<   2010年 11月 ( 15 )   > この月の画像一覧

小説のプロローグ的な部分が今日のno.12で終わり、いよいよ佳境に入っていきます。
内容は様々な病気を題材にします。
しかしそれは病気と闘うという話ではありません。
病気の人もその看護をする人も同じように進む「生きる」ということを考えていきます。
これからもよろしくお願いします。

小説の最初はこちらから→☆

かけがえのない日本の片隅から LIVE no.12

直子は気に入ったドレスを買ってもらい、母と一緒に楽しいティタイムを過して、幸せいっぱいで帰宅した。

帰りにいろいろな食材を母がデパートの地階の食品売り場で調達するのも楽しくて、
「あれが食べたい、これがいい」などとわがままも言えるその時代を 直子はずっと後になってひどく懐かしく思うことになる。

娘時代はだれにも平等にあるのだが、その期間はまちまちだ。

充実した日々のあとに急にどん底に突き落とされるような思いをするなど、誰も最初は全く思うことはない。
もちろんもっと大変な思いで小さなときから生きている人々も少なくはないが、義務教育の間まで親にしっかりと保護されて過した者が多い中で、直子は高校生に無事なって 幸せな音楽学生生活を続けていた。あまり賛成でなかった周りの者たちも直子の熱心さに打たれ、協力的な気持ちを寄せるようになったのを感じていた。

音楽を続けるのは経済的な豊かさももちろん必要なのだが、一番大切なのは絶大な心の支援者と良き指導者だった。

指導者には恵まれた。偶然のように授かった学校での指導教官の指導は素晴らしいものであることを習っている直子が直に感じることができたのだ。

その人の感性についていきたい、と思えたことはそれからの直子の人生に大きな支えになった。

だが、直子は母親とまるで姉妹のように仲が良かった。
どんな素晴らしい大人に出会っても、母が一番だった。

祖母のことも好きであったが、母のように頼りにはできなかったし、しようとしていなかった。

叔母の悦子は母の次に好きだったが、看護士という仕事がハードなので、最近はあまり会えなかった。

だが、母になにか異変があったときは、もちろん最初に頭に浮かんだのは 叔母悦子だった。

そしてその夜、遅く 風呂に入っていた母牧子の異変に気づいたのは、その娘直子だったのだ。

                    LIVE  プロローグ 12 章 了

   次回よりさらに物語はつづきます。 →→☆
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。


c0155326_21143545.jpg

クリスマスの装いの Sucre-en-Rose に行ってきました。小夏庵へ→☆

c0155326_2316327.jpg

この子のブログへもどうぞ・・
by akageno-ann | 2010-11-27 21:10 | 小説 | Trackback | Comments(4)
小説を書いています。

