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小説 その15

ひまわりのような人
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                                                      タイトル画 M.N
その15

久しぶりに訪れた店に友人の夕子と黒田を案内しながら、恵子は遠い記憶を呼び起こしていた。

そんなことのために、ここに二人の恋を後押ししようと招いたのではないはずだが、恵子は自分自身の中の退屈な部分を埋めようとしていることに気づいてしまった・・

『夕子の幸せをこころから祈っているのだから・・これくらいの妄想は許してもらおう』

そんな風に思いながら通された部屋に座った。

「なんだかキョロキョロしてしまうわ・・探検できるのかな?」

夕子はこうした新しい雰囲気の店に来るとつい気持ちが弾んでしまう。

黒一点の黒田は・・静かに夕子を見ていた。

そんな仕草が恵子のかつての憧れていた男のことを思いださせた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あの頃、自分はなんという現実しか見られない情けない子供だった・・と

その時突然に後悔がよぎった。

部屋に通されるまでにもった期待感とは裏腹に身持ちの固さを相手に知らせることに終始してしまった恵子の若かった失敗の時間がこの空間にはあった。

結婚というものを神聖なものと考えていた古い考え方・・古いとはそのときも実はわかっていたのだが、それが良い女の条件だと勝手に思っていたこと・・・

しかし今は・・とても馬鹿らしく感じてしまっていた。

夕子は自分と同じく中年の女なのに、今こんなに若々しい・・

結婚して子供を持って育てて、家庭を作ることに優越感を感じていた自分に・・一瞬で嫌気がさしたのも偽らざる気持ちだった。

今夜はとにかく裏方に廻ろう・・

そうこうしているうちに部屋には炭火が赤々とした火を焚かれて運ばれ、大き目の笊に形良く盛られた飛騨牛や季節の野菜、山女の串刺しまでが賑やかに食卓を彩った。

最初の突き出しは皆美しい竹細工の器に盛られている・・

話をするより、皆この場所の雰囲気と料理を堪能してしまう・・

これもまた一興なのだ・・
by akageno-ann | 2009-08-30 00:04 | 小説 | Trackback | Comments(4)

小説 その14

ひまわりのような人

その 14

その店は東京郊外の多摩西部という位置に既に400年以上の歴史を携えて存在していた。

広大な敷地は高低を上手く利用して散策させるように店の一部屋一部屋に繋がっていた。

元はこの辺りの大きな庄屋の家で、藁葺き屋根に黒光りする床柱をそのまま生かして、炭火焼の料理屋に設えてからも40年は過ぎている。

恵子もこの店と出会ってから既に25年を有に越えている。
三十年前に初めてこの店を訪れたとき、それは今でも胸が締め付けられるような深い思い出があった。

恵子は大学入学直後の春、この店に一人の年上の男の車でこの店を訪れた。

駐車場前の萱門の両脇には松明が焚かれ、足元にも小さな篝火が道案内のように入り口玄関まで灯されていたのだ。

ふとこれからおこるこの会食は一つの愛情が育つ兆しなのか・・・ほのかな妖しさを秘しているようだった。

幽玄というのはこういう雰囲気をいうのかもしれない、若い恵子は胸をうたれる様な思いでその場に佇んだことがあった。


その場所に久し振りに友人二人を連れて訪れている。

秋の気配の涼やかな宵だった。

二人をB駅でピックアップして、高速道路をほんの少し飛ばして日の出インターという出口を降りた。

この圏央道という高速のインターができてから、恵子の行動範囲はまた少し広がっていた。

都心に住む友人たちを鄙びた場所に誘って喜ばせる、自分はすっかり水先案内人になって優越感に浸る・・・そんなささやかな楽しみが恵子を日常の憂さから解放していたのだ。

そして今夜はそこに、同期生の田部夕子と黒田保夫を誘っていた。

松明は昔と変わらずに夕暮れの萱門の両脇にかかげられて、夕子を感動させていた。

「まああ・・なんて素敵な場所なの・・・恵子は良いところ知ってるのね~~」

保夫は黙ってそれを見上げ、静かな笑みを湛えている。

「たまには田舎もいいでしょう・・都心のお洒落な場所を知り尽くしている貴方たちを喜ばせるために考えていたんだけど、意外にここは私のお気に入りの場所だったのよ・・」

足元の篝火に導かれて、三人はゆっくり入り口に向かった。

どの部屋にもほんのりと温かい灯りが灯されていて、夕餉の準備が整えられているようだった。

c0155326_0204781.jpgつづく

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by akageno-ann | 2009-08-27 15:15 | 小説 | Trackback | Comments(2)

