アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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<   2008年 09月 ( 13 )   > この月の画像一覧

このタイトルは土曜日に封切られたリチャードギア ダイアン レインの最新作のタイトルですが今日はこれに触発されて私の小説もすすめます。

「最後の初恋」の公式ホームページは→http://wwws.warnerbros.co.jp/nightsinrodanthe/

リチャード ギアが大好きです。
彼主演の作品はいろいろみましたが、やはり若いときのは「プリティ ウーマン」になってしまいます。
その前に『岐路』という邦題の映画・・よかったです。

彼の哀愁のある笑顔がいいんですね・・・そして夕べはやはり大河ドラマ『篤姫』の松田翔太扮する徳川家茂にも見入りました。

そういう趣味の私です。

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第212話

シンガポールも最終日 翌日に姑の信子は日本へと帰国する。

そのあと美沙たちは最後のデリーの暮らしに戻る前に買出しをして正月5日まで
ここで寛ぐことにしている。

義母がいることは美沙にとっては新鮮でこのシンガポールの旅を愉しくしていた。

やはり女性同士なので買い物や食事も趣味が似ているのがわかり互いに今後日本で
一緒に住んでいく上にとても良い影響がありそうだ。

しかし人間の暮らしというのはなかなかそううまくは運ばないのが常である。

年齢を重ねた信子の方はほんの少し感じる美沙と息子翔一郎の間が少しギクシャクしているのを感じていた。

そしてここでそれを確信する出来事に出会った。


美沙と信子はその日も買い物に午前中から繰り出して日本系のデパートの入っているオーチャード通りのビルをフラフラと歩いていた。

日本はなんでもあるのにここの少し安い値段で買える外国製品に信子もまだまだ興味がある。

二人でエレベーターを昇って階上に移ろうとしていると 美沙が声をかけられた。

「美沙さん!」

美沙は男の声にはっとしてそちらを凝視した。

「片山さん・・」

連れのあることを知ったのか、その男はそういう言い方に変えた。

デリー駐在の深井の上司だった。

深井亮介ははっきりとした意思表示を美沙にしたわけではないが、
美沙への思慕を募らせたことをこの上司に知られ、穏便に日本へ帰国していた。

それからすでに2ヶ月は経過しているが、もちろんまだ生々しい事件として
美沙の心にも去来するものがあった。

「まあ!お正月はこちらですか?」

美沙は簡単な挨拶にしたかった。

「はい!お連れはお母様ですか?」

「はい、主人の母です。
デリーに来てくれましたので最後にここで一緒にすごして明日日本へ帰国します。」

「そうですか?はじめまして。 佐瀬と申します。
片山先生ご夫妻には大変お世話になっています。お声をかけて失礼しました。」

佐瀬・・深井の上司の名前である。

信子は静かに微笑んで挨拶をして3人は別れた。

「ご立派な方ね。」

信子は水を向けた。美沙がもう少し丁寧に紹介してくれてもよかったのではないか?
とも思っている。

「はい!デリーに駐在されている方は皆さんとても頑張っています。またあの方は
社のトップですからなおさらしっかりなさっていらっしゃいますね。」

「そういう会社のトップの方とのお付き合いもあるのね?」

「ええ、日本で教員生活をしていたら直接は出会わなかった方たちともお付き合いがありまして・・・」

美沙は言葉をにごし、

「お母さん、少しお茶でもしましょうか?」

と水を向けた。

二人はまた日本系の喫茶店で甘いものをいただきながら一息ついた。

「貴方も色々な方とのお付き合いや翔一郎の補佐をしてくれた様子がわかりました。」

そう静かに信子は語った。


ホテルの部屋にもどると翔一郎が寛いでいて

「おかえり、佐瀬さんに会ったのだな・・電話があったよ・・
同じホテルにいるらしい。夕食に誘われたよ。」

美沙は佐瀬らしい配慮だと感じた。

夕刻から グッド ウッド パークホテルの海鮮料理屋という 美沙たちの好みの店を指定してくれていた。

「そう、お母さんにも喜んでいただけると思うわ。」

そう美沙はにこやかに応えた。

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小夏庵
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by akageno-ann | 2008-09-29 08:04 | 小説 | Trackback | Comments(15)
今朝のTBSはなまるカフェの中のトークショーであの松田優作氏と松田美由紀さんの次男である俳優松田翔太さんが出演されていて、ご自身のストイックな生き方について語られてましたが、感動してしまいました。
家で寛ぐ姿勢をしない、というのです。

昔ドイツでゲーテの家を見学したときにゲーテは座っていると思考能力が衰えるので書いたり本を本を読んだりは立って行っていた、という背の高い机を見たときと同じ衝撃を得ました。
写真は家具やさんのイメージ写真です。
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若かった頃のしっかりとした気持ちは年とともに萎え、私の場合は寛ぎの時間が増えてだらしなくなってしまった部分が多分にあります。

