<   2008年 08月 ( 14 )   > この月の画像一覧

アフガンメロン

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アフガンメロンという名前で、デリーに出回っていました。

アフガニスタン・・私には神秘的な国と感じていた当時から戦いの途切れない国でした。

子供たちが子供の頃から銃をかつぐことを日常とし、兵士として生活する姿にも

同じ地続きで・・何故?と答を探します。

恐らくその子供たちは戦うことを当たり前と思ってしまっている・・
それはとても恐ろしいことです。

そのアフガンに農業技術の支援に行って戦禍に巻き込まれた日本人伊藤和也さん。
その命を賭して支援した灌漑用水、農業。

映像の中で「いとうさん、いとうさん」と呼ぶアフガンの人々の声が悲痛でたまりませんでした・

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第199章

ネパールのカトマンドゥで3日を過ごした翔一郎はネパールの貧しさの中で

健気に生きる若者たちに出会って、自分のデリーの日本人学校教員として

どれほどのことができたであろうか?

とインドという地であってもどこかぬくぬくと生活していることに気づかされ、

必死さにももっと違う形があるのではないか?と考え始めた。

その国の貧しさに目を閉ざしていてはいけない。

折角こういう地で生きているという意義を見出し子供たちを導いていかねば

本当の教育はできていないのはなかろうか?と思い始めた。

カトマンドゥ郊外の小さな小学校で女教師役をしていた女性の母がよくないというので
バイクの後ろに乗せて、急遽来た道を引き返した翔一郎は、
その女教師の素朴な直向さに
妻の美沙を重ねていた。

「そうだ、美沙はひたむきにあの地で頑張っているのだ。」

自分が来たくて来た在外の教育施設での仕事に困難を感じて
家庭というものには甘えてただ仕事に没頭していた自分は美沙が
だまって耐えてその地にあわせて暮らそうと努力していることを
ついなおざりにしていたのかもしれない。

決して不満をいう女ではない美沙は、静かに生活を進めていくうちに夫の翔一郎との

心の距離ができてしまったのだ。

妻なのだから当然と思ってしまった日常の煩瑣なことの対処も美沙はかなりきちんと
行っていた。

その上に友人を作り、招待したりされたりしてその都度料理や気の効いた話題を提供していた。

翔一郎自体は人付き合いがあまり得意でなくて、本意ではなかったが美沙任せにしていた。

この三年の月日に夫婦の絆が深まったという人々も多くいたが、翔一郎と美沙はもしかしたら
距離ができてしまっていたようだ。

子供のいない夫婦の思いがけない落とし穴は夫婦で悩む共通点が少なかったのだ。

互いが別々のことを考えていても、日常生活が成り立つようにまでこのデリーの土地に親しんでいたのだ。

暑さにも慣れてきていた。

カトマンドゥの一人旅をしながら、美沙の不在をあまり意識しなかったことに
翔一郎は我ながら驚いていた。

                                  つづく

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「小夏庵」
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by akageno-ann | 2008-08-29 22:05 | 小説 | Trackback | Comments(10)

夜間飛行

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久しぶりの夜間飛行・・最終便で高知より羽田に戻りました。
高知も雨、東京も雨・・フライトは揺れましたが・・なんと美しい窓からの景色
隣の方と・・思わず「きれいですねえ」と
夜景を堪能しました。

そういえばデリー時代の飛行は殆どが夜間飛行・・
でも、その光の少なさに驚き、慣れていったように思います。

小説はちょっと寂しい方向です。

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第198章

高知で病気療養中の北川怜子(さとこ)は抗がん剤の投与に苦しんでいた。

結局怜子は再発していたのだ。

そのことをインドの美沙に話すかどうか、まだ決めかねていた。

美沙はまもなく日本に帰国する。

恐らく帰国と同時に怜子に会いに来ることだろう。

その時に自分はここに存在しているだろうか?

けっして大げさではなく、看護士としての経験から自分の死期は悟っていた。

ただ夫には医師は告げているのだろうか?

