アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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小説を中断して旅に出ていました。
留守中も訪問、応援してくださって感激です。
暑いですね、ゆっくり進めて参ります。
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昨日まで長崎に2日間おりました。
友人に会うためです。
紹介してくださったホテルは素晴らしい眺望と、スタッフの親切さ、
そして料理のよさに、温泉と何重もの喜びがありました。
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ハウステンボスの眺めです

しかし友人が『暑いから気をつけて』と事前に何度も心配してくれて
『インド経験者だから大丈夫ぶよ』なんて軽く言ってましたが・・

もちろん大丈夫でしたが・・・連れの姪はマイってましたから
暑かったです・・多分体感38度だったかな?

でも日本はほどよい湿気もあって、施設が素晴らしいから私は
やはり動き回りましたね・・だってたった2日のシンデレラツアーです。

詳しくは・・「annと小夏とインド」
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いよいよラストのデリーの祭ディワリの季節になりました。

第190話
ディワリはヒンズー教の新年に当たる日に行われ、その年は10月29日が新月になるとの暦だった。
दीवाली, Diwali または サンスクリット語のディーパーヴリー दीपावली
(ウイキぺディアより)

最初の年は静かに家にいて、隣人の北川怜子(さとこ)と爆竹や花火の煙硝でモウモウする空気を吸わないように、その祭が過ぎ去ってくれるのを待っていた。

二年目はインド人家族に招かれて、ともに祝い、インディアンダンスを踊り、遅い11時頃の夕食を共にして、インドの祭の祝い方を学んだ。

そしてこの最後の年は日本人同士が集まって祝いの真似事をしようということになった。

主催者は深井亮介の会社のバラサブである。

彼から美沙に深井の日本へ帰国になるかもしれないとの電話をもらってから2週間ほど後のことだった。

「深井君の日本帰国が決まりました。
彼はこちらの片付けにちょうどディワリの頃 少しだけ戻ってきます。
僕たちも会社を上げて彼の見送りをしたいですし、こちらのディワリの祭を真似て
賑やかにしますのでご夫妻でいらしていただけますか?」

との問い合わせに、一もにもなく、承諾した美沙だった。

深井にお礼と感謝の意をせめて述べたかった。

詫びるつもりはなかった。バラサブの話を聞いて、自分にもいくらかの非があるようにも思えたが、恐らく深井は美沙にその責を負わせたりするような人間ではなかった。

そう思いながら、美沙は深井を随分買いかぶっていることにも気づかされた。

夫は11月の最初の土日にネパールへ旅立つという。

美沙はよう子たちに夫のネパール行きを聞かされたが、あえてそのことを夫婦の間で取りざたするのはやめていた。

なるようにしかならず、またなるようになるのだ・・とこのデリーでの暮らしの中で学んだ姿勢を
静かに全うするだけだ、そうゆったり構える自分に驚くのだった。

ディワリの日のために町にはまた蝋燭をともす様々な蜀代や花が売られ、街はヒンズーの暮れのように賑わっていた。

暑さは確実に緩みだした。

美沙もデリー最後の夏の終わりを特別な思いで過ごしていた。

                                                つづく
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by akageno-ann | 2008-08-06 13:52 | 小説 | Trackback | Comments(12)

涼風と優しさ

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いや・・あついですね・・でも涼風のたつ瞬間もあるので
そんなときは、デリーよりはやはりかなり楽だと思います。

そして暑さの中で頑張らないことにしてるので・・
これはデリーで覚えた生活の技・・?

