アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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同じ1954年生まれと改めて知ってとても親近感をもちながら
また衝撃も受けている。5才で両親とイギリスに渡られ大人になって
英国国籍を選んだ彼の生い立ち!
子どもの頃に放り込まれた異国の教育機関で素直に学んでいく姿を
想像するに彼のもつ能力の高さと真摯な態度が大きく影響したであろうと
敬意を抱く。
良い環境と一口にいってもそこで自分が生きるも死ぬルも本人次第だ

初めて日本語に翻訳された「日の名残り」を読んだ時、作者を英国と日本の
混血人だと勝手に思いこんだ。
それ程英国の古風な生活様式に精通されていた。
自分は30代でかつて英国領地だ⊃たインドニユーデリーに少し住んだときに
感じた英国気質というものに興味を深めることができたのだ。

その作家が同い年の日本人と知って実に驚いてしまった。

と共に日本人だから感じとれる心の機微もあるのであろう。

インドもまたとても日本的な感性をもつインド人に会った。

使用人のつかい方もよく教えてくれた。
あの英語の生活の日々にもっとしっかり学んでおくべきであったと
反省しつづけている。

# by akageno-ann | 2017-10-10 22:00 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

日の名残り

今日は実家から帰って夜を静かに過ごしていたら、ノーベル文学賞にイギリスの
カズオ イシグロ氏に決まったと 嬉しいニュースがあった・・


  アンソニーホプキンスの感情を押し殺した イギリス名家の執事としての
繊細な演技に魅せられてから 私は その文章に触れたのだが・・・・・

それ以来彼の文体に関心を寄せていた。
しかし全くの同世代であることに改めて今日触れて とても恐れ多いことだと感じた。

感性が深くて10歳は上の方だと思っていたから・・

ご両親がイギリスにわたられて・・・のちにイギリス国籍をとられたという特異性を
真摯に受け止めて努力されたことを感じさせる 文学者

改めて作品に触れて行きたいという思いと・・
老いていく私の両親との暮らしも丁寧に綴って行こうという気持ちにさせてもらった。

丁寧に努力する・・・それが人生の上で大切でこれからの余生を過ごさなくてはならない
とエールを送られた気がするのは 身勝手な感想だが  感謝したいほどだ。

昨年のボブディラン氏と同様に  ノーベル文学賞の行方が毎年とても興味深いものに
なってきた。

川端康成氏 大江健三郎氏のときの数倍今回のイシグロ氏の受賞が心に沁みた

明日はまた実家に戻って眠ることになるが 彼の本を持って行こうと思う。




# by akageno-ann | 2017-10-05 23:29 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

神無月なりて

八百万の神々が出雲の地に集まられるという伝説を幼い頃聞いていたので、
なんだか今月は心もとない気持ちになるが・・
実は留守神様がいらして、しっかりと皆を守っていられると・・神主の
伯父に聞いたことも思い出している。

母の二回の救急搬送は私たち家族の心をすっかり怯えさせているが、幸い
母は最初の救急搬送の前の状態に戻っている。

しかしいつ何があっても不思議ではないほどに年を重ねていることも事実で
私たち姉妹は結束を堅くしている。
先ずなるべく実家に寄り添うこと・・
昼間は妹やその息子が母の傍に行き 夜は私がとにかく泊まり込むという体制を
ここまで続けてきた・・
このまま冬にずれ込むのだと・・いろいろと不安があり、いい施設を妹が探してきて
予約までしてきたが・・母はこの家を離れたくないという意志が強く、
もっといい介護を受けた方が・・と思いつつも  父と私たちで支えられるだけ支えることが
一番良いのかも・・とも思っている。

母は入院中に立てませんよ・・と医師から伝えられたが リハビリ病院に移ることを拒否して
自宅に戻った・・・その日の夜中・・ひょこっと一人でトイレにベットから立ったので
私は仰天したが・・人間の想いを母の想いを痛感した・・・

その翌日に驚かされたのは 処方された 抗生物質が母には少々強くて 気を失い
「ああ・・・やはり無理をさせたのだ」と父と落ち込んだが  病院側がこれは薬のせいです、と
素早い処置をしてくれたので、三日で退院できた・・