小説の最初はこちらから→☆

かけがえのない日本の片隅から 「生きる」ということをテーマに書かせていただいてます。

LIVE no.11

その日は暑い夏が一区切りついて、直子の高校2年の夏休みが終わりに近づき、9月の文化祭で弾くピアノの連弾の練習を熱心にしていた。

曲はドビュッシーの小組曲「小舟にて」など有名な曲があり、その美しい旋律に直子は心楽しい中での緊張感を保っていた。

その日は、母とピアノ演奏のときのドレスを都心のデパートに見に行く約束をしていた。

母はこの衣装決めを楽しみにしていた。

直子が少し困ったのは、その頃になって母の趣味と自分の趣味が異なっていることだった。

直子はシンプルで地味目な色合いのスカートの裾の広がらないものを好み、母はふんわりした、ジョーゼットの明るい色を選ぶのだった。

新宿のT百貨店が品揃えが多い、ということで、学校での友人との合わせのレッスンを終えて、4時にその売り場で待ち合わせをした。

4時きっかりに直子は到着したが、母はもちろんのこと先に来て、既に店員と話をしている。
恐らくは直子自身の話をして、候補を決めているに違いなかった。

そんな予想の通り、母は一つはエンジ色のオーソドックスな形ながら、ふんわりといかにもお嬢さんという印象をもたれるであろうようなドレスを選んでいた。

直子もそれはさほど嫌でなかったので、試着をした。

店員は今度は全く反対のイメージのグレーでしかしラメの入ったような光る生地でシンプルなAラインのミモレ丈のドレスを持ってきた。

正解であった。何も言わず、母もそのグレーを着た娘直子がとても大人っぽく清楚に見えたことに驚いていた。

「さすがですね、この子を見て選んでくださったの?」

母はそうその店員に聞いていた。

「今の若い方の流行でもあるのです。シンプルな洋服に髪型を少し豪華にしたりアクセサリーやショールなどで変化をつけるという工夫をされるんですね。」

店員は謙虚にそう応えた。

思っていたよりもあっさりとドレスが決まり、微調整をしてもらうべくドレスを預けて、二人はデパートの4階にある老舗のフルーツパーラーに寄った。

甘い美味しいものを食べるときはその母娘は簡単に心が一致するようで、二人で楽しくティタイムをとることができた。

だが、その母娘のティタイムは、おそらくそれがしばらくは行われないようになってしまうのだった。

                           つづく→☆物語はフィクションです。

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。

c0155326_2234497.jpg

こんな風に癒しの目を向けてくれるのは →We love Ducky
覗いてみてね!
by akageno-ann | 2010-11-23 21:58 | 小説 | Trackback | Comments(10)

LIVE no.10

小説を書いています。

小説の最初はこちらから→☆

かけがえのない日本の片隅から
LIVE no.10

牧子は佐藤家の一員として自宅併設の印刷会社の専務としても副社長夫人としても充実した日々を過していた。
財力的にもしっかりとした家庭で、普通の主婦よりも楽なのは家事全般を手伝ってくれる従業員もいた。

社長夫人である姑は家計をしっかりと握り、
「いずれは牧子さんにお願いすることですからね。」と言いながらも
それがいつであるかは全く想像もつかないほど先のことであるように牧子は感じでいた。

牧子は比較的のんびりした面も持ち合わせていたので、そのことを別段不自由にも思わず、与えられる、平均的な生活費よりも多いであろう金額でのんびりと暮らしていた。

しかし娘の直子がピアノの道に進み、中学校から音楽系の学校に進んだことにより、家計はかなり窮迫するようになってきた。

それは姑が公立の中学校推進派だったので、孫の贅沢を心では許していなかったのだ。

孫への可愛さはあっても、そのことを一人推し進めてきた嫁への不満が一挙に爆発したとも言っていい。
直子は祖母への愛情深い気持ちのある子供だったので、幸いにもそのことだけが大きな繋ぎになるようだった。

それでも最初のうちはどんな発表会も出かけることのない姑であったが、ある音楽コンクールで直子が決勝まで進んだときにはさすがに喜んでその演奏会に出かけていった。

直子は殊のほかそのことを喜び、ピアノ部門で6位入賞を果たした。

「おばあちゃんのお陰!!」

と素直に喜ぶ姿が その日会場で同席していた 叔母である悦子をほっとさせた。

悦子は直子の音楽の才能を見つけてしまい、最初にその道へ誘ってしまった責任を感じていたのだった。

「悦子さん、直子のことありがとうございます。」

その日初めてそう挨拶してくれた牧子の姑 佐藤春依(はるい)の笑顔をみることができた。

                                つづく→☆物語はフィクションです。

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。

c0155326_10214642.jpg

あのDuckyが東北の秋を紹介してくれてます・・是非覗いてねWe love Ducky
by akageno-ann | 2010-11-21 10:20 | 小説 | Trackback | Comments(0)

LIVE no.9

小説を書いています。

かけがえのない日本の片隅から
LIVE no.9

悦子はハワイの旅のあとはそのまま看護士として病院の研修を積み、比較的自宅から近い中規模の病院に勤務が決まった。

不慣れなことも多かったが、持って生まれた世話好きな性分が功を奏しているようで、患者たちからの受けは次第によくなっていった。

経験は浅いので注意深さは必要であったが、どんな仕事でもその人のパーソナリティは大切な要因で、特に看護する者は自然な優しさが必要であることは皆の知るところである。

看護士として、医師に好かれよう、とか手柄をたてたい、とか単純にもそんな思いでなったものは心のこもった看護にはならないことを悦子も周りの人々を見ながら学んだことであった。

その勤務の前にハワイのヒーリングエステを経験できたことは大きな糧になっていた。

英語であるのに、その優しい声のトーンで癒されたからだ。

美しい若いエステシャンであった。

笑顔を絶やさずにいつも自分の若い体を大切に丹念にマッサージしてくれ、肌理(きめ)の細かさを誉めてくれた。

看護士としてはエステシャンとは少しこだわりを異にせねばならないが、笑顔と優しい声のトーンは病に侵されている人々の不安感はぬぐってあげることはできる、と感じていた。