あまりはっきり自分の余命を親族に言わないように医師に頼んではあるが・・

「それはあまりに珍しいケースだ。」

と知り合いの医師ではあったが、苦渋の顔色をしていた。

怜子はここまでよくもっていると、自分ではわかっていた。

きっとデリーでの闘病生活はよかったのだ、そう思えた。

心愉しい思い出がたくさんできた。

美沙というかけがえのない友人もでき、彼女とのデリーの二年間の思い出は

人生の中で大変大きな比重をもっていた。

怜子はふと

「片山夫妻は仲良くやっているかしら?」

と、夫の北川に話を向けた。

「なんで?彼らはうまくやっているだろう?」

そう呑気に北川が応えた。

「そうかなあ、私はちょっと二人には危なっかしいものを感じるけど」

「どっちが?」

北川が興味をもってきた。

「美沙ちゃんの魅力を片山先生はもう一つわかってあげてないでしょう。」

北川はほんの少し懐かしそうにして

「美沙さんが可愛そうだってそういえばお前は言ってたな。」

「そう、あんまりなんでも一生懸命するのに、空振りしてたもの、ときどき」

その表現はあたっていると北川は怜子の観察力に感心するのだ。

///////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

不思議なもので地球のどこかである人のことを思うと、不思議とその相手に思いは通じるものであった。

美沙は、その日怜子にデリーから国際電話をかけた。

怜子は嬉しくて美沙の風邪をひいたような様子にも心配をしたが、

電話してくれる優しさに感動していた。

だからただ、

「待ってるからね~~~・・・早く会いにきてねえ」

と元気よく電話口に語った。

美沙も

「はい、帰国したら一番に行きますよ。」

と約束した。

あと一つ冬休みを越えると、いよいよ帰国の準備だった。

平田よう子は最後は仲良く一緒に日本に帰ろうと言ってきたから

また帰国の引越し荷物のことなど相談したいのだろうと想像もついた。

『そう、これで良いのだ。終局に向けて様々なことを清算し、
互いに許しあうことも必要だ。』

美沙はそんなことを呟いていた。

怜子がデリーから日本への最後の夜間飛行の時に、声を立てずに泪を流して

いた姿を思い出した。

彼女はデリーを飛び立って、全てを良い思いでとして持ち帰っていたはずだ。

自分も怜子に習うように、そんなデリーの終末を過ごして行きたい。

そして怜子に会って,思い出を語ろう。

そう切に願っていた。

だが、運命はどれほどの二人の時間を残しているのかはまだ

定かではなかった。

翔一郎もまたネパールで様々に思いを馳せていた・・・・

                                          つづき
by akageno-ann | 2008-08-27 00:00 | 小説 | Trackback | Comments(14)

掛け違える釦

日本の関東の夏はあっという間に終わりを告げるのでしょうか?

朝方はもう肌がけを胸まで引き上げるような涼しさを感じました。


小説を書いています。
夏の長い暑いデリーで駐在する日本人の生活を描いています。
人物はフィクションですが、インドやその周辺の生活は風物詩として
描いています。

たくさんの世界中で頑張っている日本人への敬愛をこめて
また世界の素晴らしさと そこから見直す日本の良さについても
描いています。
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筆者ちょっと高知へ帰ってきます。

