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アンのように生きる・・・(老育)

LIVE 第3章 no.4

小説「かけがえのない日本の片隅から」第3章です。
ながらくお読みいただいて感謝しています。

LIVE 第3章 no.4  実る・・・

人生には実る時がある。
必ずある・・とは言えないが、ふと・・その実りに気づくことがある。

じわじわと実る想いに気づいて、思いがけない幸福感を感じるときがあるとすれば、
その日の悦子は正にそれだった。

笹島はどんどんと先を歩き、決して後ろを振り返らない。

悦子はその姿を見失わないように、そして距離を縮めないように気を使いながら少し急ぎ足で歩いていたが、そのうちに携帯電話がなった。

「その道をまっすぐ歩いて二つめの大きな交差点を右に曲がり右側三軒目のマカロンという店の2階にいるよ」


ちょうど交差点あたりで見失ったと思っていたところだった悦子にあまり不安を感じさせないように電話をくれる、そういう気配りの笹島は医局にいるときと同じスタンスだった。

マカロンは間口が半間ほどの小さな店で洋食屋という雰囲気のレストランだった。

中はカウンターが広くて二人掛けのテーブルが三つあるだけだが、その奥に急勾配の階段があった。

悦子が店のドアを押して入ると、若いマスターが

「いらっしゃいませ・・あ!どうぞそのまま2階にお上がりください」

とすぐに案内してくれた。

                                       つづく

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by akageno-ann | 2011-01-27 07:56 | 小説 | Trackback | Comments(4)

第3章 LIVE no.3 努力

小説「かけがえのない日本の片隅から」第3章です。
ながらくお読みいただいて感謝しています。

LIVE 第3章 no.3 努力

悦子は 姉牧子の看護と介護について初めて本当の努力というものを知った気がしていた。

看護士になるための学びの努力でもなく、病院の看護士としての日々の努力でもなく、

最愛の家族をこうして無償の愛情でみつめている今、本当の努力をしていかねばならない、と
痛切に感じていた。

だが、仕事の延長にこうして家族を看ることの心の辛さはどうしたらいいだろうか?

見えない未来を不安におもうことばかりだった。

「片山君、どうだ?今日は久しぶりに一緒に食事でもしよう。」

そう声をかけてくれたのは医局の大先輩で、悦子が自らの水先案内人と勝手にきめている
笹島だった。 

笹島は最愛の妻を亡くしていることは病院スタッフの中で周知のことであった。

「ありがとうございます。是非・・」

そう悦子は素直に応えていた。

勤めている病院は郊外にあり、その近辺に気の効いた店がないので、病院スタッフは病院から出ている循環バスで私鉄沿線駅まで出るのである。

笹島と悦子はその日は日勤で午後6時にそのバスに乗って共に帰途についた。

「今日は何を食べる? 疲れているだろう・・」

笹島のその声にふと癒されていることを感じる悦子だった。

「考えてみますと、最近こういうきちんと食事するということを忘れていたみたいです。
あまり肩のはらないところがいいです。」

そう悦子が応えると 笹島はわかった・・という風に少し笑ってバスを先に降りて行った。

悦子も自然にあとからついていく形になった。若い看護士たちが一緒に乗っていて、

「笹島先生、お疲れさまでした。」
と、口々に声をかけていた。そのずっとあとから悦子は降りてついていった。

                                   つづく

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by akageno-ann | 2011-01-25 08:08 | 小説 | Trackback | Comments(3)

LIVE 第3部 no.2 献身

かけがえのない日本の片隅から
LIVE 第3部に入りました。

「LIVE」は 人間の変わらない愛情と献身を持って介護と看護をしていく家族の物語です。

小説の最初はこちらから→☆

LIVE 第3部 no.2 献身

悦子が今までに様々な家族に出会い感じたことを今自分の家族を病の床に着かせている、この状況下で、改めて思い返すときがきた。
人が一生を終えるには多くのシチュエーションが用意されている。
天寿を全うしたと90歳の女性が最後に「バイバイ」と手を振って家族と別れを告げ、ただただ感動の中で家族に愛され続ける様子を見たこともあった。