病院の看護士長の様子を見ていると、厳しさも必要であることはわかるのだが、経験不足の自分は先ず、優しさを持って事に向かう必要性をひしと感じ取れたのだ。

家庭の中で次女という立場は 親と長女の関係の密度の高さと比べても自分を客観的に捉える事ができた。

育っていく過程でも、あまり深刻に親からの指導を受けることもなく、ある意味で自由だった。

姉が叱られて入れば、自分はそんなことはしないぞ、と他人事のように観察できていた。

そんな要領の良さも姉と全く違う性格を形成していたようだ。


                                  つづく→☆にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。
c0155326_11411570.jpg

昨日はこんな可愛い子のいるお宅におよばれでした。more↓をクリックしてね!

More ラグジュアリーな時間への招待
by akageno-ann | 2010-11-19 11:37 | 小説 | Trackback | Comments(3)

LIVE no.8

小説を書いています。

かけがえのない日本の片隅から
LIVE no.8

姉牧子とは一度だけ海外旅行を一緒にした。

嫁ぎ先の家業ともいえる印刷工場の慰安旅行でハワイに行くことになったときに、急に欠員ができたときに まだ看護学生時代の冬休み中だった悦子に誘いがかかったのだ。

悦子ははじめあまり気は進まなかったが、母から
「せっかくの機会だしなかなか行けない海外旅行なのだから行っておいで」・・
という後押しがあって、参加することにしたのだった。

5泊7日という長い海外での休暇はあとにも先にも悦子はそのハワイだけになってしまった。

牧子の方は慰安旅行という形で二年に一度主催者側の家族として それまでも韓国、タイ、インドネシア、グアムなど比較的近い外国で経験をしていた。

子供たちも行くのであるから、かなり豪勢な話だった。

そんなときの姉のはしゃぎは実家にいたときの姉のようではなくて、結婚して10年ほどが過ぎると完全に相手の家風に染まるのだな、と悦子は漠然と感じていた。

ハワイは航空会社のキャンペーン中で待遇もよく、機内も広々とした席をエコノミーなのに宛がわれたりして快適であった。

悦子は初めての海外に心は次第に融けていって、楽しみ始めた。

会社の社員たちも奥さんの妹、という悦子に親しみを持って接してくれたので、姉がその人たちとうまくいっていることもわかって、悦子は嬉しかった。

ハワイはマウイ島のリゾートホテルでスパが充実しているという優雅な場所だった。
あまりアウトドア派でない悦子はホテルの部屋のベランダでのんびりと海を見た。

ヒーリングエステも誘われて受けてみたが 夕日の見える大きな窓の前のベッドに裸で横たわって大きなコットンのタオルケットをかけられて至福の時間というものを過した。

学生の身でこんな贅沢はいけない・・と祖母に言われそうだと思ったほどだ。

しかし一生に一度なら許される経験であったと後年になって思い出すことであった。

                                つづく


にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。


c0155326_1105428.jpg

羽田国際空港を覗きました。羽田はちょっと近くなった印象でした。
moreへもどうぞ・・

More ふるさとでは
by akageno-ann | 2010-11-17 11:05 | 小説 | Trackback | Comments(8)