高知はこの小説のもう一人のヒロイン北川怜子が子宮癌の闘病をしながら
間もなく日本に帰国する美沙に会えるのを楽しみに待っています。

北川怜子と美沙にまた焦点を充てながら・・・夫婦や友情、そして様々な愛情に
ついてもう少しお付き合いをいただきます。

今日から自動更新を試みます・・写真など愉しんでいただけましたら嬉しいです。

第198話

片山美沙は夫翔一郎をネパールに送ってからベッドに横たわって発熱した体に
不安を感じている。

まさか妊娠ではないと思いながらも、もしそうならば今度こそはしっかりと育てたいという
思いもあるのだ。

シャンティがベッドルームをノックした。

「マダム、ジャパニーズスクールマダム、カム」

なんとも日本語的な英語に呆れながらも

誰だろう・・と・・・重い体を引きあげて部屋着のまま玄関にいる来客を迎えた・・

よう子だった。

久しぶりの訪問だ。

「まあ、美沙さん如何?」

「よう子さん、どうして?」

「いえ、お一人で、どうしていらっしゃるかと思って今娘をキンダーガーデンに送ったので
寄ってみたの。」

美沙はこの訪問者が自分への大きな好奇心できているのはわかっていたが、
気も紛れることだと思い、歓迎してシャンティにお茶をたのんだ。

よう子は日本の有名な栗落雁を土産に持ってきた。

「ゴメンナサイネ、こんな格好で。なんだか熱っぽくて・・
風邪ではないと思うのだけど・・移したらいけないから少し
離れて座るわね。」

そう美沙はよう子を今に通した。

「お疲れが出たの?片山先生は元気でネパールにいらしてるんでしょう?」

「ええ、大丈夫だと思うわ。」

「デリー3年目にしてこの夏の終わりに疲れが出たのだと思うの。
ここまで大きな病気もせずにほっとしたのかもしれないわ。」

よう子も大きくうなづき

「そうね、うちもお陰さまで子供も私たちも元気に過ごせてよかった。
山下さんの家ではデング熱もなさったりお子さんが骨折したり大変だったものね。」

山下家は同期に赴任した教員一家である。

三組の中では夫人の文子が一番大人しく静かに暮らしていたが、この夏の間に
かかったデング熱という蚊が媒体となって高熱を発する病にかかって少々大変な
思いをしていた。

幸い子供たちに移ることもなく過ぎたので皆ほっとしたが、高熱のあとの文子の
窶れは大きかった。

彼女には元気な男の子が二人いて、赴任当初に家の大理石の床で転んで
下の男の子が骨折をするという不幸もあった。

「もう今さらデング熱の季節でもないのだけど・・疲れかしらね・・」

よう子も少し不安そうになってきた。

「美沙さん、私たちここでの暮らしはお互いにいろいろな変化があって大変だったけれど
最後はまた仲良く一緒に帰国しましょうよ。」

病を得て美沙のだるい体にはその言葉は優しく聞こえた。

「ありがとう・・ご心配かけます。最後まで愉しまなくてはね。」

「片山先生、寂しそうよ。美沙さん、少し日本人会で活躍しすぎじゃない?」

「とんでもない。 常に主人と一緒よ。」

「でも、あなたの音楽活動はどうしても目立つと思うの。
それに先日帰られた深井さんとはどういうおつきあいだったの?」

来た来た、彼女の詮索はここにあった。

「一緒に旅行したのはとても軽率でしたね。
あのとき主人が調子を崩して私と深井さんたちがアジャンタの秘境を
旅したからでしょう?」

「いえ、ただ先生があの頃から元気がなくなったように思ったの。」

「そうなのかなあ?夫婦としてそうねえ・・私たち何か心が離れているのかしら?」

美沙はそこで正直な思いを吐露してしまった。

                                             つづく

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ネパールの絵葉書から・・老夫婦

あらすじです。
by akageno-ann | 2008-08-23 12:39 | 小説 | Trackback | Comments(9)

