インド再び 懐かしさでいっぱい
あの頃を思い出すと幸せな日々でした。
デリーの特別支援学校の子どもたちに帰国した駐在員たちからの義援金を届けるということで私も8年ぶりのデリーへ出かけました。
友人も2度目のデリー駐在で
先にご主人が渡っているので荷物持ちでついて行かせて頂きました。
何しろあの頃は日本食を少しでも手持ちで持っていけたので一人30キロに機内持ち込みで玉子のパックや食パン、レタスetc.etc.私も干物や塩鮭をお土産にしていました。
懐かしい・・・・。
私が帰国してから数年してなんとMACができてました。ビーフは宗教上御法度でチキンやマトンでマハラジャマックといって提供されてました。
あの頃皆が充実していたのは従妹も元気で高知の祭りでは中心になって頑張っていました。
私も五人囃子の太鼓役でおなばれに参加
海外からの観光客も多かった。
市内のコーラスの仲間とフランス旅行もしたり、義父の暮しの手伝いはしていましたが1週間ほどの旅はたまに許されていました。
そしてこの20年身近な生活も、世界も大きく変化し、そして少しずつ年を重ねました。
コロナ禍はまたさらに世界の暮しが大きく制限されてしまいました。
この6人の旅の仲間は年齢的にバラバラでこのコロナ渦に3人が病気で亡くなりました。寂しい限りですが想い出は有り難い。
93才の一番年上の方と77才の方と私が残っています。
一番年上だったその方は旅慣れていらして6人をまとめて下さっていました。当時は今の私の年齢だったと思います。
師走になりますと祭りや旅のことを思い出します。
ご近所の先輩の畑の野菜たちをたくさんいただきました。大根を出汁とゆずを半分にして一緒に煮ましたら大変さっぱりとしたゆず風味の大根になりました。
先日高知放送で ゆずで煮るおでんを紹介されていて真似しました。
白滝も一緒に煮ました。
ふと寂しさや厳しさを感じる夜は
かつてのアルバムや日記を見直して
5年単位で頑張っていこうと思うように
しています。
今日はユーミンがバラエティに出演されていて
この50年を素晴らしい楽曲を残されつつ
時代に即して自然体で頑張っていらっしゃるのを
本当に素晴らしくて感動をもって拝見。
海外の経験も自然に生かし、会話の中に
ある場所や店の名前など聞いていると
同世代を生きてきたことに素直に
喜びを感じます。
全ての曲が懐かしくてデリーで聞いた
『リフレインが叫んでる』が特に懐かしくて
今夜は思いつくままの記事を書かせてもらってます。
老け込まず進まなくては・・とも思います。
by akageno-ann
| 2023-12-01 20:48
| エッセ-
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