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ハウスボートのオーナー

その夜、事件は起こった。

食事は思ったより美味しいと、平田よう子が認めたから、間違いなくここのインド料理は上品な味わいだった。

ホテルオベロイのダイニングのバイキング形式のインド料理を美沙と翔一郎は思い切り堪能していたが、子供連れの二組はあまり食が進まず、美沙たちを半ば呆れ顔でしかし

「いいわね、片山先生のお宅はインドが合ってらして・・・」という言い方で羨ましがれられた。

美沙は彼女の中学校時代から進学校にいたせいか友人たちも好奇心旺盛・・前向き志向・・と、個性豊かな連中に囲まれていたせいか、
「人は人、自分は自分という思いの中にも協調性というものを尊ぶ」その学校の校風でどんなところでも同じ精神で進んでいく力を身につけていた。

多少の厭味も笑って受け流すという術を知っていた。

兎にも角にもこの旅を成功させて、次のデリーの暮らしに役立てたかったのだ。

が、いくつもいくつも押し寄せるインドの試練は果たしてそいう果敢な気持ちでいる美沙をくじけさないでおくことができるだろうか?

それが今の一番の疑問だが・・本人はおそらくできる・・・とこのときは思っていたのだ。

6人の大人と3人の子供たちが、まあまあの広さの船のダイニングで集って日本語だけで和気藹々と食事が摂れたのもこのハウスボートならではのことで、一同は一様に喜んでいた。

その様子を見ながら、オーナーの男と召使の男も心なし嬉しそうに佇んでいた。

片山夫妻と山下氏はインドビアのキングフィッシャーという銘柄を飲んでそれなりに美味しく感じ、 ほろ酔いだった。

その時、山下文子が叫んだ・・・

「いやだ・・このミネラルウオーター・・新しくないのじゃないの??
蓋が簡単に開くわよ・・だいいちこのボトル古いじゃない・・・」

ミネラルウオーターを見ながら叫んでいるから・・たとえ日本語でもオーナーには理由は歴然と理解できた。

「ノーマダム・・ノープロブレン」

慌ててそのボトルを取り上げ そうにして叫ぶオーナーに向かって文子は言った。

「シャーラップ・・・だまりなさい・・私たちを甘く見ないで・・・」

その顔を赤くして怒りをあらわにするフ文子の様子に一同は一瞬たじろいだが

そのオーナーのインド人はひるむ様子もなく、

「この男が悪いのだ!」

と、まるで活劇を見るように召使の初老の男を突き飛ばした。

「子供たちの前だわ・・やめて!文子さんも気を落ちつけて」と
美沙が取り成したことで、かえって文子はエスカレートしていった。

「貴方ね、子供がいないからそんな暢気なことが言えるのよ。こちらは子供の命がかかってるわ。」

その言葉に初めてたじろいだ美沙は押し黙った。

「いや、美沙さんはそんなに無神経な人じゃないでしょ。」とよう子が取り成すと

「あなたたち二人は最初から教員同士で仲が良いからそうやって庇いあうのね!
いいのよ、私はいつもこうして一人で戦ってきたわ。」

そういう女たちのバトルをみて、オーナーはこの三組の日本人は今までの客の日本人とは様相が全く異なる、と初めて甘さに気付くのであった。

「文子、やめなさい、それは君がちょっと言いすぎだ。」

初めてゆったりと文子の夫の山下氏は口を挟んだ。

穏やかな美男子で物言いが全て決まる。

「また貴方がそうしてのんびりしているから、私が子供たちのために苦労するのですわ。」

雲行きはそこここに暗雲たちこめているようで、それぞれのこれまでのインドの生活の憤懣にさらに油を注ぎ火をつけるような勢いになった。

平田家の明子(めいこ)が泣き始めた。

その哀しい泣き声に一同は改めてはっと気付かされだれともなく

「ごめんなさいね・・悪かったわ」と

声のトーンを落とすのだった。

そして、その場はオーナーが

「食事代は無料にするから。」と謝罪を述べて、一先ずその場は収まりを見せた。
                                   つづく


追記
 
この小説は2007年から1年間掲載したものを再録しています。

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小夏庵にも→☆

by akageno-ann | 2011-06-22 07:42 | 小説 | Trackback | Comments(2)

Commented at 2011-06-22 12:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2011-06-22 12:53
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