飛び入りの客

誕生日になりました。

半世紀以上過ごしています。

誕生日前はいつも気持ちが落ちています

バイオリズムもそうなんだと聞きましたので

気にせず、大掃除しました。

生まれたばかりの頃・・まさか東京に出て、その後結婚して

インドに渡るなんて誰も予想していなかったみたいです。

暑い夏に獅子座として生まれました。

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第197話

翔一郎は一つの小さなネパールカトマンズ郊外の学校に立ち寄ってみた。

それは本当に草原の中にポツンと小さな木造の小屋があって

子供たちが石盤を使って算術の勉強をしていた。

よく美沙が話していた「赤毛のアン」の中に出てくる小学校のようだった。

おそらくその近辺の集落の子供たちが通って来ているのだろう。

年齢は不揃いだが、一緒に机を並べて真剣に学んでいた。

計算の他には文字を学習する。

出稼ぎに行くときに手紙を書くためだ。

目的はしっかりとしているようで、一生懸命覚えようとする気持ちが目に現れていた。


教師は比較的若い男女が数人いた。

決して教員免許を持っているのではなさそうだ。

あくまでもボランティアで彼らも数年前にここで学び街に出て仕事を得、

しばらくしてこの地に戻って、後輩たちを育てようと必死なのだ。

こうして順送りに成長していけるよう、自然の流れが感じられた。

翔一郎の姿にも別段不審に思うでもなく、中に一人だけ英語のできるものが、話しかけてきた。

教師であることを告げると親近感を持ったのかもしれなかった。

教室の中に招じ入れてくれた。

翔一郎はしばらく石盤で勉強する子供たちを見ていた。

子供たちは珍客に気をそがれることもないのだ・・愛らしい目は向けたが彼らの今の

心は学ぶことに集中している。

翔一郎はこの光景を「教育の原点」と心に刻んでいた。

カメラを向けることも躊躇った。

しばらくすると先ほど話しかけてきた若者が再びこう話出した。

「貴方はどこへいくのですか?」

翔一郎はこれからさらに郊外の方へ向かうことを告げた。

「そのバイクでもしできたら、ここにいる女性を街まで連れて行ってもらえないでしょうか?」

翔一郎は当惑の目をした。

「彼女の母親が具合が悪く、できたら今日中に街に返してやりたいのです。」

翔一郎は少し迷ったが、こういう場所で役にたつことに喜びを感じ始めていた。

「OK」と簡単に承諾した。

女性は少しはにかんだが、翔一郎を信頼してか、この場合藁にもすがる思いだったのか

すぐさまパンジャビスーツ姿で横のりの格好でバイクの後ろに座った。

躊躇う腕を翔一郎が遠慮せずに彼の輿に回すように告げて、今来た道を

バイクの二人乗りは街に向けて戻っていった。

                                   つづく

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「annと小夏とインド」
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by akageno-ann | 2008-08-21 18:22 | 小説 | Trackback | Comments(12)
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マチャプチャレ  「魚の尾」という意味の世界最高峰・・・
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第196話

ヒマーラヤ हिमालय は、サンスクリット語で「雪の住みか」の意味がある。

山というのはその存在そのものの中に霊気が宿ると聞いたことがある。
山岳信仰は日本にも古くからある。

吉野から続く高野山系には釈迦ヶ岳という名の霊峰がある。
修験者の修行の場であるのだ。

今は日本もこのネパールも一般人が登ることがきるのだが
おそらく昔は修験者のみに限られていたであろう。

長い夏を越えて、またインドの厳しい気候の中で暮らした三年近い年月をもって
翔一郎は知らず、心中に育つ野生のようなものを感じ始めていた。

我が子のことも一人っ子の自分を省みるにあまり真剣に考えていなかったことにも気づいていた。

美沙がそんな子供じみた面をもつ自分を承知で夫婦として気楽に過ごしているだろうと高をくくっていたが、
深井亮介の存在を通して、家庭を作る、
そこには子供の存在が必要なのか・・と思い始めた。

子供のいない夫婦もまたいい、と思っていた翔一郎には

妻や子供のために張り切って仕事をしていたこのデリーの暮らしを捨てて

本国日本へ帰国した深井の行動は衝撃的であった。

そしてそのことで美沙が弟のように気楽に接していた彼女の心に深井を

立派な男として見直していたことに気づかされた。

インドもネパールも子供は多い。

その全ての子供たちが生活上恵まれているわけではないのに、

子供の姿は次世代につながる大きなエネルギーを感じた。

しかも自分は日本人学校で日本の次世代を担う子供たちを育てているのだ。

子供たちを可愛いと思う気持ちは親でなくともわかるはずであったが、

美沙と自分の子供を持つことを真剣に考えるべきか・・と思い始めた。

翔一郎はそんなことを考えながら日本米を作っている入植者Fさんの家を

バイクで目指していた。
                                             つづく


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by akageno-ann | 2008-08-18 16:18 | 小説 | Trackback | Comments(23)

カトマンズ

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ネパールカトマンズで買った絵葉書

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暑い中にもいつも応援してくださってありがとうございます。
お盆のせいで嬉しい来客も多く、のびりアップですがいよいよ翔一郎の
ネパール一人旅です。
愉しんでいただけますように・・


第195話

インドのデリーからネパールカトマンズへの飛行は正味3時間ほどであろうか?
陸路でも警備的には難しいがいけないことはない北の場所。

ヒンズー教は国教ではないがかなりの比率を支配しているが仏教もしっかり根付いている。

片山翔一郎は二回目の訪問になった。

インドの暮らしも3年目に入って、考えてみると随分と慣れてきたものである。

はじめは本当はデリーの暮らしが精神的にきつかった。
自分で来たくて応募した在外派遣・・しかし日本から憧れてみるその教育体制とは
インドの場合かなり違って随分と戸惑った。