夏もまあ おつな物・・と思っています。

夫と冷たいビールを飲みつつ・・思いを馳せて・・デリーです。

20年の歳月は少し風化した事件簿、(オーバーですが)
それに関わる人々との思いでもすべて優しい気持ちになれます。

あの中の人々との触れ合いも今ここでつながる人々とのお付き合いにも
似ていて・・多岐にわたる生活観が大変勉強になったのです。

当時の大使ご夫妻がもうすでにインドでご退官の予定でいらしていましたが

温かい方たちで、お話する機会に伺ったことで一番心に残ったのことが

『わたしたちはどこへでも家族一緒を基本にしていました。各国3年ほどの期間で
移動するのは大変でしたが、その国その国の文化に触れさせることは子供たちも大変良い経験を重ねたの思います。』

そう優しいお顔でおっしゃってました。

他国とちがってインドはなかなかに大変な地域です。この頃もう大使夫妻のお子様方は家庭をもっていらしたので、遊びに見えるくらいでしたが、その代わりに若い夫妻で小さな子供を伴って渡った、大使館のコックさんの家族を大切にしていらっしゃったことがとても印象深いです。
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小説の方は少し混迷しています・・

では本日もお読みいただいて恐縮です。

第189話

10月の声を聞くとデリーの夏もそろそろ終わりを告げる前触れのように
風がほんの少し、ゆるやかにやさしくなる。

それと共に人々の暑さのための疲れも癒されていくのか、触れ合いも増えて行事も増えていく。
日本人会婦人部では、コーラスでの肢体不自由児の学校への訪問や視覚障害者への慰問などあり、美沙は神田悦子とともにコーラス部に所属して忙しく活動した。

そんな中、ある日その移動の車の中で 同乗していた平田よう子が突然こんな質問をしてきた。

「美沙さん、お宅ご夫妻はうまくいってるの?」

美沙はどきりとした。もう一人乗っていた同期の山下文子も身を乗り出したのを感じた。

「え?どういうこと?」

「だって、片山先生お一人でネパールにいかれるそうじゃない・・普通は家族も便乗するのよ。
ましてや貴方のところはお二人で気楽じゃない!」

美沙は聞いていない話だった。
しかしそんなことを気取られようものなら、このあと何を言われるかわからない。
心のざわめきは押し隠してやっと応えたのだった。

「お米の買い付けでしょう? 主人はネパールは二回目でバイクで気ままにトレッキングまがいのことをしたいんでしょう。」

そう繕った。
毎年この時期に日本人学校の家族の日本米を1年分ネパールの日本人農家に頼んでいて、
その買い付けに行く。しかしわかってはいても なぜよう子たちがこのように取沙汰するのだろう、と訝しく思った。

「そうなの?だって先日のアジャンタの旅立って、ご主人とは別行動だったんでしょう?
少しいろいろな企業の方たちと奥様の方だけが親しいんじゃないの?

主人が言ってたけど、片山先生は疲れているって心配してるわ。
そんな先生をお一人で旅に出すの?」

これには美沙も一言もなかった。

デワリの祭も間近でこれからホームパーティやホテルで大きなパーティも多い時期にさしかかっているが、何か異様な噂を立てられると、そういう場にも出席しにくくなるものだ。

「大丈夫だと思うけど、気をつけるわ。」
と、取り成すのが精一杯だった。

夫がネパールをすきなのは間違いなかったが、一人でいくことを立候補したことは聞いていなかった。そういえば最近あまり夫婦らしい会話をしていなかったかもしれない・・・と

美沙自身が 今日本へ一時帰国し、恐らく間もなく本帰国になる深井亮介のことに心をとられていたことにも気づいた。

夫 翔一郎は無頓着な性格と高をくくっていたかもしれぬ自分に 美沙はよう子によって気づかされたことに初めて狼狽した。 

                                              つづく
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デリーの大学の図書館
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読者賞です
by akageno-ann | 2008-08-03 08:49 | 小説 | Trackback | Comments(20)
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第187話
「愛情は先着順だと、ぼくは思っている。」

