アンのように生きる・・・(老育)

akagenoann.exblog.jp

かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

ブログトップ | ログイン

<   2011年 02月 ( 18 )   > この月の画像一覧

ニュージーランドのクライストチャーチの大地震によって被災された方たちへの
お見舞いを申します。


小説「かけがえのない日本の片隅から」第3部 LIVE 第4章
ご高覧に感謝いたします。
LIVE 第4章 no.7  友人からの忠告

夕食を三人のテーブルで楽しみながら、悦子の疲労した心は少しずつ解き放たれていくようであった。
外国で駐在したことのある夫妻は客人をもてなす、ということにも自然に振舞えるようで、会話も楽しく素直な受け答えができている悦子だった。

「看護士さんだと伺いましたが、どういう病院ですか?」
そう問われて悦子は救命救急病院の大変さを語りつつ、こうしてのんびりしている己がやはり申し分けない気持ちで苛まれた。

「姉がちょっと大きな病気をしていまして、この1年半ほどを夢中で過ごしてきましたので、ここで少し骨休めをするよう言われました。救急病院ではほんの少しのミスも患者を命の危険に晒すことがあるので、煮詰まっている私に上司が忠告してくれたのです。」

「デザートにアップルパイをどうぞ・・」

とそんな会話をしているとあつ子が手製のアップルパイにアイスクリームを添えてサービスしてくれた。りんごのフィリングも甘すぎずとてもいい味に仕上がっていた。

ここではダージリンティをストレートで出してくれた。

悦子は空腹がしっかりと満たされると、眠くて仕方がなくなっていた。

欠伸をしそうになって、慌ててその夜の夕食の席を辞した。

あつ子が呼んでくれて、

「どうぞあまり人に気を遣いすぎなくていいわ。自分の時間を大事にしてね!」

あつ子は学生時代から大変親切でよく気がつく女性だった。

そんな性格がペンション経営にも役立っているのだった。

その夜、リラックスした悦子はテーブルを先に立って自室に戻る事にした。

あつ子は 「私たちは これから後でゆっくり飲みましょう・・」

悦子には あつ子は生き方の上で先輩であった。

                            つつく

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村ポチ応援に大変励まされています。よろしくお願いします。
by akageno-ann | 2011-02-28 23:43 | 小説 | Trackback | Comments(4)
ニュージーランドのクライストチャーチの大地震によって被災された方たちへの
お見舞いを申します。


小説「かけがえのない日本の片隅から」第3部 LIVE 第4章
ご高覧に感謝いたします。
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村ポチ応援に大変励まされています。よろしくお願いします。

LIVE 第4章 no.6  休息から得られるもの

あつ子のペンションは夕食はダイニングに集まって食事するが、テーブルはそれぞれにかなりの距離をもって用意されるので、個人的な雰囲気は大切にされている。
しかしその夜、悦子は先に宿泊をしていたご夫妻のテーブルと一緒にされていた。

その前の午後のお茶の時間に 共に話をしていたので、夫妻の方から悦子を誘ってくれていたのだ。

悦子はこのオーナー夫人の友人であることを知り、また夫妻はこのペンションの常客であり、自然な流れだった。

あつ子は悦子の気持ちを大切にしたかったが、悦子も食事を賑やかにとる事を望んだ。

その夜の夕食のメニューは先ず、オードブルに白いんげん豆のマリネ、キノコのハーブソルトによるソテー 鹿肉のスモークハムの薄切りから始まった。

夫妻のオーダーした山梨の地ワインの白から相伴に預かった。

ゆっくりと料理についての何気ない会話で夕餉は進み、いつもの病院内での時間との戦いのような食事とはあまりに異なることをふと思ったが、そんな無粋なことを話題にする必要もないほどゆったりとしていた。

