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LIVE 第3章 no.7  若々しい恋

小説「かけがえのない日本の片隅から」第3章です。
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LIVE 第3章 no.7  若々しい恋

向井公一は36歳の若手の心臓内科医だった。
片山悦子の勤める病院は高度先進医療を進めている。

同じ心臓内科でも高度先進医療を進める病院の医師は患者への対処が大きく異なる。
特に昨今は高齢者の心臓疾患についての治療の選択肢は大幅に増えている。

その中にいて、向井の患者への接し方にしばしば苦言を呈するのが看護士としての悦子の役割だった。

向井はどの患者も老若男女全てに平等により進んだ治療法を話し推し進めるという医師であった。

ある日、がんセンターの方から胃癌の手術を目前にしている80歳の老人の心臓血管に異常が認められ、心臓内科に回されてきた。

向井はすぐに判断し、

「これは血管のバイパス手術が妥当ですね。胃癌の切除手術の前にさっそく行いましょう」

と、患者にいきなり説明をした。
その家族は二十年前に同じ系列の病院で同じことを言われ、拒否をし、ここまで投薬で生きながらえてきたことをくどくどと話していた。

向井は手術がベストだと考えていたので、

「今回の胃癌の手術が術中に心臓がもたなくなったらお話になりません。」
と、きっぱりと言って退けた。

その態度が80歳の老人にはひどく横暴に感じられたようで、病室で一瞬言い争いのような雰囲気になった。

そのとき看護士として付き添っていたのも悦子だった。
悦子は、向井の孤剣を汚さぬように、冷静に話の間をとった。

「また明日時間をとってゆっくりお話しましょう。別室を用意しますので、ご家族ご相談の上いらっしゃれる方にもご連絡をお願いできますか?」

そういなした。
向井はすぐにその場を離れたが、悦子は少しそこに残り、

「おどろかれましたね。今医学がかなり進んでいまして、20年前のその手術の方法とは随分違っています。明日ゆっくりご説明もしますし、また一日お元気になるためにお奨めした今日の向井先生のお話を少し考えていただけますか?」

と付け足した。あまり余計なことはいえないが、今心臓が悪いといわれたばかりの患者に対する表現としてはいささか無謀な言い回しが向井の口から発せられたと思った悦子は、なんとか自分でその場を修めたかった。

向井の一途さはこうして仕事にはもちろん、悦子への恋心まで率直で若さがあった。

その若さをどう受け止め、また考えていくか、も同時に悦子は胸に秘めていたのだった。

                                     つづく

by akageno-ann | 2011-02-11 19:01 | 小説 | Trackback | Comments(0)

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