アンのように その9 バイパス手術
小説を書いています。
かけがえのない日本の片隅から
アンのようにその9 バイパス手術
医師は大急ぎで待っている正一郎の家族のもとへ戻ってきた。
「大丈夫完全に血管は詰まっていませんから、投薬で今日は持ち直します。」
紘一郎たちはその場に崩れんばかりにほっとしていた。
このまま父を逝かせてしまってはならない、と強く思う長男としての思いだった。
「しかし・・」と医師は続けた。
「このままではまたいつこのような発作が起こるかもしれません。
これはご本人がしっかりされてから一緒にお考え頂きたいのですが、心臓のバイパス手術をお奨めします。」
「バイパス手術は以前父が検診を受けたときに言われて断ったことがありますが・・」
紘一郎は20年も前に一度検診で父が梗塞を起こす畏れのある血管であることを言われて随分と落ち込んでいたことがあったと思い出した。
「いつ頃ですか?」と その医師は聞いた。
「もう20年も前のことだったとおもいますが、忘れていました。」
紘一郎は恵子と顔を見あわせた。
あの頃は気丈なこの正一郎が 手術などしなくともいい、と言い張って断ったのだった。
「そうですね、その頃と今では手術の技術が全く違い、かなりの進化を遂げています。
ですから高齢であるから、というようなことは心配なく、御父様の場合、かなりいい結果を出せると思います。」と 医師は続けた。
しかしその夜はそこまでで話をやめていた。
「しばらく入院ということになります。今日はこのままお帰りになって大丈夫ですよ。」
久し振りに病院に入ってみると、その対応がかなり変わっていて、こちらの心が癒されているのを感じた。
時間は既に夜半の11時をまわっていた。
「先生こそ大変お疲れだと思います。助けていただいて本当にありがとうございます。」
恵子はその場で初めて言葉を発した。
「いえ、我々は当直ですから、ご心配なく。ただ御父様助かって本当によかった。早い決断でこちらに運ばれたことが、良かったですね。」
医師のその言葉に恵子はその20年前の病院の横柄な態度をふと思い出し、この時代の流れの中での良い方向への進化に感謝していた。
恐らく舅正一郎は再び家に帰れるだろうと、自分の一年前の病気を思い出していた。
つづく

絵は「ひげじい脳梗塞からの軌跡」より拝借しています。

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by akageno-ann | 2010-01-28 18:14 | 小説 | Trackback | Comments(2)