暖かい野菜のサラダは 先ほどあつ子が買ったロマネスコやポテト 人参 蕪などが可愛らしく盛り付けられて添えられた。

メインは虹鱒のアーモンドソテー・・これは悦子のオーダーだったが、夫妻もとても喜んだ。

かつて夫妻がヨーロッパのオーストリアを旅行した時に立ち寄ったツィンマー(ペンション)で出たものと同じだ、と懐かしい話をしてくれた。

「海外旅行はかなりなさっているのですか?」

悦子は聞いた。

「はい、仕事の関係で中東などに駐在してました。その休日はなんとか欧州に出たのですよ。
厳しい場所で日頃いると、ヨーロッパは本当に癒しの風景ばかりでした。そこに似ていますよ、ここは・・」

そんな会話が生まれるあつ子のペンションの夕餉は進んでいた。

                                       つづく

小夏庵も再開しました→☆
by akageno-ann | 2011-02-27 23:56 | 小説 | Trackback | Comments(0)
ニュージーランドのクライストチャーチの大地震によって被災された方たちへの
お見舞いを申します。


小説「かけがえのない日本の片隅から」第3部 LIVE 第4章
ご高覧に感謝いたします。
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村ポチ応援に大変励まされています。よろしくお願いします。

LIVE 第4章 no.5  本当の休息

山の空気は透き通っていた。

気温が低いせいで心地よい緊張感もある。

東 あつ子のペンションは満室でも20人というこじんまりとして、家庭的な料理を出すことで常客がついていた。

その日の客は一組だけで、老夫婦二人の静かな人々だった。

あつ子の母もこのペンションで様々な手伝いをしていたが、一番本領発揮するのは、こういう高齢の人々の相手だった。

昔から茶道 華道の師範として活動していたが、その格式に囚われることなく、菓子を作りその菓子にあった紅茶やコーヒーをこだわりをもって供していた。

スキーなどに出かける若者と違い、こういう夫妻は静かに屋内で過ごす。

暖炉に火を灯し、その周りで読書と音楽を楽しみ、その間にお茶の時間を共にする。

そんな時の母の語りは時に大人の心を童心に返すような楽しい語り部にもなるのだった。

無類の読書家でもあったせいか、彼女の引き出しは多い。

最近は小海線沿線にまつわる土地の昔話も随分と仕入れている。

特に都心から移り住み、ここで根を下ろした人々の歴史は彼女の一番の関心ごとだったので、丁寧に話すのだった。

悦子も午後のひと時を彼女の話を聞きながら、美味しい紅茶を飲ませてもらった。

紅茶の魅力も先日上司笹島との食事のときもある種のこだわりを知った悦子だったので

特に興味をもった。

和菓子に合う紅茶というのも茶葉に寄って異なると実際に3種類飲みわけをさせてくれた。

世界三大銘茶の一つキームンという中国茶のこともこのとき初めて知った悦子だった。

添えられた、トリュフチョコレートとの相性の良さにも心を和ませてもらえた。

もてなすというのは 大げさに用意をしなくても、その人のもつ話題や経験で心からもてなしを受けた、と思えることがある、と悦子は初めて知った。

あまりに病院の中での生活が多い悦子は心が偏っていることに気づかされるのだった。

                                    つづく
by akageno-ann | 2011-02-26 23:56 | 小説 | Trackback | Comments(3)
ニュージーランドのクライストチャーチの大地震によって被災された方たちへの
お見舞いを申します。


小説「かけがえのない日本の片隅から」第3部 LIVE 第4章
ご高覧に感謝いたします。
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村ポチ応援に大変励まされています。よろしくお願いします。

LIVE 第4章 no.4  共感できる人と

東あつ子とは高校二年生のときに同じクラスになり、席が隣になった時からの付き合いである。
身長もかなりの差があり、華やかなあつ子の雰囲気とは異なり、悦子は物静かにコツコツと努力する地味な生徒だった。

その好対照が良いのか、いつしか二人は周りからも親友同士という目で見守られていた。

喧嘩らしい喧嘩もせず、ここまでつかず離れず来たことが、より二人の気持ちを寄り添わせた。

二人で旅行をする、とか 一緒にショッピングや食事をするとかいう経験は殆どなく、
悦子は看護大学に進んで日々忙しく勉学に勤しんでいたが、あつ子は大学の文学部に進んで平凡に過ごしていたが、3年のときに出会った夫になる人とペンション経営という夢を共に持ってからは、それまでの彼女の生活とは全く違う活動的な人生を歩んできた。