松田翔太さんとお母さんとの関係もまるでドラマの中の母と息子のようでいて、少しも厭味がなくて心に残る話でした。

そんなことを感じつつ、シンガポールでの翔一郎とその母信子の関係を書いてみたいと思います。

第211話

シンガポールの旅は3人の心に大きなゆとりをもたらせたようだ。
翔一郎は自分の健康管理のために先ずグリーンホスピタルという日本人向けの病院に出かけていった。

美沙は姑信子とさっそくオーチャード通りのショッピングに出かけた。
日本でもあまりこの二人は共に買い物をしたことはなかったのだが、異国であるという特異性が信子を従順にさせた。

ウインドウショッピングだけでも愉しいが、日本でも有名なブランド品たちが比較的安価に感じられて、美沙は気楽に店にも入り、この母のためにさりげないバッグを買ってあげようと思っていた。

「美沙さん、本当にこのようによくしていただいて、感謝しますね。」

ふいに信子はそんな杓子定規なことを言い始めたが、その言葉には厭味がなかった。

「いいえ、3年も一人で暮らしていらして、本当にお元気でいてくださってよかったです。」

そう美沙も心から申し述べた。

「あなたのご両親もとても私の一人暮らしを気遣ってくださって、こうして離れてみてわかる人の優しさというものがありますね。私も一人になって初めて寂しさを感じました。貴方たちが一緒のときは何かと小言をいっていたと思います。」

美沙はもうびっくりして・・心が浮つきそうになっていた。
しかし、ここはまたまもなく共に暮らすのであるから、あまり気を許した発言は控えようと自然に防備してしまう美沙自身もいたのである。

「美沙さん、翔一郎とは上手くいっているのでしょうか?あの子を育てるのにあたって私はあまり困難な状況を与えたことがないので、あのインドで暮らせたのもあなたのお力があってのことだと思いましたよ。」

美沙は異国にいるというだけで、人間はこうも言動に変化があるのかと・・・絶句していた。

「お母さん、そんな・・翔一郎さんは頑張りましたよ。」

それだけ応えるのがやっとだった。

二人は歩きながら話していたが、やがてマンダリンホテルのロビーに入り、そこで英国式のお茶を飲んだ。ついてきたスコーンとあまり甘くないクリームとジャムが美味しく感じられた。

「子供のことだけれど、貴方のお体はその後大丈夫?」

美沙がインド1年目にここシンガポールの休暇中に早期流産をしたことが蘇った。
あれからそのことについて・・・少し思いが減少しているのも事実だった。

「はい!このように元気ですし、日本に帰って考えますね。私も年ですからそろそろ真剣にほしいとは思っています。」

その美沙のありきたりな返答に信子は翔一郎との間に少々の溝ができていることをさすがに察知していた。

                                                  つづく

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by akageno-ann | 2008-09-26 11:50 | 小説 | Trackback | Comments(21)
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シンガポールの名の響きは今も自分の心の中にほんわりとした寛ぎのムードを思い起こします。

滞印中に6回ほど行ったでしょうか?

そういえば私は一人でも行きました。

もう大分デリーに慣れた二年目の夏でした。

日本から友人がツアーに乗ってきて、合流しました。

そのツアーと合流するまでとあとの4日間を一人旅のようにして過ごしたことを

ふっとオプションのように思い出しています。

たった最初の1年間に二度行っただけのかの国は私にとっては銀座でした。

国というより銀座・・それくらい・・そこは日本に似ていました。

今思い返し逆に考えてみればインドは首都デリーであっても日本のような買い物は
不可能だったということです。

あれから20年、今のデリーの物品の流通はかなりのものと聞いていますが・・

それにしてもやはりシンガポールはチャンギ交際空港の雰囲気からして世界に誇れる
フリーポートかもしれません。

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第210話

タージマハール、ジャイプールの短い旅を手際よく終えて、美沙達の気遣いも功を奏したようで、母信子の体調も多少の頭痛は残ったものの、それも単なる車酔いとわかり、無事デリーに戻ったのはクリスマスイブであった。

「やはりインドでもクリスマスは盛んなの?」

そう信子は素朴な疑問を投げかけてきたが、考えてみるとこの3年目まで暮れから正月をこの国で過ごしていなかった翔一郎たちは言葉に窮した。

「ここはね、新年というと、10月末のデワリという光の祭の方がヒンズー教徒多いこの国の暮れ正月という感じだから、この時期の年末年始的行事やクリスマスという欧米文化はあまり入ってきていないようなんだ。」

翔一郎も言葉を選ぶようにして語った。

不思議なもので3年もすまわせてもらうと、その国その土地の肩を待った発言になる。

住めば都とは古人は本当によくいったものだ・・とまたここでも感心してしまった。

デリーで2日を信子は過ごして、オールドデリーには連れていかずに、コンノートプレースやグレーターカイラシュなどの宝石店や刺繍布の店を紹介して、信子の土産にキャッツアイの小さな石の指輪を買った。