妻の美沙には教師という仕事も中断させて伴ったので、泣き言をいうわけにもいかず
ただ黙々とここまでを過ごした。

自然の動植物にも興味があり、子供たちの創造力を喚起させたいのだが
自分が先ずインドという国に慣れるに時間がかかった。

3年という限られた月日の中でなんとか自然に振舞えるようになるまでに
正直その半分の年月を費やしてしまったかもしれない。

時に、すぐに環境に順応して愉しげにする妻を疎ましくさえも思った。

仕事に来ている日本人たちは多かれ少なかれ日本とのギャップにつきあたり悩んでいるようだった。

その悩みを互いに共有して日々の暮らしの中で知恵をしぼって切り抜ける力をデリーの授かったかもしれなかった。

深井亮介やその上司たちとの交流は後半に入ったデリーの暮らしの中で大きな仕事に対する使命感を考えさせられた。

また家族への思いというものも。

深井が翔一郎の妻美沙への思慕をもっていることはなんとなく感じていて、しかもそれを不潔なものとは思っていなかった。

美沙は姉のように振る舞い、家族を日本において頑張る深井やその上司に対し、デリーの暮らしを少しでも愉しくしていくことは結局互いが幸せなことであった。

そういうギブ&テイクは日本にいるときよりも海外の生活では心にずっと響くということも知った。

深井たちが企業戦士として頑張る日々はそのまま翔一郎を教師としての責任感を改めて感じさせてもらっていた。

深井の上司に

「片山先生、先生という職業、ぼくは本当に羨ましいです。子供たちを育てるという使命感
それはなにものにも代え難い 大切な日本の社会の中の重要な役割ですね。」

そう言われて改めてここへきたことを感謝したものだ。

ネパールはさらに子供たちの姿に心打たれた。
カトマンズの中心街ではさすがに日本語の片言を覚えて
「バザールでごさーる」などふざけて日本人に話しかけるような
おどけた雰囲気もあったが、

少し郊外に入ると大人も子供もシャイな感じで遠巻きにバイクで走る翔一郎を
みつめていた。

                                            つづく

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by akageno-ann | 2008-08-16 11:00 | 小説 | Trackback | Comments(7)

白い象

この暑さはまだもう少し続くのでしょうか・・
しかし日本の夏はどこかに必ず涼風が吹くので
ほっとできますね。

インドに住み、ヒンズー教の多い社会に触れながら
ここで生まれた釈迦のことを思うことがありました。

釈迦は母摩耶から生まれて、摩耶は1週間で亡くなり、その後
摩耶の妹によって育てられたと子供の頃の絵本で
読んだことを思い出しました。
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第194話

