若い力


第三章 その3 美沙とメイ子
「メイ子ちゃん、よく来て下さったわね。ご両親は今メキシコシティなのね」
「はい、日本人学校の二年目です」
「貴方は大学生だから行かなかったの?」
「はい、それが一番の理由でしたが、母と少し離れたかったのです」
平田メイ子は、そうさらりと言った。
理子は母美沙とそのメイ子の会話を理解できぬままにその場で聞いていた。
この二人は久しぶりに会ったはずなのに、暗黙のうちに何かをわかりあって
話しているようなのを肌で感じていた。
メイ子はふっくらとした優しい表情の女性で突然の出会いであっても
理子は彼女を自然に受け入れることができた。
翔一郎のこともメイ子は懐かしさでいっぱいであると同時に
それゆえに変わり果てた様子にショックが隠しきれないようで、
言葉少なにもなっていた。
その場のムードを押し計ってか、美沙がすぐに提案していた。
「メイ子ちゃん、今日は一緒に夕食をどこかで食べましょうよ。
理子もあなたの大学生活をお聞きしたいでしょうから」
その言葉にメイ子も理子もすぐに応じて、三人は翔一郎の病室を離れることにした。
「あなた、メイ子ちゃんとゆっくりおしゃべりしてきますね」
と、美沙が語りかけると、翔一郎はにこにこして頷いていた。
理子はその時、父がメイ子のことをしっかりと認識できたと感じた。
まだ四時という早い時間であったので、三人はそこから少し遠出になるが
銀座に向かうことにした。
美沙は外食が好きだったが、翔一郎の入院以来その機会が本当に少なくなっていた。
家には姑信子もまっているし、女三人で肩寄せあっての質素な生活だった。
しかしこの日の母はいつかの北川先生の来訪以来の明るさがあると、
理子は思っていた。
三人は電車を乗り継いで銀座に出た。
その間もメイ子はなるべく理子に話しかけていた。
「理子ちゃんはどんな趣味があるの?」
「音楽は好きなの?」
など聞くと、理子も素直に子供らしく返事していた。
美沙は、一人っ子の理子に良い姉的存在ができた、と心が軽くなっていくのがわかった。
美沙と理子との会話は最近、母子というよりは、
なにか同志のような、友人のような会話になっていたのだ。
翔一郎が倒れて以来、時には理子が母を支えるような場面も多くあった。
だが、理子はまだまだ中学生である。
そのことに気づかされたような美沙がいて、そこにそっと手を差し延べるメイ子がいた。
三人はイタリアンレストランに入った。
まだ五時を回ったところで店内に一番に入った。
店のスタッフは若い人々で気さくで明るかった。
三人はお任せコースを頼み、美沙とメイ子はグラスワインを頼んだ。
理子にはオレンジジュースをオーダーしてグラスをあげて乾杯した。
「メイ子ちゃん、本当にお久しぶり。いらしてくださって嬉しいわ」
「理子ちゃん、はじめまして・・仲良くしてね」
「どうぞよろしくお願いします」
そんな風に愉しい晩餐が始まっていた。
美沙にはそこにいる平田メイ子がその母平田よう子の娘であることを
しみじみと回想し、永い無沙汰を後悔する気持ちにもなっていた。
メイ子はとても溌剌として爽やかな女性に育っていたのだ。
つづく
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by akageno-ann | 2024-06-08 21:17 | エッセ- | Trackback