その店主は日本語ができるのにも信子はインドの奥深さに関心していた。

美沙はこの期に及んでインドの大変さなど初老の日本の婦人に知らせたくなかった。

インドはそれでもなかなかいいのだということを知らせて、最後にシンガポールで
思い切り優雅な年末を過ごさせたかった。

クリスマスの日にデリーを飛び立ち、片山家の3人はクリスマスのチャンギ国際空港に降り立った。
心の底から楽しみなこの国への思いが美沙には湧き上がっていた。

おそらく、これは日本から直接くるのではなくて、インドからやってくるところに楽しさの倍増する秘密があるのだ。

その空港で勝手知ったるという具合に手馴れた様子で空港を出て、タクシーでホテル名を告げる息子翔一郎の姿にも信子は自分の知らなかった頼もしさを感じた。

空港から走り出すと、そこは宮崎を訪れたことを思い出すような南国の植物の葉のそよぐ
また大きなビルの林立する都会が間もなく現れた。

「おかあさん、ここはかなり安全なところですが、先ずはホテルでゆっくりしましょう。」

そう美沙が声をかけた。

30分ほどで日本系のホテルに着くと、3人は七階のロビーへ上ってチェックインし、コネクティングルームに案内された。

2寝室がつながっているのだ。

一瞬贅沢のようだが最後の思いで作りに母が加わり、美沙は精一杯楽しみたいと
考えたのだ。

これまでのどの旅も質素に安いホテルを探して過ごしてきたが、ここだけは健康管理のための心の贅沢だと思っていた。

長く一人暮らしで頑張ってきたこの母信子へもほんのささやかな労いとしたかった。

ゆっくり二つのバスルームでそれぞれにデリーの生活の垢を落とそうと、たっぷりの湯をはって足を伸ばした。

信子ですら、たった4日ほどのデリーの暮らしの中では風呂の不自由さを感じていた。

日本というのは贅沢な国なのだとも感じたほどに・・

そして階下のレストランで3人は昼食を摂る事にした。

飲茶の店だった。

中国人の家族も大勢来て賑わっている、

日本語のメニューもあって三人はいろいろとって分け合って食べはじめた。

ここは中国料理は本格的であった。

たった5時間ほどのフライトで降り立つこの国とインドの違いに信子も心から驚いているようだった。

                                           つづく




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by akageno-ann | 2008-09-24 22:34 | 小説 | Trackback | Comments(16)
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ラジャスタン州の州都がジャイプール、別名ピンクシティです。

この建物の色合いからいうのだとすぐにわかりました。

国内旅行に出るときはやはり食事が心配でレトルトのお粥や缶詰を持っていきます。

各地の料理は、美味しくて殆どそのお世話になることはないのですが、

やはり日本からの訪問客をお連れするときはもしも・・の場合を考えて

持っていきますと、おまじないになります・・笑

何が危ないのか・・どうやら油のようです。 日本のサラダ油に比べてインドで使うギーなど
動物性の油分はいきなりたくさん摂取すると胃腸がびっくりするようです。

次第になれますが、一度にくると治るのに時間がかかるので要注意です。

しかし私たちの旅ではお陰さまで事なきを得ました。

さて小説の姑信子とのこの地方の旅はどうなっているでしょうか?

第209話

タージマハルを目の前にした 片山信子は60を過ぎて、こうして世界に誇る遺産を訪れることができたことに感動していた。

若い頃に教員をしていて、写真などで子供たちに話をしたこともあるが、こうして本物を見てみると、「百聞は一見にしかず」という古人の教えはさすがだと思われた。

この風景の中の建物との調和・・もしかしたらその対面に作られたはずのもう一つの巨大な王の墓の話もインド人ガイドの巧みな日本語で語られると、夢の中にいるような思いで聞き入った。

その興奮の中でホテルでインド料理と中国料理のバイキングを食べると、美沙達の心配を他所に「美味しい」と愉しそうに食べる信子は若かった。

そのまま翌日はジャイプールに移動した。

長い車の旅は冬でも埃っぽさが大変なのであるが、信子は良く耐えた。

美沙が一つ一つトイレのことまで心配してくれるので、この国での3年間の暮らしの大変さを実感していた。

水も彼女が気をつけて飲ませてくれる。どこで買ってきたのか、必ず新しいものを蓋をあけて
渡してくれる。

「ミネラルウオーターは簡単に買えるの?」
信子が聞くと

「ええ、それはその辺の店で売ってるんですが、インドは可笑しいところで、時々蓋が怪しくて
一度使われたものにその辺の水を入れられたりもあるようで、これは家でいつも買っている安心な店からのを持ってきたんです。」

「まあ、それは大変なのね・・」

可笑しいと美沙は表現したが、それは大変なことであると信子は感じた。

サーバントに傅かれて暮らす様子は最初、ずいぶんと優雅じゃないか・・と
感じたが、それはほんの一端であることにすぐに気づいた信子だった。

少し車酔いもあったが水のお陰で常備薬を飲み、信子は元気にピンクシティと呼ばれる
所以の古いが新しく感じるその建造物の前にたっていた。

小窓は昔その中に幽閉されているような人々がそこから覗いていたのではなかろうか?

