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アンのように生きる・・・(老育)

クリスマス 3題

昨年から傍にいる従妹が病を得て寄り添っているが、浮き沈みもありながらここで安定して
年を越せそうなので本当に神様に感謝しています。

昨年はこのクリスマスの時期をどう過ごしたかすっかり忘れてしまったのですが、
今年は家中のクリスマスグッズを
出して・・三日間小さな会を開きました。
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お客様を招くというのはほんの少しでもゆとりがあるということのように思えて幸せな三日間でした。
その間に母のところへ行って両親ともささやかなクリスマスのランチをしました。
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部屋の掃除を念入りにするという作業は私は来客がないとだめな私です・・・義父の存命中は週四日書道のお弟子さんたちが見えていたのでちょうど良い緊張感があったようです。今は愛犬も自由にしていますし・・今月に入ってから大掃除もかねて念入りに掃除しました。そしてささやかな食事を喜んでくださって・・いいクリスマスができました。
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無事に年を越せる・・とか 桜を家族皆で見るということが年々大切な行事になってきます。そして昨年のクリスマスはこんな風に過ごした・・という記録も大切に思えるようになりました。気まぐれな私の誘いに快く乗ってくださった友人たちに感謝する年末です。
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地震がありましたね・・実家の父が風邪気味のようで ちょっと心配な夜になりました。明日また様子を見に行きましょう・・母がそれでもしっかり電話してきたのが頼もしいです。今日は甥が行ってくれまして・・楽しい時間を過ごした後のことでした。寒いのでいろいろありますね  しかし北海道や新潟の叔母のところの雪も心配です。皆さんが良い年を迎えられますように  今主人は高知の神社の手伝いに行ってます。
by akageno-ann | 2016-12-29 00:00 | エッセ- | Trackback | Comments(5)

パリの思い出

またまた一挙に40年前に戻れました。
6時半に池袋で待ち合わせ・・少し早めに来た彼女・・
学生時代と同じ雰囲気でとても若々しい・・

科は違ったけれど サークルが合唱で・・そこで出会ったのでしたよね
そして合宿係で・・夏のサークルの大移動の準備世話係やりましたね。
いつの頃からか私はあなたが大好きで・・それは真面目だけれど気負わず
何かこう構えてしまう私をとてもリラックスさせてくれた人でした

今日はその頃と同じようにお話しできました。
年老いた親を看ている様子もとても似ていて・・詳しく話さなくても分かり合えるような

初めて飲んだ20歳のときのビールのこと・・私はちょっと忘れていたけれど
大学四年の春・・アンアンの懸賞に当たって・・二人でパリローマの旅にでたこと
そこで飲んだワインのおかげで 食中毒を免れたこと・・

あの旅は一つ一つ全部思い出せました・・

羽田からの雨の中のエールフランス機での出発  飛行機はゆったりしていました。
アテネフランスに通ってとりあえず なんとか旅行仏語だけはできたのか・使いたくて

当時のフランス人のCAと話したり・・シル ヴ プレの発音だけは上手だったりして・・
ところがあの機内食で私たち30人ほどの団体客は皆三日後のローマのレオナルド ダ ヴィンチ空港で
一人・・二人・・と救急車で運ばれることになり 空港で足止めをくいました・・

伝染病を心配されたんですね・・結局伝染性のない食中毒ということでしたが イタリア紙の朝刊に出たとか・・あとでエールフランスからもう一度行きませんか?のお誘いがあったけれど 私たちはいけなかったですね・・

とにかく私たちはローマより パリに行きたくて ローマの病院に入院は絶対しない・・パリに行くぞと
少しはお腹が痛かったかもしれませんが・・

二人で頑張りました・・

そしてパリのサンラザールホテルで団体は解散になり個人での旅になったのでした・・・

しかし当時のペンフレンドだった Hさんご一家に本当にお世話になって・・私たちは
忘れられないパリとヴェルサイユの旅を完遂できたのでした・・

そういえばその前のローマのホテルでは あまりに泥棒が多いと脅されていたせいで
私は自分のトランクが突然運ばれて行くのをすっかり動転して大騒ぎして友人を困らせたことも
思い出しました・・そういう私のパニック状態も彼女は落ち着いていてくれた人でした・・

本当にあれから40年

貴方とならまたどこかへ旅をしたいと思いました。

そう日本のどこかに・・・

ゆったりとしながらも今も現役で仕事を頑張る彼女の姿に勇気をもらいました。

本当に素敵に頑張っている彼女に刺激をもらいました。

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ありがとう

by akageno-ann | 2016-12-10 22:51 | エッセ- | Trackback | Comments(3)

明日はどこにしよう?

明日はとても久しぶりに大学時代に一番親しかった友人と会う。
先日ふと彼女とパリに行った時の夢を見た。
とても不思議でモンマルトルで二人で似顔絵を描いてもらっている絵だった。

実際はそんなことはしていないのだが・・ラ パン アジルのカフェに行こうか?
とかサンセブラン教会??だったかそこにフォーレのレクイエムを聴きに行こうか?
とかいろいろ逡巡したことを今も覚えていたらしい
私は時々ふと糸を解すきっかけをつくるとそのままするするっと解けてしまう思い出の
壺の蓋が空くのだ。

そんなことを想っていると もう一人小学校時代の友人が電話をくれた。

先日彼女からの年賀状欠礼の葉書が来て、若い親族を亡くされたことを知り
その年齢が従妹と近いこともあって、彼女にお悔やみの便りをだしていたのだ・・

しばらく会っていなかったが彼女の誠実さを思うときっと我がことのように心を砕いたで
あろうことを感じていた。

彼女もまた私の最後の一行 「あなたも本当に心を尽くされご苦労様でした」という言葉で
初めて泣けた・・と電話をくれて 二人で泣いてしまった。

偶然は重なるもので 同じ病院の同じ医師に掛かっていることもわかった。

それは今の私に大きな支えだった。
彼女もまたその医師を信頼できる人・・と言ってくれて 本当に嬉しかった。
幼い頃から何故か感性が似ているところがあって・・本当に久しぶりに話しても
つくづく癒される  