若い母親が病を得て闘病し、まだ小学校に上がらない我が子を遺して逝かねばならぬ悲痛の中の最後にも立ち会った。

大きな悲惨な経験は阪神淡路大震災の時の応援で神戸に行ったときだった。
あの寒い一月末、若かった悦子はボランティアとしての看護チームに入った。

何も大きな組織のない中で自分のできうる処置を緊急で行う為に自ら被災地に赴いた時にみた、充分に治療されないままに命を落とす大勢の人を見たときの言いようのない焦燥感もあった。
あれからすでに16年の歳月が経っている。
この間にもおそらくはかなりの人々が思いがけない災害というものがもたらした怪我や病で命を落とされたとも聞いている。

姉の発病はこの災害に遭遇した人々のような突発的なことであったが、幸いに家族の中で姉以外は元気なのだから、この人一人を救うことはたやすいことだ、と思うことにした。

どんなときも希望を胸にしていれば、乗り越えることはできる、と信じることができた。
その希望なくしては 「献身」する心は育たない。
悦子は最近たくさんの後輩を指導し育てる役割を担うようになってから、そんなことを考えられるようになった。

希望・・・少しでも多くの希望を持つ者は、やはりそこに優しさが感じられるのだ。

希望と献身という二つの想いが重なれば、きっと姉は良くなっていくという確信が出始めていた。

                                      つづく


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冬瓜バニラジャムぱにぽぽさんのお店で見つけました。冬瓜がしっかりとした果肉を残しそのままでも充分紅茶の共になるジェリーのような食感です。バニラのさやが一緒に入っていて、香りと味をしっかりひきたてています。感動の初めての味です!

ぱにぽぽちゃんのお店でのことは →小夏庵で

もう一つ・・胸きゅんのお話は↓emoticon-0160-movie.gif

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by akageno-ann | 2011-01-19 23:17 | 小説 | Trackback | Comments(8)

LIVE 第三部 

かけがえのない日本の片隅から
LIVE 第3部に入ります。

「LIVE」は 人間の変わらない愛情と献身を持って介護と看護をしていく家族の物語です。
必ずある人の心の中のほってはおけない人への思い・・

しかしそこに行き着くには紆余曲折がさらに複雑に展開していきます。

小説の最初はこちらから→☆

LIVE 第3部 no.1 貢献

「貢献することを諦めてはならない」と片山悦子は看護学校時代に学校長の訓示から聞き、心に刻んでいた。

貢献するというのは社会に貢献するというような単に決まりごとを言っているのではなかった。

人が人に与える思いやりや親切こそ、本当の貢献であるというものだった。

人生を終えるまで貢献することを自然にやってこれたものは、幸せな死を迎えられる、とも付け加えられた。

おそらくはその校長の人生経験からの訓示であろうと 深く感銘を受けたことをそれから二十年ほど経った頃にも常に自分に問いかけるものになっていた。

大きなことをするのも一つのやり方だが、小さなことを積み重ねることこそ、看護の世界には重要な役割を担うと感じている。

患者一人ひとりとそれは長いスタンスで付き合うことが大事であった。

一朝一夕で改善される病も少なく、病を得たものは心身共にテンションが下がっている。

そんなときに少しでも前を向いて笑顔になれるような日常を思い起こさせてあげなければならない。

その手助けも看護の立場にあるものが担っていくのだ、と考えていた。

悦子の姉牧子の病状は実はあまり大きな変化はなかった。

が、一つ嫁ぎ先の家族が見舞いに来ると 牧子は一生懸命回復に向かいたいと必死でもがく姿があった。

それとは逆に悦子や二人の両親が見舞うと、後ろ向きなことばかりを語っていた。

両親は我が子の姿を悲しみ、少しでも慰めようと優しい言葉を用意し、何かにつけて手を貸そうと考えていた。

だが、悦子は立場上もあるのだが、姉妹である故に、姉の実家の者に対する甘えを感じとっていた。

その甘えがある以上、彼女は本当に良くなろうとしていないのではないか、と思われた。

病人にも貢献するべきことがあるとすれば、それは治ろうとする気持ちを周りの家族に示すことだ、と 長年多くの患者と関わってきた悦子が、今改めて感じ取っていた。

                                   つづく


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京都よりとても優しいお味の 甘酒のような綺麗な飴が届きました。
寒さの中に友人の暖かい心が感じられます。
京都伏見の酒蔵より 新酒と酒粕で作られたものです。
感謝しながらいただいています。

