アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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小学校4年生の図書室で同級生に薦められて読んだ「赤毛のアン」村岡花子訳
あの時の感動を映像のように覚えている。
それから中学校時代の古い木造校舎の狭い図書室に 赤毛のアンシリーズがしっかりと
本棚に並べられていて・・そこで借りて我が家の狭い廊下に寝そべって読みふけった
風景もはっきりと覚えている・・

その中で今日は「アンの夢の家」を読み返している。
今BSのNHKプレミアムでは朝7時15分に 「花子とアン」という
タイトルで村岡花子さんの一生を連続ドラマとして再放送しているが
戦火の中を大切に抱え持って原書の Ann of Green gables を守り私たち日本の
女性たちにカナダの勤勉な女性像を紹介してくださったその意志に深い敬意を改めて持つ。

原書で読もうと試みて原書を持っているはずだが・・どこかにしまい忘れたり英語を身に着けていない自分が
一番歯がゆいが・・最近は遅ればせながら 英会話を学んでいる。

大正の時代にしっかりとミッションスクールで英語を身に着け翻訳者になった村岡氏の才能と努力
その中にお子さんを亡くされたり 家族の様々な不幸な出来事にも前向きな姿勢を「アン」から
学ばれているようにも思う。

アンもまた新婚時代を美しい港町 グレン セント メアリーという地で 始めたが
長女ジョイスを 死産という形で迎えた。

その悲鳴に近いうめき声を私は想像した。

その後も最愛の息子を戦争にとられ 実に数奇な人生を歩むのだが 夫のギルバート ブライスと
共に愛情深く年を重ねていくのである。

育ての親のマシュウーとマリラとの別れも描かれている。
私の読んだ範囲ではアンは54歳までの人生を過ごしたが・・子供のいない私もその中に重ねることが
しばしばあった。

そしてどんな「幸福の中にも かすかな悲しみの影がつきまとう・・・」という言葉 知らない困難よりも
今ある困難に立ち向かう方が楽である・・という引用文によって私は今も明るく生きているようだ。

「アンのように生きる」と題したこのブログも10年以上に渡って綴らせてもらい・・そのまま自分の
ささやかな人生の記録になっている。

ふと振り返り支えられていることは読んでくださる方がいる・・という実績である。

しかし自分の人生の中で残しておくべきことというのが一つでもあれば有難いが・・
村岡氏の作品が100年を超えてずっと心の支えになっていることにも驚く
ルーシー モード モンゴメリ氏の作品なのであるが 私の中には日本語「赤毛のアン」とそのシリーズが
沁みこんでいる・・・

文庫本には若い頃に何故かページごとに 鉛筆の傍線が引かれていて・・
もちろん私が引いたのであるが・・・・
そんなことにも心が動かされる・・

今日は「アンの夢の家」の再読をしていて 父が山本周五郎氏や藤沢周平氏の作品を今も何度も読み返している
その心を探ってみたりもしている・・


by akageno-ann | 2017-11-13 22:36 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

ひとつの山

母のやさしさはここへきて改めて感じさせられた。
着替えのこと 食事のことと私は口うるさいのに 素直に受け取ってくれて
自分で気を付けようとしている母の姿に感動してしまう。

その上お風呂に入れる時の手伝いをすると
「今日は赤ちゃんのようにみんなやってもらってありがとう」
そんな風に言うようになった母・・

手すりを使って自分で湯船に入ろうとするし・・
着替えも自分からしてくれるようになった

確実に元に戻っている・・

食事を作っていると うしろにたって・・
「私も結構料理していたのに・・なにもしなくなってしまって・・」
と悪びれるし・・
何を作っても 「おいしいおいしい」と言ってくれる・・

