誰のために・・
第5章 その1
翔一郎の自宅第一夜は自分の寝室で訳8ヶ月ぶりに休むことから始まった。
昼ご飯は母信子が手作りの五目寿司を用意し、茶碗蒸しも熱すぎず、よく出来上がっていた。
ゆっくりと食べる翔一郎は
「おいしい!」を何度も言い、これまでにないほどの感謝の言葉を述べていた。
難しい話はしない、帰宅した喜びを素直に述べる翔一郎がそこにいた。
母信子は、そのことを喜んだ。
その日はとにかく、あの重病人だった一人息子が戻ってきた喜びに浸っていた。
「よくもどってきたわね。ゆっくりやって行きましょう。」
そう信子は言って美沙や理子に笑顔を向けた。
笑顔、このときほど人の笑顔に救われたことはない、と美沙は思った。
理子はとてもはしゃいで賑やかな昼食をとった。
そして初めてトイレにも行った。
片手片足でもなんとか立てるように補助棒が取り付けられていた。
ここのトイレは洗面所と一緒になっていたのが幸いして比較的広々していた為に車椅子が十分に入れて、そこで車椅子の回転もできた。
美沙の腰や腕には力がかかったが、美沙もあまり気張らずになんとか無事に夫と二人だけのその作業を終えることができた。
子供を育てるときのような喜びとは違うが、夫翔一郎がここへ戻ってきた喜びはあった。
「ゆっくりとやっていこう。」
近所の扶川さんの暖かい励ましにも守られているような気持ちがした。
扶川さんは一人息子を亡くして20年を同じ場所で過ごしていた。
家の近くでバイク事故で重傷を負ったその息子の介護をする覚悟で必死の看病をしたが、残念なことに1ヶ月の闘病の末亡くなってしまった。
半狂乱になりそうな扶川夫人を支えてきたのは信子だった。
同じ一人息子の翔一郎がいた信子への羨望の気持ちが、ぬぐえなかったであろう扶川夫人だったが、信子の献身はその心をゆり動かしゆっくりと素直な諦めの境地にたどり着き、そこからまた新たな仕事に燃える力を呼び込んだのだ。
信子はそのとき言った言葉を自分に取り込んでいた。
「扶川さん、誰のためでない、自分の為に生きなくてはいけない・・」
それはその時は少し驕った思いが手伝っていたかもしれないが、扶川夫人には少しずつ届いていた。
そして、今信子は自分にその言葉を呟いていた。
つづく
注 「ここに使われる絵や文章の無断転載は固くお断りいたします。
よろしくお願いします。」
「小夏庵」ものぞいてくださいね。

この小説の冒頭は・・こちらへ
by akageno-ann | 2009-03-15 20:16 | 小説 | Trackback | Comments(10)
人は支えあって生きていると感じることって
日々の生活ではあまりないけれど、
このような逆境のなかではそれを感じることができる。
だから人は前に歩いていけるのかな・・・と思えました(^^)
誰のためでもない、自分のために生きる。
それがきっと自分の大切な全ての人のためになっていくのでしょうね。
日々の生活ではあまりないけれど、
このような逆境のなかではそれを感じることができる。
だから人は前に歩いていけるのかな・・・と思えました(^^)
誰のためでもない、自分のために生きる。
それがきっと自分の大切な全ての人のためになっていくのでしょうね。
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。

ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
やはり我が家が一番ですね!
茶碗蒸しも。。。愛情一杯ですね!!!
茶碗蒸しも。。。愛情一杯ですね!!!

温かい家族像をここで垣間見ることが出来てうれしく思います。
それにお隣さんへの、そしてからの、隣人愛も。
信子さんも美沙さんも理子ちゃんも、みんな翔一郎さんが帰って来てくれて、また日常生活を家族の一員として送ってくれることをうれしく思うんでしょうね。
ただ大変なこともあるので、みんな一生懸命なんですね。
読んでいて、ほほえましく思えました。
それにお隣さんへの、そしてからの、隣人愛も。
信子さんも美沙さんも理子ちゃんも、みんな翔一郎さんが帰って来てくれて、また日常生活を家族の一員として送ってくれることをうれしく思うんでしょうね。
ただ大変なこともあるので、みんな一生懸命なんですね。
読んでいて、ほほえましく思えました。
emirioさん、どうか気楽にお時間のあるときに
覗いて下さい・・リンクに感謝しています。
覗いて下さい・・リンクに感謝しています。
fmutuさん、家庭での食事で茶碗蒸しってなんだか優しい料理に
感じてしまいます・・・食事はまた病人には大切なものですね。
感じてしまいます・・・食事はまた病人には大切なものですね。
Panipopoちゃん、最近思うのだけど、なんでも最初はかなり張り切るから頑張ってやれるし、でもそれが連続になると疲れも出る。そんなときの隣人の暖かさって一番心におちると思いました。