小説 part2 第2章 ゆるく暮らす その3
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かけがえのない日本の片隅から part2
第2章 ゆるく暮らす その3
スコッチテリアのキタロウの記憶によれば、中川家には二人の娘がいた。
三つ違いのその姉妹はキタロウの目にはあまり仲の良いほうではなかった。
今でこそご主人の中川さんとのんびり歩いているが、キタロウが幼い頃の散歩の係りは奥さんだった。
それもいつも何か考え込むような寂しい気持ちで一緒に歩いていたのだった。
その頃 中川さんはまだ現役で仕事をしていて、それもかなり重要なポストにいたから家に帰ってくるのは遅いし家の中には長女のMちゃんと奥さんが二人でいたのだが、寄ると触ると口げんかをしていたのだ。
次女のAちゃんは旅行会社に勤めていて、添乗員をやっていたから殆ど家にいなくて、どうやら彼氏もできてるんるんな人生を送っているようだった。
Mちゃんは真面目な人で幼稚園の先生をしていたのだけれど、子どものことで悩みぬいて、3年目に急に辞めてしまったのだそうだ。
それ以来、Mちゃんは家に引きこもり、食事も一緒にしないのでやせ細って行って、奥さんはものすごく心配していた。
中川さんが遅く帰宅すると、奥さんは待ち受けていて、Mちゃんの様子を相談するけれど、いつもすぐに奥さんは声を殺して泣いていたようだった。
そういう中にキタロウはこの家にもらわれてきたのだ。
キタロウはご近所の人の紹介で、丁度生まれて4ヶ月目のまだ小さくてぬいぐるみのようなときに・・今だって充分可愛いけど・・もっと可愛くてむぎゅっと抱かれてしまいそうな頃に、この雰囲気の暗い家にポツンと輝く星のような存在だったと思われた。
家族の心がバラバラになっているようなそのときに、子犬のキタロウを育てること、躾けることに奥さんは気持ちを傾けていた。
ある晩のこと、中川さんが帰宅して間もなく、それとすれ違うようにMちゃんが外出しようとしたとき、中川さんはMちゃんの腕を掴んでそれを止めようとしたのだ。
Mちゃんは恐らく渾身の力を込めてふり払ったのだ。
それから大きな声で3人の大人が怒鳴りあった。
「お母さんもお父さんもAちゃんのことは何でも大目に見て許して、私のことはずっと厳しくがんじがらめのように育てたから、こんなに臆病で自信が持てない大人になっちゃったのよ・・」
それは久しぶりに聞いたMちゃんの声だった。
キタロウは怖くて仕方なかったけれど、そのとき震えてMちゃんの足に寄り添って、そしてその足を舐めたのだ。
その震える姿を見て、ご主人と奥さんは声を細め、Mちゃんはキタロウを抱きしめて泣いていた。
その夜はたったそれだけのことしかキタロウにはわからなかったが、ただ翌日からキタロウの散歩はMちゃんになった。
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中川さんはその頃のことを決して忘れることはなかった。
犬を飼うなど長いことしたことのなかった彼は、そのときに、自分も子供のころ実家に飼っていた雑種のチー子という犬に随分癒されていたことを思い出したのだった。
子どものことをじっくり考えることもせず、ただ仕事に没頭することが自分の人生と考えていたようで、改めて反省もした。
第二の就職先も決まりそうになっていたが、定年後はボランティアなどして、なるべく自分が選んで家を建てたこの地で 夫婦、子どもと向き合ってゆるく暮らそうと考えたのだった。
それからMちゃんは非常勤で保育園に勤め、そこで知り合った保育園の出入りの電気工事の若者と恋愛し結婚した。
Mちゃんはキタロウを連れてお嫁に行きたかったが、両親が手放さなかった。
「いろんなことがあったけど、貴方がここで自分の幸せを見つけてくれて本当に嬉しい。でも貴方がいなくなるのも寂しいのに、キタロウまでいなくなったら、多分病気になってしまうかもしれない・・貴方もキタロウを見にちょくちょく顔を出してちょうだい」
と 中川さんの奥さんは嫁いでいく娘に語ったのだ。
中川さんはいつも楽しく飄々として住宅地をキタロウと散歩しているけれど、キタロウと過してきた日々を大事にしつつ、家族のこともちゃんと、考えているのだと、年をとったキタロウもわかっていたようだ。
つづく

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by akageno-ann | 2010-08-08 23:43 | 小説 | Trackback | Comments(2)

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鍵コメさん、いろいろありがとうございます!
これからもまたどうぞよろしくね!
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