アンのように生きる・・・(老育)

akagenoann.exblog.jp

かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

ブログトップ | ログイン

<   2017年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧

37回目の更新

30日は結婚記念日と普通はいうが・・我が家の場合は結婚更新の日と呼んでいる。
インドに行ったころより 私たちは結構な喧嘩をするようになった。
新婚時代から舅と一緒に暮らすと家庭内で遠慮があるせいかあまり本当の喧嘩をしていなかったが
在外のインドで夫婦二人になって初めて芯から喧嘩をするようになっていた。

そして夫婦で向き合ってみて、「これからまたこの結婚を続けますか?」と互いに
問うのだ・・・それが不思議と冬を抜けたこの早春の結婚記念日あたりにそんなことになるので
いつの間にかこの日は更新日になった・・

そして今年もまた38年目に突入した。
c0155326_21062148.jpg















家の前の公園の桜が一部咲き始めた日でもあった。

この日実は二人とも記念日を忘れていた。骨折して青梅に入院した従妹を、私の父が伯父として
見舞いたい・・というので、一人にはしておけない練馬の実家の母を主人が見守りに行ってくれると
いうことになって・・実現した。

母のことも心配だったが、主人が初めて母をランチに連れ出してくれるというので任せた。
主人はのんびりと母の相手をしてくれたようで・・母も「お世話になったのよ」と
機嫌よく電話に出た。

それを聞いてほっとして、父と二人で従妹の病院に行くと、従妹はベッドにいながら
「おじちゃん・・ありがとう・・無理せんでね・・」とか細い声だったが父に抱きつくように手を伸ばした
従妹の肩を抱いて「よう頑張っているんね・・すぐに来ないで悪かったね・・」と二人が土佐弁で話すのをみて
思わず、泣きそうになった・・・


従妹は私の父を昔から大好きで・・そして尊敬してくれていた。
前日まで父の見舞いが彼女の負担にならないか心配したし・・母のことも心配だったから
いろいろ取り越し苦労した私の想いは杞憂に終わった・・そしてほっとした。

父は耳も遠くなったが、看護士さんと 隣のベッドのご婦人に丁寧に挨拶をしてくれて
従妹も喜んでいた。

いくつになっても父であり従妹にとって伯父であるのだ・・と改めて思った。

そういえば14年前従妹が脳内出血に倒れて 嵐の夜の大手術が夜明けの4時までかかったときも
父は一睡もせずに病院に控室のソファアでつきあってくれたこと・・・

あの時父は73歳でずっと若かったな・・と

そんなことを想ったこの日だった。
今 父は一つ違いの愛妻である私の母が少しずつ衰えてしまっていくのをじっくりと見守り、
共に暮らし 哀しみを乗り越えている・・

私や妹と父は、互いの思いが強すぎて時にぶつかるが・・この父に敵うことは何もないと
娘として思っているのですよ・・といつも後ろ姿に語りかける・・

そんな3月31日・・・そして明日からは4月だ・・・

春よこい・・・早く来い・・・あっちゃん歩きたいね・・・



by akageno-ann | 2017-03-31 21:34 | 老育 | Trackback | Comments(6)

逆転優勝

まさか・・ということが起こった今日の相撲 横綱稀勢の里の逆転優勝には
とても励まされた。

従妹が大腿骨骨折を負って 手術をし、チタンのボルトを入れてから4日が経過した
もともとの左半身不随の左足なので 骨ももろくなっており、十分あった危険な
可能性・・と主治医からのお話に 致し方のないことと納得し手術していただいて
立ち上がるまでのリハビリをしましょうということになった

私は毎日顔を見にいっておしゃべりするだけだが 従妹は喜んでくれるので
張り合いになる

思えば彼女とは彼女の年齢分の付き合いになる

可愛らしい妹のような子で 彼女が生まれたころは私はまだ一人っ子だったので
故郷に帰って つきまとってくる彼女が愛おしかった。

面白い子で 私の隣に座って一緒に食事をするのではだめで 私のお茶碗とお箸で
同じものを食べたい・・と祖母を困らせていた。
父親が神社の宮司だったから母親も年中無休の忙しい神事を手伝い、彼女と私の祖母が
よく面倒をみていた。

初めて会ったのは私が小学校1年生で 彼女が1歳だったと思うが
私の名前を呼んでぴったりくっついてくる子だった。

その頃のままの可愛らしさが最近また出てきた。
私よりもよほど行動的で 結婚前は世界一周を一人でやってのけたお転婆だが
結婚してからは実に良き母となった

その彼女と持ちつ持たれつ時には喧嘩もしたけれど 彼女が43歳までは
活動的な彼女に振り回されるような仲で・・今はその頃が懐かしい

二つ一緒に旅をしたが 最後に急に一人キャンセルになった・・という
ハワイ旅行に誘われてその穴埋めをしたのが彼女の我儘につきあった最後だった

あれから14年 途中故郷にも連れ帰ったが、やはり私の近くの施設がいいと
戻ってきて12年になる

不慮の事故でさらに病院入院にはなったが 骨折した左足はこれまでの施設での
リハビリのおかげで筋肉もあり・・
指先がよく動いているのをみると奇跡がおこって動きはしないか・・と
楽天的な私たちは思ってしまう・・
c0155326_22403055.jpg


そのためにこうした試練があるのだ・・とつい考えてしまう・・

あっちゃん・・・頑張れ  あなたの頑張りを私は一番よく見てきた・・
もうひとがんばりしようや・・

by akageno-ann | 2017-03-26 22:44 | エッセ- | Trackback | Comments(4)

春はそこまで

春よこい・・という童謡が大好きだった

春よ来い 早く来い おうちの前の桃の木の
つぼみもみんなほころんで・・♪♪

今朝家の前の公園へ小夏と一緒に出たら 桜の蕾は一層大きくなっていて
昨晩の寒さを忘れた

ちょっと更新をさぼっていたら ブログの友人がどうしたの・?と心配してくれた。
この間いろいろあったのですが、一番大きかったのは 主人が急に頼まれて
小学校一年生の産休代理の担任を引き受けたことだ
遠い学校なので 朝は5時から起きて 送り出しの準備
弁当も必要だった・・

そして従妹の調子が悪くて 心配していたら 大腿骨の頸部骨折という
状況で急遽この近くの整形外科では特に有名な高木病院に搬送された

毎日様子をみにいくだけだが 今日はしんどさがましているようで
可愛そうでたまらなかった・・そんな中にも彼女は孫の成長を心配したり
居住している施設のスタッフのお子さん誕生のニュースにお祝いをあげてほしい
と願ったりして痛み止めで朦朧としているのにその心があるうちはまだまだ元気と
嬉しくなる・・

今日はご近所のご主人が長い闘病の末に亡くなられて通夜式だった
奥様がいつも本当に献身的な介助をされていて
夫婦であのように最後まで看取られた姿には感銘を受ける

奥様が とても疲れていらっしゃるお姿に心が痛くて背中をさすって言葉を
かけてしまった・・
何もお手伝いできなかったので・・

心が折れる日だったが夕刻 友人が京都に行ったので・・と桜湯の汐桜を届けてくださった・・
大丈夫?と私を心配してくださる方で今日は本当に有難かった
c0155326_21482388.jpg

冬から春にかわるこの時期は気候も厳しく、まだ風邪もはやり花粉症の方たちはしんどそうです
心を開放しつつ 新しい年度に向って進んでいきたいです


by akageno-ann | 2017-03-17 22:08 | エッセ- | Trackback | Comments(3)