あつ子は医学の看護士という仕事の大変さを『自分には無理』と思い、悦子はまた、『人をもてなす、しかも宿泊と食事の両方を家族だけで行うペンション経営はとてもできない』と尊敬していた。

時間もお金もかかったであろう、その小海線沿線のペンションはあつ子32歳のときに出来上がった。
厄年でもあり子供も生まれて、皆が心配したそのペンション経営は随分と困難なこともあったのだが、それまでの夫の会社勤めが功を奏し、会社の保養所としても使ってもらえるようになって、8年が経った今、細々とではあるが、着実にリピーターの客もできて、安定していた。

冬の寒い間は夏ほど忙しくなく、その間にあつ子は家の中のクラフトを全て手作りして過ごしていた。

互いにやっていることは違っても共感する心を持ち合わせた二人は出会った途端に打ち解けることができた。

「悦子は今日何が食べたい?貴方の好きなものを用意するわよ。その代わり買い物もつきあってね。」

「貴方の作ってくれるものは何でも美味しいし大好き・・お菓子もよろしくお願いします。」

「悦子はアップルパイが好きでしょ!?作ってあるわ・・アイスクリーム添えで・・」

悦子はその言葉に充分満足した。


地元のスーパーマーケットは小さなところだが、野菜など豊富で外国産の珍しいロマネスコとよばれるらしいブロッコリーのような洋野菜もあって、あまり食事つくりをしない、悦子はものめずらしいものばかりだ。

山の中でも肉はいろいろあって、野生のものも冷凍されてあった。

家路に向かう車の中でうとうととしてしまうほど、悦子は疲れていた。

安心したようなその寝顔にあつ子はなんとか悦子の再生をさせてあげたい気持ちにかられた。

結婚もせず、ひたすらに病を得た人々のために自分の人生を賭けている友人を幸せにしてあげたかった。

                                     つづく
by akageno-ann | 2011-02-25 23:48 | 小説 | Trackback | Comments(1)
ニュージーランドのクライストチャーチの大地震によって被災された方たちへの
お見舞いを申します。


小説「かけがえのない日本の片隅から」第3部 LIVE 第4章
ご高覧に感謝いたします。
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村ポチ応援に大変励まされています。よろしくお願いします。

LIVE 第4章 no.3  旅に出る

片山悦子は静かに旅の準備をして家を出た。
前夜、母親が少し餞別を渡してくれたことが嬉しかった。

「ゆっくりできるといいね・・病院から応援を言われることだってあるのでしょう?」

「大丈夫みたいよ・・今度は病院の上司から英気を養うように厳命されているから、要員に入ってないらしいの。こんなボーナスのような休暇は初めて・・」

「うちの方も心配しなさんな・・今まで牧子のことで本当によくやってくれてるのに、少しも貴方の体を心配しなかった母さんたちを許してね。」

そんな風に話す老いた母を見て、グッと胸に迫るものがあったが、心を鬼にして出かけることにした。

場所は結局学生時代によく行った山梨の小海線沿線の宿舎にした。

友人がペンションをしているので、そこで滞在させてもらうことにしていた。
平日は空いているようで、のんびり一緒に八ヶ岳の麓を散策しよう、と友人が歓迎してくれている。

高校時代にここに宿舎があり、彼女はすっかりここが気に入り、学生時代に出会った夫とここにペンションを建てたのだった。

こういう友人がいてくれて良かった、と悦子はほっとしていた。

いざ旅に出ようとしても、女一人で歩くことはやはりしんどいものがあった。

のんびりとリフレッシュするには、余計な気を遣わないでいい場所が必要だったのだ。

新宿から特急に乗って小淵沢に向かった。

久しぶりの電車の旅は風景を追っているだけで嬉しかった。

冬枯れの春を待つ様子さえ美しい光を放っているように思えた。

小海線に乗り換えるから、と言っていたのに、友人が買い物ついでに駅まで迎えに行く、と申し出てくれて、2時間ほどで目的地に着くことができた。

ここは八ヶ岳の懐に抱かれるような場所で、まだスキーのできる山もある。

ペンションのオーナー夫人、東(あずま)あつ子は高校時代の同級生だった。

                                     つづく

                                     
by akageno-ann | 2011-02-24 23:29 | 小説 | Trackback | Comments(2)
小説「かけがえのない日本の片隅から」第3部 LIVE 第4章
ご高覧に感謝いたします。
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村ポチ応援に大変励まされています。よろしくお願いします。

