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3月20日

今日は父の孫が一緒に見舞ってくれた。
一昨日大学を卒業し、「おじいちゃんに会う」と言ってくれて
私も同行者が増えて有り難かった。

孫が来たと知り、父は一瞬泣いた。
それを見て孫は少し驚いた。
「どう?おじいちゃん・・」と聞くと
「予想はしていたけれど、ちょっと・・」と言葉を濁した。

正月に集まったときからおじいちゃんの様子は急に変化していたというのだ。

しかし父は私と母の前ではそして近所の人の前でも自分は何もかわっていない、と
家長としてしっかりと君臨していたのだ。
病院へも一人で行きたがったし、買い物も当たり前のように一人で、しかし
同じものを何度も買ってきたし、病院が新築したのでドアを開けることができなくなっていた。

一つ一つ混乱していると思っていた私は間違っていた。
混乱ではない。できるはずのことをよく考えて確かめて不安になっていたのだ。
舅の時は35年一緒に住んでいたから次第に弱まっている力をこちらがすぐに手助けできたが
父はなんとか自力でというプライドがしっかりとあって、娘に助けられるのは
とても嫌だったのだ。
それが病院のベッドにあって、起き上がれなくなって・・屈辱を感じているようだった。

看護もリハビリもとてもよくやってくださっていても、父は自分で普通の暮らしをしたくて
しかたがないようだ。
見舞っていて、頑張って・・という言葉は一番父には合わないのだ。
頑張ってきたのだ。この2年は特に母の介助を真剣に自分のカリキュラムにのっとって
行っていた。
「いいんだ、かまうな・・」とよく檄を飛ばされ、けんかすれすれになったが
あの怒りは自分の中の思うようにいかないもどかしさだった。

病床にある父との暮らしがここに始まった。
母は私と盃一杯だけの日本酒を楽しみ、女子の世界フィギュアスケートを
のんびり楽しんでいる。
母娘の二人きりの暮らしも二週間になった。

夫は犬の介護と子猫の飼育をしっかりやってくれてるようだ。

by akageno-ann | 2019-03-20 22:52 | 老育 | Trackback | Comments(1)

Commented by fuwari funwari at 2019-03-21 17:31 x
annさん、ご無沙汰しております。
お父さまの留守を預かるお二人にとられ、春の宵のお酒は、それぞれの想いの味になっていたんでしょうね。

annさん、この所の記事は、以前にも増してとても優しい旋律を奏でていますね。
拝読していて清水のようにすぅーっと心に滲み込みます。

わたしも最近は老いと云うものをよく考えるようになりました。
わたしがこちらに越して来ました35年前には、確かにどの方もお元気で、若輩だったわたしなぞ何かとご相談させて頂いたり、助けを請うたりしたものでしたが、最近はその方々もご逝去されたり、入院されたり、又はお住まいはそのままで、どちらかの施設にご入所されたりと、時の流れ、時間の経過と共に訪れる老いを目の当たりにせざるを得なくなりました。
一緒にウォーキングしたり、お買い物に行ったり、お邪魔してお食事をご馳走になったり、皆さんにはとても優しくして頂いていたので、切なくて堪りません。

39と40、59と60、この何でもない一年二年の境が、出来ていた事を困難にさせたり、諦めさせたり・・
わたしは元々苦手な片付けが更に苦手な事に、大好きだった読書が集中力の持続が難しくなり、雑誌ですら面倒になったり・・・泣

わたしの年齢でこんなに酷いのは稀なのかもしれませんが、70と80では向き合い方が全く違うのでしょうね。

でも、こうも考えるのです。
活力に溢れ、老いなど感じないでいるとすると、死と云うものを受け入れがたくなってしまうのかな・・と。
出来たいた事が出来にくくなり、好きだったことも徐々に興味が薄れ、日に日に体力が失われていくから、自然と最後の日をむかえる事が出来るのではないだろうかと。

長々ごめんなさい。
お父さまのお話と自分の老いとがリンクしてしまいました。

今晩は世界フィギュア男子ショートですね。
お二人と一緒のつもりで、わたしも盃を満たします。

皆さまがお変わりない事を願っています。
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