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ジョン万次郎氏への憧憬

久しぶりに血液検査にT医院に伺った。
この地に定着できた一つの理由にこの医院との出会いがあった。
幼なじみが嫁いできたのだ・・
びっくりして心強かった。
それから間もなく私はデリーに駐在になってしまったが
あちらで転んで膝を痛め一時帰国したときに相談にのって
いただいてテーピングと漢方薬で半年かけて治した古傷が
ここへ来てまた痛み出して、寄る年波だといいつつ治療に
伺ったら、笑いながらも「大丈夫家内もおなじようですよ。」と
処方してくださった。
この夏の厳しい気候に患者は多くて、待ち時間も長いのだが
この医院で待つのはインフルエンザの流行る時期以外は
退屈しない。何しろいい本がたくさんある。
今日は百田尚樹氏の「日本国紀」を手にした。
分厚い本だが今一番気になっている幕末から明治を読んでいると
トピックの中にジョン万次郎氏の記録があった。
ジョン万次郎 高知県土佐清水市中浜(現在)に幕末に生まれた
偉人である。高知と言えば坂本龍馬で彼が若くして暗殺され、日本の
大きな損失と言われている。
今、高知のホテルに泊まりモーニングコールを電話でセットすると
翌朝 「時間ぜよ はようにおきんと日本の夜明けに間にあわんぜよ」
と来る・・しかし私にとって土佐の偉人はジョン万次郎氏である。

ジョン万次郎氏は図らずも14歳で日本の捕鯨船で漂流し、
幸運にもアメリカの捕鯨船に救助されてそのまま米国で
生活するのであるが、彼の知的な才能を見抜いた米国の捕鯨船長に
育てられたことが彼の予期せぬ人生を豊かなものにした。
鎖国してしまった日本に戻るのは12年ほどかかってしまったようだが
先ず薩摩に入り詳しく尋問を受け、やがて島津斉彬に重用されて彼の
価値は認められ、土佐に戻り再び尋問を受けながらも彼の英語力 国際
的な感覚は認められ、藩の学校にて教授するに至った。後藤象二郎
岩崎弥太郎がその門下にいたという。
そんな薩摩 土佐がそのままもう少し国際感覚英語力を磨くことを重視して
いたら日本の明日はもっと違っていたのではないか・・と考えてしまう。

彼の子供の頃の才能で特筆されたのは視力の良さと素直さのようだった。
捕鯨船はいかに速く鯨をみつけること そして前向きな性格とアメリカに
共に行こうというホイットニーフィールドという船長に従う柔軟な気持ち
他に救助された日本人はもうすっかり成人になっていたせいもあるが
一人で異国についていくという果敢な気持ちは万次郎だけだったのだ。
もっと彼について知りたいとかねてより思っていた。
今度ふるさと高知に戻ったら、彼の記念館を訪れたいと思う。

ジョン万次郎氏と思われる肖像画ジョン万次郎氏への憧憬_c0155326_18543375.jpg



by akageno-ann | 2019-07-30 17:58 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

Commented by nanako-729 at 2019-07-30 21:45
annさん、こんばんは!
ジョン万次郎氏名前は聞くけれどどういう方なのか
馴染がありませんでした。どちらかというと
高知、坂本龍馬というイメージです。

「時間ぜよ はようにおきんと日本の夜明けに間にあわんぜよ」
こんなモーニングコールで起こされてみたいです( *´艸`)

梅雨明けしてからの猛暑日は疲れますね。
どうぞ体調気を付けて~(^^)/
Commented by akageno-ann at 2019-08-01 19:48
nanakoさん 暑いですね
坂本龍馬はもちろん土佐の日本の偉人ですが
ここのところ何故かジョン万次郎氏に興味が
あって そうしたらいい本が 土佐の我が家は
龍馬の脱藩の道すがらにあるんです。
龍馬も長生きしてくれたらよかったのにね・・
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