ある偶然
ボンベイ(ムンバイ)のインド門
高知に行く前日に何年ぶりだろう?幼なじみが連絡くれた。
コロナ禍に一人暮らしの母上のところに行くのを遠慮していたそうで
3年ぶりの里帰り。母上は弟さん家族が隣なので安心!と
彼女とはいつもこんな風に唐突に会って、パパッと旧交をあたため、「またね」と別れる。
しかし、一度だけ私の都合で会えなかったことがある。
それはインド在住時に彼女がボンベイ(現ムンバイ)に来るからタージマハルパレスの喫茶室で会おう、と手紙が来た。
彼女は文化人類学者でアフリカやインドやまたは欧州をよく旅していた。
中学校の頃から親しくなり、高校は同窓 小柄なのにバスケ部員で機敏、外国語は堪能で実に格好いいのだ。
この写真は甥っ子が短期留学したイギリス郊外の様子
20年ほど前にイギリスのオックスフォードにも研究員として彼女が留学していたときに、「遊びにおいでよ。」と手紙をくれて、その時は主人も
「こんな機会は先ずもうないから行っておいで」と言ってくれて出かけた。それが私の海外への旅の最後になった。

その時の楽しい旅の感謝とボンベイに行けなかったことを改めて詫びた。
あのインドの時期に在留日本人の夫人が一人でデリーから出ることが不可能だったのだ。
予定の3時に彼女はタージマハルパレスの喫茶室にいてくれたらしい。連絡は間に合わなかった。
ホテルに電話して頼んだのだがメッセージはうまく繋がらなかった。

1989年10月31日のデワリという光りの祭り
彼女たちが我が家の周りにもローソクを灯してくれた
この日を境に急にデリーは秋になった。
あれから20年 一応、高齢になった自分たち心はあまり変化なくて、30分ほどの池袋の珈琲店で
中学校時代の話から現在の暮らしまでバタバタッとしゃべって、「今度京都来てね」と誘ってもらって彼女は京都へ帰還。
またいつか京都は行けるかな?と期待を。
京都に長い彼女に鹿ヶ谷の法然院を案内してもらったことも思い出した。

これは以前、彼女がお仲間と監修した
インドの新しいサリーの展示会が横浜であったとき
ふらっと行って見たときの写真があったので掲載させて
もらいます。感謝!

本日こちらでゆっくりします😸
by akageno-ann
| 2023-09-20 09:17
| 老育
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