父と私たちで毎日病院に行くので・・母の願いの通り今度は早く家に帰してくれたのだ。

舅との30年以上の同居の間に 私は両親の好きなものも生活形態も知らずに 愕然とするほど
愚かな娘になっていたが・・・そこは生まれ育った小さな家の我が家 両親のペースを崩さない様に
寝泊りする生活に慣れてきた・・
夫も実によく協力してくれて・・1カ月がたった・・

母はもう少し頑張れそうな気がしてきている・・
退院後一日で気を失った母が救急搬送された晩は  かなり覚悟もしたので そういう普通の生活が
戻ることに半信半疑な自分であったが・・恐る恐る 日中家に戻ったり  泊まりを一日やめたり
と試している・・

この間に両親の築いた暮らしが、私の中に広がってきて・・・感動したり 逆にそのあまりに
自分たちで守っているものの強さに哀しみをもったりと・・・
これはこれからずっと記録して行こうと決めた・・

両親の60有余年の結婚生活・・・それは素晴らしいとしかいえない・・

それに重ねて先日地元の敬老会に一緒にカラオケ部として参加された 二人合わせて180歳の
ご夫妻の姿にも感動と学ぶべきものの多いことを感じている・・

私も高齢化の社会の一員として・・さまざまな問題に直面して・・・若いケアマネージャーの
考え方なども聴きながら歩んでいこうと思う。

# by akageno-ann | 2017-10-02 23:01 | 老育 | Trackback | Comments(1)

実家にて

こういう暮らしもありという事だが実家に宿泊して二週間目が終わる。両親は満足してくるから驚く。どんどん自分のペースを取り戻している。妹と良い施設もみつけてみたりしているが要するに自宅で最後までという希望は強いのだ。
ならばそれを叶えることが子供の努めか?とも思う。舅とは35年ともに暮らした。その決心をしたのは結婚後半年たってのことだったと記憶が蘇ってくる。
その時の一人暮らしの舅が気の毒という純粋な思いが60才を過ぎた今少なからず変化していることに残念な思いがある。そんなことをつづる自分にも老いが忍び寄っているのだということなのだ。まだこの実家の一室を自分の部屋にしようと思わないのは、今くらす自分の家と25才までくらしたこの家の様相が違っているからにほかならない。
さてこれからどう変化していくかはもちろん両親によるが少し自分勝手になっているが尚やさしくかわいらしい母と、かなり頑固さを増しつつ自立心を保とうとする父らしい父との小さないえやや大きくなりつつある攻防戦が始まりそうだ。

今日は日中自宅に戻り地域の敬老会に顔を出してきたが百十余名集まった後期高齢者の様々な生き方を感じてまた気持ちがゆらいでいる。
今夜母はおだやかな寝顔だ。

# by akageno-ann | 2017-09-24 23:05 | Trackback | Comments(0)

母平静に戻る・・・

とても心配な日々が2日続いたあと・・・母はまるで憑き物が落ちたように穏やかになって
病室にいた・・いやその日はベッドが空で・・・心配したら 車いすで看護士さんとリハビリ中だった
母が「ここよ・・」と手をふっている
「何かございましたか?」と尋ねると・・「ベットばかりでないように移動してみました・・」
と当番の若い看護士さんが言ってくれた・・

「ありがとうございます・・」と感謝すると 母は「なんでもやってもらってしまって・・」と
すっかり落ち着いている・・しかもその日は入院前よりクリアな母がいた・・

ごくまれに 本当にこんな風にクリアになる話も聞いてはいるが・・これもひと時の母の情況だと
こちらもぬか喜びはしないが・・でもこの日はこのしっかりと話してくれる母であることを喜びたくて
妹にもさっそくメールした・・

とりあえずこの病院での暮らしに慣れてはきたようだが・・このあとをどうするか・・が
問題である。

普通はリハビリ病院へ移ってから自宅なのだが・・母は自宅を願っている・・
その願いは父も同じだ・・

ここで心つもりをしなくてはならないのは私の行動である・・

私の自宅は幸い二軒になっているから 引っ越してもらうことが私は楽なのだが・・
そうは簡単には行かない話である。

二人は今の都心の生活から離れる気持ちは全くない・・

住みなれてご近所もいいその場所がいいのである・・
と、いうことは私たちが毎日通うことになるが・・たまに寝泊りもして
それが一番良さそうだ・・主人の父とは30年以上一緒に暮らしてきた
それとはまた別の感覚がある・・