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by akageno-ann | 2011-01-16 23:24 | 小説 | Trackback | Comments(6)

いつもこの小説を読んでくださってありがとうございます。
病気を題材にしている現在の小説も第3章に入ります。

病を得た人々とのふれあいはとても難しいものですが、これからの日本での暮らしの中で身近な人々との関係を絶つことはできません。

病を得た家族とどうやって過ごすか、これは積極的に取り組んでいくべき課題だと作者は深く考えています。

家族の中でもしも誰か一人とても面倒見の良い人がいたとして、心も実質もその人に頼ってしまう傾向は払拭されるといいなあと考えます。

ほんの少し家族の中の病人に心と手伝うという行動を一人ひとりが与えてあげたら、そこに絆が新たに生まれると思うのです。

家族で病人と戦っている姿は本当に美しいです。

あまりそういうことに手をださないようにしている人は、ただそういう事実は大変だ、と思い込んでしまいます。

実はそこには新しい出会いや知識の導入があるのですが、それに気づかないまま人生が終わってしまうのは少し残念です。

作者の知人で丁寧に自分の母親を看取った人がいますが、その姿は30年たった今でも忘れられない美しい姿でした。

あの頃はベットではなくて 家庭の一部屋に布団を敷いて、枕元に洗面具や脱脂綿を巻いた綿棒をおいて、唇が渇かないように様子を見ながら水を含ませる姿に光るような謙虚さがあったことを忘れることはできません。

あの姿を若かった自分が見たことで、できる看護はしよう、という思いに導いてくれました。

その方は今もお元気でご家族の面倒や家庭菜園など一生懸命世話をして、人々を静かに喜ばせてくださってます。

人に尽くした人は幸せになるのだ、ということを教えてくださった人です。
なおもまた、続けていく奉仕という言葉では言い尽くせないその方の行動は私のこれからの人生のお手本です。

介護には大きな喜びがあります。
不思議なことに人の心がわかるようになるのです。

あの宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩の意味もわかるようになってきました。

謙虚さはまだまだですが、わかる感覚が備わってくるように思います。

できることをしていく、きっとそこからこれから生き続けていく己の役割がわかると思います。

書き記していくこと、それもまた私に課されたものだと自負しています。

その人の生きる姿 一生を終えていく姿を遺しておくことは意味深いものだと思っています。

今日は私にとって偉大な先輩主婦の病床をお尋ねしました。

ご家族の中に入れていただいて思い出話をたくさんしました。

彼女への思いをここに綴ります。

犬好きな彼女に見せたい犬の写真をここにアップさせてもらいます。

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次回は第3部がはじまります。
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by akageno-ann | 2011-01-11 21:14 | 小説 | Trackback | Comments(10)

Live 第二部 no.12❤

小説の最初はこちらから→☆

かけがえのない日本の片隅から

Live 第二部 no.12 それぞれの決意

家族が一人重篤な病に罹ったとき、その周囲の家族がどれほどの関心を示すか?

それはその病人の快復のために大きく影響する。

いたずらに騒ぎ立てても何にもならないが ある程度の情報収集は必要である。

しかし、いろいろな人々からのアドバイスもあり、自分たちのペースにあった看護法をみつけるのは難しいところもあった。

牧子の運ばれた救急センターの処置は適切な処置を行っていたと思われる。

運ばれた病院の医師との出会いが急病人の生死をかなり左右することを現場にいる看護士である悦子はよくわかっている。

悦子の病院を指定して牧子を運んだことは最大の善であると自信をもって言える。

しかしその処置についてどうしても取りざたされるのも世の常であるのだ。

牧子の嫁ぎ先佐藤家では 北海道の病院に牧子を転院させたいと考えていた。

北海道のR病院で、高名な医師のいる先進の医療が行われていることをつきとめていた。

どんなに費用がかかってもいい、なんとか牧子を元通りに、という強い思いからの申し出だった。

この場合 看護士としての悦子は気持ちがグラッと揺らいだ。

姉牧子が治るものならどこまでもついていきたい、と思ったのだ。

専門家としての知識が 奇跡が起ろうとしているのを阻むことがあるのだ。

牧子は何も言えなかった。

ただ一つだけ、病人の傍に誰が就くのでしょうか?

