送り火
神道の実家で育った私はお盆の頃の迎え火 送り火といった
風習を知らないできたが、ここの家もその習慣がなかったので
おガラを焚いたことはない。
しかしご近所で必ずその習わしをきちんとされる方がありほのぼのと
した思いで拝見する。そのうちの一軒のおうちは8年が過ぎたが私の
尊敬する亡き先輩主婦のお宅で 今も私を家族のように法事に仲間に
入れてくださる。
ここへ引っ越してきてまる三十年を彼女とともに地域に過ごし、
車の運転をされない彼女を私がドライバーを務める代わりに随分と
美味しいものをごちそうになったり、相談に乗っていただいたり、
私がインド駐在中の一時帰国では チャーターしてくださって
あちこち所用を一緒にしてくださったりと懐かしくて仕方がない。
今年もまたお嬢さんがこの時期にお父様のために掃除やら盆の準備に
早くから帰っていらして、またそこに偶然主人がいただいた西瓜を
切ってくれたのを持ってお届けしたら皆さんとお会いできて
これもお引き合わせと皆で感じたことだった。
やはり盆にはご自宅に彼女は戻っていらしたと実感できることが
いろいろあった。
近所付き合いや家族のあり方、ご主人との暮らし方をとても率直に
見本を見せてくださるようでいて、偉そうでなく失敗談も教えてくださるので
私は未だに彼女をお手本に生きている。
子供のない私を一度も哀れんだりさげすんだりもなさらず、それなりの
生き方を学ばせていただいたのは他にいろいろ中傷する主婦のことを
気にせず暮らせたのも正に彼女の大きな優しい心のお陰だった。
適当な頃に彼女は私を迎えに来てくれるだろうと・・信じている。
必要なまでに私はここに生き、やるべき責任を果たしていきたく
しんどいときもいつかは解放されるときがくると思うことにしている。
彼女は私の今の年から8年後に人生を見事に閉じられた。
肺がんだったが、ご家族の手篤い看護の中苦しまず逝かれた。
あの優しい死顔と お嬢さんと二人で野辺の旅への着替えをさせて
いただけたことが本当に支えとなっている。
私の嫁ぎ先を大切にしてくださり、インド在住の時はひとりここで
暮らしていた義父のために食事を届けてくださったり、義父の便りで
知って、本当に感謝した。
その恩返しにはならないけれど、ご主人にたまに美味しいものを
みつけるとお届けさせてもらったりと、また何よりお嬢さんと
仲良くしていただけて思い出話に耽ったりしている
今年のお盆は本当に二人で強く彼女を強く感じた。
犬の介護や家族 従妹の介護をしているとき、実に彼女の同じことを
されている時を思いだしたまには愚痴も空に向かって聞いてもらい
している。
感謝
従妹の叔父さんの作品から
by akageno-ann | 2019-08-17 05:33 | エッセ- | Trackback | Comments(0)