でもいよいよ実の両親との新しい暮らし方を模索するときがきた・・

ただ有難いのはケアマネージャーさんやケースワーカーの方 そして従妹の施設の
方たち・・皆多くの経験をもって相談にのってくださる・・
私も自分の心を正直に相談している・・
それが義父の時とは違っている  そして時代もずいぶんと老人の多い問題点を
抱えるようになっていることも感じている・・

さて今日は母はどんな感じで病院で待っているか・・と考えながら 出かけていく・・


# by akageno-ann | 2017-09-07 09:56 | 老育 | Trackback | Comments(1)

母の反乱

こうしてここに書けることをまず嬉しく思う。
先週母が突然吐血して救急搬送されると朝電話がかかり・・・
これはいよいよ・・・と覚悟しながら すぐに電車に乗った。
幸いすぐに行動できる時間帯だったことと 実家のご近所の
お二人の奥さんが本当によくフォローしてくださって・・

病院にかけつけると 父が心配そうにだが結構しっかりと
状況を看護士に説明しているところだった。

ただ耳が遠いので聞き返しも多く・・看護士の方たちも
根気よく聞いてくださっていた。

母は幸い意識もあり、落ち着いていたのでほっとしたが・・
やがて妹も車で駆けつけ・・いよいよ病状の説明になった。

腸閉塞だった・・前日に実家で母は元気そうだったが、なんとなく
食欲がいつもほどではないな・・と思っていたらそれが症状だったようだ。

その日の治療は鼻から管を通して造影剤を注入してのレントゲン撮影に
なったようだが、その管を挿入するのが苦しかったらしい・・

翌日いったら管は夜中の間に母が抜いてしまう・・という状況に
変わっていた。「苦しかったのですからしかたないのです。」
と看護師も医師も説明してくれたのだが・・・

今後の治療が心配になった。
しかも吐血時の吐くという事象が誤嚥性肺炎も引き起こしていた。
母はいきなり病院のベッドにいろいろな管で繋がれることになってしまった。

妹と様々なことを相談し・・父のケアと共に行ったり来たりの一週間が過ぎた・・

従妹の施設のケアマネージャーにも相談させてもらって
いよいよ・・・と考えていると、ケアマネのOさんがアドヴァイスしてくれた。

「経過は日々刻々変わるのでゆっくり考えていらっしゃれば大丈夫ですよ・・」
そのことは入院先の医師や看護師も言ってくれた。
「お母様は今は病院にいる状況も受け入れられなくて、混乱されてますが落ち着きますから・・」
永年の経験をお知らせいただくのは本当に有難いし・・確かに私も義父や従妹をみていて
いろいろあったな・・と落ち着くことができた・・
ただ妹が行ったときには 母はベッドで 暴れていたらしい・・・
私がいくと手にミトンをされていてそれがうっとおしそうだったが 私たちが見守るとき以外は
外すことができなかった・・

叔母が心配して電話してくれた時に・・母の実家の神社で病気平癒のお祈りしているから・・伝えて
といってくれたので、母の両親の写真を持って行ったりして・・なだめるように話すと
次第に納得するような気配もあったが・・やはり苦しさはとれなかった・・

妹は心から心配していたが・・・「母のこれが初めての反乱だね・・」と認めることが
できた私たちだった・・母は 一度だって私たちの前でわがままを言わない人だったから・・

# by akageno-ann | 2017-09-05 01:59 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

所属することの意味

60歳を越えると地域自治体の老人会に入会可能になる。
老人会というと今は80歳を超えないと老人とは認められない気もするのだが
この組織はなかなか大切なものだと感じている。

