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デリー第一日 その2

再録アンのように生きる インドにて
デリー第一日 その2

同じ頃平田よう子もまた、最初の宿を提供してくれた教員一家の家で朝を迎えた。

一人息子と三人の教務主任の家であった。
青森から赴任してきた熱血漢と言った感じのその家の主人坂田は話したいことが山ほどある、と到着の午前3時から結局5時まで学校の事情を細やかに話し出した。

平田久雄は次期教務主任候補だったので、これもまた熱心に

「私は飛行機で寝てきていますから、」と質問もさまざまにしながら話あった。

妻のよう子は体調がすぐれないので、と断って、娘明子と共にベッドルームへ案内してもらっていた。
表情もくらいので、坂田夫人は少し気が重くなっていた。

坂田夫人は学校の夫人たちの中でも なんでも卆なくこなす人として一目置かれ、中学校の音楽の教師であったことを生かして、音楽の非常勤講師をしていたから、学校のことにも発言権がかなりあった。

小学校教員であった平田よう子に、是非自分のポストを譲ろうと考え、この初対面を楽しみにしていた。 しすぎていたのかもしれない。

到着し、広々としたセッティングルームに通して冷たい檸檬ティを出したが、一口のんだだけで、話にも殆どのってこない。

やはりデリー赴任は重荷なのかも知れないと思わせる雰囲気で、腕の中で眠る一人娘明子を放そうとしない。

坂田家にはアヤという職種の子守のベテランがいて、さっそくそのアヤに面倒を見させようとしていた坂田夫人の思惑はすっかり外れてしまった。

坂田夫人はこれから一週間よう子を面倒見るのであったから、自分の張り切りだけが浮いてしまった形になった。
明日から他の二組とも一緒に買い物をと思っていたが、これは別行動がよそさそうだ、と既に頭をめぐらせていた。

「う~~ん、これは難しいものね。」坂田夫人はどうしたものか、悩んだ。

「でも、まだ一日目。しかたがないかもしれないわ。」そう自問自答した。

他の二組のお世話をしている夫人たちに電話をしてその日の日程を別行動で行うことを伝えると、それぞれに快諾、車を彼女が出すことになっていたが、皆それぞれにタクシーなど調達するという。


「よう子さん、とお呼びしていい?」そう気さくに坂田夫人はよう子に話しかけた。
「はい、すみません、ご心配かけます。急に自信がなくなりました。」

「わかります。私も最初飛行場が古い駅舎みたいで、ほんとにショックを受けたの。今年は新しい空港だったけど日本と違いすぎるかしら?」

「インドの人の目が怖いです。空港から出ようとした時の射抜くような目を見たら、外には出られないです。」

夫人ははっとした。こんなに小さな子供をつれて、この地を初めて踏んだら、それは正直な感想だと。

「そうだわね。私はもう気にならなくなってしまったんだわ。」

「慣れるものでしょうか?」

「えぇ、慣れますとも。でも今夜早速ある、日本人会のレセプションに明子ちゃんを置いていくのは不安だわね。」

「え?私もどうしても出なくてはなりませんか?」

「毎年恒例でね。よほどのことがなければ出席した方がいいわ。病気か何かと思われて、すぐに噂になってしまうから。でも貴方の気持ちは同じ一人っ子を持つ私はよくわかるので、今夜は私が欠席して明子ちゃんをお世話します。貴方は頑張って紹介をうけていらっしゃい。」

そう申し出てくれた坂田夫人の気持ちに打たれて・・よう子は

「ありがとうございます。でもこれからなれなくちゃなりませんから、今日もお宅のアヤ(子守)さんに明子をお願いします。」

健気なよう子を愛おしいなと、坂田夫人は思った。

それから二人は気持ちが打ち解けて、新しいよう子の家のためのカーテンはじめ、家財道具を買いに行こうということになった。

よう子は高級志向で、何でも買い物は吟味してきた。
だがここでの暮らしはそんな悠長なことを言ってはいられないようだ、と悟った。

坂田夫人に習い、導いてもらわねば、お金を換金することもできないのだ。

まず、T銀行に向かった。コンノートプレイスという中心地に近かった。

比較的立派なビルの一階にその銀行はあった。

内部はセピア色の風景のようなレトロな感じの場所であった。
よう子はまだ自分がデリーに住んでいるという感覚はなく、映画のワンシーンでも見ているように、呆然としていた。


一方、住宅街を歩いて、これから住む家に向かう、美沙と安岡夫人は新しいオーナーがシーク教徒であること、ターバンを巻いている男性はシーク教徒というヒンズー教とは異なる宗派の人々であることなど話してくれていた。

「感じの良い人ではあるけれど、私たちもまだ一度しか会っていないので、最初からあちらの言いなりにならないようにしてくださいね。」
と、念を押された。

家賃の交渉はこれからだからである。

安岡家とその新しい家とは川をひとつ隔てたブロックだった。
不思議なことにその住宅街は殆ど人が歩いていなくて、車の横行も少ない。

「こんな静かな住宅地があるんですね。」
美沙には何もかもが驚きの連続であった。

まもなく見えてくる家並みのちょうど三軒目が美沙たちの新居だという。

レンガ色に塗られた壁は新しい感じがした。
美沙たちは三階建ての2階のフロアーを間借りすることになっていた。

1階にオーナーが住んでいるのだ。

門番が立っていた。
深々とこちらに頭をさげて、

[グッドモーニング マダム]と言って、安岡夫人を知っているといったそぶりで、中のオーナーに知らせにいった。

今日からこの家に住む・・・その感慨で胸がいっぱいになる美沙だった。

                              つづく

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小夏庵にも→☆

by akageno-ann | 2011-04-28 21:01 | 小説 | Trackback | Comments(0)

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