と信子は戦時中のことをふと思い出しながら、異様な雰囲気を味わった。

多くの知識はないが、信子の年齢の者たちは比較的読書で知識を得ているので想像する力が強く、それが現実になったときのギャップによってかえって面白い印象が残るのだ。

王族は今も住んでいて、その付近には入れないが、旗がたっている時そこにいらっしゃるということはイギリスの王室と同じだと、インドとイギリスの共通項も感じていた。

だが驚いたのは博物館担っている建物の謁見の間におかれた大きな銀の壷である。

マハラジャと呼ばれる王族の旅行にこの壷の中に、あのガンジスの水をいれて
旅先での沐浴に使ったというのであるが、それを担ぐ人々のことを思いやった。

さすがにインドである・・と信子はこの国のことを、そこにいながら、改めて遥かかなたに感じたのである。

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by akageno-ann | 2008-09-22 07:47 | 小説 | Trackback | Comments(21)
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インドに住んでいると日本の人に言うと、まず驚かれます。
インドに旅行に行くというとびっくりされるそうです。

先ず衛生面が心配されるようです。
そして治安でしょうか?

でもその二つのことをクリアすれば特に住む場合は『楽園』です。

友人が東北から遊びに来たことがありました。

ご夫妻で・・・

サーバントが朝
『グッドモーニング マダム』と言ってすぐにお茶を入れてくれる。

夕食の天麩羅を熱々で食べられる。など感激して

『天国だわ』と言ったのを思い出します。

また別の友人がツアーで来て、ホテルへおにぎりを届けたら

ツアーの皆さんにものすごく感謝されたことも思い出しました。

やっぱりこの旅に和食は必要かもしれませんが、準備をしっかり

すれば、アジアは楽園を味わえると思います。

今日の小説は・・・翔一郎の母 信子がデリーに到着しました。

第208話

深夜のインディラガンジー空港の周りには毛布を巻きつけたようなインド人が
群がっている。

彼らはいったい何を待っているのか?

荷物運びの仕事をしようとするものもあるし、リキシャに乗せようとするもの、
そしてやはり物乞いの者もいる。

初めてデリーに降り立つ人の中にはそのインド人の眼光の鋭さに恐れを抱く人もある。

片山翔一郎の母 信子は初老の婦人であるが、足腰もしっかりしていて
60代にはみえない若々しさがあった。

大きく手を振って、荷物をいっぱいもって現れた信子に美沙は感動した。

「お姑さん、ようこそおいでくださいました。
お疲れではないですか?」

信子は荷物を翔一郎に預けて

「美沙さん、本当にこれまでありがとう。大変なところだと聞いていましたが、
飛行機は順調で、空港でも日本人の方たちがなにかとお世話を焼いてくださり、
片山と名乗ると、何人かの方が日本人学校でお世話になっている、と挨拶してくださるの。
感動しました。」

立て続けにしゃべる信子はやはり日本とは様子の全く違うこの国に無事入って、ほっとしつつ気分はハイテンションになっていると思われた。

それが功を奏してか、インドの人々が大勢群がりこの日本人の一行を見つけていたとしてもそう怖がったりするようなことはなかった。

先ずは第一難関突破だと翔一郎も美沙もほっとして、白い綺麗げなアンバサダーという車種のタクシーのトランクに荷物を入れて、3人はすし詰めになって後部座席に乗って家路を急いだ。前の助手席にも母は発泡スチロールの箱にどうやら海産物を入れて持ってきてくれたらしい。