小説 その13

ひまわりのような人

その13

田部夕子はその電話を切って、珍しく心が弾んでいるのを押し隠すことができなかった。

昼休みの終わり近くに、恵子からの携帯電話だった。

「タコ、今いい?」
「ええ、なあに?」夕子は恵子の声に気のない返事を返していた。

「今、きっとそばに人がいるでしょうから・・・返事だけしてほしいの。」
「・・・・・・」


「あのね、黒田君が連絡してきたの、貴方に会わせてほしいって・・」
「え?何故?」

「それは会いたいからに決まってるのよ・・ね、どう?私が献立るから乗ってね!」
「また、貴方は何か企てるのね・・」

「いいじゃなあい・・一緒に会うくらい・・詳しいことはまた連絡するから、できたら来週の土曜日、空けておいて・・もちろん夕方から・・ね・・」
「ちょっとまって・・」と、いいつつ、その日は別段予定はない夕子だった。

「先日会ったときに・・土曜日は本当に休日にしてるっていってたわよね・・」
「そうだったわ・・」
力なく、従った夕子だったが、心は思いと裏腹に浮き立ってきている。

黒田保夫のことは三ヶ月前から学生時代の気持ちに戻ったような思いで心の奥底に置いてあった。

保夫は40代になって、なかなか風格の良い男になっていた。
高校生のときは痩せて、神経質そうな雰囲気が印象に残っているだけだった。

それから二十数年を過ごして再会した同期会での黒田は夕子を見て、明らかに心ときめかせていた。

男の方がそういう感情は素直で、表情に表すが、女は割りにそっけない風を装ってしまうことが多いものだ。

互いにその場で独身であることはわかったはずだが、夕子は恵子の力添えなしには何も進行しないのだ、と夕子は情けなく己を笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

恵子はその夜きちんと電話をしてきた。

忙しいであろう昼下がりに携帯にかけたのは、夕子に有無を言わせないための作戦だったという。

こんな年齢になるとどうしても恋愛沙汰を億劫がるだろうと、恵子は押しの一手に決めていた。

「場所なんだけど、古い庄屋を炉辺焼きの店に改装したなかなか風情のある処なの。
うちから車で30分ほどなんだけど、黒田君も貴方も最寄のB駅に午後5時に来てほしいの。私が車で迎えに行きます。」

あの大人しい主婦だと思っていた恵子はてきぱきと計画して説明し、その彼女の敷こうとしている路線にまんまと乗せられようとしている社会人が受話器を握って苦笑していた。

c0155326_0204781.jpgつづく

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by akageno-ann | 2009-08-22 21:47 | 小説 | Trackback | Comments(7)

小説 その12

ひまわりのような人
その12

久し振りの心躍る会食をいったいどこで行おうか・・と 堀田恵子は愉しく頭を悩ませていた。
友人 田部夕子と高校時代のクラスメート黒田保夫を引き合わせる・・・
そんなお節介な役割を自らが買って出たのだ。

運命的な何かを感じてはいたが半世紀を生きてしまった人間同士が素直な気持ちになれる場所はどこか・・思案にくれている。

夕子と保夫は都心に勤務しているのだから、金曜日などだったら恵子が都心に赴かねばならない。ここは休日のランチにしてもらって、そのあと二人に任せて自分は退散すればいいのだ・・など考えていた。

