小説 その16
ひまわりのような人

タイトル画 M.N
その16
あたりは夜の帳がおりて、静謐で透明な空気に包まれている。
その東京郊外の山里にある古い家屋の囲炉裏の店の敷地だけは、所々に焚かれた道案内の火が妖しく燃えて一層深い情緒を湛えている夜になっていた。
竹細工の山野草をたっぷりと使った前菜もかなり空腹を満たしていたが、やはりメインの囲炉裏焼きの数々は自然な食材を無理のない味付けのタレや塩でいただけるので、納まりよくお腹に入っていくのだった。
日本酒が囲炉裏の灰の中につっこむような形のとっくりで置かれて、ほどなく柔らかい温かさの燗になってできあがると、黒田は夕子の盃に静かに酒を満たしていく。
その仕草の優しい雰囲気が恵子の脳裏からまた古い記憶を醸し出している。
「どう?お酒美味しいでしょう?」
などとまたここでどうでもいい言葉を挟んでしまう恵子は、自分は所謂中年婦人になってしまったのだ・・と気づくのだ。
「恵子さん、本当に素晴らしい場所に案内してもらって・・感謝感激ですよ。」
黒田もこうして感謝を述べるのだから、まあ一応の成功であろうと・・恵子は満足した。
恵子が運転手をしているので、夕子と黒田も遠慮してほんの少ししか酒を飲まなかったが、それでも最後に出てきた竹細工の器の蓋をとると香りよい湯気に包まれ、その中から見事な蓬うどんが沈んでいるのに二人は歓声をあげた。
ここはご飯はこの季節松茸ご飯を供してくれるのだが、敢えて恵子はこの蓬うどんを勧めていた。
「いやあ・・恵子・・これ素晴らしく美味しい!」
と夕子は少し酔って赤くなった頬を今度は湯気でさらに赤く染めていた。
その様子が可愛らしいと恵子にも思えたほどだった。
そして、デザートにここの名物お焼きが供されるとき、先ほどからここの部屋の係りをしていた若い礼儀正しい女性に代わって、重厚な声の中年の男が挨拶に入ってきた。
「いらっしゃいませ、藤井さんですね。今日はようこそお越しくださいました。
懐かしいですね。」
その声をいや、その人を見たときから、堀田恵子はそれまでの二人の友人を招いているというホステスとしての役割を担った落ち着いた彼女ではなかった。
その人こそ、先ほどから恵子が思い出していた、この店に最初に恵子を連れてきた相手だったのだ。
「びっくりさせてごめんなさい。私がこの店の主人なんですよ。今は・・・」
恵子が大きな目を更に大きく見開いたままなので、夕子が取り成した。
「恵子の旧姓をご存知ということは古いお知り合いなのですね・・」
恵子はだまってただ頷いていた。
「いや、本当に驚かせてごめんなさい。藤井さんは私の家がここだとはご存知なかったんですね!?」
初めて その主人はことの成り行きがわかったようだった。
恵子は瞬時に気を取り直したかのように・・
「私もごめんなさい・・でも考えてみればそうですよね。あの時のことを今一生懸命記憶の中から手繰り寄せていました。そうかあ貴方のご実家はこの店で、それで案内してくださったのね・・気づかないままの私はなんて子供だったのでしょう・・・・」
と、答えたが、心の震えはおそらく同席の人々に手に取るようにわかられている、と認識していた。
黒田はただ黙ってその成り行きを眺めているようだった。


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by akageno-ann | 2009-09-02 10:13 | 小説 | Trackback | Comments(7)

ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。

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ひまわり畑の絵、素敵ですね☆
小説、おいしそうなメニューに、私の心はかなり奪われています☆
食べに行きたいです!!
そんなところに恵子さんの思い出の人の登場。
この展開にも驚き、心奪われました!!続きが楽しみです♪
小説、おいしそうなメニューに、私の心はかなり奪われています☆
食べに行きたいです!!
そんなところに恵子さんの思い出の人の登場。
この展開にも驚き、心奪われました!!続きが楽しみです♪
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annさん、おはようございます♪
恵子さんにとっても思い出の場所でもあったんですね。
でも、前触れもなくその思い出の人までもがそこに現れるなんて、
恵子さんのドキドキが伝わってきました!
タイトル画のひまわりもとっても素敵です♪
恵子さんにとっても思い出の場所でもあったんですね。
でも、前触れもなくその思い出の人までもがそこに現れるなんて、
恵子さんのドキドキが伝わってきました!
タイトル画のひまわりもとっても素敵です♪
CHILちゃん、この店のこと・・物語にできたら・・とそういえば30年くらい
思っていたかも・・似たような店がたくさんあるのよ・・
思っていたかも・・似たような店がたくさんあるのよ・・