LIVE 第4章 no.2  旅の準備

悦子は旅に出ることにした。

ふっきれる・・というのはこういうことなのか・・・
今まで仕事のシフトの合間の休みは長く取る事はなかったので、看護士になって以来、旅行に出ることが殆どなかった。
しかし、笹島の『休みなさい』という突然の示唆によって、悦子は自分の心が擦り切れていることに気づかされた。

姉牧子がリハビリを続けている病院へ行き、少し旅に出ることを牧子に話した。
「えっちゃん、今までありがとう」
そうゆっくりと話して、少し笑顔になった牧子を見て、

「お姉ちゃんもゆっくりして・・少し私はお姉ちゃんに無理強いしすぎていたかもしれないわ。」

と、これまでのリハビリに対して少し厳しく励ましすぎた、と反省していた。

間近にいると、つい夢中になり、気が急くのは近親者であるが、故のことだった。

恐らく姉牧子も悦子と離れることを、ほっとするだろうと思われた。
離れて初めてわかることは意外に多いものだ。

わかってはいてもこういう機会を与えられえよかった・・と今さら思う悦子だった。

病院内では二人特に気になる病状の患者がいて、朝の脈を取りながら、少し弱いその脈うちに不安になり、心の中で 『すぐに帰ってくるから、しっかりして・・』

と願った。

病院内で患者の家族と談笑することも多い。

患者の家族は できる限り患者の病状を知りたいし、病室を出入りする 看護士とは話すきっかけを掴みたがっていた。

悦子は話し方が優しいせいか、患者家族と医師との話し合いに 同席することが多かった。

                                つづく
by akageno-ann | 2011-02-23 23:32 | 小説 | Trackback | Comments(0)
小説「かけがえのない日本の片隅から」第3部 LIVE 第4章
ご高覧に感謝いたします。
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村ポチ応援に大変励まされています。よろしくお願いします。

LIVE 第4章 no.1  旅へ

「片山君、少し休みをとりなさい。」
そう笹島に悦子は突然厳命された。

「笹島先生、私何か問題を起こしました・・?」
と、一瞬不安になって恐れながら聞いた。

「いや、そうではないよ。しかし君は良くやりすぎた。お姉さんのことがありながら今まで以上に仕事も頑張っているよ。でも、人間にはそのまま突っ走ることはできないよ。
私はそんな時に妻を亡くした。彼女の病気に気を遣ってやれなかったんだ、医師なのに・・」

その言葉を聞いて、悦子は素直になった。

「ありがとうございます。私ここしばらく旅行もしていません。少し旅に出てみます。一週間お休みいただけますか?」

笹島は笑いながら

「それは思い切りがいいなあ・・外国でも行くのかい?」

「行きたいですが、今は思い切りのんびりしたいので、国内にします・・」
悦子は行きたいところがすぐに頭にあった。

『そう、休む必要があった・・人間はリセットしなくては本領を発揮できないですもの・・笹島先生、あなたの心に感謝します。』

心で笹島に語っていた。
笹島と一度だけ夕食を共にしたときにもらった言葉にいつも癒され励まされていた。

「君はご家族にとっても病院にとっても家宝だよ・・自然な愛情深い想いが、看護に現れるんだね。患者の心を動かしたこともあるそうじゃないか・・先日向井君が言ってたよ・・マイルドな心で患者やその家族と接し、会話をするから、自分がギクシャクさせてしまった関係も解(ほど)いてくれると・・実に私もそう思うよ。」

人生の中でこういう言葉に出会うと、それだけで一生を過ごせるものだ。

あれ以来、悦子は姉牧子の不運な病気ですら、運命として受け止められるように思えるのだった。

                                 つづく
by akageno-ann | 2011-02-22 21:55 | 小説 | Trackback | Comments(0)