しばらくあまり男性と食事などしたことのなかった恵子はちょっと気負っていた。

フランス料理では堅苦しいし、男の人はあまり好まないかもしれない、見合いではないのだから、などと独り言のようにぶつぶつと言いながら家事をしていた。

傍らで掃除の手伝いをしていた娘の沙耶が

「お母さん,どうしたの?さっきから独り言を言ってるけど・・」
と、問うた。
恵子は『しまった』という風に舌を出して、

「実はね、ちょっと改まった昼の会食の幹事をしなくちゃならないのよ。
そうだ中村さんは貴方をどこかお洒落なところへ連れていってくれるの?」

そんな風に水を向けてしまった。
沙耶はちょっと喜んだように
「ええ、素敵なお店知ってるのよ。でもあまり高いところではなくて、庶民的で美味しいところなの。」

「へええ・・そうなの・・どこが良かったの、沙耶ちゃんは・・?」

「表参道のイタリアンかな!とても良い味で落ち着ける地下の店だったわ!」

どさくさに紛れて娘の付き合っている様子を聞いてしまったが、そんな場所にするのも気がひける。
話はかるく流して、二人は掃除を終わらせることにした。

「沙耶ちゃん、いつもご馳走になってばかりではだめよ。そうね、今度家に連れていらっしゃい。」

恵子はどうしたことか・・友人と娘のそれぞれの恋愛について手出しを始めてしまったようであった。

しかし、夕子と保夫と出会う場所は、やはり気楽なところにしようと、心が決まった時点で恵子は夕子に電話を入れた。
                                               c0155326_0204781.jpgつづく

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by akageno-ann | 2009-08-20 00:18 | 小説 | Trackback | Comments(10)

小説 その11

ひまわりのような人

その11

田部夕子は日々の煩雑な中でほんの少し湧き上がったロマンスを忘れ去ろうとしていた。

結局同期生Kからのアプローチは三ヶ月たっても何もなかった。

会社の中でもすっかり大御所扱いされているので、体よく若い者たちに驕らされるのがおち・・という たまの会食で気分転換するくらいが関の山だった。

しかし一人暮らしもこのままにしておけない事情が次第に濃くなってきた。

夕子の両親は二人で暮らしていたが、五年前に軽い脳卒中を起こした母親の手助けはさすがに共に老いている父親だけでは心もとなくなってきていた。
父親は「大丈夫だよ」
とは言うが、実際実家に行って、その様子をみていると、台所の散らかりようなど日を追うごとにひどくなっていたのだ。

毎回の食事の管理もこれはかなり大変だと、もう見て見ぬふりはできなかった。

一緒に暮らすにはその子供たちの中では、今のところ夕子が一番問題は少なかった。

職場も地下鉄1本でいけるし、最近は残業も減っている。

この時勢を見れば、マンションの家賃もばかにならず、そろそろ夕子自身の老後を考えても親と一緒に住むことが良さそうだった。

兄弟もきちんと話をしようということで、夕子が親の面倒をみてくれれば、財産分与は放棄すると言ってきていた。

財産・・だがこのとき漠然とだが、この両親もまだまだ長生きで、自分たちの生活にその財産も少しずつ切り崩していかねばならないのだ、ということも夕子は気づいていた。

また、親の面倒を見られるというのは意外に嬉しいことなのだとも思えた。

だれに気兼ねするでもない、自分と両親との歴史というものは長く貴重なもだったのだから、親の余生を共に暮らし介添えできることは幸せだと気づいていた。

しかしそんな頃、夕子の運命が変わるような出来事が起ころうとしていた。

そのK君が堀田恵子に電話をかけてきたのだ。

「ちょっと相談に乗ってもらえないかなあ?タコのことなんだけど・・」

率直にでも遠慮っぽく電話の向こうで話すK・・黒田保夫。
40を過ぎた独身の男が恋愛話を持ってくる。
恵子は自然に心が昂ってくるのを感じていた。

「何・・会わせてほしいのね・・いいわよ!お安いご用!」
きっぱりと請合った。
                                   つづく

写真は友人の三歳のお子さんが私の為に描いてくださった「ひまわり」

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by akageno-ann | 2009-08-17 17:45 | 小説 | Trackback | Comments(6)

小説 その10

ひまわりのような人
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その10

堀田沙耶は中村宏を愛していると感じていた。

初めて大人の恋をしていると心は浮き立ち、四六時中 宏のことが頭から離れなかった。文学部なので授業中もそういう恋愛の妄想に浸ることは容易だった。
ましてや彼女の卒業論文は中世の能の中でも鬘物(かずらもの)という女ものを取り上げていることが多かったのだ。

縁起の良い「羽衣」などもその一つだが、美しい女性を描く内容のものだ。

恋愛は時としてやる気に拍車をかけるが・・ひとつ間違えると邪魔になってしまうこともある。

恵子の時代は比較的恋愛が地味だったから先ずは学業優先という雰囲気の中で過ごせたが、今は自由な時代 学生生活も上手に単位をとってしまっていると、暇な時間が随分あるようだった。

