夜来の風音




その6
『パパ』という呼び方に、実は私は憧れていた。
両親は結構 年令がいってから生まれた長女の私に物心ついた頃から
「お父さん、お母さん」と呼ばせていた。
そのときからおばあちゃんは・・我が家で「おばあちゃん」と呼ばれていたのだが、
実はおばあちゃんも私に両親を 『パパ、ママ』と呼ばせたかったのだ。
それまでおばあちゃんは、この家では母から『お姑さん(おかあさん)』と呼ばれていたのだ。
多分『おばあちゃん』という呼び名はいやだったのだと、今わかった!
そしてもう一つ、パパには翔一郎という名前があるのだけれど、
おばあちゃんは敢えて息子の名前を呼ばないのだ。
病気になった自分の息子を、最初、祖母は、そのことをそのまま認めることができなかった。
「翔一郎はもうだめなのかもしれない」
そんなことをぽつんということもあった。
母親が年老いてから自分の子供の病気の世話をするというのは、
とても惨めなことなのだと子供心に私にもわかった。
母のほうは夫である私の父のことを淡々と看病していた。
私は今、この母と祖母の両方の血を受け継いでいる自分の性格を認識した。
だから無条件にどちらも好きで、そしてどちらも時々嫌いだった。
それぞれの思いが直接、容易に伝わって来るようになっていた。
二人の間を取り持つなどという大それたことをするのではない。
ただ、それぞれが考えを述べたとき、多分何気なく正しいと思うほうを支援し、
そうでないほうをちょっと慰めることができた。
その繰り返しで、ここまで来た。
そして、父の心の友になれた。
父は私の親であることを自覚してくれていた。
だから、母に言われているのか、時々私の進路について
『頑張って勉強しているか?』
などと聞いてきた。
いつも私は二本の指でVサインを出して、『大丈夫』と応えていた。
そうすると父は喜んで、その日に描いたイラストを見せてくれた。
そしてそれを誉めるととても喜んだ!
父はその時ちょっと若返っていた。
そう、父は時として子供のような心に戻ってしまっていたらしい。
つづく
by akageno-ann | 2024-05-25 19:30 | エッセ- | Trackback


