夏を越えるまで
デリーの日本人学校の夏休みは5月後半から1ヶ月あった。
ここでやっと新人たちもホッと息をつける時間がもてるようだ。
しかし、その前になんとも辛い出来事がいくつかあった。
はじめはそんな思いはなかったのだが・・いくつか経験していくうちになぜか
新人たちはため息をつくようになっていた。
まず一つ目は教え子の帰国であった。どの子も素直で熱心な良い子に思えた
1学期があっという間に過ぎ、そこでちょうど一区切りと、いうことで3人ほどの
子供たちが、日本人学校を離れ、日本へ本帰国するという。
短い触れ合いの中でも育った仲間意識、子供というのは新しいクラスや友人、教師に
なんとか自分を合わせようと努力している。
大人よりももっと純粋に心の機微を感じて、無意識に努力しているところがある。
少人数にはそれなりの個性のぶつかり合いもあるが、こういう過酷といわれる地域では、かなりのことに我慢をして頑張っていかなくてはならないことを敏感に感じとっているのだ。
一番驚いたのは、帰国することを大げさに言うこともなく、むしろ坦々とその別れの日まで、すごし、静かに去っていくような雰囲気をつくるのも、この学校の子供たちの特徴かもしれない。
お別れの会は様々に行われるが、インドの生活を懐かしむように、白馬を自宅によんで、クラスメイトと代わりばんこに乗って、何年か住んだ自分の生活の地域を散歩したりした。
また熊の曲芸士をよびとめて、皆で太鼓のリズムに合わせて踊る真似をする二頭の小熊を囲んで記念写真を撮ったりしていた。
いよいよ帰国の日は、日本時学校の教員、同学年の子供と親、そして近所ということなどで、親しくしていた人々がこぞってインディラガンジー空港に見送りに行くのだ。
新人教員の三教員に交じって美沙も共に見送りの人々にまじっていた。
ここの謝恩の会はとてもきちんとしていて、帰国時にそれまで関わった全ての教員を家族で招き、「感謝の気持ち」を表すという風習が出来上がっていた。
大抵の家では、買い置きしていた日本食材の大放出で、焼肉や、ちらし寿司、酢の物、茶碗蒸し、などなど・・・日ごろデリーの日常ではお目にかからない食事で皆語らいあいつつ和やかに別れるのだった。
そんなわけで、美沙は翔一郎と共に招待され、その返礼の気持ちでついていったのだが、もう一つ、その帰国の人々を見送りたいわけがあった。
誰に聞いたのか・・ある帰国者のパーティで、列席の人々の話題の中で、こんな話があったのだ。
『いやあ、ここで僕ももう50組は見送ったかな?・・・あと50組見送ると自分の番が来ますよね。』
笑いながらのその言葉に決して悲壮感はないのだが、美沙の心には響いた。
その一組目を見送りに空港へ来た日に・・・果てしなく遠い先の自分たちの見送られる場面をその時は想像もできず、暑くて砂塵の舞う強風がふく空港で静かに佇んでいた
つづく
追記
今年の日本の夏は酷暑でないことを願います。
昨年の夏の暑さがかなりの厳しさだったのを思いだしています。
クールビズ・・などと気楽なことばでなく・・インドの暑さ対策を学び返しています。
この小説は2007年から1年間掲載したものを再録しています。
小夏庵にも→☆
by akageno-ann | 2011-06-08 15:47 | 小説 | Trackback | Comments(0)