両親も年老いた今 自分が姉だけに就くことはできないのだ、ということを無念そうに語っただけだった。

                          第2部 了

次回は第3部がはじまります。
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by akageno-ann | 2011-01-06 16:13 | 小説 | Trackback | Comments(0)

no.11 みち子の思い

小説の最初はこちらから→☆

かけがえのない日本の片隅から

Live 第二部 no.11 みち子の思い

姑という言葉は何か姑息という言葉と繋がって感じられる。

姑という文字には「しばらく」という意味がある。

「しばらく」というのは古語ではひとときの・・というほどの時間をいう。

姑息な手段は 間に合わせの手段とでもいうものだろうか?

そんなことを紐解いていくと、ひどくずるいという意味につなげてしまった。

この時代はそんな言葉よりも「義母」という普通の言い方が使われている。

義理の母・・主人の母 それでいいのだ。

みち子は決して嫌味な女ではない。

心豊かで優しさも充分にある。

愛情が細やかで 幼いものや心弱いものに対する思いは人一倍強い。

その心がつい初孫の牧子の長男貴一への養育に横槍を入れることになってしまった。

一度介入したものは責任感の強いものほど、徹底的に手を入れてしまう形になっていった。

そのうちに貴一は祖母の愛情にすっぽりと包まれて育っていった。

初めての子育てに自信を持てないままにいた、その母の牧子は心で育児放棄をしてしまっていたのだ。

そのことにみち子が気づいたのは牧子が倒れてからのことだった。

「もう少し自分の我を抑えるべきであった。」
そう思った時は既に遅かったのだ。

人はわかりながらも、反省をしながらも我を通してしまうことが暫しあるものだ。

思いがけない大きなことが起ってやっとそのことに気づき、人生を少し多めに遡って失敗したことを取り返そうとすることがあるのだ。

佐藤みち子は今そんな思いにかられていた。

そして牧子をしっかりと支えていくことを静かに決意したのだった。

                                つづく

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by akageno-ann | 2011-01-03 23:27 | 小説 | Trackback | Comments(3)

Live 第二部 no.10

あけましておめでとうございます。
いつもこちらを覗いてくださり本当にありがとうございます。
小説ではありますが、一人の命を見つめて生きる体験を元に書いています。
いましばらくお付き合いいただければ幸いです。

今年もよろしくお願いします。

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かけがえのない日本の片隅から

Live 第二部 no.10 姑という言葉

牧子の嫁ぎ先の姑は佐藤みち子という。

背筋の伸びたきりりとしたところのある人で、印刷業を経営する佐藤家の裏方を牛耳る女将的存在でもある。

財布の紐はもちろんしっかり握っているが、金離れはよく、気前がいい。
長く人を使う生活を続けているせいで、金によって人を動かすという習慣があった。
一つ間違えれば不遜な雰囲気もかもし出してしまうだろうが、みち子の場合持ち前の明るさがそれを充分カバーし、人々には愛されていた。

牧子もこの姑を慕っていた。

もちろん子育てのことなど、末娘の直子が音楽の道に進んだときから少しずつ考え方にずれが生じてきていたが、それは世の常のように致し方ないことだと 相互に思っていたようだった。

資金的に牧子は充分に与えられていたから、自由に生活をコーディネートできたので心にかかることは殆どなかったと言っていい。

だが、一つだけ長男との心の隔たりだけが彼女の心を暗くしていた。

長男貴一は生まれたときからこの姑みち子に溺愛される的になってしまった。

嫁というのはまだ一人目を生んだ頃には遠慮という壁をしっかりと打ち立ててしまっていたのだ。

その隔たりはそのまま貴一との心の隔たりになってしまっていた。

                                   つづく

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by akageno-ann | 2011-01-01 20:48 | 小説 | Trackback | Comments(2)