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小説 その22

ひまわりのような人
小説 その22_c0155326_17325010.jpg

                                                      タイトル画 M.N

その22

沙耶は2階から階段を軽やかに駆け下りてきた。

「お帰りなさい。遅かったのね」

沙耶は小さいときから父親の紘一郎の帰宅を、玄関まで出迎える子供だった。

テレビを見ていても、本を読んでいても 急いで出迎えると父親が満面の笑みで抱き上げてくれたからだった。

その習慣はずっと続いていて、家にいるときは必ず遅い夜でも自室から出てきた。

男の子たちは 最近は夜もおそかったり不規則な父親と そう話をすることもないらしく、夕食が一緒になる週末以外は朝食で挨拶する程度になっていたのだ。

恵子は変化してきている この家庭の形を繋ぎとめる工夫を考え始めている。

「ただいま、どうだ沙耶も少し飲むかな?」

成人を迎えてから紘一郎は沙耶に少し酒の飲み方を教えているかのようだった。

「女の子も自分の飲み方を少し知っておいたほうがいいよ。
ワインやビールくらいは飲めるほうが食事が楽しいからね。
たくさん飲むのはやはり体に悪い影響があるから控えるように・・」

と言うのが彼の持論だった。
赤ワインをすすめる父親に少し躊躇いがちに沙耶はそれでも必死で口を開いた。

「お父さん、中村さんに電話したら・・とっても元気なかったけど・・何かあったの?」

その言葉に紘一郎は珍しく笑顔を曇らせた。

「電話してきたのか?中村君は??」

「ううん・・私がかけたの・・今さっき・・」

「女の子の方からウイークデーの夜に男に電話をかけるのは感心しないぞ!」

父親が少し怒っているのがすぐにわかった沙耶は ワイングラスを片手にしていたが、心持震えながらグラスをテーブルに置いた。

「何も言わないけど、その声があんまり暗かったので・・」

恵子はその必死な表情の我が娘が一瞬とても愛おしかった。

「社会人は色々な目に会うから、それは話したくないことも多いのよ。」

そんな風に口を挟んでみた。

3人の沈黙がその部屋の空気を緊張させていた。
その緊張を父親の紘一郎が打ち破った。

「沙耶、お前は今はしっかり大学を卒業しなさい。中村君も会社でまだまだ経験しなくてはならないことがたくさんあるし、その内容をお前にはなすことはできない。
つきあうな、とは言わないが、お父さんの希望としてはもっと君には普通の恋愛をしてほしいとも思うよ。」

語尾はごくやさしいものだった。
しかし沙耶は

「でも、中村さんとは真面目にお付き合いしてます。そんな色々な人とつきあったりはできないわ。」

恵子は沙耶のその心の内は十分に理解できた。

「まあ・・とにかく・・中村君の仕事のことに口を挟むのは感心しないよ。
時間をかけてみていくんだね。お父さんも君の相手としてはまだ認めることはできない。
それは彼が未熟だとか気に入らないということではないよ・・
沙耶がまだ結婚を考える年としては早いと思うんだ。」

その言葉は優しい口調だが厳しいものだ、と恵子ははらはらしていた。


しかしこの父娘はそんなあとでも一緒にワイングラスを傾ける余裕がまだまだあった。

「美味しいチーズだよ。飲むだけでは胃に悪いからね。」

と 心配りをする父親に沙耶にはまだまだ庇護されている幼い娘の面影が恵子には感じられて、その夜はひどく切なかった。

小説 その22_c0155326_0204781.jpgつづく(小説はすべてフィクションです)

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右の絵は間もなく4歳のりょん君の作品です。

by akageno-ann | 2009-09-16 08:06 | 小説 | Trackback | Comments(2)

Commented by panipopo at 2009-09-16 20:59 x
根本的に父娘の仲が良いから、こんな重い内容の話の後でも屈託なく接することができるんでしょうね。
ちゃんと父の意見も尊重して聞ける沙耶さんもステキな娘さんですね。
こうやって飲みながらの会話や表情を見ながら見守る恵子さんの優しさにも感激です☆
Commented by ann at 2009-09-19 08:21 x
panipopoちゃん、いつもありがとう
とってもこちらが癒されるコメントに感謝しています!
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