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最初の晩餐

北川怜子の家のサーバントはなかなかの情報通で、マダムにもなかなか有益な噂をもたらす。

怜子は英語が比較的堪能なので、よけいにしっかりと把握していた。

だからといって、それをまた他所で吹聴することはなく、ただ知っていることはかなり精神の安定に役立った。

平田家を追い出されたコックは結局フランス人の家庭で雇われて、幸せにしているという情報も聞いていたが、あえてそのことを美沙にも言わなかった。

言えば、美沙は平田よう子にそれを話さないわけにもいかず、そうなると、怜子と美沙の親しい関係を誇張することにもなる、と考えていた。

美沙と怜子はここで1ヶ月のうちにすっかり親密度を深めた。

最初に美沙が、人懐こく、遊びに来ていたが、すぐに自分の家にもお茶に招待し殺風景な部屋ながら彼女の人となりがわかる部屋の雰囲気を見せてもらって、怜子は安堵した。

「こうして互いの家を訪問しあうってうれしいわね。より距離が近く感じるわ」

怜子は素直に喜んだ。

また美沙たちの航空便が届いたということで、和食の真髄白米が届いたから簡単な夕食をご馳走したい、という申し出には驚かされた。

ちょうど、その頃新人教員三組は互いの家を訪問し合い、夕食を共にしていたようだ。

平田家は例のコックがまだいる時だったから、なかなかおいしいインド風中華料理をご馳走になった、と美沙は言っていた。

山下家はすっかりコックのことが気に入って、和食三昧の日々を送っているようだ。
育ち盛りの男の子の母親である文子はさうがで、米もかなり手荷物でもってきていたし、航空便は日本食でいっぱいであったようだ。

そして最後にローズという若い女のサーバントが一人の美沙の家では、美沙の手料理で持て成した。

美沙は姑が料理上手であったので、知らず彼女も腕をあげていた。姑は高知の出身で、お客を持て成すのが非常にうまかったし、好きであった。

高知には土佐料理に皿鉢(さわち)料理という、大皿に様々な料理を盛り込むバイキングのような豪快な持て成し方があった。

それがそのままここで役立つとは思わなかった・・・と美沙が一番驚いている。

もともと皿鉢には鰹のたたきなどもそのまま並べられたが、ようするにお客は何人きてもいいよ・・という太っ腹な料理だ。


美沙の姑信子は大人も子供も大勢で呼ぶのが好きで、直径50センチもある大皿に太巻き寿司、から揚げ エビフライ、一人分ずつ取り分けられているきゅうりと若布の酢の物、鯛の尾頭付き、サザエのつぼ焼き、鶏の松風焼き、羊羹、伊達巻、メロンと、要するに和洋折衷の料理が形よく盛り込まれ、それを銘銘の皿に好きなものをとって食べさせていた。

ふとここの教員ファミリーの歓迎会でそれぞれが一皿ずつ人数分の得意料理を持ち込んでテーブルに並べ、それを皆で取って食べるパーティの形を見たとき、美沙にはそんな皿鉢の閃きがあった。

最初の新人三組を持て成すときもちょっと貧弱ではあったが、大人も子供も喜ぶような盛り込みを一人でやってみた。

子供たちが歓声をあげていたのが嬉しかった美沙だった。

その美沙が、高知出身の怜子を皿鉢で迎えるのは大きな意味があった。

北川夫妻だけを招いたその晩、美沙は渾身の力を振り絞って、一枚の皿鉢を作った。

鶏のから揚げ、サモサ、(これはサーバントに作らせた) 缶詰の蟹缶を開けて、きゅうりと金糸卵で酢の物を小さなアルミ箔に一人分ずつ取り分けて4つ載せ、オレンジを食べやすく切って盛り込み彩りにし、ソーラー米という特殊なもち米の赤飯を炊いておにぎりにし、蟹缶の残りと卵、きゅうり、干瓢 椎茸を煮て太巻き寿司を作って全て盛り込んだ。

北川怜子は美沙の気持ちに涙で応えた。

「美沙さん、よくここまで作られたわね。そしてこの皿鉢、航空便で持ってきたの?」

「はい、主人の母からのプレゼントで、まさかこうして喜んでいただけるとは思っても見ませんでした。義母に感謝ですね。」

「いいお嫁さんなのね。可愛がられている証拠よ。本当に嬉しいわ、ねえ貴方。」

その夜の怜子の喜びをさらに喜んだのは怜子の夫だった。

「いい同僚、いい隣人が来てくれたね。」

そんな怜子と美沙のふた夫婦の最初の晩餐があった。
                                    つづく

この小説は2007年から1年間掲載したものを再録しています。

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by akageno-ann | 2011-05-29 10:22 | 小説 | Trackback | Comments(0)

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