バラサブにそういわれて『そんなことはわかっているのだ』と心で反発しながら

深井亮介は日本行きの飛行機にいた。

しかし、バラサブの計らいで日本出張を命じられた深井であったが、家族をしっかりと見据えて
こい、という思いを理解していた。

バラサブは真剣に深井の将来を心配していた。

時代は確実に会社組織の中に埋もれて企業戦士として生き抜く時代から、個人の人間らしい家庭生活を守りながら社会人としての地位を確立する時代に移っていくであろうと、定年退職を間もなくに控えたバラサブはここデリーでの支店長をひとつの花道として与えられたと思っている。

だが、家族・・とりわけ子供たちの受験という大事な時期を妻一人に家庭を任せ、いくら生活費を稼いでいるとはいえ、心はかなりかけ離れていた。

自分がこのデリーの大役を果たして戻ったときに家族はここでの苦労は何一つ知らないのだ。
そしてその思い出話をする相手もなく暮らすのか?

それは身震いするほど寂しい構図だった。

だからこれから自分の子供の成長を共に妻と担い、日本での会社経営に地味ながら着実に関わっていくことこそ、新しい生き方ではないか・・・・

共にデリーで苦労な生活をして、ストイックに仕事をして、唯一の娯楽としてのホームパーティやテニスで若い深井が女性として成熟期を迎え、家庭婦人としても完成度の高い片山美沙に静かに魅かれていったとしても、それは自然のことのような気がしていた。

恐らくバラサブ自身ももう少し若いときであったら、このデリーでの退屈な自分の時間に、素敵な日本女性が現れたらストーカーの如く惹かれてしまうかもしれない。

人生のタイミングがもう一つ上手く合わないと、折角の若い人々の人生を台無しにしてしまう、ということを上司として管理能力を問われるのだ。

『愛は先着順』などと嘯く自分は、語彙力の不足に他ならない。

しかし、どんな言葉を羅列したところで、今一人で傷つき日本へ向かう機内にいる深井の心には届かないこともわかっていた。

自分で解決し、自分で答を見つけ進みだすしかない。

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片山美沙は深井が日本へ出張していることを知り、また近々本帰国になることを聞かされて

アジャンタの旅の深井の逞しさを思い出した。

あの石窟院の特別な空気の中で素直に身をゆだねるように小高い山を登り
紀元前の風景を共に見たことを、何故か一生の思い出だと思っていた。

                                               つづく

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日本人会運動会での応援
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あらすじはこちらから
by akageno-ann | 2008-08-01 23:32 | 小説 | Trackback | Comments(16)
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最近はスカイプなどという大変便利で安い電話回線によって世界中と通じるようですね。

電話も所謂黒い家庭電話は一掃して殆どデジタル形式の小さなものに変わっています。

20年前のデリーはもちろんダイヤル式の旧式な電話が殆どでした。
6249××の6桁がデリー市内でかかる番号でした。

6桁は覚えやすく、かなりの件数を覚えていました。

相手のお宅にちょっとお邪魔するにも暑い夏の間は無駄足にならないよう、必ず電話をしていました。

一度二か月分でものすごい料金になってしまったことをお話したと思いますが、
あの当時から、電話局のコンピューターシステムはしっかりしたものがありました。

それでいて、電話線を盗まれたという、信じられない事件もあったりしました。

外壁伝いの電話線をちょっと拝借して、自分の電話につなげて使う・・・

インドの電話線が下の方をはっているせいなのか・・なんという悪用

それなのかどうなのか・・よく割り込み電話があって・・・いえこれは混線らしいが

しゃべっている私たちに向かって「アンジ~~~?」(もしもしのような感じ)
と大きな声が聞こえたり・・

いろいろありました。

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さて本日の小説です。

第186話

日本人学校の後期はデリーも気候が落ち着く時期になるので、学校行事は満載であった。

学芸会、運動会、遠足、などなど・・日本と同じようなことが行われる。

教員はもちろん保護者もかなり動因されて、比較的国民行事のような日本人会あげての
催しになったりした。

夏の最中には盆踊りも行われて、屋台を保護者や学校関係者の夫人たちで出店し
大人気の炭火焼の焼き鳥を美沙も手伝った。

皆で手分けして鶏を買い集め、一人10羽ほどを、とはいえ痩せた鶏だったが・・
サーバントと捌いて、竹串にさし、皆で苦慮して作ったタレや塩で男性陣が焼いてくれた。

皆器用なもので、楽しんでやることが良かった。

3年目になると、デリーでは知人も増えて、知らずインドのベテランのように言われるようになり、別段威張るわけでもないが、なんとなく堂々と自然に振舞っているように見えるらしい。

