酷暑・・今年の夏を案じる
デリーの5月はいよいよ暑さが厳しくなってくる。
インドは大きな国土なので、地域によって気候の様相はかなり違っている。
1年中そこそこに暑さの感じられる南インドとは違って、デリーには冬があると知って美沙たちはどんなにほっとしたかしれない。
ただただ暑いというだけの国に 四季のある日本から移り住むのは恐怖に似た感覚もあった。
4月当初は朝はかなり爽やかな空気も流れ、夜もさほどに暑くはなかったが、気温はじわじわと高くなっている気配は日ごとに増しているようだった。
5月になると、日中は常に摂氏35度を越え、その日差しの強さは想像を超えた。
ある日美沙は夫翔一郎と買ったばかりの自転車二台で町に繰り出した。
暑い日中はそんな人通りもまことに少なく、マーケットも客は疎らであった。
一応日陰を探して自転車を置き、盗難もありそうなので、鍵をかけて小一時間、二人は様々な店をひやかした。
まだ香辛料などの知識もなく、どう使うのかわからないが、黄色を基準に赤まで様々な段階の
色の変化で円錐形に盛られた香辛料の店の鮮やかな山吹色がターメリックという、あのカレーの色の素であることだけはわかった。
唐辛子のような真っ赤な色は思わず写真に収めたほど、美しかった。
ただ、天上を見たときに、破れたテントの上に青空が見えて、『ここは雨はふらないのかしら?』と誰かに問いたいようだった。
衣類はインド系のものはなかなかに面白く美しいものがあったが、いわゆる下着などの日常の衣類は手に取らずともその縫製の粗雑さが感じられた。
しかし品は実に豊富で少しも貧しい感じはしなかった。
特に買い物をしたわけでもなく、ここの生活の様子を見て戻ろうと自転車に戻った二人は
そのサドルが触ることもできないほど熱くなっていることに愕然とした。
そして、やっと家にもどると、メタルフレームのサングラスは美沙の頭に熱伝導でその熱さを伝え、ひどく頭痛がしてきた。
物見遊山は決してしてはならぬ、と思った瞬間だった。
酷暑という言葉を思い知る5月がゆっくりじっくりと太陽の高さとともに進んでいくのを肌で感じ始めていた。
ここから始まる夏は実に10月半ばまで続くのであった。
つづく
追記
今年の日本の夏は酷暑でないことを願います。
昨年の夏の暑さがかなりの厳しさだったのを思いだしています。
クールビズ・・などと気楽なことばでなく・・インドの暑さ対策を学び返しています。
この小説は2007年から1年間掲載したものを再録しています。
声援に感謝します。
小夏庵にも→☆
by akageno-ann | 2011-06-02 20:33 | 小説 | Trackback | Comments(0)