美沙は熱にうなされたのか、不思議な夢を見ていた。

白い象がふわ~~~っと現れて煙のようになって美沙の体内に

入っていく図だった。

美沙の幼い頃に家の近所に熱心な仏教徒の小母さんがいて

子供同士仲がよかったせいでよく遊びに行っていた。

整然とした仏間が立派で初めて見たそれに驚いたことがあったが

気さくなその家は仏間に子供を通すこともあった。

そこにいろいろな本があり、漫画のような読み物に釈迦の誕生というのもあった。

マーヤという釈迦の美しい母もまた釈迦を身ごもるとときに白い象の夢をみているのだ。

いや、幼心に感動したその光景を多分今、美沙が何かの幻想に囚われて夢に見たというほうが正しい。

自分の妊娠について、勝手な妄想を持つことに、一人で神聖なことに仕立てようとしていることに照れた。

電話が鳴った。

シャンティはすでに自宅に帰っているから、重い体を起こして玄関ホールの電話まで出ていった。

「お待たせしました。片山です。」外国人からかかることは少ないので
日本語で応対した。

「深井です。」
図らずもほんの数秒の沈黙があった。

「まあ、いよいよご帰国ですね。」

美沙は朦朧とする頭をしっかり立て直そうと必死になりながら優しい言葉をかけようとしていた。

「先日は歓送会をありがとうございました。」

「いいえ、こちらこそ良い思い出になります。」

「いえ、美沙さん、ぼくは思い出にはしません。
ここでの暮らし、ここで貴方と出会い魅かれてしまったことは
単なる幻想ではないです。」

「魅かれるなんてもったいない言葉・・
そうですか・・ありがとう」

そういうのが精一杯で返す言葉を用意していなかったのだ。

電話の向こうの深井は予想していたのか『ふっ』と息をして

「美沙さん、どうぞ貴方も良いお母さんになってほしいです。
片山先生にもよろしくお伝えください。」

「はい。ありがとうございます。今ネパールにいます。」

「そうですね、知っています。お邪魔しました。」

あとはさっぱりと言葉をいくつか交わして切れた。

その時唐突ではあったが、先に帰国したデリーの親友北川怜子を
強く感じた。

癌と戦う彼女の命を存えてほしくて、彼女に会うまで子供を持つことをやめようと

美沙は神といけない取り引きをしていた。

神がこの取り引きを成立させているはずもないが、美沙はそれほど彼女を思ったのだ。

その気持ちは少しも変わっていないのだが、

今深井にかけられた最後の言葉は美沙にとっても天使ガブリエルによる

受胎告知のようであった。

                                              つづく

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レオナルド ダ ヴィンチ による受胎告知の図
写真は国立博物館ホームページによる
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by akageno-ann | 2008-08-14 12:00 | 小説 | Trackback | Comments(17)

ディワリのあと

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ネパールの山間でポーズを取る男にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ


第193話

ディワリの祭を日本人同士で愉しんだ夜は更けて深夜に皆車で

自宅までもどっていった。

美沙は神田夫妻と共に四人で一台の車に乗り込み

運転手にゆっくり街を走るように頼んで、ディワリの蝋燭の火でかたどられた
家並みを 『これが最後』 という気持ちで見つめていた。

ホテルの前を通ると、それは見事な装飾的な光の交差が反射して

妖しげな雰囲気を醸しているものもあった。

そして爆竹の音は間断なく鳴り響き、空気は火薬の臭いが強くしていた。

その夜のパーティは皆愉しく良い、賑やかに過ごした。

美沙の夫翔一郎は2日後にネパールに向かう。

美沙も久々に疲労したが、ネパールへ向かう夫をいつもより深く気遣っていた。

翌日は日曜日で二人は家でゆったりと過ごし、街は人々によって昨日の騒ぎの痕を

片付けられていた。

サーバントのシャンティは休日であるのに、夫に手伝わせて美沙の住む部屋の周りに

並べてくれた、素焼きのローソク立てをすっかり片付けていた。

祭は終わり、11月を迎えたデリーは、スト~~~ンと気温を下げた。

人間の思考が正しくなる適温は摂氏25度以下か・・と美沙は勝手に考えて
一人笑った。

その日片山美沙の夫妻はふたり仲良く夕食を近くのインディアン中華レストランですませ、静かな時間をもった。

翌日は翔一郎が単身ネパールへ。

しかしその朝、美沙は珍しく発熱した。

気だるい身体は確実に風邪を引き込んだような気配があり、不安はあったが

夫には告げなかった。

幸い翔一郎の方は元気そうであった。

念のため風邪薬を持たせて、シャイティと朝食を作り、いつもより神経を使って
素手を使わず簡易のおにぎり器で弁当用の握り飯を5個作った。

きれいに海苔を巻き、ほうじ茶を携帯用の魔法瓶にいれて持たせた。

車が学校から回され空港までは送ってくれるというので、美沙は玄関まで送り、
あとは2階の窓からその車に手をふった。

その後、シャンティに家事を任せて倒れこむようにベッドに入った。

37度8分ほどの熱が出ていた。

ほどなく寝入り、美沙は夢を見始めていた。

                                              つづく


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by akageno-ann | 2008-08-11 17:11 | 小説 | Trackback | Comments(15)

