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3月11日

2011  3.11  この日は平成の中で一番日本にとって不運な震災が起こった。
ちょうどあの日は 近隣のコーラスの仲間が我が家で8人ほど集まって、少し歌って
お茶会になった。最高齢は81歳 母と同い年の方が二人いらしたがお二人とも一人暮らしで
頑張って暮らしていらした。今もお二人はそのまま頑張っていらっしゃる。

午後2時46分 埼玉の我が家も 大きく揺れた。幸いものが落ちることはなかったが
皆で心配してテレビをつけた。
信じられないことが起ころうとしていた。
津波 その恐ろしさを昔話のように知っていたとしても あのような想定できない範囲の
津波が東北地方太平洋側に起こるとは夢にも思わなかった。
友人たちも住んでいるし、一応ダメ元で電話したがもちろんつながらない。

我が家のお茶会はそのまま一人暮らしの方の一時避難場所になった。
家族との電話はメールはつながるが電話はつながらず、夜まで何人かが残った。

その頃から少しずつ被害状況は報道され・・しかし仙台空港が水浸しになる様子や閖上地区が
多くの被害を受けていることなど恐ろしいニュースばかりで阪神淡路大震災のときよりも
拡大しているようにすぐに感じ取れた。

とにかくまだ揺れる可能性もあるのだろう。
舅も家にいたし 実家ともなんとか連絡が取れてそれからテレビのニュースに釘付けに
なった。
あれから8年 それぞれ皆とそれだけ年をとり状況も変わってきている。
ふと今のこの現状をありがたいと思わねばならないとも感じている。

人間が命を落とすのは寝床の上・・それが一番幸せなのだ・・と祖母が言っていたが
つくづくそう思う。
昭和一桁生まれの戦争中に青春を過ごした人々が今80代の後半を迎え、我が父のように
自分の人生の終末期を迎えている。
自分たちでなんとか最後まで生き抜きたい・・との意志強くいた父が命はつないでいるが
初めて病院のベッドに過ごして一週間になる。
夢をみるのかいつも今の状況を把握できていない。
しかし今は安心させることしかできなくて、「そうよ・・大丈夫 疲れてるのだから
ゆっくり眠って」と繰り返すと 眠りにつく。
話しかけるとそれに必死に返事しようとするから
静かに見守ることにしている。

従妹も2週間眠り続けた・・そして目ざめた。
母を連れて行く日を様子を見ながら、母を父の代わりに守らねばならない。
震災のためにご家族を失ったり様々な形で未だ大変な状況下頑張っていらっしゃる
方々に対する敬意を持ちながら進んでいる。

by akageno-ann | 2019-03-12 22:54 | 老育 | Trackback | Comments(0)

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