これまでのあらすじ・・

小説「かけがえのない日本の片隅から」第3部 LIVE 第3章が終わりました。ご高覧に感謝いたします。
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村ポチ応援に大変励まされています。よろしくお願いします。

今日は これまでのLIVE1~3章のあらすじを書かせていただきます。

片山悦子は中堅の看護士として救急救命センターに勤務している。
いつの間にか40を越えそうなその年齢を誰もが心配するように、このままではいけないな、と自分の人生を少しずつ考えるようになっていた。

姉は既に嫁ぎ、佐藤印刷という家業を営む嫁ぎ先で 子供も三人恵まれ、順調に育ったようで、今は三番目の末娘直子を音大付属の中学高校に進学させ、音楽の好きだった姉牧子も直子の叔母にあたる悦子もその成長ぶりを楽しみにしていた。

直子も始めこそ、周囲の無理解を気に病んでいたが、次第に彼女の努力を皆認めるようになり、学校での成績も良好で文化祭には演奏会に出場することになったり、努力が実り始めていた。

その矢先に 直子が頼りにしていた最愛の母牧子が 突然病によって倒れてしまった。

脳内出血という診断だった。

担ぎ込んだのはもちろん、妹の悦子の病院だった。
悦子も当直で 身内の急病に、動揺を抑えながら真剣に治療スタッフとして姉の看護をした。

しかし姉には重大な後遺症が残り、長い時間のリハビリが必要だった。

病院の中に身内が患者として入ってきたことから、悦子には心の休まる時間がなかった。

そんな折に 同じ医局の医師 笹島が悦子を食事に誘い、その労をねぎらってくれた。

また医局では 年下の医師向井に求婚されていた。

揺れる想いの中で、自分の生きる道を見つけ出そうとし始めた悦子・・

姉の嫁ぎ先、自分の両親、仕事・・・全てに行き詰まりを感じながら 重大な仕事の一端を担う看護士として精一杯生きて行こうとしている悦子。。。

物語は悦子の思いを中心に家族、親族のつながり方、あり方を探っていく。  
                            これまでのあらすじ 了

明日から最終章です。

どうぞこれからも応援よろしくお願いします。
by akageno-ann | 2011-02-21 21:14 | 小説 | Trackback | Comments(1)

no.14 ただひたすらに祈る

第3章の最終回です。明日から第3部 LIVEの終章に入ります
毎日更新しています。

小説「かけがえのない日本の片隅から」第3部です。
ご高覧に感謝いたします。
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村ポチ応援に大変励まされています。よろしくお願いします。

LIVE 第3章 no.14 ただひたすらに祈る

看護に問題があったというわけではない。
だが、やはり治療中の患者が水を誤飲して肺炎を起こしたことに、全く責任がない、というわけにはいかない。

その患者のチームスタッフのチーフだった悦子は思い立ってある葬儀に参列した。

病院側もそれを認め、ささやかではあったが、香典を用意した。
事務室からも同行しようか、と 問い合わせもあったが、悦子はたまたま実家の近くの葬祭場であったことから、一人でいい、と断って、実家に一度戻り、喪服に着替えて通夜に参列した。

受付はその職種を見て、はっとした顔をしたが、丁重に案内をしてくれた。

静かな通夜であったが、参列者は多かった。
葬儀は神道であった。

榊を霊前に供えて安らかな昇天を願った。

なおらいの席に招かれて、あまり固辞してもいけない、と少し寄ることにした。

そこに喪主である患者の長男が挨拶に来た。
悦子を見つけて、夫人と共に傍に寄ってきて挨拶をした。

「わざわざお越しくださり本当にありがとうございます。先日の笹島先生のお言葉に私たちは大変恐縮しています。年齢的にも手術中に何がおこっても不思議はない状況の中であのように責任感のあるお話に大変感動しています。母は生涯にわたってよく祈りを捧げていました。
始めはずっと我々家族の健康と幸せを祈り、晩年は決して人に迷惑をかけたくないので守ってほしい、という祈りだったのです。その通りに立派な最後だったと、つくづく思えました。どうぞ笹島先生、スタッフの皆さんによろしくお伝えください。」


