形見分け
15年ほど前に亡き祖母の住んだ家の片付けを隣でいつも見守ってくれていた
親戚と私と母とで長い時間かかって行った。
主に捨てる必要のあるものが多くてそれは大変な作業だった。
その前に亡くなっていた祖父のものもそのままだったので祖父が生まれてから
90年分がそこにあった。
お洒落な祖父だったので洋服 ネクタイ タイピン が多くて スーツは
主人がいくつか着てくれたがやはりフィットしないのでもったいないが
捨てるしかなかった。
祖母のものは着物など再製できそうなものを友人にもらっていただいたり
長い時間かけて片付けた。
その頃は自分のものも何が不要品かわかったので気をつけていたが、次第に
だらしなくなり、我が家も亡き舅のものと一緒に混在した品物で一部屋が
埋まっていた。
そのだらしなさが生活状況にも表れてきそうで、この際生きているときの
形見分けを始めた。
不要品でなく自分の中の気に入ったもの使っていないものをもらっていただけ
そうな方に声かけして必要なものだけ持ち帰ってもらったり
送らせてもらったりした。
甥がこのほど結婚したので大事にしてきた食器やリヤドロのウエディングの
人形をもらってもらうことになった。
いまのうちでないと、彼らもものを増やしたくなくなるだろうし、
気に入ってくれたらと写真を送ることにした。
ラインのお陰で写真で見せられるので意向を伺えて便利だ。
整理しているお陰でいろいろ発見がある。
それにしてもなんでもおいている自分を恥じた。
いつかやる・・という思いの趣味のものもあり、
いつ死を迎えるかわからないこの年齢や情勢をみて
使ってもらえるものは使ってほしいと願う。
だが最近の住宅の新築の様子を見ていると、3ヶ月くらいで
瀟洒な家が建ち、感心するのはこの辺で一番大切な駐車場も
3台以上用意できる建て方には恐れ入る。
この家も誰かに使ってもらうというのはやめていずれ更地に
した方が良さそうだ。
いずれにしても掃除だ!
やり始めるとこれを趣味にしようと思う。
by akageno-ann | 2019-08-28 09:37 | アン | Trackback | Comments(0)