しかし、沙耶の付き合い始めた中村宏が年上の社会人のせいなのか、先ず沙耶に学業優先を唱えているらしい。

自分とつきあうことで学業が疎かになった・・などということになれば即刻この付き合いは消滅することをさすがに本人が一番知っているようなのは助かる。

日を追うごとに綺麗に成長しているような娘の様子が眩しくなってきた。

「沙耶ちゃん、どんな将来を考えているの?」
と、ある夕食の片付けのときに手伝っている沙耶に恵子は尋ねた。
「どんなって、しっかり就職するわよ。教職もしっかりとるし、来年は公務員試験を受けます。」
そう沙耶はきっぱりと答えた。
沙耶のこの成長振りはまさしく中村宏の存在のせいだった。
「結婚のことはどう思ってるの?中村さんと結婚を考えるにあたって貴方は年の差はどう思ってるの?」

「お母さんは反対?年の差は気になるの?」

「う~~ん、世間一般のように反対ではないけど、ただね今は気にならない年の差は貴方が年をとる時に感じるものであるから・・それは言っておきたいの。」

恵子は続けた。

「だって貴方が50才のときにお相手は65歳よね・・それはどういう感じなのかわかる?」

しかしその問いに意外にも沙耶は考えたことがあると答えてきた。

「中村さんは今私と結婚しなくたって、だれかと結婚して子供を持つときやはり高齢での子育てよね。でも私が若い分その若さと言う点で役にたつと思うわ。そして私が無知な部分をたくさん補ってくれるのよ。」

その即答には恵子はちょっと驚いて見せた。
娘沙耶の成長を喜んでやりたくなったのだ。

                                    つづく

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by akageno-ann | 2009-08-14 12:32 | 小説 | Trackback | Comments(7)

小説 その9

ひまわりのような人
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その9

田部夕子はあの日以来、自分のこれからの身の振り方について気になっていた。
これまでは一人での生活に優雅さを感じても孤独さに浸ることはなかったのに・・

堀田恵子と飲んで話したその日から、恵子のいう高校時代の同級生K君の存在を意識していた。
『50才近くになって昔の恋を意識するとは全く、私も何を血迷っているのかしら?』

実際夕子自身驚いている。しかし実はその前にあった同期会でKの存在は少々気になることがあった。
その会は貸切のアイリッシュバーで二次会が行われたが、カウンター席に座っていた夕子にKが一度だけカメラを向けたことがあった。

夕子が
「ひゃ~~写真はやめて~~~独り身はあまり慣れてないのよ・・」

と、おどけて言ったときのKの反応があまりに目が輝いたことだった。

「まさか~~ほんとかよ?」
と、だけ返してきて、そのまま他の人の方へ行ってしまったが・・

その時はさほど心に留めなかった出来事が、こんなにあとになって思い出されるとはどういうことか・・今さら高校時代の友人との出会いが再燃することがあるだろうか・・

そう思っただけで心がくすぐったくなった・・

夕子には兄弟があったがそれぞれに両親の家から離れて暮らしていた。
兄も弟も夕子が一人身なのをここへきて有り難いことと感じているようだった。

それぞれの家族構成に新たに両親をいれることはなかなか不都合があると感じていたので、夕子が両親と暮らしてくれれば好都合だった。

しかしなかなかそう簡単にはことは進まないのが世の中だ。

まだこの時点で夕子が結婚すると決まったわけではなかったが、夕子の人生はちょっと方向を変えつつあることを神だけはご存知だったようだ。

堀田恵子は自分の娘の恋愛については頭が痛かったが、友人夕子のこれからの恋については小悪魔的な気持ちで様子をみようとしていた。

そのことが、おそらくこれからの娘沙耶の将来にも役立つことがあるようにも思い、少し打算的な己を感じて背筋が寒くなった。

自分にはもうない恋の体験をもしかして他人の体験で楽しもうとしているのではないか?と考えるとその邪悪な気持ちを抑えなくてはならないのに・・どこかで愉快さを感じているということを知ってしまっていたのだ。

つづく

写真は友人の三歳のお子さんが私の為に描いてくださった「ひまわり」

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by akageno-ann | 2009-08-12 20:38 | 小説 | Trackback | Comments(4)

