なみだ雨
その4
人はそう簡単には死なないけれど、元気に生きていくって、
とても大変なことだと、理子は初めて知った。
まだ十三歳だった彼女は親族の死や大きな病気も体験していなかったので、
最初は感情のコントロールに苦しんでいるようだった。
理子が一番嫌だったのが、祖母の落胆の言葉を聞くことだった。
我が子翔一郎の突然の悲劇を受け入れられず、その原因もわからず、
どこかに怒りをぶつけることもできず、時折パニックになって、翔一郎自身に
「あなたはいったい、どうしてこんな姿に・・・」
と、泣き崩れていることがあった。
それまでの日常は翔一郎は同居の母の信子をさりげなく大事にしていた。
力仕事の殆どのことを祖母の代わりをしていたし、
休みの日に大きなものを買いたいといえば、気楽に車を運転して連れ出していた。
母の美沙もそういう夫翔一郎の姿をほほえましく見守っていたのだ。
だから、と、いうわけでもないが、理子の思うには
「お父さんは病気なのに、何故おばあちゃんに文句をいわれなくちゃならないの?」
という疑問だった。
美沙は、姑信子の精神が安定しない間、自分の実家に理子を預けることも考えたが、
恐らく理子がいないと、美沙と信子の関係は煮詰まってしまうだろうと考えた。
これからも三人で翔一郎を介護していかねばならないのだから、
理子にもその役割を一緒にわかっていってもらおう、と心に決めていた。
果たしてそれは功を奏したようだ。
理子は大人よりも柔軟に考える思考能力を持ち、面倒がるより先に、
父との時間を率先して作っていったのだった。
信子は翔一郎が目覚めたという連絡を受けて、病院に急行したが、
残念ながらうまくその日は目覚めず、臍をかむような思いをさせられた、
と少々文句を言いたげたった。
こんなときに、美沙が杓子定規に
『すみません、でも私たちのことがわかりました』
など言おうものなら、嫉妬で不機嫌な発言をしかねないと、想像できた。
「理子のことはわかったようですが・・私のことはもう一つわからないのです」
と、だけ言っていた。
それはその時の信子の心には大事なケアになるようだった。
『大人の世界は、結構本当でない心があるのだ』
と、理子は美沙の様子から初めて感じたのだった。
つづく
by akageno-ann | 2024-05-31 05:16 | エッセ- | Trackback