ディワリ 宴の終わりは

昨日は炎天下でしたが久しぶりに表参道へ・・・クラフト展へ参りました。
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そのとき・・ふっと思い出したのが、シンガポールの空気でした。
私の第3のふるさとです・・デリーからいつも健康管理と食料調達のために
訪れた地・・銀座のよう・・と思っていたのですが・・・
昨日はふっとあの暑い空気の中を歩き、とても冷えたビル内に入って
シンガポールのオーチャード通りを歩いている錯覚に陥りました。
詳しくは・・「annと小夏とインド」
こちらも是非お立ち寄りください。

郷愁にもひたりました。
小説はディワリの祭の宴です。
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第192話

深井の送別会は大勢の中で和やかに行われた。
食は人の心を満たすから、皆口々に持ち寄った料理を誉めて、楽しみ

心行くまで堪能した。

立食にすっかり慣れた人々なので、場所を替え、時には隅に置いてある椅子に陣取って

話し込み、盛り上がっている。

男性陣は酒を酌み交わし、酔いながら、飲みすぎて醜態を見せる者はない。

美沙はふと気づいたが日本で飲むときより楽しいのは、ここは変な議論になることが

殆どなかった。

まあたまに同業内での飲み会は議論になって気まずくなることもあったようだが
こういう複合のパーティでは、皆心より愉しむ術を知っているように思えた。

ダンスや歌も無礼講・・とはいえ社交ダンスの準備がされていた。
主催者のバラサブはダンスが上手だったが、美沙はどうも苦手であまり加わったことはない。

美沙は勝手な思い上がりだが、このシチュエイションを勘ぐっていた。

今さら深井とこんな子供じみた接触を望むものではなかった。

子供の頃のフォークダンスや、中学校に勤めていた頃の生徒たちの心のざわめきを思い出して
少し心で愉しく笑った・・

そんな雰囲気の会になっていたのだ。

皆の心もおなかも食で満たされたころ、美沙と悦子のデュオを紹介された。

「皆さん、今晩は。今日はこうして深井さんの送別会とディワリの祭に加わらせていただいてありがとうございます。

私にも最後のディワリの祭です。」

そこまで聞いて深井ははっとした。
『そうだ、この片山美沙も半年すれば帰国なのだ』
と・・・・

美沙はさらに続けた。

「ディワリの謂れはご存知の通り ラーマヤナの王子が美しい妻を誘拐されて
それを取り戻し、14年ぶりに城にもどったことを祝うものと聞いてます。

インドの暮らしはとても物語のような日々でその部分だけが人生の中で特別な小箱に
入って心にしまわれるような気がしています。」

そう前置きして、用意してきたポータブルキーボードを駆使して、イタリアのカンツォーネ
フランスのシャンソンの中から三曲を神田悦子が美しく歌った。

カンツォーネは 「勿忘草」「愛の喜び」 シャンソンは「聞かせてよ愛の言葉を」

皆その旋律に酔い、日本語の歌詞に心を揺さぶられた。


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by akageno-ann | 2008-08-09 08:01 | 小説 | Trackback | Comments(4)

その宴

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結婚前に夫に描いてもらった・・絵・・もちろんイメージです・・笑
30年の月日・・・楚々とした感じがすっかりそげてしまいました・・らら~~~
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第191話

その年のディワリを少なくともデリーの日本人の深井亮介を巡る人々は様々な思いで
過ごしていた。

深井はデリーの上司バラサブによって勤務遂行の太鼓判をもらって日本に帰国することが決まった。

その件について、深井はバラサブの友人で東京の上司になる渥美と話合いをもった。

「深井君のデリーの仕事ぶりは見事だったそうじゃないか?」

「いえ、すべて支社長のおかげです。」

「少し里心がついたのかな?お子さんもできて・・・」

「そうだと思います。支社長は今回の会社の縮小について先ず私に声をかけてくださいました。」

「彼は本当は君を片腕にしてあと2年頑張りたかったはずだよ・・会社の経費節減に伴い一人の日本人スタッフをインド人のスタッフに入れ替えるということで、君を押してくるとはねえ!?」