「まあ立派な車じゃないの、私はあのオート三輪に乗るのかと思ったわ。
乗ってもみたいし。」

「はいはい、リキシャって言うんだけど、乗せますよ。あとでね。」

「暗いのねえ・・・飛行機からも殆ど光がみえなかったけど、何にもないの?」


「みんな寄るにはいるから見えないんだよ。でもこれで昼間だったらびっくりするかも。
人は住んでいるんだこの辺りも。」

そうこう会話しつつ30分もすると自宅についた。

夜半2時になっていたが、シャンティがきちんと出てきて。

「グッド イブニング マダム」
と、丁寧に新客に挨拶した。

「まあまあ、シャンティさんね。お世話になります。」と日本語で言って

そのあと信子はサンキューを連発していた。

シャンティは例の家出事件以来、さらに真剣に勤めていて、美沙はより一層彼女をこのまま置いておきたくなっている。

翔一郎も今度ばかりはだまってシャンティのいることに満足しているようであった。

数時間を眠らせて、翌朝起きてきた信子は、またシャンティがキビキビと立ち働き
美味しい和定食のような朝食が設えられたのでびっくりしていた。

「美沙さん、これは全て彼女が用意したの?」

「ええ、大分できるようになってます。今日は私もてつだいましたが」と笑った。

信子はこのときは一瞬姑の顔になって

「まあいい暮らしなのね・・」

と、語った。

その後3人でのんびりと町を歩くことにした。

乾燥して埃っぽいが、この冬の気候はデリーは普通の息ができた。

その日はごく近くのホテルで中華調理を食べさせた。

「いきなりインド料理でお腹をやられるといけないからね。」

そう翔一郎が話すと、信子は

「私たち戦時中を生きたものはお腹は強いわよ。」

と強気になっていた。

インド料理も是非食べたいと申し出もあった。

華僑のインディアン中華は美味しいものであった。

ホット&サワースープもエビチリも炒飯も口にあったようで

信子はよく食べた。

ここまでもインドはなかなか良い所であった。

翌日は短い滞在なので、アグラのタージマハールを見学するように

少し高めだが、長距離でも疲れないようにドイツ車のベンツをドライバーごと
借り出した。

長旅だが、クッションがいいので多分母親も大丈夫であろうとの翔一郎の
提案だった。

いよいよタージマハールに赴くこととなった。

タージマハールはシャージャハン王の妻への憧憬が作らせた遺産である。

その大きな心をこのような建造物に託送とした当時のマハラジャの思いを
信子に語って聞かせた。

「なんだか羨ましい話ね。うちはお父さんをそこまであがめてあげなかったかもしれないわ。」

そういってしかし信子はバッグから翔一郎の父の写真を取り出した。

「なんだ母さん、持ってきたのか・・」

「お母さん優しいですね。」そう美沙も続けた。

「いいえ、私をどこへも外国に連れてきてくれなかった恨み言を言うためよ。」

そう信子は照れてそこで記念写真を撮った。

その日はアグラでホテルに1泊して翌日はジャイプールに向かった。


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by akageno-ann | 2008-09-19 14:22 | 小説 | Trackback | Comments(13)
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今日の話題はコンテストに投稿しています。



インドに三年暮らしている間の日々の食生活を支えていたのは、シンガポールで買い求めて空輸した日本食材でした。

お米はネパールに入植された日本人が作ってくれた日本米です。
大きな冷凍庫で保存していました。

インドのカレー料理も華僑の中華料理も大変美味しいものでしたが、
日々のお弁当はやはり日本米を主体に和食が一番精がつく気がしたのです。

20年前のデリーでの暮らしを小説にして書いています。
あらすじは下にあります。

<第207話>
帰国の準備やサーバントのシャンティの解雇問題を抱えているさなかに

片山家に思いがけないニュースが入った。

翔一郎の母、つまり美沙にとっての姑、信子がここデリーへ遊びに来るというのだ。

「え?おふくろがくる?一人でか?」

あまりの意外な話に美沙からのこの話を聞いてすぐに日本へ電話をかけた。

日本とインドの時差は3時間だから、すでに深夜になっていたが、母信子はすぐに電話をとった。

「お袋一人で大丈夫か?結構きつい旅だよ。」

そんな気遣いを見せる翔一郎を美沙はやはり母親思いの一人息子である夫を
少し優しい気持ちでみつめた。

ひとしきり電話で話したあとの翔一郎は困惑した顔で

「この冬休みの家族呼び寄せツアーに乗るそうだ。J社が企画して留守宅に便りを出したらしい・・そんな大変なことしてくることないのになあ・・」

と美沙に告げた。しかし美沙は

「いいじゃない、調度。シンガポールへもお連れしましょうよ。お母さんだって3年間日本でお一人で頑張ったのよ。ここでの暮らしを見ていただきたいし、シンガポールの愉しさも教えてあげたいわ。」

