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台風14号


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逝きしより時化のつのりて行く夕べ 

昭和21年の夏、父が自分の母を看取ったときの句です。
まだ10代の半ばに最愛の実母を亡くした父の哀しみが
伝わってきました。土佐の台風の夜だったのです。

今夜は西日本から関東まで台風の影響がでていて
日本中でそれぞれに心配な夜になっています。

懐中電灯など手元に置いています。
長靴を玄関に並べました。

気を付けて過ごしましょう。



台風14号_c0155326_05442000.jpg
コロナ禍になり葬儀は簡素化していて、落ち着いて
準備出来ることは、ありがたいとさえ思えます。

また想い出もじっくりと湧き上がり、今日はちょっと久しぶりに
ピアノを弾いてしまいました。雨が強かったので外にも音は
漏れませんし。そうしたらふっと父が弾く姿が
思い浮かんでグッときてしまいました。

器用な人で聞き覚えで伴奏する人でした。
小さい頃からよく二重唱させられて、私は父ほどの
音感はなかったのですが、歌は好きでした。


父母の年代の方は文字も美しくちょっとした葉書も
趣味の良い秋の絵柄でお手本のようで大切にしています。

台風14号_c0155326_05411371.jpg
母への友人からの秋の草花の絵はがき
89年の9月17日とありました。

こうして書いていると気持ちが鎮まります。
皆様のブログを巡っていてもとても心が
癒やされています。

今日もお立ち寄りありがとうございます。








4年程前に父はアルツハイマーと診断されてからも
必死できちんと生活しようとしている姿がありました。

気をつけていたのはタバコを辞められなくなって
いたことです。玄関先で決めていたのに茶の間で
吸ったりするようになっていました。

私は少しうるさく注意していました。
「わかってるよ」というのですが、言いながら
タバコをくわえたりして、そのころから夜は
泊まるようにしました。

遅くまで起きていて、朝も早くから起きて
時間が不規則になっていました。

診断を受けてから半年後に
父は朝起きられなくなって、反応が薄かったので救急車で運びました。

コロナ禍の前だったので処置が早く命をとりとめました。

脳内出血でしたが手術せずに済みました。

意識が戻り一ヶ月ほどで会話は問題なく元気を取り戻しましたが
車椅子になりました。
歩けない、というのです。

それからリハビリ系の病棟に移り、日常生活を規則正しく寝起きする
習慣を戻してもらえました。

しかし施設生活の中で日常生活が変わり会話も教員時代のことを
思い出すのか、施設の方を同僚や生徒だと思うようになっていました。




by akageno-ann | 2022-09-19 04:42 | 老育 | Comments(2)

Commented by はる at 2022-09-19 14:11 x
お父様のご冥福をお祈りします。力落としでしょうけれどご夫妻があちらで揃われたと思うと感動です。お二人とも90歳を超えられていたようで見事です。思い出話を聞かせてくださいね。
Commented by akageno-ann at 2022-09-19 15:29
> はるさん
ありがとうございます。あっという間で医師も看護士の方たちもびっくりされて。
でも本人が苦しまなかったので本当に良かったと思えます。
母も待っていると思います。夫唱婦随の人生の扉閉じました。
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