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雲を眺む



雲が語り合っているように感じました
今日は夏の雲のように
大きくいろいろな形を見せています


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不思議な事に小説をはじめて
デリー時代の友人と数人がここに
集ってくれるようになりました

悲しいことでもまた繋がって行くのは
故人に人と人を繋ぐ力があるのですね

見えないけど見守られている

昨日再放送のBS12で毎月曜日にある
「ゲゲゲの女房」を見ていたら
弟を若くして亡くした主人公が
その弟の笑顔しか思い出せない
だから嘆き悲しむのはやめよう
と、いうくだりに深く共感しました




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一度故人と3家族で東北の友人の墓参りに
行ったことがあります

その時わんこそばを一番食べた
彼の笑顔を突然思い出しました(^▽^)
女子たちは早くからその戦線から離脱して
「薬味のまぐろがおいしい」
など、話していたら

「そばをちゃんと食べなさい」と
檄が飛んできたことも
楽しい旅でした

夫は職員旅行が福島であり
そこから買ったばかりのセラで
ひとり盛岡までかけつけました

34年前の夏のことです

あの頃帰りの東北道で
3台のセラが偶然連なったり
したこともありました


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ど根性アサガオと皆が愉しむ道ばたの
花がもう咲きました。

梅雨入り前のひとときです



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第二章 第8話です  転載はご遠慮ください(_ _)  藤原沙也子

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  その8(第二章 最終話)

 

 翔一郎の病は血圧降下のための薬剤によって、経過は安定し、

ひたすらリハビリの生活に入っていた。

少し能力的に子供がえりのようなところがあって、

母の信子は息子の突然の変貌に対応できず、次第に見舞いが遠のいていた。


妻の美沙にとってはそれはかえって都合の良いことであったのかもしれない。

母親が来るとどうしても緊張する翔一郎を感じていた。


母親としての祖母は、元のようにならなければならない、

と焦りをそのまま息子にぶつけるのだった。

「はやく、しっかりして、学校にもどらないといけないでしょう!」

それが祖母の一番の望みだったと思われた。


祖母は教員として退職まで頑張った人だから、

息子のこの状況を情けないとさえ思っていた。

「美沙さん、翔一郎はもう復帰は無理だから、貴方頑張って教育界にもどりなさい」

などという日もあって美沙を困惑させた。


美沙はフルタイムで働くのはこの翔一郎のリハビリに付き合う時間や

ふれあいの時間が減るのはどうしても嫌だったのだ。


そんな母の思いを娘の理子は自然に感じ取り、母と共に今の父を支えて行こうとしていた。

母の本当の心のうちを先日の北川先生という人の出現でちょっとわからなくなっていた。


父の翔一郎が美沙という褄をときに母親のように慕って、

リハビリを頑張っているようなところがあったからだ。


北川先生とはあの日、一緒に父のリハビリ病院の近くで食事をした。

北川先生は理子に気を使って、あまりインドの話をしなかったけれど、

母と二人はとても親しいのだと思えた。


帰りに母と先生はしっかり握手して別れた。

その夜の母は、父が病気になってから初めて、華やいだ顔をしていた。


                     第三章に つづく


by akageno-ann | 2024-06-04 22:10 | エッセ- | Trackback