翔一郎は美沙の明るい応対に驚きながらも、女性の強さを知らされた思いがした。

「それから、お母さんにシャンティを会わせたいから、どうかこのまま彼女をここへおいてやってね。」

すかさず提案する美沙のしたたかさにも呆れながらも、翔一郎はほんの少し喜びを感じている己を思った。

『そうだった・・ここでの暮らしを最初から比較的前向きに捉えて生活していたのは美沙だった。そのことに知らず励まされていたのかも知れない。』

とにかく、二人は急遽自分の家族を呼び寄せる計画を煉ることに勤しむことになった。

12月のはじめのデリーはもう気温がぐっとさがり、夜着は布団をかぶるほどだ。

巷の路上生活者たちの中には凍えて命を落とす者も出てくる。

暑さと寒さが極端に違う場所の厳しい現実だった。


母信子は12月20日に日本をたち、夜半デリーに到着する便に乗ることになった。
既に老齢に達しているのから翔一郎はエグゼクティブクラスの席をとった。

飛行機の中で優雅に過ごせればデリーについた時のショックも少ないだろう。

そしてタクシー会社に比較的新しいハイヤーを予約して迎えに行こうと決めていた。

いつもより特別な生活を見せたいという見栄ではなく、あくまでもデリーの良い所を少しでも見ていってほしいという願いからだ。

美沙も嫁としての思いから、寝室の準備を丁寧に行い、シャンティにもサーブ(主人)の
母が来るのだから、丁寧に扱ってほしいと頼んでいた。

そして旅行社と連絡を取り、5日をデリーで過ごしてからシンガポール経由の日本行きの航空券をとってもらった。

もちろんシンガポールへは美沙達の最後の買出し旅行だった。

だが、残すところ三ヶ月である二人にとっては今回は単なる健康管理休暇ではなく、

日本に帰ったらしばらくは出られぬことを考慮しての最後の海外旅行と考えていた。

今までに健康診断や買い物で時間を費やしたシンガポールへの旅を今回は

母信子のために最高の良い思いでとなるであろうクリスマス休暇の旅にしょう、と

心から考えるのであった。

ホテルは日本系の便利のいい場所を指定し、和食を取り混ぜながらもアジアの様々な料理を経験させたいし、シンガポールの短い歴史の中にも日本との戦争を交えた哀しい繫がりがあることも知らせたかった。

思えば母は海外などどこにも行ったことがないのだ。

ふと息子たち夫婦の過ごした場所を自ら知ってみたいと思ったその積極性が美沙には嬉しかった。

そして美沙は、自分たちの過ごしたありのままをできるだけ知ってもらうことが、今後の3人の生活の行方につながって行くのではないか・・と感じていた。

                                            つづく


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あらすじはこちらから
by akageno-ann | 2008-09-18 12:30 | 小説 | Trackback | Comments(13)

第206話 送る

伯父は無事旅立ったと思います。
親戚の中でもとびきり愉しい人だったから、姪や甥達にも
涙なみだで送られました。

おそらくブログを教えてあげたら、愉しくやっただろうなあ・・
だからせめて今日も伯父のことここで書かせていただいちゃいます。

インドに行くことが決まったとき、私がコーラスしたり、シャンソンを歌うのを
知っていて、

「そうか、貴方はあちらでまたそういう機会には歌うんですね。」

ってとても優しく励ましてくれました。
インドに対してほちょっと引き気味の私はその言葉にとても勇気付けられて
あちらでもそういう機会が偶然あると伯父のその言葉を思い出し
積極的に参加しました。

先人の教えだった・・と今さら思います。

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小説を書いてます。



第206話

デリーのインディラガンジー空港に美沙はこの3年間 何度通ったっことか・・・

ふと考えていた。

企業人は学校関係の勤めは転勤が必ず3月年度末と決まっていることに大変
羨ましがった。

それはとても生活設計のしやすい状況なのだ。

企業は会社の事情で突然の異動を勧告される。

勤めている本人だけならまだしも、このような外国に出ていると

家族、とりわけ子供たちは大きな試練を強いられることになる。

就学児童はとにかく転校があった。

インドへの転校も随分と大きなことであったはずだが、この家庭的な100人足らずの
日本人学校は、子供たちはインドの暮らしと共にじきに慣れて楽しんでいたようだ。

「たのしい・・・」

これはとても大切なことであった。

いわゆる根の深い苛めは、おそらくなかったのだ。

日本を発つ前は子供たちはそれぞれの地域の学校で個々の問題を抱えながら
学校生活を送っていた。

子供たちは学習しながらも友達のこと、塾のこと、先生のこと、家庭のことなど
乗り越えながら成長している。

家族が父親の転勤に伴い海外に移り住まねばならなくなったときも
子供たちは不安にかられながらも、まだ一人で生活していくわけにもいかず
また、それほどの思いにいたるまでの年端にもならない。

だから親である人々も大きな不安をかかえながらも新しい土地に子供を伴って赴任し
小さいながらも日本人学校の校舎での生活に子供たちが慣れしたしみ

「たのしい・・」

と、感じているのを知ったときの大きな安堵は計り知れない。

だがまた突然に三、四年で日本に戻らねばならない状況は大人の栄転という
祝うべきことに伴うことであっても、子供はまた小さな胸を大きく痛めることがある。

その様々な思いを見送るインディラガンジー空港のロビーで感じとることが何度もあった。

それは必ずしも学年初めではなく、途中転入だったりしてデリーから日本への移動は
大きな異文化のストレスになることがあったのだ。

学校関係者はその機構上学年末に戻り、新年度から始められる訳であったが、
インドから日本への生活の場の移動は大人でも不安がないわけではなかった。

美沙は翔一郎との間に生まれた心の溝を持ったままの帰国になることに
そう簡単な修復の暇のないこともわかっていた。

しかし、今できることは自分が再び日本で教員生活を始められるか、という点に
しぼって動き始めることにしていた。

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by akageno-ann | 2008-09-15 23:04 | 小説 | Trackback | Comments(9)