LIVE no.8

小説を書いています。

かけがえのない日本の片隅から
LIVE no.8

人生は順風満帆という船に乗ったときは突然に襲う危険な波があることを忘れてはならない。

そう言ったのは悦子たちの祖母だった。

「人の人生には、皆平等に幸いも災いも起こりうることを忘れてはいけないのだよ。」

そう悦子は大学受験をせずに看護学校を選んだときに言われたことを常に覚えていた。

祖母は哲学的にものをいうのではなくて、日常のたわいない会話の中にふとはっとさせられるようことをいうことがあった。

悦子が30才近くなっても結婚の話もないこともかなりの老齢になっていたが

「出会うときに良いご縁に恵まれるのよ。」と 少しも焦る必要のないことを話していたのも、つい最近のことのように思い出せる。

祖母はたくさんの生きるための心情を語りながら90歳卒寿を迎えた明け方に静かに永遠の旅に旅立っていった。

その祖母の旅立ちの日も悦子は、姉や従姉弟たちと祖母の亡骸の前で祖母の生き方と孫たちへの愛情の深さをしみじみと話したことだった。

日ごろ少々気の強い祖母に40年も添った嫁である叔母も

「おばあちゃんはすごい人だったわ」と姑を最高の賛辞で見送っていた。

その日の姉牧子は 子供二人を連れていて、曾孫を見せることができたことに満足していたのだった。

あどけない子供たちは曾祖母の亡くなったことを悲劇ではなく、明るく見送っていた。

お参りするために健気に手を合わせる所作も可愛らしく、周りの人々をほっとさせていた。

こうして人の命はつながれていくのかもしれない、と看護士として最後の祖母の様子を看取った悦子はある感動をもって子供たちを見ていた。

                               つづく →☆
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。
by akageno-ann | 2010-11-16 08:27 | 小説 | Trackback | Comments(4)

LIVE no7

小説を書いています。

小説の最初はこちらから→☆

かけがえのない日本の片隅から
LIVE no.7

姉牧子は幼い頃から積極的ではきはきとものを言う実に聡明そうな子どもだった。

妹悦子はその姉にくっついていれば、何かと世話を焼いてくれるし、頼りになるので、安心して生きていた。と言ってもいいほどだ。

姉の進む道は間違いがない、と幼心に思っていたし、事実進学なども受けたところにスパッと受かって、学生時代を謳歌しているように見えた。

友人もたくさんいて、姉が高校生になった頃からは別行動になることが多く、少し寂しい思いもした。一緒にならっていたピアノはさっさとやめてしまって、ピアノに向かうことも殆ど無かった。

姉は音楽的センスは持ち合わせていると思うだが、今の環境も殆どそこからはかけ離れているようだ。夫の真一郎は体育会系で、今はゴルフに夢中になっているという。

そんなときに娘の直子が音楽も興味を持っていたことは悦子はとても嬉しく感じたのだった。

同じ血が流れている可愛い姪であることをじんわりと幸せに感じられた。

それから直子は近くの音楽教室に通わせてにもらうようになった。

そこで出会えたピアノ教師によって、確実に音楽的素質を引き出してもらえていた。

家族はごく普通の稽古事というような思いでしかいなかったのだが、直子の指導教師は彼女が音楽の道に進めるのではないのか・・と小学校の5年生の頃に強く思うようになっていた。

「直子ちゃん、貴方は音楽の学校に行きたい?」

そう聞かれて、直子はきょとんとした。

「音楽の学校って?宝塚とか?」

「宝塚のことは知っているのね・・・あそこは中学校を卒業しなくてはならないけれど、そうでなくて、この東京にある音楽大学の付属の中学校のことなの。」

「そういう学校に行くとピアノをやる時間があるの?」

「そうなのよ、音楽の授業が多いの。私はね、中学校からそういう学校にいたのでそのまま大学まで楽しく勉強できたものだから・・一度おうちのご両親とお話してみて?」

「はい、そうしてみます。音楽がたくさんある授業って嬉しいです」

直子はさっそく母親に話してみよう、と少し高揚した気持ちを抑えられない思いで帰宅した。

                              つづく→☆ 
この小説はフィクションです。
c0155326_15264930.jpg

ソフトファニシングのフットスツールを置きました。moreへ

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。

More ソフトファニシング フットスツール
by akageno-ann | 2010-11-13 15:20 | 小説 | Trackback | Comments(9)

LIVE no.6

小説を書いています。
小説の最初はこちら→☆
かけがえのない日本の片隅から
LIVE no.6

牧子は夫 健との結婚生活は順当に続いているようであった。

しかし悦子から見れば、姉は結婚して随分と婚家先に合わせようと無理に努力しているように見えてしかたがなかった。

その無理があとで変化していくのではないか?という何気ない想いが若い悦子にはあったかもしれないが、さしてそれを問題にしようという気は、そのときはなかった。

牧子の子供たちはもちろん悦子の甥と姪にあたる。

その男の子も女の子も悦子を大好きなお姉ちゃんというように親しみ幼い頃からあちこちついて廻っていた。
特に末娘の直子は音楽の趣味への扉をこの叔母である悦子によって開かれていったのかもしれなかった。

直子が小学校の1年生になったばかりの頃、悦子はその入学祝いに直子を「子供たちのためのコンサート」というタイトルのサントリーホールでの催しに連れていった。

オーケストラ編成でのコンサート形式で、各楽器の説明や演奏する曲の説明、作曲者の話などわかりやすく楽しい催しになっていた。

まだ6歳の直子がどれほどの興味を持つか?と興味津々で連れて行った悦子だったが直子はおどろいたことにキラキラとしら目でその舞台をみつめ、厭きることなく音楽と話を聞き入っていた。

