)夫妻  高知県から派遣され、妻怜子は看護士の資格をもち、学校の保健業務を手伝う。しかし1年目に子宮癌を患い一時帰国して手術を受ける。抗がん剤を投与しながらのデリー生活を続けている。美沙より年上であるが、彼女を心の支えにしている。
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by akageno-ann | 2008-03-19 14:42 | 小説 | Comments(18)

かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。


by ann