第205話

私事ですが、気のあった伯父が亡くなりました。
88歳です。天寿全うと言っていいですが、晩年は話ができなくなってしまい
寂しいことでした。
5年前にあの元気な伯父が自転車で転んで脳挫傷を起こし、会話ができなくなりました。

義理の関係ですが、大変若者を可愛がってくれる人で、しかも人生に前向き。
我々がインド赴任のときにも一番喜び、暇なら飛んできてくれたであろう人でした。
当時は大変忙しい出版関係に勤めていてそれは叶わぬことでしたが
退職後は旅を趣味としてあちらこちらへ出かけていました。

第二次世界大戦で中国大陸に派兵され、生き残った戦友たちとの交流も熱心に行っていました。もっともっと話を聞いておきたかったのですが・・しかし、私の聞かせてもらった話は大事に記録していこうと思います。

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小説を書いてます。あらすじは下にあります



第205話

シャンティの夫婦の問題は結局片山夫妻の問題であった。

三年目のもうすでに帰国間際のこの時期にきて、サーバントのない暮らしはひどく困惑するものであった。

だから、シャンティが戻り、その夫が出て行ったことでことは解決したのしたかったのは美沙で、翔一郎は納得していなかったのだ。

翔一郎の方も使用人に関しては大変な仕事を担っていた。

学校のスクールバスはインド人スタッフでそのスタッフを日本人の教員が代わりばんこに行うが、そのときの人を使う基準にそれぞれに異なりがあることを知ったのだ。

特に人種が違い、言葉が違い、立場の大きく違うこの国で、翔一郎が最も苦慮したところだと思っていた。

そのことは美沙に話したとしてもおそらくはあまり理解はできなかったであろう。

また家庭のサーバントについては美沙に任せていたので、このような事件が起こると
妻の考え方も気分とは異なるものがあると、ずっしりと感じられた。

翔一郎は学校でもサーバントの厳しいと言われていた。

ドライバーによってはガソリン代を少しずつごまかすものもたまにあった。

それが度重なれば注意し、ひどい場合は退職勧告をしなければならない。

またさぼってしまうものは厳しく叱責しなくはならない。

だが、その叱り方や辞めさせる行為を已むにやまれぬ思いで行ったとしても
周囲の日本人に冷徹さを感じさせて理解されない場合があった。

二年目の冬にバスの運転手を一人辞めさせた。
あまりにバスの故障が多く、メンテナンスが全くできないBという男を翔一郎は辞めさせた。

そのことで帰国まじかの、その男を三年間使ってきた教員に恨まれた。

だが、新しく採用したAは大変熱心な男でしかもメカに強くBと同じバスのメンテを見事に行ったのだ。

3年目はそのことが大変功を奏して、学校の教員間も上手く運ばれていた。

だがまたここで家のなかのごたごた・・このシャンティをそのまま次の新任者に引き継ぐわけにはいかない・・とそう頭を悩ませていたのだ。

あらすじはこちらから
by akageno-ann | 2008-09-13 07:00 | 小説 | Trackback | Comments(21)

第204話 話し合い

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小説を書いてます。あらすじは下にあります



第204話

美沙の家のサーバントのシャンティのごたごたは簡単には収まらなかった。

日本人学校の家族、とりわけ夫人たちの話題の中心になってしまっていた。

「この期に及んでサーバントがいなくなるのは不幸なことですねえ」

校長夫人が困惑していた。
今日は月に1度のメンサーブ会といって、学校教員夫人の会がもたれている。

デリーの暮らしの支えとも言うべき会で、様々な暮らしの不都合や悩みを
話す場であった。

もちろんあまり個人的な内容はそれぞれの友人同士で話されたが、ことサーバントの
問題などはこの場で支えあって解決していた。

「シャンティはいい子だと思ったからことさら残念ね。」
と、平田よう子も声を落とした。

「ところで事の真相はどうなの?美沙さん?」

校長夫人が美沙に話を向けた。

「ほんとにご心配おかけして。
でも真相はわからないのです。シャンティは夫の浮気といいますが、実際外泊したのは彼女ですし。夫婦のことは立ち入れないのと、言葉の壁もあります。オーナーのマダムが間に入ってくださってますが、彼女はシャンティを可愛がってくれてますので、私のここでの暮らしの最後までは置いていい、と言ってくださいました。
多分ですが、シャンティの言い分を尊重してのことだと思います。」

それを聞いて、他の夫人から

「それは珍しいことではないですか?
インドでは問題を起こすとかなり厳しく切りますよね。」

「片山先生とオーナーは上手くいってるんですね。」

美沙はそれに応えた。

「多分最初のロージーの問題で私がオーナーの意向通りにすぐ切ったからだと思うの。
今回は帰国目前ですものね。気の毒に思ってくれたんでしょう。」

デリーはそう簡単な生活の場ではないが、逆に妙に適当にできる面も持ち合わせていた。
三年目になって、美沙はそのデリーの気質を知ったのか、問題がおきても昔ほど神経質にならずにすんだ。