「私の言うべきことではないのですが、インド人スタッフは日本語も上手ですし、交渉も上手く、正直私などかないません。」

亮介の言ったことは本当だった。

デリー大学の日本語講座を学んだというシンさんという現地スタッフの日本語は敬語まで完璧であった。一度その講座を覗いてみたかったほどだ。

インド人のバイリンガルな能力は言語体系の違う言葉をもものともしないものがあり、また集中して学ぶ意欲には時としてタジタジにさせられた。

人の話をよく聞き、ノートにメモし、それは例えば日系の銀行に行ってもインド人女性スタッフが窓口にたって、見事な接客をしているのとも共通していた。

深井亮介の帰国は会社側にとっても損失ではなかった。
彼を日本側のスタッフとして今後アジアの窓口として活躍させること、または海外担当にさせることはおそらく大きな実益を伴うと、渥美も感じていた。

「海外に出るということは、人によって随分と大きな精神的成長を担うのだと感じたよ。」

渥美は友人のデリー支社長を思っても、同期でありながら恐らく自分より苦労した分、部下に対する思いやりや、外国での難しい折衝を間違いなくこなしているという大きな成長を感じ、この深井亮介を今後、部下として使っていくことに、新たな意欲をもってあたらねばならないと感じていた。

深井は妻の実家に妻と幼い我が子に会いに向かい、日本への帰国を話した。

妻は自分のせいで深井の足を引いてしまったのではないか・・・と謙虚にデリーに向かわなかったことを詫びていた。

妻の両親も申し訳なさそうにしながらも、内心このまま日本に娘と初孫をおいておけることを
心よりほっとしていたのも事実だった。

ここ日本から見てデリーはインドは、厳しい未知の生活なのであろう。

実際健康に日焼けはしていたが、深井は痩せて帰ってきた。

深井のデリーでの心の葛藤はこれで一つの終焉を迎えるのだ。

幼子は深井亮介に面差しが似ていた。

無心に声をたてて亮介の腕の中で笑うようになった我が子を抱いて、この子のために頑張れる自分を感じていた。

子供への思いは何者にも代えがたい。

そのことをバラサブに改めて教えられたと、深い感銘を受けた。

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デリーの日中の気温に心なしか日本の秋の空気が感じられるようになった10月末

深井の送別会を兼ねたディワリの祭がバラサブの家で執り行われた。

バラサブの家のコックは腕によりをかけ、彼のできる日本料理をしっかりと作っていた。
天麩羅のカリッとした揚げ具合には皆 舌をまいた。その隣には一人前ずつ椀にもられた
蕎麦がついていた。

美沙はその日、巻き寿司とちらし寿司を作っていった。

ちらし寿司には人参を紅葉に見立ててかざり、鮭と冷凍のいくらをちらしておいしそうな
見事な寿司が重箱に詰まっていた。

美沙はその日ポータブルのキーボードを持ち込み、一緒に招かれたソプラノ歌手の神田悦子に歌を歌ってもらうことにしていた。

それが深井への別れのプレゼントだ、とバラサブも深井もそして美沙の夫 翔一郎も実は感じていたのだ。

深井の美沙への思慕を翔一郎はこのとき憎からず感じていた。

そして日本企業の厳しいあり方にも感動を覚えていた。

その日の客はバラサブの関係者をかなりよんでいたので総勢30人ほどが賑やかに集まっていた。

深井の日本帰国をバラサブが告げ、深井亮介は挨拶をした。

「皆さん、今日は私の送別会に こうして集まっていただき本当にありがとうございます。

二月にこちらに渡り9ヶ月あまりですが、自分はここで10年を過ごしたような錯覚があります。
それほど、日本の生活とかけ離れたものがありました。

先日も日本に帰って、浦島太郎的な気持ちが少しわきました。

あまりに豊かな日本の物質 食品や整然とした組織の中で帰って息が詰まりそうに思ったのですが、おそらくその贅沢にはすぐにまた戻れるでしょう。

しかし、インドに渡る前とは全く違う自分の心の成長は日本の見方を変えてもっと謙虚に生きれるように思います。

私はここで学んだこと、出会ったことに深く感謝し、生涯忘れることのない日々として心に刻みます。」

と、彼はここでちらりと美沙に視線を移し、そのままさりげなく集まった人々に目をやって

「ありがとうございました」と 深々と頭を下げた。

会場は大きな拍手になった。

                                              つづく

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by akageno-ann | 2008-08-08 06:34 | 小説 | Trackback | Comments(10)

かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。


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