小説 あの8

ひまわりのような人

その8

沙耶は以来父親には秘密でときどき中村宏に会うようになっていた。

親に秘密にするということが恋愛感情を高めているようにも見えたが、中村が父親の部下であるということは、母親の恵子にとっては少し安心材料になった。

女同士というか、母親の勘というか、恵子は中村と娘沙耶の交際はすぐに察知できた。

息子の彼女のことも心配でないこともないが、不思議と娘のことの方が気になるのは同性だからなのか。

恵子が焼き鳥屋で友人夕子と飲んだ夜も沙耶は中村宏と食事して帰宅していた。

母親が遅いことを知っていたので、態度も自然リラックスしていた。

少しアルコールが入っているようだった。

「飲んだの?中村さんと・・」

悪びれることもなく沙耶は
「うん、お食事ご馳走になったわ・・」

「そろそろお父さんに話しておかないと、わかったらきっととても嫌な思いするわよ。」
沙耶はそういわれてちょっとはっとしたようだった。

「お母さんは中村さんのこと許してくれてるよね?」
そう言われて、恵子は真顔になって答えた。

「沙耶ちゃん、貴方は結婚のことを考えているの?中村さん貴方より一回り以上年上よね!単純な恋人としてのお付き合いなのかしら?」

「結婚のことなんか、まだ何も言われてないもの。大学をきちんと卒業しなさい・・って言ってくれてるし・・」
「大学を卒業したら本格的に付き合おう・・ってことなのかしら?」

「わからないけど、でも中村さんは私のこととても大事にしてくださるわ。」
心をすっかり一人の年上の男に奪われている様子が恵子には伝わってきた。

自分も初めての恋は年上の人だった、と思い出していた。
恵子の場合父親が高校時代に亡くなっていたので、余計に父親の印象を求めていたように今振り返る。

しかしあの頃、そのような年齢差のある交際は世間であまり認められないような風潮にあった。
あのとき結婚できなかった相手の様子は実家の近所の人だったから、今も消息はわかる。

いつかばったり再会したこともあった。

気まずさも思い出すが、懐かしさのほうが先にたった。

「恵子ちゃん元気そうだ・・」

とその人は眩しそうな目をして言ってくれた。
還暦を越えたような年だったと思うが、若々しかった・・

「お母さん、応援してよね・・・」

沙耶が懇願するように言ってきて・・はっとした。

「中村さんのこともう少しいろいろ教えてよ・・」

そう言ってその場を凌いでしまった。
                             つづく

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by akageno-ann | 2009-08-10 12:52 | 小説 | Trackback | Comments(2)

小説 その7

ひまわりのような人

その7

堀田沙耶は20歳になったばかりの大学三年生である。

男の兄弟に挟まれているせいか女らしさよりも男勝りな性格がある、と母親の恵子は感じている。
兄弟の面倒もよく見る代わりにミニ母の立場も取得していて、時には元祖母の恵子に対して手厳しい批判もする娘だった。

だが最近妙に優しさが出てきた、と母の直感で感じている。

沙耶は恋をしている。

しかも相手は夫の部下だ。

夫 堀田紘一郎は大手エレベーター会社の営業で部長になって三年がたった。

管理職になってからは久しくて、仕事は忙しいのに残業手当はつかない、という状況は本来かなり厳しい生活を強いられるはずだが、父親と同居であることが随分と家計を援けられている。