美沙は神田悦子と歌とピアノのドュオを組んでから、皆に一目置かれて学校外の人々との交流も増えていた。

神田悦子は1年目なのであるが、その声楽の技量はすばらしく、その上気さくに皆とのカラオケでもポピュラーな曲を自然に歌ってサービスするので人気があった。

「神田さんは本当に素晴らしい歌い手さんなのに、少しも気取らずいいなあ」
というのがおおよその評で、美沙もこの悦子と親しくなれたことに感謝した。

学校関係者全てとうまくいっているわけではなかったが、こうして一人とごく親しくできることで
周りがそれなりに認めてくれていることにも安堵していた。

「芸は身をたすく」とは古人はよく言ったものだ。

その一方で、アジャンタ以来ほぼ一ヶ月がすぎるのに 同行した深井たちとの交流がぱったりなくなっていたことに美沙は不安を持っていた。

何か失礼なことがあったのだろうか?

深井の上司のバラサブより電話があって以来、旅のお礼もできないままに気になっていた。

深井に対する自分の思いが変な形で伝わってしまったのだったら、それはそれでしかたがない、と美沙は忙しい行事への手伝いで気は紛れてしまっていた。

デリーに日常はかなり行事に追い立てられ、また涼しくなると10月のヒンディの光の祭
「ディワリ」やそうでなくとも互いにホームパーティのよんだりよばれたりが増える。

1年目はそうして人々の集うのを指をくわえてみている方であるが、美沙達の三年組はその機会が大変に多かった。

また逆にささやかな持て成しを美沙達の家でも随分と行うようになっていた。

それはデリーの暮らしの終わりに向けての人々へのお礼の気持ちからだった。

10月初旬、深井の上司のバラサブが突然昼間に電話をかけてきた。
平日なのでもちろん美沙しかいない。

「すみませんね、こんな時間に・・今少し電話で話させていただけますか?」

そうバラサブは話し始めた。

「こちらこそおよびしたいと思っていました。旅では大変お世話になって。」

美沙もそう返事した。

「いえ、いえ、我々には大変良い思い出の旅でしたよ。」
そうバラサブは答え、少し間をおいた。

「実は、深井が帰国します。」

「まあご家族を迎えにいらっしゃるのですね。」

美沙はすぐに承知できた。しかし・・・

「いいえ、本帰国です。」

と、思いもかけない言葉が戻ってきた。

「え?どうかされたのですか?」

ほんの一瞬時が止まった。

「彼が決めました。彼の家族は日本を離れないことになったのです。
やはり生まれたばかりの子供を連れてのデリーの生活は難しいと感じたのでしょう。」

「でも、それは深井さんにとっては大変なことですね。」

「そのとおりですよ。しかし少しは感じられたかと思いますが、彼は貴方に強く魅かれている。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「その気持ちもわかりました。私も子供ではありませんからね。
私自身の経験を押し付けるつもりはないのですが、彼は自分の家族を大切にすることを決めたこと、よかった、と思っています。」

「どういう意味でしょうか?私は何か失礼なことをしてしまったのでしょうか?」

美沙はそれだけをいうのがやっとのことであった。

複雑な思いが一瞬にして脳裏をよぎっていた。

                                               つづく


インドの風景も懐かしい!

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by akageno-ann | 2008-08-01 02:58 | 小説 | Trackback | Comments(5)