暖かなお節介のできる人で・・・同じクラスになったこともないのに・・ここまで仲良しでいられたのだ。
来週その医師の診療の日だが 彼女が是非よろしく伝えてほしいと言った。

そんな伝言をもらっただけでも私には嬉しい励みになった。

さて明日あう学生時代の友人とはどこで食事をしようか?と楽しみながら
場所探しをしている・・

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by akageno-ann | 2016-12-09 23:28 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

裏切らない場所

黒茶屋・・・ここは東京都五日市市の黒茶屋
いつ訪れても客人のもてなしがうまい店です。

朝の霧の深さにどんな天気になるのか・・と思っていたら
そうこの霧の深さは須賀敦子氏の「トリエステの坂道」にあった
イタリアの道路事情に似ている・・と思いながら
実は昨晩急に歯の古い詰め物がとれて・・
急ぎ早朝から診てくださる歯科医に行ったのですが・・前が全く見えない
箱根道以来の濃霧のドライブが怖かった・・ですが

よくいらっしゃいましたね・・と早速治療してくださったK医師が有難かったです。

帰り道は大分霧が晴れてきましたが・・子供たちの登校時間に警察や安全協会の
人々がたくさん出ていました・・

さて・・そんなこんなの早朝が9時を回ると好天になりました。

霧晴れてよし 飛行機雲が まっすぐに二本 空低くありました。
そこでご近所の若い友人と前から約束していた黒茶屋に車を走らせてみました。
この時期を逃すと道が凍ったり・・不安になりますから紅葉の最期を見に行きました。
山吹という静かな個室での昼餐でした。
こういう一日があるとまた明日からやっていけそうに思います。
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by akageno-ann | 2016-12-05 21:44 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

コンサートに寄せて

友人に招待していただいて久しぶりに夜の音楽会に行ってきた。サントリーホールや上野の文化会館など
かつてはまめに行っていたけれど、東京はこんなに素晴らしいところがたくさんあるのだから・・と
思うのだけれど、夜の観劇や音楽鑑賞は帰路がしんどくなって久しい・・

しかし昨晩の三鷹の風のホールのコンサート 音大付属校の先生方のガラコンサート
たくさんの生徒や父兄を前に伝えたい思いがひしひしと伝ってきてじわんときた。
朝から従妹が調子が悪く心配したが、施設の方のケアがよくて行ったら笑顔だった。
今日のコンサートの話をしたら彼女の娘の恩師の演奏会だから くれぐれも楽しんで
と言葉を必死に繋いでくれた。

そうなのだ高知からこの音高に娘を入れたくて彼女がどれほどの情熱を燃やしたことか・・
数々の思い出があるが、そこには恩師への感謝の想いもいっぱいつまっている。
病気療養中でも感謝の想いが伝えられるならば心が健康だといつも思う。

さて実家に寄って美容院にも寄って、新宿三丁目に出た。
伊勢丹に行きたかったが 副都心線は夕方は伊勢丹正面の改札出口が塞がってしまい。
丸ノ内線のホーム経由で・・と歩かされる
しんどいので丸ノ内線に乗って荻窪に出ることにした。
途中の駅が懐かしすぎた。
中野坂上はかつて高校時代の最寄駅であるし、東高円寺にはバドミントンの練習に通った
高円寺の体育館があった。あのころ・・・運動は同好会で嫌いではないが練習は熱心で
なかった・・しかし教員になって バドミントンはずいぶんやったから役にはたったようだ。

さて荻窪はかつてインド駐在中の大使のお宅があってお邪魔したことがあったと想い出した。
日本人学校に尽力してくださるご夫妻で 私も婦人部コーラス部の一人としてお手伝いさせて
いただいた。
あの頃の大使館関係の婦人方はピアノの上手な方がいらしてとりわけ大使夫人は素晴らしかった。
その方の伴奏でシューベルトのアヴェマリアを歌わせていただいたことは私の宝物になっている。

ふとクラシックの良さを再認識して・・三鷹の会場へ ラベルの華やかなピアノ曲のあとの
バッハのヴァイオリン・・・癒された・・そしてエレクトーンによるオーケストラバージョンの
伴奏でプッチーニ とTime to say Goodebye・・・かつて必死になってアンドレアボチェッリの
来日公演のチケットをとって聞きに行った時を思い出す・・その時以上の素敵な演奏だった
再びバッハのクリスマスオラトリオ・・この曲をドイツ旅行でアイゼナハの教会で聞いたことを
想い出した。
c0155326_11395522.jpgその後友人のピアノ伴奏で リストとシューマンの曲による ローレライ・・
ドイツリートは心地よくて・・ライン下りはしていないがマインツに旅した時を
想い出した・・ドイツリートの生まれたあの地域の雰囲気を感じた。
一時シューベルトの楽曲にはまって学んだことがあったが・・ふとまた楽譜を取り出して
みたくなった・・
友人のピアノはウイーンの大学でも研鑽を積まれた素敵な演奏で・・今そのウイーンに
お嬢さんがピアノで留学中ときく・・
流れるようにつながる音楽の絆を感じずにはいられない・・

写真はヴュルツブルグのレディデンツで1989





by akageno-ann | 2016-12-03 11:34 | エッセ- | Trackback | Comments(3)