悦子は深々と挨拶を返して、「お母様のご冥福をお祈りいたします。」と言葉を添えた。

「祈り」宗教的にということでなく、悦子の祖母も田舎の山の家の縁側に座って、よく太陽や月に祈りを捧げていた。

もう随分昔のことのように思えたが、祖母とのひと時にもその「祈り」があった。

祖母は84歳で亡くなる数日前までやはり自分のことは食事に至るまでしていた。

そして心臓が弱まったように、床につき、静かに息を引き取った。
あの人生の閉じ方を知った人々は皆 祖母に肖りたい、と話していたことを未だに思い出す。

悦子は偶然にも様々なことを思い出す有り難い機会に恵まれたことにも感謝してその場を辞した。

 祈り感謝する暮らしの中に 自分へ愛情を注いでくれる人々の思いを感じた。

家庭を作る、ということを少し考えてみた悦子がそこにいた。

                       LIVE    第3章 了
by akageno-ann | 2011-02-20 21:23 | 小説 | Trackback | Comments(0)

no.13 一つの別れ

小説「かけがえのない日本の片隅から」第3部です。
ご高覧に感謝いたします。
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村ポチ応援に感謝しています。

LIVE 第3章 no.13 一つの別れ

病院の中ではいくつもの哀しい別れがある。

哀しさにも種類が様々あるが、美しい哀しさに出会うと、医師もスタッフもその患者の最後に立ち会えたことに感動があり、忘れることのない記憶になる。

同じ場面に立ち会った者たちは一つの思い出を共有することになる。
笹島は救急患者が運び込まれると、とにかく命を助けたい、と先ず思う。

そしてできる限り元の生活ができるように回復させたいと祈りながら全力を尽くすことを心情としていた。

だが、なかなか想いの通りにはいかない。

かなりの重症で運び込まれることもあり、必死の治療も虚しく終わることも少なくない。

だが、思いがけない暖かい家族の一言に、人の人生の素晴らしい最後に出会えた実感を味わうこともある。

悦子と笹島の当直の夜、88歳の婦人が足の骨折の疑いで運ばれてきた。

老人用の買い物カートを引いて歩行中の転倒に寄る大腿骨骨折だった。

「母は 最近も自転車に乗るほどの運動神経の発達したお転婆さんで、まさかこちらの用意したカートにつまづくとは・・」

と息を詰まらせる長男夫妻に

「大丈夫ですよ、ワイヤーで固定して養生すればきっとまた歩けますから・・」

と、笹島は勇気付け手術に入った。

手術は成功し、本人のやる気もあってリハビリに入ろうとしていた。
その矢先に、患者は誤飲性の肺炎を起こした。

足の手術の経過が良かったので、医師もスタッフもこのような別の理由で彼女を死なせてはならぬ、と必死だった。

だが、病状は良くならず、家族を呼び、事情を説明し・・笹島は詫びた。

「大変申し訳ありません。水を飲まれるときに誤飲されて、肺炎を起こしました。今懸命な治療をさせていただいてます。」

笹島はこういう詫びをすることが、訴訟に繋がっていくことをいつも覚悟していた。
悦子たちスタッフもその笹島の信念を指示していたが、病院の経営上ではかなり問題視されている向きもあった。

そして治療の甲斐もなく、その患者は亡くなった。

だが、その患者の長男はこう応えた。

「いや、この母の寿命というものがあると思います。私も母に老人用の買い物カートを与え、母はこんなもの・・と嫌がっていましたが、自転車からそれに代えることでなんとなく皆ほっとしていました。母もそんなに粋がることなく、素直になっていましたしね。先生本当にお世話になりました。手あつい看護もしていただいて大変感謝しています。」

もちろんその家族の誰も病院側の手落ちなどと言う言葉を発することなく、「感謝」の念を持って遺体と共に帰って行った。

                                        つづく
by akageno-ann | 2011-02-19 20:18 | 小説 | Trackback | Comments(2)