しかし長男の大らかさか、そんなことで実の父親に負い目など感じることもなく、一緒に住んでやっている、という姿勢は最初から崩れていない。

だから、会社の同僚 部下なども年に何度も招いては妻恵子の手料理を食べさせることを一つの管理職としての面目を立てる機会にしているようだった。

そんな中に30代半ばの中村宏がいた。

中村は独身で気さくな人柄で、客の中で自分が年下と言う立場にあると、自ら配膳や酒の調達など進んで行い、恵子の立ち働くキッチンに気安く入って手伝った。

堀田の家は来客は家族総出でもてなすと言う風にしているせいか、家にいる子供たちも良く手伝わされた。

大きくなった男の子たちはさすがに照れて、あまり客の前には出なかったが、娘の沙耶は進んで客の接待をするようなところがあった。

料理にも興味があって、前菜やデザートなどは最近では沙耶の担当と決まっていた。

あるとき、彼女の作ったゼリーが美味しいと、その中村が一人で三人分も平らげたことがあった。

最初は冷やかしのように

「沙耶ちゃんのような人がお嫁にほしい・・」などと言っていた中村だったが、

年はかなり上でも独身であることは間違いなく、結婚相手を物色中であったのだ。

親の立場の夫も、最初冗句ととっていたのだが、意外にも沙耶の気持ちが動いているのにある日恵子が気づかされた。

それは、沙耶が大学の帰り道、池袋の大きな本屋に立ち寄った時、ちょうどエレベーターの修理の問題でそのビルに派遣されていた中村が沙耶を見つけて、声をかけたことがきっかけになったのだった。

その日、帰宅してすぐに沙耶は
「中村さんに会って、お茶をご馳走になった。」

と、報告があったのだ。
                                    つづく

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by akageno-ann | 2009-08-09 01:17 | 小説 | Trackback | Comments(4)

小説 その6

ひまわりのような人

その6

堀田恵子が家に帰ったのは夜の10時半のことだった。

家の灯りはほの暗くて玄関の防犯灯も点け忘れている。

夫や子供たちは自分の帰宅時にこんなに暗かったら不安がるだろうに、人の為に電気をつけておこうという気遣いがほぼないのが寂しかった。

まあそんな風に家事全般についてあまり手伝わせなかったことは恵子自身の指導不足なのだが・・・

しかしその夜、夫も娘も帰宅していず、末っ子の貴と舅の二人だけだったのに驚いた。
キッチンの流しは夕食を食べた二人がそれぞれに片付けたようでさっぱりとして綺麗になっていた。
舅の居室の外から

「お父さん遅くなりました。今戻りました。」と言いつつ扉を開けて挨拶すると
テレビに見入っている舅が振り向くこともなく、
「ああ・・」と返事をした。

恵子は
「貴と食事されたのですか?」と聞くと

「貴は急いで食べて部屋に入ってしまったよ。他の者は誰も帰ってこん。」
予定通りといえばそうなのだが、昨日からこの年寄りが一人になることを他の皆に話しているのに、この有様はいったいどこに心が存在するのだろうか?と恵子は少し哀しくなった。
この家庭の唯一のまとまる場所だったはずの食卓が最近崩れ始めている。

子供たちの成長と共に食事時間がまちまちになってきたのを許したことがいけなかった、と恵子は省みる。

そして舅が全くアルコールを受け付けない性格であることも実の親子である夫との距離ができてしまった要因になっている。

恵子自身はずっと子供や舅に合わせてアルコールを口にしなかったが、外食時にちょっと嗜む程度のワインなど美味しく感じるようになって、最近は帰宅の遅い夫の晩酌に少し付き合うようになっていた。

そして更年期の症状のあらわれなのだろうか・・
夕刻食事つくりの時間になるとやる気が失せたり、眩暈がしたりするようになって、ほんの少しのアルコールを口にすると心が軽くなることを覚え、家族にも話してワインやビールを少し飲むことが増えてきた。

おそらく最初は舅は理解できないことだったと思うが、恵子自身が明るく家事に携われるのをみると次第に許容しているのだった。

しかし恵子にはだんだんとアルコールに強くなっている自分を感じていた。

その頃夕子や友人たちと飲む機会ができ、益々と解放される自分の心を感じているのだった。

末っ子の貴の部屋をノックすると低い声で「はい!」と返事が返ってきた。

「どう、おじいちゃんと食べたの?悪かったわね・・」

「いいよ、おじいちゃんが片付けてくれたよ。」

「そうなの・・勉強はかどってる?」

「うん、宿題難しくてきついけど、あとでお姉ちゃんに聞くよ。英語だから」

そんな貴との何気ない会話が今夜は恵子の心を救ってくれていた。

「夜食もってくるね・・ミスドのドーナツだけど・・」

「うん!」

男の子はこの返事で結構喜んでいるのだということがわかる。

まだ我が家も最後の砦は壊れていない、とそのとき安堵した。

やっと娘の沙耶が帰宅したようだった。

                                      つづく

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by akageno-ann | 2009-08-07 18:32 | 小説 | Trackback | Comments(5)

かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。


by ann