「お姉ちゃん、直ちゃんは音楽が大好きみたいよ。ピアノをちゃんと習わせたら良いと思うわ。」

そんな風に姉にリクエストしたのだった。
                         つづく→☆no.7

小説はフィクションです。

c0155326_7145857.jpg


にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。

More 懐かしい音
by akageno-ann | 2010-11-11 07:11 | 小説 | Trackback | Comments(16)

LIVE no.5

小説を書いています。

小説の最初はこちら→☆
かけがえのない日本の片隅から
LIVE no.5

悦子の姉牧子は子供の頃から友人との付き合いもうまく悦子は牧ちゃんの妹・・という呼び名で可愛がってもらっていた。

親戚の中でも年長で目立ち従姉弟同士の中でも仕切り役で一目置かれているのが牧子だった。

歌が好きでカラオケでは皆から囃されて上手にいろいろなジャンルの歌を歌っているのも彼女だった。

悦子も音楽は得意なのだが、率先して歌う方ではなく、静かに聴衆に廻っていることが多かった。
悦子の中にはさして僻む、という感情はなかった。

いつも頼れる姉に庇護してもらって安全な暮らしをしている、と言った感じであったのだ。

だが姉の早い結婚により家族の中で娘が一人という情況になり、生活はかなり大きく変化してきた。
今までの追随して生きていくのではなく、自分で判断する必要のあることがいかに多いか、両親との関係も甘える立場から逆転していく経過を感じるようにもなっていった。

嫁いでしまった姉の方はある意味実家は疲れ休みに来るようなもので、嫁ぎ先の印刷会社の仕事の大変さとはぶりのよい雰囲気が彼女を快活にしていた。

ただ、子供たちの教育には常に頭を悩ませる要因があり、末娘は音楽の道に行きたいと言い出したようで、経済的にはなんとかなりそうなものの、才能の点で不安がある、とそこのところは冷静な見方をしていたようだった。

                             つづく→☆no.6

小説はフィクションです。

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。

c0155326_1045434.jpg

このお写真の方たちが遊びに来てくださいました。お写真も拝借してます。

More おもてなしの裏舞台
by akageno-ann | 2010-11-09 10:25 | 小説 | Trackback | Comments(15)

LIVE no.4

小説をかいています。

かけがえのない日本の片隅から

LIVE no.4

片山悦子は看護専門学校で学んだ。

その学生としての日々は姉の専門学校時代の優雅さとは違っていた。

医学に関わることへの緊張感とナイチンゲールのような心を養う大切な期間だった。

私立病院の付属学校であったので、医学生との交流もあったが、悦子はなるべく安易な交際をすることを避けていた。

自分の能力の中に文学的な要素はあっても医学に必要な理科的な要素が欠けていることも感じていたので、恋愛などにかまけるような時間はなかった。

何かに必死になるということのできる性格は、おそらく学習にも役立つであろうが、恋愛の場合はやっかいだ。

中学校時代に初恋と呼べる相手に出会った悦子は、心が苦しくて勉強もはっきりと疎かになった時期があったことをしっかりと苦い思い出として持っていた。

彼は開業医の息子だったから、きっと後を継ぐべく進学しているに違いなかった。
高校に入ってから一度だけ二人だけの再会があったが、そのときショートカットしていた髪の悦子をみて、彼は「中学校のときの長い方がよかったな」
と、そう言っただけだった。

以来悦子は髪を切ることをやめていた。
その初恋の彼には以来、全く会うことはなかったが、何故かきっといつか、運命的な出会いがある、と悦子は感じているようだったのだ。

そんな想いが学生時代は逆に勉学に勤しむ彼女の心を支えていた。

より良い教育を受けて、完璧な看護士になりたい、とそう思って勉強した。

その結果はかなりの優秀な成績を修めることができた。

教官にも恵まれ、友人も親友と呼び合える友に会えて、悦子の学生生活は充実していたのだ。

それと同時に悦子は管理栄養士という職種にも興味を持ち始めた。

                              つづく→☆no.5
物語はフィクションです。
c0155326_2323738.jpg

ナイチンゲール肖像はwikipediaの画像を拝借しています。
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。

More 出会い
by akageno-ann | 2010-11-07 23:58 | 小説 | Trackback | Comments(7)

かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。


by ann