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怒り・・・・

第3章 その7

翔一郎の自宅への退院はあと1ヶ月となった。

具体的になると、それは先ず家の構造を整えなくてはならない。

バリアフリーというのは敷居に段差がない、とか家の壁に手すりがついている、とかいった単純なものと風呂場やトイレ、洗面台の改造という複雑なものが含まれる。

行政の補助を使うこともできるが、申請に審査、工事を請け負う工務店との打ち合わせと、妻の美沙の心を煩わせることが次から次へと重なってきた。

家には翔一郎の母、信子がいるがこういう交渉ごとはいつも翔一郎がやるようになっていたから、頭の切り替えができないようで、美沙が一人で行うことになった。

いくら補助金が出るといっても出費は大きい。

最初の工務店のとの話し合いにやってきた人があまりに様々なことにまでバリアフリーを主張するので、美沙はふとインド時代のインド人との交渉を思い出した。親切な強引さが、似ていたのだ。

始めは言われるままに聞いていたが、話が洗面台の下に敷かれたクッションフロアを張り替える話になったときだった。

「洗面台を低くして新しい障害者用の洗面台をつけます。そのときに下のフロアを剥がしますのでそのクッションフロアと同じものにこの床を変えます。」

そう業者は美沙にずけずけと命令するように話していた。

美沙は静かな微笑を浮かべて、

「その計画はケアマネージャー(リハビリの全ての計画をたてる人)からの指導ですか?」

と、切り替えした。

「そうですよ、この際やっておかないと、患者さんが帰宅されてからすぐに困りますからね。」

と、殆ど意に介してしないようだ。

「しかし、工事費が嵩みますよね。」
美沙は続けた。

業者はまだ自分より若そうな女主人の美沙を全く恐れることはなかった。

「あとでやるのは大変です・・今ならまとめて行政の補助を使えます。」
と、当たり前のように応えた。

美沙は厳しい口調になっていた。

「ここのクッションフロアを全て変える理由はなんですか?」

業者はまるでなんて質問をするんだ・・というように
「だって柄が変わったら可笑しいでしょう・・」

美沙は切り替えして
「可笑しいとも思いませんし、そんなに古いクッションフロアではないのだから品番から同じものが注文できるはずですよ。」
と、厳しい口調になった。

業者は
「それじゃこれをやった工務店に連絡とって品番をちゃんと教えてください。あればそれでやりますよ。」
と、不快さをむき出しにした。

美沙は信子に頼んで茶菓の用意をしてもらい、一旦話し合いに切り替えた。

業者はふてぶてしく出されたコーヒーを口にしたが、信子の淹れたコーヒーの美味しさに一瞬息をのんだように見えた。美沙はそこで話し始めた。

「私が生意気なことを申したかもしれませんが、主人の病気でこれまでに何やかにやと出費が大きかったので、どうしても最小限の改造にしたいのです。夫がこうなった今人を呼ぶわけでもありませんから、フロアの柄など我慢できるところで倹約したいのですよ。」

業者も黙って聞いた。

「しかも、この家庭の中で暮らしながらできることをやっていくわけですから、まだ洗面も一人でできないのに彼の為に障害者用の洗面台にして、育ち盛りの子供が腰をかがめて洗面したり洗髪したりするというのもおかしな話です。洗面は私が支えながら別に洗面台を簡易に作ってする予定です。」

業者は呆れ気味に

「そんな悠長なことではあとで大変ですよ。旧式ですよね。」

美沙は笑って

「私たちインドでしばらく過ごしましたから結構旧式に慣れていて好きなんですよ。
あちらではお手伝いさんがいたので、私はしばらくそのお手伝いさんの気持ちになってやってみたいのです。」

そう心から話した。

業者も真顔になっていた。

つづく

 「ここに使われる絵や文章の無断転載は固くお断りいたします。
    よろしくお願いします。」

小夏庵ものぞいてくださいね。

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by akageno-ann | 2009-02-24 17:47 | 小説 | Trackback | Comments(11)

Commented at 2009-02-25 02:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by fmutu at 2009-02-25 10:46
そうですよね。。。必要かそうでないか、よく話あってからですよね。
相手の立場に立って親身に考えてほしいですね^v^

Commented by higeji-musume at 2009-02-25 15:35
読んでいてリハビリもバリアフリーの工事も
すべて母任せだったな・・・と今更ながら反省です。
母が一番きつかった時なのに・・・。
Commented at 2009-02-25 15:56
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by panipopo at 2009-02-25 16:51 x
↓のリハビリのことや介助のことを読んでも大変だな、って思いました。
本当に根気と体力が要りますね。
日本ではきちんとバリアフリーなどでおうちを改造できるのが、それも行政が少し援助してくれるなんて、素晴らしいって思います。
でも、やはりお金って必要ですよね。これからのこともあるし、理子ちゃんの進学のこともあるので、どうなるんでしょうか!?

そして日本でもこんな高慢なセールスマン(?)がいるんですか?
まるで、外国の人と交渉しているみたいです。
だから美沙さん、インド時代を懐かしく思い出したかしら!?^m^
Commented by ann at 2009-02-25 22:17 x
fmutuさん、そうなんですね・・そして親身になるには
時間がかかるって思いました。
Commented by ann at 2009-02-25 22:18 x
higejiinomusumeさん、いいのよ・・だって若い人はこれからの長い時間にまた大きな力を注ぐんだもの・・
また絵をお借りしますね・・よろしくお願いします。
Commented by akageno-ann at 2009-02-25 22:29
panipopoちゃん、行政のこともいっぱいいろんなことを知った方がいいなあって最近思ってます。これから長い年月様々に頑張らねばならない家族のありかたを考えてます。
インドで学んだことが意外に日本で役にたつほど、日本の交渉ごとも結構大変なの・・
Commented by crystal_sky3 at 2009-02-25 22:47
お金が随分かかるのでしょうね・・・。先日『Fireproof』という映画を見たのですが、その中で主人公になる夫婦の奥さんのほうのお母さんが脳溢血で倒れ、不自由な身体になってしまっていました。
ベッドや車椅子などにかかるお金が200万円以上かかっていて、
とても驚きました。医療費が高いだけに、もっと行政の目がこういったところにいってくれればいいのに・・・と思いましたよ。
美沙さんのきっぱりとした態度が小気味いいですね^^
Commented by akageno-ann at 2009-02-27 11:38
クリスタルさん、丁寧に読んでいただいてありがとうございます。
私も驚くのですが、電動の車椅子しか使えない患者さんでも電動になると普通のものの10倍くらいのレンタル料なんです。
買うととても高いしいらなくなりたい・・という気持ちもあり、レンタルが多いそうです。
Commented by cacaopon at 2009-03-09 23:39 x
♪ 美沙さん かっこいい!!
家計を預かる主婦にとっては ここは簡単に譲れない
大事な場面ですね。
それでも 私だとついつい はいはいと言いなりになってしまいそう。

こちらのコメント欄でのお話も 貴重なご意見が多くて
見逃せません。

これから少しずつでも 良くなっていって欲しい
よくなって行くのだから!
そういう気持ちも 美沙さんの中にあったのでしょうね。きっと。
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