ここでの話し合いは結論はなかったが、結局片山家の問題はそちらでよしなに・・と
いうことに落ち着いた。
しかし多分、格好の話のネタになっていることは間違いなかった。

目立ちたくはないが、何かとお騒がせが片山夫妻であり、現実に夫妻の間も
この問題でギクシャクしていた。

翔一郎は美沙がシャンティを庇ったことが気にいらなかった。

「シャンティだってあやしい者じゃないか?」

そういう彼の見方は男としての見方だと、美沙は少々軽蔑した。

                                          つづく


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小夏庵
こちらも是非お立ち寄りください。

これまでのあらすじ
by akageno-ann | 2008-09-09 09:40 | 小説 | Trackback | Comments(20)

第203話 日々草

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日本の夏を一生懸命彩ってくれた日々草でしたが、この写真はデリーのものです。

夏から冬にかけてこんなに立派に咲いていました。

気候に順応する花たちの強さにも感動します。

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第203話

インドの恋愛沙汰はそう珍しいことではなかった。
戸籍というものがしっかりしていない社会だけに低層社会の男女の問題は
どうしても複雑になりかねない。

だがそんな中にもシャンティのように静かに誠実な家庭を築いている者はたくさんいた。
カバリというごみ収集の男も相変わらず汚い格好で毎朝台所を回ってくるが、

休日に集金に来るときは必ずこざっぱりとした服装で次第に大きくなっていく
息子とむつまじく現れる。


三年目になってすっかり長男が母の代わりを勤めるようになった木陰のアイロン屋の親子は父親の姿を見たことがないが、可愛い二人の娘は綺麗になって小柄な母を手伝っている姿も、まったく変わることはなかった。

だが、美沙の家のサーバントのシャンティが現れなくなって3日が過ぎた。

その3日はまるで1週間にも感じるほどで、美沙の心は塞いでいた。
シャンティの夫は美沙の家のクオーターから自分の職場の二流ホテルに通い
子供たちは彼の母親が同居していたので問題なく面倒をみていた。

しかし下の子供は母親のいないせいであろう、いつもより泣く声が聞こえた。

美沙はどうしたものか?とオーナー夫人に相談に行った。

「シャンティのことはご存知ですか?」

オーナー夫人は年配の心優しい人だが、サーバントに関してはインド人らしく厳しかった。

「聞いているわよ、しかしあの子が他所の男と駆け落ちするようなことは考えられないわね。
美沙もう少し様子をみたいでしょう・・うちの子を買い物に使っていいから・・」

と、さすがに彼女もシャンティを気に入ってくれていたらしく優しい言葉がありがたかった。

その午後、同期の学校教員夫人山下文子が現れた。

「片山さん、大丈夫ですか?平田さん(ようこ)から聞きました。シャンティがいなくなったの?」

美沙は思わず笑って・・

「いやさすがにニュース早いわね・・そうなの・・どうしましょう?」

平田よう子は心配しながらもきっと面白がっているだろうと思いつつ
本当にこうして心配して山下文子を派遣してくれるのだからありがたいことだった。

「うちのミミーを貸しますよ。もう今さら新しい人も大変でしょう?」

平田家にはメインのコックのサーバントと子供たちの子守のアヤがいた。
そのアヤがミミーであった。

「ミミーちゃんを貸していただけたらありがたいです。そちらは大丈夫なの?」

「ええ、うちの子供たちも大きくなったから彼女は暇なのよ。
でも次の先生方にお子さんがいらしたらあの子を手放してしまったら
もったいないですもの。」

さすがであった。立つ鳥は次のここでの生活者のことをきちんと考えてあげているのだ。

「うちはほんとにこれでどうなるのかしら?」

他人事のように言うしかない美沙だったが

「まああと少しこのまま待ってみようと思います。今週は大丈夫ですから
もしそれでもシャンティが戻らなかったら是非力を貸してね。」

そう文子に感謝した。


その夕方、シャンティは子供と一緒にこっそりと美沙の家のキッチンに現れた。

シャンティ
恐らく今までで一番大きな声で美沙は彼女を呼んだであろう・・

「マダム、スミマセン。私は決して子供を捨てたりしません。」

そういいながら彼女は泣いた。

「そうよね・・わかるわよ。どうしたの?」

「夫の方が仕事場の女性と浮気したんです。だから私は妹の主人に迎えにきてもらって
しばらく家出しました。」

「そうだったの。で、ご主人とは仲良くやっていけるの?」

美沙は彼女の言うことを信じた。

そこへ夫の翔一郎が帰ってきた。

シャンティ

同じように彼が叫んだら、シャンティが恐れおののいた。彼女はここの主人を畏れているのだ。

「何をしてたんだ・・・」

翔一郎を制して、美沙はここは女同士で話させてくれ、と頼んだ。

翔一郎は不機嫌に引っ込んだ。
                                            つづく


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by akageno-ann | 2008-09-06 17:29 | 小説 | Trackback | Comments(19)