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小説 その29

ひまわりのような人
小説 その29_c0155326_17325010.jpg

                                                      タイトル画 M.N
終章の一つ前

恵子はそのまましばらく床についてしまっていた。
更年期という言葉では片付けられない何か深い疲労から来る病が彼女を襲っていたようだった。

そのことを一番気にしていたのは舅だった。
もう随分前に彼は妻を同じような病状のまま早逝させていたのだ。

その後に入れ替わりのように息子紘一郎の嫁としてこの家に入ってきた恵子のお陰で家庭的に明るさを取り戻したので、次第に妻の存在の重要さを忘れてしまっていたのだ。

慣れというのは怖いものだ。

ふと、妻の亡くなった時のことを思い出した。

まだ退職前で勤続30年の表彰もされた直後、家も新築して心は充実していた時期だった。

「どうだ、すごいだろう」
といわんばかりに新築の家を妻にプレゼントするつもりで寸暇を惜しんで建築現場に足を運び、仕上がり具合をチェックしていた。

心が浮き立って、会社でも仕事はスムーズに運び退職後は悠々自適で趣味の園芸でも夫婦で楽しもうと思っていた矢先に、妻はあっという間に脳内出血を起こして帰らぬ人になった。

しばらくの間頭痛をよく訴えていた、妻のことを、単なる更年期障害だと軽く考えていた。
家族のだれも大事に考えていなかった。

ある日、彼女は夕食の準備をしようと冷蔵庫の扉を開けたところで倒れていたのだ。

夕刻に帰宅した息子の紘一郎がそれを見つけて、救急車で病院に運んだが、数時間後に息を引き取った。

呆然として涙も出なかった。
新築の家にはついに一歩も足を入れないままだった。

紘一郎ももちろんそのことはつぶさに思い出せる。と、いうよりも決して忘れられない光景だった。
母は病弱な雰囲気があって、頭痛を長く訴えていたが、自分の妻の恵子は殆ど風邪も引かない健康体の女性だと、ある意味すっかり楽観的に考えてしまっていた。

この人を死なせてはいけない、だが子供たちにそんなに心配させてもいけない、ひまわりのような人が家庭で倒れるとこんなにも皆の心が不自由になるのだ、とつくづくと感じさせられていた。


自分は父親の二の前をふむことはしない、とここで大きく決心をしていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その頃、恵子の友人 田部夕子と黒田は心楽しい日々を過ごしていた。

恵子が自分に気にせず二人で楽しい時間をたくさん持ってほしい、と言ったのをあり難く受け取って、そのままに その頃は一々恵子に連絡もせず二人の時間を育くんでいた。

今正に、夕子は黒田の前でひまわりのような女性として成長していた。

女性は愛情をかけるものの前で本当の光を放つようになるのかもしれなかった。

その夜、二人はイングリッシュパブでゆったりとカクテルを楽しんでいた。

若いバーテンダーは夕子の前でグラスに炎をともし、その炎をゆっくりとリキュールの入ったグラスに移し、夕子の美しい顔の前にかざした。

「きれいだな・・」

「ほんと素敵な炎ね。」

そう答える夕子に 『いや、君がだよ』と言う言葉は口にしなかった。

そんな青臭い言葉はもう二人には似合わなかった。

しかしゆっくりと互いのグラスを傾けて笑顔で見詰め合っているうちに、心は溶けていくようだった。

「今度、少し遠出しないか?」

「ええ、秋も深まって東北はどうかしら?私 学生時代に廻った十和田湖と奥入瀬渓谷の紅葉が忘れられないの。」

そうだった、あの頃は女友達と二人で旅をしたものだった。
あの時の友人もとっくに結婚して今は音信普通になってしまっていた。

周遊券を学割で買って、民宿に泊まって・・と思い出した。

「私ね、その学生時代の旅で宿の近くのスナックでお茶を飲んでいて所謂ナンパされそうになったわ!」

黒田は 『ほう?』という興味を向けた。

「友人がとてもチャーミングでね、彼女の方に声をかけていたんだけど、そちらも二人連れでね・・そんなに悪そうな人ではなかったけど、その軽さが嫌ですぐに丁重にお断りして宿に戻ったの。」

少し酔ったらしく、夕子は口が軽くなっていた。

「私はそういうときも全く心を許すことのできない性格で、怖がりだったんだと思うの。でもね今は黒田君に会ってほんとに素直になれるのよ。あのときその若者は八甲田山の紅葉をみせてあげる、と言ったんだけど、もちろん行かなかった。だから八甲田に連れて行ってほしいわ!」

「じゃあ、それは1泊しないと無理だよ」

すかさず答える黒田に、夕子は甘えるように肩を寄せた。



恵子はその頃、病の床で 偶然にも夕子と黒田の夢をみていた。

小説 その29_c0155326_0204781.jpgつづく(小説はすべてフィクションです)

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小夏庵ものぞいてくださいね
右の絵は間もなく4歳のりょん君の作品です。

by akageno-ann | 2009-10-07 23:31 | 小説 | Trackback | Comments(4)

Commented at 2009-10-08 20:03 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by CHIL at 2009-10-09 22:34 x
恵子は体調が気になります。
私は、母方祖父を脳溢血、母方祖母をクモマッカ出血で亡くし、
父も脳梗塞で倒れ、私自身、頭痛持ちで、
頭の病気の事は、実はとても気になっています。
でもまだ若いうちは大丈夫かな~なんて、気楽にも考えていますが、
早めに検査をしておくのも大事なことなのかもしれないですね。
大切な人を急に失うことはしたくありません。

夕子さんの恋愛はどんなハッピーエンドになるのでしょう。
大人の恋愛、ドキドキしますね(^^)
Commented at 2009-10-10 00:43
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by akageno-ann at 2009-10-10 06:26
CHILちゃん、鍵コメさんいつも本当にありがとうございます。この章はあと一話です
ちょっとふるさとに行って来ますの・・また来週のぞいてください。
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