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その21  だれもわからない

小説を書いています。

かけがえのない日本の片隅から

アンのように その21   だれもわからない

こうして今初めて 義父との暮らしについてその妹である 叔母克子に話して 恵子は母の分まで心の箍をはずしたような気分になった。

時代の変遷は大きくて戦中戦後を多感な時代を過し、青春が暗く不安な世情の中であった義父正一郎の時代は、こうして永く生きることで、やっとのことで楽しい生活を我が物にしたのだ。

それは誰にもわからない己の中に克己する心がなくては乗り越えることはできなかった。

正一郎は真面目にこつこつと金をためて、家をたて、子どもたちを養ってきたのだった。

妻が亡くなってからは、その正一郎の足跡を知る人も少なくなってきた。

一緒に住む息子紘一郎の家族はほぼそれを知ることはない。

正一郎の兄弟姉妹とて、結婚前後の話をもう殆ど忘れているだろう。

正一郎にはそのような焦燥感があった。

恵子もまた、この義父との年月は自分しか語れないものがある。

この期間を誰かに代わってもらっていたとしたら、またその人との拘わり方であったはずだから、結局のところ恵子の思いがわかるものはない。

だから、人は自分の辿った道を思い返すときに辛かった部分を忘れるという力が必要なのだ。

忘れるということにこそ、本当の優しさがあるのかもしれない。

それは見て見ぬ振りではなく、敢えて自分に強いられた試練の辛さを忘れるということだった。

それはかなりの能力が必要なことだった。

そのとき、レストランのテーブルには美しいデザートが運ばれていた。
つづく
その21  だれもわからない_c0155326_10312734.jpg

ローズヒップと白ワインのジュレ by Veronica persica

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これまでの作品はこちらから「アンのように生きるインドにて」

by akageno-ann | 2010-03-13 10:25 | 小説 | Trackback | Comments(4)

Commented at 2010-03-13 21:04
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2010-03-14 09:13
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ka-chan-anone at 2010-03-15 22:21
人と人が関わる中で、
長い月日があればあるぶん「忘れる優しさ」が必要だと
私も浅い経験の中ですが感じることがあります。
annさんの小説は奥が深いです!!
Commented by ann at 2010-03-17 12:38 x
CHILちゃん 忘れる優しさという鍵かっこ
嬉しかったです・・ありがとう!
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