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混沌  出会い

安岡夫人と買い物をしたり、ホテルで食事をしたりしているうちに、美沙は彼女と自然に親しくなっていった。

美沙の素直さは 安岡夫人も安心感を覚えたのか、親身になってデリー生活の様々なことをレクチャーしてくれていた。

「ランチョンマットを早速買うなんて、お客様でもするのですか?」

と、カトラリーを色々売っているなかなかお洒落なブティックのような店で美沙は尋ねられた。

グレーターカイラシュという町にはちょっとびっくりするほどお洒落っぽい店があった。
もちろん少ないが、商品のレイアウトも綺麗で、客のインド人もお洒落なパンジャビスーツやサリー、時にはジーンズ姿もあった。

「えぇ、安岡さんもお招びしたいですし、1年目の人たちともたまに情報交換をしたくて。」

「今度の皆さんは仲良しでいいわね。」と安岡夫人は少し意味深な笑みを浮かべた。

「えぇ、やはり同士という気持ちはありますけど。」 と、美沙はやんわり応えた。


「私たちは4人で配属されてきたけど、なかなか難しい関係なのよ。」

と安岡は声を落とした。

「どういう風にですか?」 美沙も興味を持って聞き返した。

気に入った厚手の布の美しいそのマットは6枚一組で、美沙には多い気がしたが

安岡の来客は意外にある、というアドヴァイスでそのまま求めることにした。125ルピー
約1000円くらいの感じで、安いと思えた。

美沙の質問には答えず、安岡は
「このランチョンマットでいいの?決まったら、帰りに北川先生の家に寄りましょう。」

ふいな誘いに少し驚いた美沙だったが、別段ほかに予定があるわけでもなくて、また新しい人との出会いはとてもありがたいとも思えたので、ほかに枕カバーとベッドカバーを見て、急いで買い物を済ませた。安岡のお陰でなかなかいい買い物ができ、満足していた。

「北川先生の奥様はこのたび日本で子宮がんの手術をされて戻っていらしたばかりなの。
ご自身は看護婦(現在は看護士)でいらして、学校の保健の先生としての役割を果たしてくださってます。北川先生は教頭先生なのはご存知ね?」

「はい、奥様のことも少し伺っていましたが、癌でいらしたとは知りませんでした。」

安岡は続けて

「でもその病名に対してそんなに神経質になることはないの。ご自身がきちんとメンサーブ会で私たちに話してくださり、・・そうそうメンサーブというのは奥方のことなの・・主人が偶然同じ血液型でAB型だから、もしこちらで手術するなら、献血します。と申し上げたら本当に喜んでくださって。」

「親しくしていらっしゃるのですね。」 美沙は念をおした。

「えぇ、そうなの。北川さんも去年一緒に赴任しました。なかなか個性的な方ではあるけれど、かなり年下の私のことはとても可愛がってくださるんです。美沙さんのこともきっと気に入るわ。ご紹介するわね。」

どこにも派閥があって、美沙は学校勤務時代にもそのことは苦い経験として持っていたので

「やれやれここももつれているのか・・・?」 と閉口したが、郷に入りては・・の教えのごとく、ここは黙って安岡に従うことにした。


北川怜子(さとこ)の家は、なんと美沙の家から7軒目の、まるで隣のような感覚の場所にあった。

「日本人では一番近い方でしょうか?」

「そうなの、だから早く知り合っていた方がいいでしょう・・」

タクシーからおりると、門番が満面に笑みを浮かべて挨拶し、急いで中に知らせてから、美沙たち二人を招き入れた。

「いらっしゃ~~い」明るい声で迎えてくれた北川怜子はソファに少ししんどそうに座っていた。

「北川さん、こちらが新しくいらした片山美沙さんです。」

「片山です、はじめまして」

「はい、はじめまして。どうぞよろしく。一番近い日本人ですもの、仲良くしましょう。
安岡さんゴメンなさいね、こんな格好で。少々今日はしんどいのよ」

ムームーのような裾の長い半そでワンピースでそれでももう暑そうだった。
怜子の言葉には関西系の訛りがあった。そのことがかえって美沙に親近感を覚えさせたようだ。

「お加減いかがですか?無理はしないでくださいね。」

「うん。大丈夫。ここの方が実家にいるより気が楽ですもの。家のことはシンさんとパトナがやってくれて、こうしてのんびりできるから、ただ昨日は抗がん剤は打ってもらったから・・そのしんどさが残ってるの。」

「北川先生も嬉しそうでしたね、奥様が帰られて。先日日本人会のパーティはお一人でしたけど、家内が帰ってきたから安岡さん遊びにきて、って誘ってくださいました。」

「えぇ、あそこでご挨拶できなかったから、新しい先生の奥さんともお知り合いになりたかったわ。」

美沙は静かに佇んでいた。その様子に怜子は安心感を覚えた。
こういう病気にひどく感心をもって、やたらと大仰に見舞いの言葉を述べられると今の自分の精神状態を逆なでされるようで嫌だったのだ。

「えと、片山さんだったかしら。」

そのカタヤマというイントネーションが懐かしくて美沙は思わず

「失礼ですがご出身は高知でしょうか?」と尋ねた。

「どうしてわかるの?」と嬉しそうに怜子はさらにイントネーションを強めた。

「私の義母は高知の人です。」

その瞬間に、このふたりの間の初対面の壁は崩れ去ったのだ。

この瞬間を、美沙、怜子、安岡夫人の三人はそれぞれの思いで忘れられない光景になった。

青いソファに横たわる怜子、サーバントによって運ばれた、香ばしい香りの冷たい麦茶

その麦茶の入ったコップに敷かれた、藍染のコースター。

天上には古い大きなシーリングファンがゴトンゴトンとゆっくり静かな音をたてて回っていた。

安岡はグレーのシックなワンピースに見舞いの花かごを抱え、その花は黄色のグラジオラスが元気にたくさんの花をつけていた。

美沙はそのグラジオラスの黄色にもまけない山吹色の軽やかなワンピースに脱いだばかりのつば広の白い帽子を膝においていた。

外は日差しが高く風はなく、これから次第に暑くなるデリーの日々を暗示する空気がまったりと流れていた。


                                つづく

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小夏庵にも→☆

by akageno-ann | 2011-05-12 03:02 | 小説 | Trackback | Comments(0)

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