病院の生活は母は本当に辛かったらしい・・
何より赤ちゃん扱いされたのが我慢ならなかったのか
薬が強すぎたのか・・

あのまま入院生活が続いていたら・・と思うと本当におそろしいと
感じる・・

母と父の運の強さが私たち姉妹を突き動かしたことは間違いない

父とは難しい局面もあるが それでも毎日会っていると慣れてくる・・
親子の関係が戻り・・父は威厳を保ち
母は やはり私たちに素直に従う・・・

離れていた30年間の溝を埋める山場は過ぎたようにも思う・・

肩肘張らずに・・と父に言われた・・・
こちらも言いたいところだが・・父はあれが自然体らしい・・173.png

by akageno-ann | 2017-11-10 23:41 | 老育 | Trackback | Comments(0)

寄り添う

母が腸閉塞で入院し・・それが引き金で少しずつ生活能力がおちたことと
これまで一緒に支えていた父が疲弊したのか私や妹との会話に混乱をきたす
ことが増えたと思っていたのだが・・

それは私のあまりに今までどおりを願う気持ちが強すぎたのだ・・と
この頃思えるようになった。

介護施設の良さを知っている自分は両親の為に母が一時でもそういう施設で
のんびり暮らしてくれた方が安心・・と思ったのだが
実は両親の自分たちで生きて行くという気持ちの強さに寄り添っていなかった。

本当は同居が一番良いのだが 突然の同居には無理があると感じて
1カ月は毎日泊まり 今は週三回泊まって・・1日一回は両親と過ごす・・と
言う日々を過ごしている。

定期券を買ったらと自宅と実家の行き来が1時間10分でできるせいもあるが
気楽に行えるようになった。

今のところはまだそんなにしんどさを感じないが 寒くなるとちょっと心配はある
先ず風邪を互いに引かないことと思い インフルエンザの予防接種をしたが
電車に毎日乗ると 罹患する確率は多そうだ・・
ただあまり神経質にならない様に・・とこの頃思えるようになってきた。

こういう日を想定していたから 早朝のセブンイレブンのパートも頑張っていたし
プールで水泳指導も受けていた。

今のところはパートを辞めたことがとても楽になって その分実家に費やす時間が
でき、水泳は体力つくりと精神修養と 気分転換になっている。

従妹の施設のすぐ近くなのでそのことも行きやすさになっているようだ。

教師一年目に先輩方言われた・・とにかく毎日出勤する・・それが児童に対して誠実な
教師である・・と言われたが  何に対しても自分のノルマを責任もってこなすというのは
基本だと改めて思った。

父と言い争いもするが・・食事も生活パターンも大分わかってきたので最近はなんとか
この感じでやっていけそうだ・・と思っている。

水に体を委ねて泳いでいると・・本当に日常を忘れることもできるようになり
実家にいる間は 本を読むようになった。

いくつになっても親から学ばせられることはあって・・
自分の年の取り方もよく考える・・
父もまた自分をしっかり確立したいと頑張るし 認知症になったかと思った母は 
同じことを繰り返したり 家事への関心は減ったままだが、私たちと普段の会話を
するようになった・・
何より驚かされたのは お風呂に自分から入るようになり、足の筋肉がついてきたのだ
洋服の着替えもちぐはぐだったのが、気をつけて朝一人で着替えるようになった
あまりに私が手を出しすぎていたのかもしれない・・
でもいつまた落ち込むかもしれないという心配はつきないので
毎日顔を出すことだけはやめないでいる・・

一緒に住む・・は今はしない方がよさそうだ・・毎日お節介に家政婦をやりに行くくことは
自然に待ってくれるようになった。

歩み寄るのはそう簡単ではないことも痛感している
自然に任せる・・というのもドキドキして行っている
でもあまり安心しきって暮らすとそんなときこそ事件はおこることを何度も経験しているので
ドキドキしながら 暮らしている。
そんなとき 水泳でバタフライを習得しつつある・・この年でバタフライ・・
そんなドキドキも今は私を支えてくれている・・




by akageno-ann | 2017-11-05 23:05 | 老育 | Trackback | Comments(0)