洗礼 その1
再録アンのように生きる インドにて
洗礼 その1
3日が経った。
美沙と翔一郎は、この不思議な世界に降り立って、新しい出来事に驚かされながらも一日一日真剣に生活し始めた。
幸い、心配していたサーバントというお手伝いの女の子も利発な元気な者に恵まれたようだ。
日本ではお手伝いさんを雇うということが最近は稀なことで、ましてや異国で現地の人間が家庭に入って家事を取り仕切る、ということを聞いていても、ただ不安になるだけであった。
が、美沙は最初の夜に世話になった、安岡家のサーバント マリーの存在を見て、意外に自然に溶け込んでいることに、美沙の家のサーバントにもかすかに期待した。
新しいサーバントはローズと言う名前だった。
初めて美沙が自分の新居に入っていくと、すぐにやってきて、少しはにかんだように
[グッド、モーニング マダム]と挨拶した。
細身の、肌の色は黒く、目の大きな女の子だった。
年は26歳、既婚者で子供は二人いるという。
サーバントは各家に併設のクオーターという部屋が宛がわれていて、ローズもまた美沙の住む家の続きに 出入り口を別にしてある一室に家族四人ですでに住み込んでいた。
安岡夫人が日本人会の婦人部の紹介で新しく見つけたサーバントだった。
インド人の中流以上の家庭には大抵家事を手伝うこういうサーバントがいるが、インド人のサーバントにとって、こうして外国人に仕えるというのは待遇もよく、希望者は多いという。
しかし、既に日本人宅で何年も仕えたものは日本人の気質や、日本食についての知識が多く、新しい日本人家庭にそのまま継続して勤める場合は家のことなどよく承知していて、大変便利で助かることだ、と美沙は聞いていた。
が、新しいサーバントは自分で指導していかねばならないので、やや緊張していた。
平田家や、山下家は家もサーバントもその前年の教員一家からのひきつぎであったからそのまま自然な流れで生活が始まったようだ。
子供のいる家庭はそれだけでもこの新しい暮らしが大変であるから、夫婦二人の美沙たちにこの新しい家とサーバントが宛がわれたのであった。
それはそれで、まだ日本人を知らないその若いローズとともに新しい生活を作っていくようで美沙は楽しみになってきた。
それはローズの笑顔がとびきり明るかったからだ。
最初の晩はさっそく彼女にインドの家庭料理を作ってもらった。
まだ航空便で電気釜もお米も届いていないので、しばらくはインドの料理を試そうということにした。
その日彼女が作ってくれたのは、キーマカレーというマトンのカレーをチャパティという主食で一緒に食べるものであった。
ささやかな、多分粗末な食事らしいが、カレーはそれはスパイシーでチャパティの焼き加減は抜群・・しかも焼き立てを次々に運んでくれるので、さながらインドレストランだった。
美沙も翔一郎も大変満足した。
食が楽しめるというのはその国に住む上で一番大切なことなのではないだろうか・・
その夜、片山家は幸せだった。
翌日は土曜日で学校も半日。昼食はホテルのインディアンカレーを食べようということになり、安岡夫妻に案内してもらい、住宅地をちょっと出たところにある小さなホテルのチャイニーズインディアンレストランに赴いた。
このあたりに住む日本人に人気の店ということだった。
薄暗い店で スパイスの香りでいっぱいだった。
チキンティッカという鶏肉のスパイシー焼き、ホット&サワースープという辛くて酸っぱいスープ、炒飯、その三点は、中でも人気があるということであった。
「一つ一つがはじめての味ですが、とてもおいしい。」
美沙は大喜びだった。
夫たちはインドのビールキングフィッシャーで喉を潤す。
「ちょっと変わった味ですね。でもなかなかいけますよ。」
と、到着して3日なんとか過ごせたデリーに腰を下ろし始めた。
だが、インド洗礼はこの日を境に美沙たちに襲い掛かるのだった。
つづく
声援に感謝します。
小夏庵にも→☆
by akageno-ann | 2011-05-04 10:19 | 小説 | Trackback | Comments(1)