もちろん紅葉会とかことぶき会とか地域によって名称も違うのだが
内容は老人たちの集会である。

亡き父が亡くなる日まで30年間所属していたので、その組織や活動を垣間見る機会と
人手が足りないとちょっと手伝ったりしていたので、馴染みやすかった。

そこで昨年から誘っていただくままに入会した。
もちろん一番若手になる。

せっかく年寄りの仲間に入れてもらったら 若いのだから若いのだから・・と
言われると違和感があるが・・

しかしこういうコミュニティに参加する意義というのを感じる
若いという時代から入会してその組織に身を置くということから学びがある

というのは先ず93歳と88歳のご夫妻の謙虚な生き方を見せていただいた。
私の両親との生活の中でも 謙虚であることの大切さを感じている。

年を重ねると 自らが一番・・気になる存在となり自分中心な考え方が強くなる。
そこを補うように添っていかねばならないと思っている・・

昨日は誕生日で両親とカレーを食べに行った・・
母はカレーとコーヒーは認知症予防になる・・というので
ちょっと可愛らしかった・・

カレーは私も大好きで インド時代を思い出し話をしていたらその晩に
女優菅野美穂さんの ヨガの心を訪ねるインドの旅を見た

私の見たインドとは違うインド・・・私の住んだ1987年からのデリーから
20年後のインドがそこにあった・・

デリーは とても進化していたが・・・ヨガの聖地リシュケシュは
殆ど変わっていないように感じた・・



# by akageno-ann | 2017-08-22 02:28 | 老育 | Trackback | Comments(1)

誕生日前

毎年誕生日前はいろいろと考え事をする機会に恵まれる。
63歳になるが・・・ここまで無事に生きてきたことに少しの驚きと
両親に感謝している今年の私である。
両親はかなり年をとったので、それなりに苦労して暮らしている。
私たち姉妹と家族で一日おきに生活の支援をしているが、父が特に
母の為に力を尽くしている。
父と私は性格が似ていて勝気なので ぶつかりそうになることも多く
心が塞ぐこともあるが・・考え方の基本は同じなのでそこを忘れない様に
接している・・

母のことを自分の責任と感じて丁寧に面倒を見るのだ。
つい私が手を出し過ぎるのでややこしいことになるのだが
そこを年月で互いに慣れることが大事だと思っている。
でも今夜は 母が腕時計を失くしたと心配して電話くれて
明日一緒に探すからと言ったら、ほっとしてくれたので私も深くほっとできた。

そういうことがたまにある・・

母は最近 電話を自分の名前を言ってかけてくる。
今までは「お母さんよ・・」とかけてくれたのに・・
なんだか姉妹のような感覚になっている・・

祖母が年取って私と母を混同したように 年代の感覚が鈍ったのかもしれない・・

母が少しずつ意識に変化ができたのは70歳のころからだったように最近思う。
少しずつ10数年かけて母は今の母に変化した・・

父にあまり気を遣わず自分の意志をはじめて通している母が私は愛おしい・・
私たちの為に自分を抑えて生きて来てくれたことは間違いないのだ・・

そんなことを今年は誕生日前に深く感じている・・



# by akageno-ann | 2017-08-14 23:46 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

葉月に生まれる

母も祖母も私もこの八月に生まれた・・
夏は苦手だと思っていたけれど・・今年はどういうわけか夏が急に好きになった・・

夏の海を見たせいかもしれない・・
従妹の母である私の叔母と、従弟のお嫁さんが 私を労ってくれようと
宇佐湾を見下ろす高台のレストラン ヴィラサントリーニに連れて
行ってくれた・・・

びっくりするほど美しくて外国のようで 私はそこでの二時間を
満喫した・・・かつて行った地中海に面した 町フランスのマントンを
想い出した・・・
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オーナーはギリシャを感じてここにこのリゾートを建てたという
素晴らしい感覚だ・・
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カクテルはノンアルコールで仁淀ブルーという美しい一級河川仁淀川に
敬意を表するかのようなグラスが運ばれた・・

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お料理も期待以上のフレンチで 高知の地場産の野菜たちが
実に美味しく盛られていた・・(オードブルに先ずまいった・・)
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# by akageno-ann | 2017-08-04 00:57 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

ここはどこ?

思いがけない旅になった。

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ちょっと食事に行こうということで車を30分走らせて海沿いの宇佐という
方面に行き、宇佐湾を見下ろしながら山を登ったてっぺんの表情がこの写真
ここはどこ?ついラインで友人に写真を送ってしまった・・

時差のある国に旅しているの?というその返信がうれしかった・・
もちろんここは日本で故郷高知の一角・・

ほんの2時間の滞在で私の心は癒された・・

# by akageno-ann | 2017-07-31 02:00 | エッセ- | Trackback | Comments(1)